舞い散るそれは百合の花
―It which dances and breaks up is the flower of a lily―

第一草「SAKURAドロップス」
第五幕〜Since it is not suitable to you in me〜

 なんだかんだでフェイヨンの街を後にして、初春の光を浴びながら森の中をしばらく歩き、「じゃあこの辺で狩ろうか」と言って夜魅は木の根元に腰を降ろしてリュックを傍らに置き本を取り出した。「はい」と元気に返事をして手近にいたスモーキーをリリーは叩き始めた。夜魅はその様子をたまにちらりと見ながら本を読み続けていた。
 どのくらいそうしていただろう。リリーが何匹めかのスモーキーを叩き終って一息ついていると本を閉じて夜魅が立ち上がった。リリーの後ろに立つと自分の手をそっと重ねて、
 「フレイルの柄はもっと長く持った方が良くてよ」
 そう言いながらチェーンの付け根辺りを持っていたリリーの手を手前に引いた。
 なんだか照れくさくてリリーは顔を真っ赤にしながらその言葉に素直にうなずいた。

 フレイルは木で出来た柄にチェーンを付け、その先に野球ボール程の大きさの鉄球を付けた武器である。夜魅は、力の無い女の子が使う時は柄を長く持って遠心力をつけて鉄球を敵にぶつけた方が攻撃力がそれだけで変わるとリリーに教えた。はたして夜魅の言う通り先ほどまでと比べれば敵を楽に倒せるようになっていた。
「ね?」
 そう言ってリリーにウインクして見せる。
「はい」
 顔が赤いままリリーは答えた。

 「く・・・・うう・・・・」
 お昼ご飯を堪能して、また長い時間同じようにスモーキーを叩いていると、
女の子のくぐもった声が突然リリーの耳に飛び込んできた。見ると近くで自分と同じようにスモーキーを叩いているアコライトがいた。ようやく楽にスモーキーを倒せるようになったリリーと違いそのアコライトはやや押され気味である。「いけない!」そう思った時には自分もスモーキーを叩いている事など忘れ、
「ヒール!」
 回復法術を唱えていた。しかし、それと同時にリリーからはちょうど死角になっていた木陰からプリーストが現れて同じタイミングでヒールをそのアコライトにかけていた。
 そのプリーストはリリーの方を向いてニコリと笑いながら丁寧にお辞儀をしたものだから、つられてリリーもお辞儀をしようとしたが、スモーキーの尻尾がみぞおちにめり込み、苦痛でそれどころではなくなった。
 リリーに一撃を食らわせたそのスモーキーを倒した時、頭をボンと殴られてリリーは頭を抑えながら振り返った。見ると本を片手に夜魅がちょっと怖い顔をして立っている。
「自分の面倒さえろくに見れないんだから相手をかまうんじゃないの!」
 夜魅に怒られて、泣きそうな顔をしてうつむいたリリーに夜魅はさらに言葉を続けた。
「アコライトが一人で冒険しているなんてまずありえないんだから。あのコにだってプリーストの
姉』がいたでしょ?」
「はい・・・」
 リリーはまるで母親の説教を聞く子供のようにその場に正座してうつむいた顔を上げられずにいる。
「でも、人を助けたいっていうその心は聖職者としては充分合格だから勘弁してあげる」
 今度は優しく頭を撫でられて、ようやく顔を上げたリリーの瞳には優しく微笑む夜魅の姿が映った。不思議とその微笑みにまた懐かしさを感じてしまう。
「さて、今日はそろそろ引き上げましょうか」
 気がつくと辺りは茜色にそまり、夜がそこまで迫っていた。フレイルを自分のリュックに入れて、夜魅の脇に立つ。夜魅が歩き始めたのでリリーはその少し斜め後ろについて歩き出した。
「そういえば」
 そう言いながら顔だけリリーの方を向けて、
「リリーちゃん。あなた『お姉さま』はいないの?」
 と、夜魅が尋ねてくる。
「はい。いませんが」
「アコライトが一人で冒険って言うのは随分珍しいわね」

 確かにその通りだ。プロンテラ大聖堂で祝福を受けてアコライトに転職した者がまず最初に行うことは『お姉さま』探しだ。剣士やアーチャのような戦闘職ならば一人でも冒険に出られるが、アコライトのような非戦闘職は自分自身の身を守る為にも『姉』を探してから冒険に出るのが普通だった。

 リリーは、自分の場合は兄を探すのが本来の旅の目的で、今自己鍛錬をしているのはその延長線上の事で、だから『お姉さま』を探すことなど頭になかった、と言う事をしどろもどろと夜魅に伝えた。
「なるほどね・・・ね?リリーちゃん」
「はい」
 返事をしながら夜魅の顔を見るといつもよりも真面目な顔でじっとリリーを見つめている。その表情を見て何か怒らせるような事を言ってしまったのかしら?と何故か考えてしまった。
 夜魅は立ち止まり体をリリーの方に向ける。リリーも立ち止まった。
 じっと自分を見つめる夜魅の瞳にまるで魔法をかけられたように、リリーはその場から動くこともその視線をはずすことも出来なかった。
「リリー」
「はい」
 リリーの背筋がピンと伸びる。それもそのはずである。この世界の淑女の間では同い年、年下、目下の人間には名前の後ろに『さん』をつけて、年上、目上の人間には『さま』をつけて呼ぶ習慣が昔から存在する。『ちゃん』や『君』をつけて呼ぶこともあるが、それは年上、目上の人間が下の人間に親しみを表す時にのみ使われる。呼び捨てで名前を呼ぶことを許されているのは父親や母親といった身内の人間と、『スール制度』で姉妹の関係を結んだ『姉』にのみ許されることだった。
 これから夜魅が言おうとしていることはリリーでも察しがついた。夜魅の言葉はリリーの予想を裏切らないものであった。
「アタシの『妹』になりなさい」
 何の前置きも無くきっぱりと夜魅は言い切った。その言葉、その視線には『断る訳が無い』という自信に満ち溢れていた。

