舞い散るそれは百合の花
―It which dances and breaks up is the flower of a lily―

第一草「SAKURAドロップス」
第二幕〜
The rose of three colors

 どのくらい引きずられただろう。気がつくとリリーは銭湯の番台の前に立っていた。
「2人分でお願いします」
 夜魅よみ はそう言うとリリーの分も一緒にお金を払っていた。ようやく我を取り戻したリリーはそれを見てお金を払わなくちゃ、と思って慌ててポケットの中に手を突っ込みごそごそと探るがそこにあるはずの財布が無い。よくよく考えると狩りから宿屋に帰ってきた時ボスンと置いたリュックの中に入れたままだった事を思い出した。
「あら?どうしたの?リリーちゃん?」
 気がつくとリリーは泣いていた。憧れの夜魅の前で重ね重ねの失態。さらには財布を忘れてくる始末。もう自分が情けないやらなんやらでこのまま柱に頭を打ち付けて死にたい気分だった。
「も、もう。おかしなコ。ほら」
 そう言うと夜魅はポケットからハンカチを取り出してリリーの目頭をそっと拭った。ほのかに夜魅がつけているフローラル系の香水のいい香りが鼻腔をくすぐった。
「ほら。鼻水も出てるじゃない。ちーんしなさい」
 言われるままにリリーは夜魅のハンカチで鼻をかんだ。
「・・・ホントにやるとはね」
 一瞬夜魅の口元が引きつった。
「あぅうう。ちゃんと洗濯してお返しします・・・」
 リリーは夜魅の手からハンカチを取って、少し湿ったそれを自分のポケットの中へ押し込んだ。

 脱衣場に入ると先客が何人か服を脱いでいる。その中に湯上り直後であろうアコライトの二人連れが体中から湯気を立ち上らせて服を着ていた。そのアコライトの一人がチラリとリリー達の方を見る。と、一瞬驚きの表情をしたかと思うと二人でなにやらこそこそと話しを始めた。時折きゃっきゃっと黄色い声が聞こえてくるのでどうやら悪い話をしている訳ではなく、語尾にハートマークがつくそんな話をしているようだった。気にはなったがすでに服を脱ぎバスタオルを体に巻いてスタンバイOKの夜魅が今か今かと待っていたので慌ててリリーは服を脱ぎだした。

(それにしても、夜魅さま。美しすぎます。もうスタイルなんてボッキュッボンって感じで。それに比べてわたしの体なんて出るとは出ないでへこむところはへこまないで、お尻だけがボンって感じ。同じ女性とは思えない程スタイルが違いすぎます。マリアさまは不公平だわ。自分はなんの取り柄もないんだからせめてスタイルだけでもよくして欲しかったな〜)
 そんな事を考えながらリリーはあまり『立派』とは言えない自分の胸と夜魅の『立派』な胸を見比べてため息をついた。

 リリーは夜魅の体を横目で見ながら、今日のお昼に出会った事とその時夜魅が倒したスモーキーが『猫耳』を落とした事をふっと思い出した。どうして今まで思い出せなかったんだろうと考えながら、
「あの夜魅さま」
 服を脱ぎながら声をかける。
「ん?」
「今日のお昼に実はお会いしてまして・・・あ!夜魅さまは気づかれていないご様子だったんですが、その時夜魅さまが倒したスモーキーが猫耳を落としまして。わたしが預かっておりますので先ほどのハンカチと一緒にお返しいたします」
 『猫耳』は欲しかったけれども黙ってもらうのは心苦しい。
「ん?そうなの?お昼・・・確かにフェイヨンの森にはいたけど・・・『猫耳』?いいよ。リリーちゃんとの再会を祝してプレゼントするわ」
「そんな。フレイルも頂きましたし、この上『猫耳』まで貰えません」
「いいっていいって。それにほら」
 夜魅はロッカーにきちんとたたんで入れておいた自分の服の間から『猫耳』を取り出すと頭につけて見せた。リリーは一瞬頭が白くなりその場で尻もちをつきそうになるのを必死で踏ん張ってこらえた。それじゃなくても美人の夜魅が目の前でバスタオル一枚のお姿。それに『猫耳』をつければもう妖しい色香が増幅されるというものである。遠目で見ていた二人のアコライトもその瞬間「きゃ〜〜〜」という嬌声を上げた。

