舞い散るそれは百合の花
―It which dances and breaks up is the flower of a lily―

第一草「SAKURAドロップス」
第三幕〜
Voice of the clear blue sky and the belly

「ふにゃあああ!」
 リリーが気がついたのは無理やりひのきで出来たお風呂椅子に座らされ頭から冷水を浴びせられた時だった。
「気がついた?」
 隣でクスクス笑いながら夜魅が声をかける。
「ぅうう。冷たいですよ。夜魅さま・・・あ!失礼しました。 『白薔薇ロサ・ギガンティア』さま」
「夜魅でいいよ。だってリリーちゃんちょっと目を離すと固まってるんだもん。あ!それともお湯の方が良く溶けたかな?」
 そう言いながら 『白薔薇ロサ・ギガンティア』 さまこと夜魅はふふふと笑った。
「も、もう。酷いです・・・」
 そうは言ってもリリーの内心は夜魅にかまってもらえて幸福を感じると共になぜかその微笑に懐かしさを感じていた。
「リリーちゃん!今の困ったような顔いい!可愛すぎるわ!」
 そう言うなり身を乗り出してリリーをぎゅうと抱きしめる。また夜魅の胸にリリーは自分の顔を埋めるような形になった。先ほどとは違い夜魅の胸がそのまま顔に押し当てられて、リリーは一段と顔を赤らめながらふがふがと声にならない叫び声を上げて手をじだばたさせた。
 どうにも落ち着かない。早く体を洗って先にあがってしまおう。このままじゃすぐにのぼせちゃうよ、そう考えながらリリーは手にしたスポンジに石鹸をこすりつけ泡立てた。それでごしごし体を磨いている時、後ろから白い手がにゅっとはえてきてリリーの胸を掴んでそのままむにむにと揉み始めるので頭であれこれこの状況を考える前に体の方が感じてしまい、つい声を出してしまいそうになる。
「ううん。まだまだ小振りね。ちょっと硬さが残って・・・でもこれから楽しみね〜」
 リリーの背中に夜魅は自分の胸を押し当てながら未発達なその胸を好き放題弄ぶ。
「ぅぅん・・・お許しください・・・夜魅さまぁ・・・」
 自分の声とは思えないほど艶かしさがこもる。
「そうね。他の方々も見ているようだしね」
 そう言って夜魅はリリーの胸を開放した。リリーは一息ついて周りを見ると浴場に居合わせた淑女達が自分たちの方をじっと見つめてクスクス笑っている事に気がついた。
「あ・・・あ・・・」
 またリリーの顔は茹でタコのように真っ赤に染まっていく。その顔を横目で見ながら夜魅はからからと笑っていた。

 夜魅からもっとゆっくり入ったら?と言われたが、これ以上は本当にのぼせてしまいそうでさっと温泉に浸ってリリーはすぐに上がった。脱衣場に戻りいそいそと着替えをしていると、その横をくすくすと笑いながら淑女たちが通り過ぎて行った。早くこの場を立ち去りたいと思っても一人で帰るわけにも行かず脱衣場の片隅に置かれている椅子に腰掛け、夜魅が温泉から上がってくるのをじっと待っていた。
「お待たせ」
 その声と同時に何か冷たいものがリリーの頬を襲ったのでつい、
「きゃっ」
 と声を上げてしまった。見ればそこには夜魅が両手にブドウジュースの入ったグラスを持って立っていた。
「はい。リリーちゃんの分」
 そう言いながら片方のグラスをリリーに手渡す。
「あ、ありがとうございます」
 それを両手で受け取りながらペコリと頭を下げた。リリーはそのブドウジュースを淑女らしく少しずつ飲んでいたが、夜魅は片手を腰にあてぐびぐびと胃の中へ豪快に流し込んでいった。
「ぷっは〜美味しいわね。う〜ん最高!」
 夜魅は幸せ絶頂よといった感じの表情で言い放った。
(夜魅さまってば結構オヤジ臭いかも・・・)
 初めて会った時とさっきまで感じていた『近づきがたい』というリリーの感情は随分薄れ、ようやく夜魅の目を見ながら普通に話しが出来る自分がいることに気がついた。

