Complainte Op125


 悟浄が働かなくなった。
 …それは悟浄が八戒に対して、犬の様な扱いをやめてから直ぐの事だった。
 犬の様に扱う事を辞めたと言っても、現状が特に変わる訳でもなく…ただまた家政婦の様な生活に戻っただけだった。
 その頃から悟浄は賭場に顔を出さなくなった。
 夜はいつもの様に出かけていく。
 でも行き先は賭場ではなく、女の所であったり飲み屋であったり…。
 ただ飲み歩き遊んでいるだけの生活。

「八戒、酒持って来いよ」
 悟浄は空になったビールの缶を床に叩き付ける。
 悟浄は家に居る時もずっと酒を飲み続けている…。
 もうそれは…アルコール中毒症なのではないかと思える程だった。
「すいません、もうないんです…」
 八戒はおずおずと悟浄にそう告げる。
「ないってどういう事だよ!
 買って来いよ」
 悟浄飲みかけのビールの缶を右手で握り潰し、八戒に向かって投げつける。
 残ったビールが溢れ八戒の体にかかる…。
「もう…そんなお金もないんです!」
 この家にはもうほとんどお金がない…それは紛れもない事実だった。
 八戒は一日家に居なくてはならないので、稼ぐのは悟浄一人。
 それもいつも、その日暮らしのお金だけなんとかなっている状態だったのだ。
 だから勿論貯金なんてものはあるわけもない。
 悟浄が賭場に顔を出さなくなった今、収入はゼロなのだ…。
 もう お金なんて…残っては居ない。
 酒代どころの問題ではないのだ。
「なら稼いで来いよ」
「は…はい。貴方の許可が下りるのでしたら、僕は今日からでも働きに出ます」
 そう言った八戒を悟浄は下から上まで舐めるように見て、小さく笑う。
「ああ、働きに行くんなら俺がイイトコ紹介してやるよ」


 悟浄に言われ連れて行かれた場所を見て、八戒は自分の目を疑った。
 悟浄に付いて歩いている時から、少しずつ嫌な予感はしていた…。
 街の裏通り…派手な照明の飲み屋やラブホテルの並んでいる通りだった。
 八戒が連れて行かれた先はそんな通りの真ん中にあり、店の入り口には大きく『ノーパン飲茶』と書かれていた。
 八戒は悟浄の上着の裾を小さく握りしめながら、心の中で首を横に振る。
 もしかしたら、こんな店でも働くのは裏方の厨房や雑用かもしれない。
 そう最後の希望を持つ。


「電話で言ってたヤツ、コイツなんだけど使えそう?」
 悟浄はそう言い、八戒の背中を押す。
 店長だと名乗った男は八戒の顔・体を舐め回すように見る。
「勿論、こんな綺麗な子ならすぐにナンバーワンになれるよ」
 店長は八戒を見てそう言う。
 …悟浄は本当にこの店で自分を働かせる気なのだろうか。
 そんな不安が八戒の身を襲う。
 まさか…嘘だと思いたい。
 それでも現実は八戒の胸に深く突き刺さる。
「じゃあな」
 悟浄は店長になにやら耳打ちをすると、そのまま部屋から出て行ってしまう。
 その悟浄を追いかけようとした八戒の肩を店長が強く掴む。
「何処にいくつもりなんだい?」
「ぼ…僕は悟浄の所に……」
 震える声でそう言うが、すべてを言い終わる前に店長によって床に引き倒される。
「店で働く前に一度味見をしないとね」
 店長は八戒にそう言う。
「やめて下さい…」
 それまでとは違った、店長の男としての鋭い目つきに八戒は慌てて抵抗する。
 そう抵抗を始める八戒に店長は悟浄の言った言葉をそっと耳元で囁く。
 すると、その瞬間八戒の抵抗が止む。
 そして店長のなすがままに身を任せ始める。
 それは積極的ではなく、怯えた様子はあるものの抵抗はいっさい見せない。
 店長が八戒の耳元で囁いた言葉…それは……。
「悟浄に金はもう渡してあるんだよ」
 …もうこの事は悟浄の了承済みなのだ。
 これを拒めば、ここで雇う話も無くなる…そう言ったのだ。
 別に此処で働きたいわけではない。
 こんな所では働きたくない…でも。
『君が抵抗すれば悟浄に迷惑がかかるだけなんだよ』
 八戒の耳元で店長はそう言った。
 だから…だから八戒は抵抗する事をやめた。
 悟浄に迷惑は掛けられない。
 悟浄に逆らうことも出来ない。
「愛する男の為には何でもする、か…。
 泣ける話だねえ」
 そんな言葉を八戒は、どこか遠くで囁かれているように感じていた。