お願いです。夜魅さま。それ以上わたしを誘惑しないで下さい
「じゃ、じゃあ、あのお言葉に甘えて」
 リリーは顔を真っ赤にしながらうつむきぼそぼそと呟いた。
「うん。うん。もっと甘えなさい」
 そういって不意に夜魅がリリーの後頭部を掴み抱きついてきた。
バスタオル越しの夜魅さまのふくよかな胸が顔に押し当てられて気持ちいい・・・もとい苦しいですぅ

「ぷはっ」
 ようやく開放されて、リリーは「う〜ん」と考えながら脱いだ服をロッカーにしまい体にバスタオルを巻き付けた。もう一つ気になる事があるけれどこれを聞いて失礼にならないかしら?と思うが、好奇心を抑えきれず「さっきの話の続きなんですが」と、前置きをして思い切って夜魅に尋ねてみることにした。
「あの。今日慌てていたようですが何かあったんですか?」
「あら。はしたないところみられてしまったわね。実は」
 そういって辺りをきょろきょろと見回してから、リリーの耳元に手を当てて小声で、
「今日プロンテラ大聖堂で『山百合会やまゆりかい』 の定例会議があったんだけど、すっかり忘れてて。仮にも『白薔薇ロサ・ギガンティア』 と呼ばれているアタシが遅れていく訳にも行かなくってそれで慌てて。ね。」
 そう言って夜魅はウインクして見せた。

・・・え?今なんて仰ったの?プロンテラ大聖堂を取り仕切る『山百合会』。そのメンバーってだけでも十分驚きなのに、え?え?え〜〜〜!! 『白薔薇ロサ・ギガンティア』 さまだなんて!

 ようやく落ち着いてきたリリーの思考がまた火花を散らし始めた。

 そういえば先ほどからちらちらとこちらを盗み見しているあのアコライト達。なるほど。そういう訳か。総てのアコライト・プリーストが憧れる『山百合会』の最高幹部 『紅薔薇ロサ・キネンシス』 『黄薔薇ロサ・フェテイダ』 そして 『白薔薇ロサ・ギガンティア』 さまの通称『三薔薇』さまのお一人がここにおられるのだと、リリーはもくもくと煙を上げる頭でなんとかそこまで考えをまとめた。

 ここで、話は本筋とはずれてしまうが『山百合会』とは何か。『三薔薇』とは何かを説明しなければ読者諸君も頭から煙を上げてしまうことだろうから、説明しなければならないだろう。

 『プロンテラ大聖堂』とは分かりやすく言うと『教会』のような場所である。多くの人間が神に祈りを捧げ、時には懺悔をする為に訪れる所である。それとは別にアコライトやプリーストと言った聖職者を選出する場所でもある。ここで認められなければアコライトにもプリーストにもなれないのだ。

 この大聖堂はルーンミッドガッツ王国の管理下に置かれているが、実際ここを取り仕切っているのが『山百合会』と呼ばれる組織である。この『山百合会』の構成員は主に九人、全体の指揮を取る『三薔薇』と呼ばれている 『紅薔薇ロサ・キネンシス』 『白薔薇ロサ・ギガンティア』 『黄薔薇ロサ・フェティダ』 三人のプリースト。その三色の薔薇にはそれぞれ 『薔薇のつぼみアン・ブゥトン』 と呼ばれるアコライトかプリーストの『妹』がいて、その 『薔薇のつぼみアン・ブゥトン』 にもそれぞれ 『薔薇のつぼみの妹アン・ブゥトン プティ・スール』 と呼ばれるアコライトの妹がいる。彼女たちが『山百合会』を動かしていた。

 『三薔薇』とは代々彼女達が認めたプリーストに受け継がれてきた。その認めた証として自分のロザリオを相手に手渡しロザリオを受け取ったものは 『薔薇のつぼみアン・ブゥトン』 と呼ばれ、『三薔薇』が引退後はのその役目を引き継ぎ新たな『三薔薇』の一人となった。 『薔薇のつぼみの妹アン・ブゥトン プティ・スール』 も同じように 『薔薇のつぼみアン・ブゥトン』 が『三薔薇』の一人になると 『薔薇のつぼみアン・ブゥトン』を継承し、新たな 『薔薇のつぼみの妹アン・ブゥトン プティ・スール』 をつくる。この継承制度が何百年も続いてきた。