 帰り道。月明かりに照らされた小道を歩きながらリリーはいつしか自分の自慢の兄、乃百合の話をしていた。夜魅は妹を見守る姉のような優しい目でリリーを見つめていた。

 二股の分かれ道のマリア像の前まで歩きついた時、
「アタシはこっちだけどリリーちゃんは?」
 そう言いながら夜魅は街中へ通じる方の道を指差す。
「わたしはこっちです」
「あ〜この先のあの宿屋ね。残念。アタシも素直にそこにすればよかったかな?」
 夜魅は指をパチンと鳴らしながら悔しがった。
「今日は夜魅さまとお話が出来てとても楽しかったです。ありがとうございました」
「アタシも楽しかったよ。リリーちゃんも緊張が解けたみたいで色々話してくれたしね」
 夜魅は悪戯っぽくウインクして見せた。

(あ!もしかして、あんなことやこんなこと、果てはオヤジ臭くブドウジュースを飲んだのも全部わたしの緊張をほぐす為だったのかな?)

 二人でマリア像に祈りを捧げた後、お互いに「ごきげんよう」と言って別れて歩き出したその時、
「あ!リリーちゃん!明日の朝ここで待ち合わせしよ!一緒に狩りをしようね!」
 と、夜魅が少し向こうから呼びかけた。
「はい!じゃあまた明日です!」
 リリーは元気良く答えてそのまま夜魅の姿が夜の闇に溶けていくまでその後ろ姿を見送った。

 