 八戒は鏡に映った自分の姿を見る。
「……………」
 男であるにもかかわらず、緑色のチャイナドレスを身に纏った自分…。
 他人の目にはどう映るのだろう…。
 自分の目には……。
 …でもどう映ろうと…どうなるものでもない。
 自分はここで働くのだ。
 …悟浄にそう言われたのだから。

『お客様には何をされても怒らない、逆らわない。
 これだけはちゃんとしてくれよ』

 あの日店長に言われた言葉…。
 本当はこんな状態で笑顔なんて作れない。
 でも、八戒は鏡の前で笑顔を作る。
 …それが出来なければこの店で働けないから。
 
 なにか…それが馬鹿げているからか…鏡の中には苦笑する自分の姿があった。



「お、新人さん?
 可愛いねえ」
 店に入ってきた男がイヤらしい口調でそう言う。
「いらっしゃいませ。
 今日から入った『八戒』です。よろしくお願いしますv」
 八戒は無理に笑顔を作りそう言う。
 思いの外、笑顔を作ることは難しくなかった。
 ずっと笑顔を作り続けて来たからなのかも知れない。
 …ずっと……。
「へえ八戒さんか、可愛い名前だね」
 普通ならば、皆働くときは源氏名をつける。
 しかし悟浄が『めんどくせえからそのままでいいだろ』と言ったため、そのままの名で働くことになった。
 自分とは違う名前で呼ばれれば、少しはマシだったかもしれない。
 でも今更言っても遅い事だった…。
「新人さんって事は、もうすぐアレがあるんだ」
「ええ、来週頭なんですよ。
 よろしくお願いしますねv」


 この店では、新人が最初の一回だけ『剃毛式』を行うとの事だった。
 剃毛式はオークション形式で行われる。
 客が新人に価格を付け、一番高い金額を提示した者に剃毛権が与えられるのだ。
 その価格は、その新人の給料にも影響する。
 だから剃毛式は重要なのだ……。

 剃毛式が終わるまでは、原則として『裏』の仕事は入らない。
 それもこれも、その剃毛式次第というわけなのだ…。
 とは言うものの、八戒の人気はまだ店に出たばかりだというのに鰻登りという感じであった。
「俺八戒さんの事気に入ったよ。
 大金叩いてでも、剃毛権手に入れよっかな」
 そう言って来る男は少なくない。
「八戒さんのその茂みもあと数日でお別れか〜」
 八戒が通り過ぎる瞬間に、客の一人である男がそう呟く。
 それと同時に男の手が八戒のスリットから中へと忍び込む。
「あ…ちょっと…やめてください……」
 この店の決まりとして下着は付けていないので、男の手は直ぐに八戒の素肌に触れる。
 腰からお尻をさすり、その手が前に伸ばされる。
「八戒さんってココの毛もやっぱり綺麗なのかなあ?」
 男はそう言い、笑いながら八戒の茂みをなでる。
 八戒は目を逸らし視線を床へと向ける。
 しかし鏡張りの床にはチャイナ服の中で行われている事をすべて映されている。
 目を逸らす事は出来ないのだ…現実から。
「…そう思うんでしたら……」
 嫌悪感に震えながらも八戒はゆっくりと唇を動かす。
 そして男の耳元にそっと唇を寄せ、囁くように言う……。
「貴方が僕を買って下さい」




 そして遂に八戒の剃毛式の日がやってきた。
 八戒は控え室で大きく溜息を吐く。
 今すぐにでも、ここから逃げ出してしまいたい気分だった。
 …今から自分は大勢の男の前で足を広げ…そして見知らぬ男に陰毛を剃られるのだ。
 心の底からどんどん嫌悪感と羞恥心が生まれてくる。
「この金額は最高記録だよ。
 悟浄が喜ぶぜ」
 そんな事を言う店長の声も耳に入らなかった……。