 いつしかこの儀式は広く一般にも普及し『スール制度』と呼ばれるようになった。

 プリーストや騎士といった二次職に転職する時に手渡されるロザリオ。それを後輩の冒険者に渡し、姉妹の契りを交わすこの『スール制度』は特に最近爆発的な広がりを見せていた。

 というのも、ここ数年徘徊するモンスターの数が増え、さらには凶暴化していた。それらを駆逐する為に数多くの冒険者が全国各地で奮闘しているが、この冒険者に戦闘のいろはや冒険の心構えを教え導く為に姉妹の契りを交わし、一人前の冒険者に育てていくのにこの『スール制度』は適していたからだ。

 それともう一つ『スール制度』が一般に広く普及した理由は、一次職から二次職に転職する際、同系列の職業でなくても良いのだが二次職の推薦が必要だった為である。前述の通り凶暴化したモンスターをより多く倒す為には二次職の戦闘力が必要になる。冒険者が増えるに従って二次職希望者が増加したのも『スール制度』が広まった理由だろう。

 アコライトがプリーストの、剣士が騎士の『姉』を持つとは限らない。一次職には相手を決める権限などなく、二次職の先輩冒険者に『妹』になってくれと言われなければ姉妹の契りを交わすことは出来なかった。
 よって持つ『姉』によって『妹』の進む道まで変わってしまう。アコライトがプリーストの『姉』を持てば純粋なプリーストが出来上がるのだが騎士を『姉』に持てば『殴りアコライト』が見事に完成するのである。

 この『スール制度』では『姉』は一人しか『妹』に出来ない『鉄の掟』がある。その為、『三薔薇』や三薔薇たちの 『薔薇のつぼみアン・ブゥトン』 に人気が集中した。アコライトだけでなく、他の職業からも人気があり、彼女らの目に止まるよう一次職の冒険者たちはあの手この手を講じるものだった。

 駆け足で説明してしまったがご理解いただけただろうか?簡単に要約すると、『三薔薇』とは総ての女性の憧れの方々であり、言うなれば天上人である。そんな憧れの方々と姉妹になるため多くの淑女は躍起になっている、という訳である。

 兄を探す為に旅に出たリリーには『姉』を探す事など頭に無かった。それに、自分のような何の取り柄もない女の子が『三薔薇』や 『薔薇のつぼみアン・ブゥトン』 といった立派な方々にお近づきになれるとは考えた事も無かった。夜魅が『三薔薇』の一人 『白薔薇ロサ・ギガンティア』 であると聞いてリリーが驚いてしまったのは当然の事であろう。

「ほ〜ら。ぼっとしないで。この格好寒いんだから。早く温泉入ろ?」
 まだ硬直したままのリリーの手首を掴むとまたずるずると引きずって夜魅とリリーは湯煙の中へと消えていった。

 

2003年5月23日 公開
2003年5月24日 一部改訂
(振り仮名をつけました。IE6.0で確認)

協力
英語訳:ミセス・ロビンソン

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† Strange term description †
〜のゆりの奇妙な解説〜

○『山百合会』
 『マリアさまが見てる』からの引用です。
 以下『マリアさまが見てる』の設定です。
 リリアン女学園高等部を取り仕切るのが『山百合会』です。一般的に言うところの生徒会です。名前の由来は、マリアさまの心をあらわすシンボルの花、山百合からです。幹部は通常三年生が務め、その三人はそれぞれ「紅薔薇さま」「白薔薇さま」「黄薔薇さま」と呼ばれます。薔薇さまが姉妹関係を結んだ妹は「薔薇のつぼみ」と呼ばれ、薔薇さまを補佐する役目が与えられています。薔薇ファミリーは一般生徒の憧れの的です。
 この話の中ではプロンテラ大聖堂を取り仕切る役目です。話の中で触れたアコライトやプリーストの選別や人々の懺悔を聞いたりといった仕事の他にも、宗教的儀式の準備や各地のアコライト、プリーストの監督等の役目を務めています。

○『三薔薇』
 『マリアさまが見てる』からの引用です。
紅薔薇ロサ・キネンシス』さま 『白薔薇ロサ・ギガンティア』さま 『黄薔薇ロサ・フェティダ) 』さまと呼ばれる三人の総称として使われます。彼女たちの役割は一般の学校の生徒会で言うところの生徒会長、副会長、書記、会計などの役職を同じ比重で受け持っています。
 この話の中でも同じような設定です。生徒会長はさしずめ聖職者会長でしょうか?(笑)