 遠くから教会の鐘の音が聞こえてくる。一つ、二つ、三つ・・・九つ。その音をリリーはベットの中で無意識のうちに数えていた。
 う〜んと寝返りを打つとまた夢の世界へと落ちていきそうになるが、は!と気がついてがばっと跳ね起きた。聞き間違い?今、朝の九時?ベットから飛び降りてシャッとカーテンレールを滑らせながらカーテンを開くと朝のまぶしい光が部屋の中に差し込んでくる。随分と日が高い。どうやら悪夢は現実の物となってしまったようだ。
「いっけな〜〜い!」
 部屋の中をばたばたと走りクローゼットを開ける。着ていたパジャマをバスケットに放り込んでアコライトの聖衣服に腕を通し、着替えが終わると浴室の扉を勢いよく開き鏡の前に立つ。こういう時は本当にセミロングでよかったなと思いながら、さっと髪に櫛を通して顔をばじゃばじゃと洗って浴室から飛び出し、部屋の中をばたばたと走ってベットの脇にある丸テーブルの上から『猫耳』を取って頭に装備する。それが終わるとベットの脇に放り投げたままになっていたリュックをよいしょと背負い、丸テーブルの上に置いてある部屋のカギを掴んでバタバタと部屋を出た。
 今のこの様子をリリーの母親が見ていたら淑女らしからぬ行為と叱ったことだろう。そんな事を気にしていられないほど事態はひっ迫していた。
 昨夜、リリーは夜魅と別れた後もなんだか興奮して食事もろくに喉を通らず、ベットに入ってもなかなか寝付けず、ようやく眠りについたのが今日の明け方くらいだった。いつもなら朝八時には起きて朝食を取り、弁当を持って出発するのだが、今日はそんな余裕はなかった。夜魅とは何時に待ち合わせとは約束していなかったが、 『白薔薇ロサ・ギガンティア』 さまである彼女よりも早く行って出迎えなければならない、それが最低限の礼儀だと思ったからリリーは慌てていた。
 部屋のカギをがちゃりと閉めて廊下に出る。さすがに人目がある以上ここで走り出す訳にはいかない。内心焦りながらも淑女らしくしずしずと廊下を歩き、すれ違う人に「ごきげんよう」と挨拶をする。母親の教育の賜物であろう。どんなに急いでいても人前では淑女として振舞うことが出来た。
 宿屋を後にして、マリア像のある二股の分かれ道への小道を少し早足で歩く。昼間歩く分には何も感じないこの小道が今日はとても長く感じた。
 しばらく歩くとマリア像が朝の光に照らし出されてきらきら輝いているのが視界に入ってきた。夜魅さまは、とマリア像の辺りに目を泳がせると像の脇に緑の黒髪が見えた。一人の麗人が像の傍らに腰を降ろし優雅に本を広げている。その姿を目にしたとたん心の中でぎりぎり保たれてきた淑女のたしなみがもろくも崩壊して、リリーは慌ててその麗人の側まで駆け寄った。
「も、申し訳ありません!遅くなりました!!」
 麗人の傍らまで走り寄ると同時にふかぶかと頭を下げた。パタンと読んでいた本を閉じてその麗人、夜魅が立ち上がる。
「リリーちゃん!」
 頭の上から怒気のこもった声が響いてくる。リリーはその声を聞くとお辞儀をしたまま頭を上げることが出来なくなった。
「こら!走ってくるなんてはしたない!マリアさまが見てるでしょ?」
 そう言いながらリリーの頭を軽くこつんと叩く。
「も、申し訳ありません。あの、あまりにも遅くなってしまったものですからつい・・・」
 そのままの姿勢でお詫びの言葉を絞り出す。昨晩に引き続いての失態。どうしていつも自分はこうも要領が悪いんだろうとリリーは自分自身を恨んだ。
「走ってくること無かったのに。誘ったのはアタシの方だし、それに時間決めてなかったもんね」
 そう言うと今度は優しくリリーの頭を撫でた。
「でも、やっぱり自分の方が先に来てお出迎えしないと。礼儀として」
 頭を上げることが出来ない。本当に申し訳なくて顔を合わせるのもはばかられた。
「気にしないの。ほら。顔を上げて」
 夜魅はそう言いながら右手の人差し指と中指をリリーのアゴにあててクイッと上を向かせた。そこで今日始めてリリーは夜魅の顔を見た。朝の光に照らし出された夜魅のその姿にリリーは神々しさを感じてしまう。
「ごきげんよう。リリーちゃん」
 そう言って夜魅はニコッとリリーに微笑みかけた。
「ご、ごきげんよう。夜魅さま」
 リリーも微笑みかけようと思ったが先ほどの緊張がまだ解けず、頬の筋肉がぴくぴくと痙攣してしまう。きっと夜魅さまから見たら可笑しな顔になっているんだろうな、と思うと恥ずかしくなってきてうつむきそうになるが、依然リリーのアゴには夜魅の指がかけられていてうつむくことを許してくれなかった。
「じゃあ、早速狩りに行こっか」
「はい。夜魅さま」
 リリーのアゴから指を離し夜魅はマリア像の前に向き直ると胸の前で両手の指を組み祈りを捧げた。リリーも夜魅の後ろでそれにならい祈りを捧げる。朝の祈りが終わり歩き出したその時、新たな悲劇がリリーに襲い掛かった。
『くぅぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜』
朝の澄んだ青空にお腹の声が盛大に響き渡った。瞬間リリーの顔がボッと赤くなる。
「ぷ・・・ぷはっはっはっは〜〜〜」
 マリア様の目の前であるにも関わらず夜魅はお腹に手を当てて笑い出した。
「ちょ・・・ちょっとリリーちゃん。お願いだから笑わせないで」
 目に涙を浮かべながらもなお夜魅は笑い続ける。リリーはその傍らで真っ赤になりながら今にも逃げ出したい衝動を必死に殺していた。
「朝食食べないで来たの?そんなに慌てること無かったのに」
 ようやく笑いが収まり、片手で瞳にたまった涙を払いながらリリーを見つて夜魅が尋ねた。
「だって。お待ちになっていると思いましたから」
「ちょっと待ってて」
 そう言うと夜魅は自分の背に背負ったリュックの中からハンカチに包まれたお弁当箱を取り出した。包みを解いてふたを開け、その中からサンドイッチを一切れ取り出し、「はい」とリリーに手渡す。
「あ。ありがとうございます」
 素直にそれを受け取って、マリア像に一礼した後ひとかじりする。三角形に切られた白い食パンにハムとレタスとトマトが挟まり、マスタードマヨネーズで味付けしてあるシンプルなものであったが、夜魅の手から渡されたせいかとても美味しく感じた。
「どう?美味しい?」
 開けたお弁当箱に再びふたをしながら夜魅が尋ねる。
「は、はい。とても美味しいです」
「よかった。それアタシの手作りなの」
 お弁当箱を再びリュックの中にしまうと、それを肩に掛けながら夜魅は立ち上がった。
「ふぇ」
 リリーは顔をさらに赤らめながら、夜魅さまの手作りなら美味しい訳だと納得してしっかり味わって食べた。
「ごちそうさまでした」
 まだ赤い顔でお辞儀をする。
「お昼に食べようと思っていっぱい作ったから残りは後からのお楽しみね」
「はい!」
 いっぱい作ったという事は早起きしたんだろうな。それなのに自分は寝坊しちゃうなんて本当に申し訳ない事をしてしまった。リリーは心の中で何度も謝りながら先に歩き出した夜魅の後を追って行った。

 

2003年5月30日 公開

協力
英語訳:ミセス・ロビンソン

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