 自分の事を読み上げるマイクの声が…どこか耳の遠くで響いていた。
 心臓は早鐘を打ち、耳鳴りが頭を痛ませる。
 視界すらぼやけている様に思えた…。
 それでも八戒は名前を呼ばれ前ホールへと出る。
 ホールの中心には特設ステージの様なモノが出来ていた。
 そこへ上がれ…という事なのだろう。
 八戒はゆっくりとそのステージの上に上がる。
 そして一度息を吐くと、目を瞑りそろそろと足を開いた。
 その瞬間に店内にヤジのような歓声があがる。
「お…俺が八戒さんの…アノ毛を剃れるなんて…すごく嬉しいです…」
 剃毛権を手に入れたという男は、荒く息を吐きながら八戒に近づく。
 その男の八戒を見る目は酷くいやらしく、八戒の背筋に寒気が走った。
「八戒さん…綺麗だ……」
 早く終わって欲しい……。
 そう思う八戒の心とは逆に、男はゆっくり一つずつ行動する。
 クリームの付いた手が八戒のソコに触れる。
 その冷たさに八戒は小さく身を震わせた。
 そしてソコに更に冷たいカミソリの刃が当てられる。
「八戒さん…八戒さん……」
 男は何度も八戒の名前を呟き、少しずつ刃を動かす。
 その度にジョリジョリとした感触と共に八戒の毛が刈り取られていく。
「八戒さんの毛が…俺のモノだ……」
 時間をかけて全てを剃り上げると男は大切そうに八戒の毛を集めハンカチにくるむ。
「コレ一生の宝物にしますから」
 そう言って男は寒気のするような顔で笑った……。


 寒気がする…。
 男に触れられた所からそれが広がっていく…そんな気がする。
 八戒は冷たいシャワーを浴びながら、何度も自分の体を擦る。
 何度洗っても消えない…。
 男に触れられた感触も嫌悪感も。
「悟浄…助けてください…悟浄…悟浄……」
 そう呟く声も流れ落ちた涙も、シャワーの中へと消えていった。



「ちゃんと稼いでるか?」
 久しぶりに悟浄から掛けられた声はそんな言葉だった。
 悟浄の前には多くのビールの空き缶が転がっていた。
 …そのビールを買ったお金は自分が体を売ったお金なのだろう。
 そう思うと八戒の唇から溜息が漏れる。
 でも悟浄はそんな八戒には気が付かない。
 …いや、見ていないのだ。
 八戒がどれだけ顔色が悪くても…もう悟浄は気が付きもしないだろう。
「なあ、剃毛式終わったんだろ?
 見せてみろよ」
「え…?」
「剃られたトコ見せろって言ってんだよ」
 何も行動を起こさない八戒に悟浄は苛立つようにそう怒鳴る。
 その声に八戒は慌てて自分のズボンに手を掛ける。
 そして直ぐに下だけを脱ぐ。
「へぇ〜。ほんとツルンツルンじゃん。
 ガキみてえだなあ」
 綺麗に剃りあげられた八戒のソコを見て悟浄はそう笑う。
 八戒はその恥ずかしさに俯き唇を噛みしめた。
 店の男たちに見られるのとは比べ物にならない程の恥ずかしさだった。
 それは…悟浄が、明らかに自分を馬鹿にした目で見ているからだ…。
 無毛の下肢を見られたからではなく…そんな自分を見られたから。
 だからこんなにも恥ずかしく…そして悔しいような気分なのだ。
 あまりの屈辱に…涙が流れそうだった。
 八戒は必死にそれを堪える。
「そうだ、コレ俺からの祝い」
 悟浄はそう言い八戒に向かって一着のチャイナ服を渡す。
 それは今店で着ているロングな物とは違ってかなり裾が短い。
 この長さでは少し動くだけで見えてしまう…。
「でも…こんな短いの……」
「俺からのプレゼント、着るよな」
 悟浄はその言葉を強調していう。
「はい…」
「それ着てがんばって指名を沢山とってくれよ。
 じゃあ俺は、お前がその『毛』を売った金で遊んでくるからさ。
 ちゃんと家ん中綺麗に片付けとけよ」
 悟浄はそう言うと、上着を手に取り笑いながら出掛けていった…。
 そして八戒は…悟浄の居なくなった部屋で静かに涙を流した……。