○『薔薇のつぼみ・薔薇のつぼみの妹』
 『マリアさまが見てる』からの引用です。
 『山百合会』において姉を補佐する役目を与えられた人たちであり、将来の薔薇候補です。
 分かりやすく書くとこういった感じです。

 ・『紅薔薇ロサ・キネンシス』 ― 『 紅薔薇のつぼみロサ・キネンシス・アン・ブゥトン』 ― 『紅薔薇のつぼみの妹 ロサ・キネンシス・アン・ブゥトン プティ・スール

 ・『白薔薇ロサ・ギガンティア』 ― 『白薔薇のつぼみロサ・ギガンティア・アン・ブゥトン』 ― 『白薔薇のつぼみの妹ロサ・ギガンティア・アン・ブゥトン プティ・スール

 ・『黄薔薇ロサ・フェティダ』 ― 『黄薔薇のつぼみロサ・フェティダ・アン・ブゥトン』 ― 『黄薔薇のつぼみの妹ロサ・フェティダ・アン・ブゥトン プティ・スール

 左が一番上の姉で右が一番下の妹になります。

○『スール制度』
 『マリアさまが見てる』からの引用です。
 以下『マリアさまが見てる』の設定です。
 
姉妹 スール制度 はリリアン女学園高等部で代々受け継がれている 制度です。普通の先輩後輩関係とは違って、個人的に強く結びついた二人を 姉妹スール と呼びます。上級生が下級生にロザリオを渡すことで、スール関係は結ばれます。もともとは「姉が妹を導くように先輩が後輩の面倒を見る」という、学校の方針から始まりました。ちなみに「スール」とはフランス語で姉妹(soeur)のことです。妹である下級生は上級生である姉のことを「お姉さま」と呼び、姉である上級生は下級生である妹を下の名前だけで呼ぶのが通例です。第三者的視点から、姉のことを「グラン・スール」、妹のことを「プティ・スール」と呼ぶこともあります。
 このお話の中では、「姉が妹を導くように先輩が後輩の面倒を見る」という設定をラグナロク風に変更して、「先輩の冒険者が後輩の冒険者を導いたり面倒を見る」という設定にしました。実際にこの制度がラグナロクにあれば、BOTやノーマナー行為も随分と減ると思うんですがね(笑)
 それと、男の冒険者には『兄弟制度』があるのか?と突っ込みが入りそうなのでお断りを入れておきたいと思います。『兄弟制度』はありません。男はパーティーを組んでそのパーティーの中の二次職者がまとめて面倒を見るといった設定になっています。お話の中ではたいして重要ではないので
触れていませんがそう理解して下さい。

○『二次職』
 ラグナロクからの引用です。ラグナロクでまず最初に就く職業が『ノービス』です。そこから各種一次職に転職して、一定のスキルレベルに達すると二次職に転職できます。一次職と二次職の関係は下図を参照して下さい。左の一次職から右の二次職へと転職出来ます。

一次職 二次職
剣士 騎士
マジシャン ウィザード
アーチャー ハンター
アコライト プリースト
シーフ アサシン
商人 ブラックスミス

 このお話の中では二次職の推薦がなければ一次職は転職出来ないとなっていますが、実際はそのようなことはございません。前述しましたが一定のレベルに達すれば転職出来ます。

○『殴りアコライト』
 ラグナロクからの引用。通称『殴りアコ』と呼ばれます。アコライトとは分かりやすく言いますと『ドラクエ』で言うところの『僧侶』です。仲間の傷の回復が主な役目でこの回復量を左右するのが『INT』と呼ばれるステータスです。多くのアコライトはこの『INT』を上げますが、『殴りアコ』は『INT』を上げず攻撃力を左右するステータス『STR』を中心に上げていきます。恐ろしい攻撃力で敵を殲滅するその姿はどう見ても聖職者の姿には見えません。そんなアコライトたちにつけられた愛称、それが『殴りアコ』です。

 

(注釈:今回の解説を書くにあたり一部『はてなダイアリー』を参考にしました。)

 

■素材提供■

Base story:gravity & gungHo

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