(身に余る光栄とはこういう事を言うんだろう。わたしのような何の取り柄の無い人間を夜魅さまのような立派な方が認めてくれたんだから。でも・・・)

 夜魅はうつむいているリリーをじっと見つめ答えを待っている。『断る訳が無い』という自信に満ちた視線は変わらない。しかし、リリーの口からでた言葉は夜魅の予想を裏切るものであった。
「わたしのような者には身に余る光栄です。しかし、わたし夜魅さまの妹にはなれません」
 その言葉と同時に胸に飛び込んできたリリーによって、夜魅は「なぜ」と言いかけた言葉を飲み込み、そっと抱きしめて胸の中で泣きじゃくるリリーの頭を優しく撫でた。
「わたしじゃ夜魅さまにふさわしくないんだもん。わたしじゃ・・・」

(本当は断りたくありません。憧れの夜魅さまの『妹』になれる。天にも昇るような心地です。でも、わたしじゃ夜魅さまにふさわしくないんです。夜魅さまにふさわしいお方はきっと他にいます。夜魅さまを支えることがわたしじゃ出来ないから、足手まとい、お荷物になるのは嫌だから、だからわたしじゃダメなんです)

「アタシが『白薔薇ロサ・ギガンティア』 だから?だからダメなの?」
 リリーの頭を優しく撫でながら夜魅は言う。夜魅の胸の中でリリーは首を振る。

(それもあるかもしれません。夜魅さまの『妹』になるということは 『白薔薇のつぼみロサ・ギガンティア・アン・ブゥトン』になると言う事でゆくゆくは 『白薔薇ロサ・ギガンティア』として 『紅薔薇ロサ・キネンシス』さま 『黄薔薇ロサ・フェテイダ』さまと共に 『山百合会やまゆりかい』 を背負って立つことになります。そんな重責を背負うことに対しても抵抗感はあるけれど、でもそうじゃないんです。わたし自身の問題なんです。もっとわたしが夜魅さまにふさわしい人間だったらよかったのに)
 そう考えるとリリーは自分自身が情けなくて泣きたくもないのに涙が止まらない。

「今すぐ答えを出してなんていわないわ。リリーの問題だもんね」
 『姉妹』の申し出を断ったにも関わらずまだ『リリー』と呼んでくれるのが嬉しくてリリーの瞳からまた涙が溢れてくる。
「もう。本当に泣き虫さんなんだから。リリーは。ほら涙をふいて」
 リリーの肩を掴んで自分から引き離し、ポケットから取り出したハンカチでそっとリリーの涙を拭う。そのハンカチは昨晩のと同じで微かにフローラル系の香水の香りがした。
「ほら。鼻水も出てるじゃない。ちーんしなさい」
 言われるままにリリーは夜魅のハンカチで鼻をかんだ。
「・・・まさかまたやるとはね」
 一瞬夜魅の口元が引きつった。
「あぅうう。ちゃんと洗濯してお返しします・・・」
 まるで昨日の銭湯での一幕の繰り返しだった。しかし、そのお陰で両者の間に漂っていた湿った空気が一気に乾いていった。

 再び歩き出しながら、夜魅はリリーに戦闘についてのコツと法術の基礎を簡潔に、しかし分かりやすく説明してくれた。ずっと本を読んでいたのに見るところはしっかりと見ていたらしい。「なるほど」とリリーはその教えを何度も復唱して脳に記憶を叩き込む。その作業に忙しくて夜魅が遠くを眺めながらポツリと漏らした一言にリリーは気がつかなかった。

「アタシなんてそんな強い人間じゃないのよ。一人じゃ何も出来ない人間なんだから・・・」

 フェイヨンの街の入り口まで歩きつくと、不意に夜魅が振り返った。
「アタシは諦めないわよ。絶対にリリーを『妹』にするんだから!じゃあまたね!」
 そう言うと右手を鉄砲の形に組んでBAN!とリリーに向かって引き金を引いて見せた。リリーが言葉をかける前に夜魅は香水の香りだけを残してテレポートで消えていった。
「わたしが夜魅さまの『妹』に・・・」
 一人取り残されたリリーはその場でぼっと考え込んでしまう。憧れの夜魅さまの『妹』になれる夢のチケットが目の前にぶら下がっている。でも、一方でわたしなんかがこのチケットを掴んではいけないとも思う。どっちつかずの考えがリリーの頭の中をぐるぐると回っていた。

 どのくらいボッとしただろう。夜魅さまと再会してからどうもボッとしてしまうことが多いなと考えながら、ようやくリリーは我を取り戻して一人で歩き出したその時、ふと重要な事を思い出した。
「いっけな〜〜い!洗濯しないと!!」
 朝は慌てていたからそれどころではなかった。むしろ忘れていた。早足でフェイヨンの街へと入り繁華街を横切る。建物にはランプが灯り夜の訪れを告げていた。
 急いでいてもマリア像の前で立ち止まり、祈りを捧げることは忘れない。
「マリア様。今日は大変な一日でした。夜魅さまに『妹』になってくれって言われちゃいました。嬉しいけれどでもこんな自分じゃふさわしくありませんよね?」
 マリア像はただじっとリリーに微笑みかけているだけだった。

2003年6月13日 公開

協力
英語訳:ミセス・ロビンソン

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