 剃毛式での価格が良かったからか、八戒には表の給仕としての仕事だけでなく頻繁に『裏』の仕事が来るようになった。
 この店で『裏』と呼ばれているのはVipのみが入れる『個室』での仕事の事である。
 表の仕事は、ただ下着をつけずに給仕をするだけで、あっても『おさわり』程度である。
 だが裏は違う。
 そこでは料金に合わせたサービスが行われる。
 時によっては本番という事もありえるのだ。
 本当ならそんな仕事はしたくはなかったし、するつもりもない…。
 だが、その『裏』の仕事は給料に関係する。
 そして悟浄に、裏での仕事の月間ノルマを決められていた。
 そのノルマに届かなければ…きっと酷い目に遭わされるのだろう。
 役に立たない、と捨てられてしまうかも知れない……。
 そんな想いで八戒は身を粉にして働いた。



「ねえ、アンタ男に売られたの?」
 控え室に戻ろうとした八戒を一人の女性が呼び止める。
 それは別入り口ではあるが同じ敷地にある、女性ノーパン喫茶の店員と思しき女性だった。
「ここに入る男性はほとんど男に売られた人なのよ」
 女性は八戒を見上げながら『知ってた?』と付け足す。
 八戒はそんな女性の言葉には応えず通り過ぎようとする。
「あ…もしかして、アンタ悟浄の……」
 『悟浄』という言葉に反応し、八戒は足を止め振り返る。
 そんな八戒を見て女性は小さく笑った。
「へえ〜。やっぱり。
 聞いた通りね」
「……………?
 どういう事ですか……」
 一体どんな話を聞いたのかは分からない…でもろくな話ではないだろう。
 嘲るような笑いを見せる女性の様子でそれだけは分かる……。
「悟浄に貢いでる馬鹿な男って話よ」
 …それは間違ってはいない。
 事実だ…でもそんな事を……。
「だとしても貴方には関係ない話じゃないですか」
 八戒はそう言いまた控え室に向かって歩き始めた。
「そんな短いの着て恥ずかしくないの?
 ……そうそう、知ってる?
 この店の女の子で悟浄のアレを知らない人なんていないのよ」
 後ろからそう言われる声に八戒は耳を塞ぎ早足で進んでいった。



「ただいま帰りました……」
 八戒は小さくそう呟き家の扉を開けた。
 店が深夜二時に終わり、それから片づけをすれば家に着くのは三時近くになってしまう。
 勿論、家に明かりは点いていない。
 台所の電気を点け部屋を照らす。
 ダイニングテーブルの上はかなり酷い状態になっていた。
 家を出る時には綺麗だったテーブルの上は、悟浄の夕飯の食べ残しやビールの空き缶、そして煙草の吸い殻で埋め尽くされていた。
 八戒は溜息を吐き、テーブルの上を片づけ始める。
 自分の作っていった夕飯が食べられている事にほっと胸をなで下ろす。
 悟浄がまだ自分の作った物を食べてくれている…。
 それだけの事なのに安心する。
 …でも逆に言えば、それぐらいしか安心出来る事がないのだ。
「…何してるんだろう…僕」
 こんなに悟浄に尽くしても、悟浄は全然自分を見てはくれない。
 悟浄は自分を愛してくれてはいない…それは分かっている。
『馬鹿な男』
 そう言われても仕方がない…。
 自分でも不思議なぐらいだ。
 何故こんな馬鹿な事をしているのだろうかと…。
 でも…自分は悟浄から離れられない。
 だからどんなに辛くても…この仕事をやっていかなくてはならないのだ。
 八戒はそう自分に言い聞かせた…。



 それでもなんとか仕事も普通にこなせるようになった。
 まったく嫌悪感が湧かないかと言えば嘘になるが、初めの頃に比べれば随分マシになった。
 『悟浄』の為だと思えば我慢出来るぐらいに…。
 そう考えれば少しだけれども心にゆとりが持てる様になった。

 …しかし、そんなゆとりも長くは持たなかった。



「また……」
 八戒は自分のロッカーを見てそう呟く。
 ここ数日、八戒が仕事を終え自分のロッカーを見るとかならず手紙が入っていた。
 毎日の事に…何気味が悪かった…。
 大体、その手紙の主はこの従業員専用の控え室にどうやって入ったのだろう。
 ロッカーには鍵が掛けられている。
 その手紙はおそらくロッカーの隙間から入れられたのだろうけれど…。
 それでも気味が悪く、八戒はロッカーの中の物に変わりはないか念入りにチェックする。
 とりあえず、特に変わった様子はなく八戒は小さく息を吐く。
 それから今日入れられていた手紙を恐る恐る開いた。
「……………」
 中の手紙は薄汚れていて、内容は自分がいかに八戒を愛しているかという事。
 そして八戒の昨日の帰りから今までの行動が事細かに書かれていた。
 この手紙の主はいつも自分を見張っているのだ。
 どこか狂っている……。
「………ッ!」
 八戒は手紙の最後に書かれた文字を見て慌ててその手紙を離す。
 そこには汚い字で『この手紙は俺のザーメンで封をしました』と書かれていた。
 男の行動は日に日にエスカレートしていく様だった。
 この先どうなるかを考えると…全身に止まらない寒気が走った。



『後をつけられている』
 そうはっきり感じたのはそれからまもなくの事だった。
 深夜の人気のない道、そこにはっきりとした気配を感じる。
 間違いなくあの手紙の人物だろう。
 そうなら、これ以上嫌な思いをするぐらいならここでカタをつけたい。
 そんな考えが甘かったのかもしれない……。

「やっ……」
 気が付いたときには地面に押し倒されていた。
 普通では考えられないような強い力だった。
 男の身体を押しのけようとするが、顔に掛かる荒い息に思うように力が入らない。
 その時気が付く、この男は自分の剃毛権を手に入れた男だと。
 あの時と同じおぞましさが体中を駆けめぐる。
「八戒さん……」
「やめて下さい」
 八戒はそう叫ぶが男の力は一向に弱まる所を見せない。
「好きなんだ八戒さん…、ずっとずっと。
 君があの店で働く前から見ていたよ」
「貴方…誰なんですか…」
 八戒は必死に男の手から逃れ、地面を這うようにして男と距離をとる。
 そんな八戒を男は驚いた様な顔で見た。
「八戒さん…俺の事分からないの?」
 その男の言い方はまるで自分の知り合いの様な……。
「まさか…」
 八戒の頭の中で男とある人物が結びつく。
「そう、俺だよ。花屋の……」
 八戒は男が全て言い終わるよりも前にその場から走って逃げた。


 信じられない。
 あの優しかった花屋のおじさんが…。
『八戒さん、新種の花が入ったんだ。見てってよ』
 まだ自分が悟浄と普通に生活していた頃、彼はいつもそう優しく微笑んでいた。
 それがあんな風に変わってしまった。
 もう面影すらも消えてしまった感じだ。
 それは…自分の責任なのだろうか……。

「仕事を辞めたい?」
 八戒は今までのいきさつを全て悟浄に話し、『辞めたい』と告げる。
 そんな八戒を悟浄は顔色一つ変えずに見る。
「へえ〜、花屋のオヤジがねえ〜」
 ニヤニヤと笑いながらそう呟き、少し考え込む。
「いーコト思いついた。
 八戒、花屋のオヤジから絞れるだけ絞り取れよ」
「そんな……」
 突然の悟浄の提案に八戒は驚き声を上げる。
 しかし悟浄はどんどんと話を進めていく。
「あのオヤジからだったら楽に大金奪えるぜ。
 絶対巻き上げて来いよ」
 戸惑う八戒に悟浄は強く言い切った。



 男から金を巻き上げるのは…八戒にとってとても辛い事だった。
 勿論、好きでもないストーカーの様な男に自分の体を売るという行為もだが…。
 どんどんと男がボロボロになっていく様を見るのも辛かった。
 花屋の親父は八戒の体を買う為に彼方此方から借金をしていた。
 経営していた花屋も売られ他人の手に渡っている。
「八戒さん…好きだ…」
「ん…あ…はぁ……」
 毎日借金取りに追われ、食べていくお金もなく…それでも毎日自分の所に金を持ってくる。
 自分との快楽に溺れ……。
 どうしてだろう…。
 この男はどうしてそこまでするのだろう…。
 
「ああ…僕も同じですね……」



 尽くしても尽くしてもその想いは報われっこないのにそれでも尽くす。
 利用されていると分かっていても…。
 その身を削ってでも…。
「馬鹿ですね…僕って……」
 八戒は一人そう小さく声を漏らす。
「そう、最初に言ってあげたじゃない」
 突然掛けられた声に八戒は振り返る。
 そこにはあの女性の姿があった。
「今更そんな事言うなんでどうかしてるわよ」
「……貴方ですか…」
 八戒はそう言い、俯く。
「アンタなんかが愛されるワケないんだからサッサと諦めて別れなさいよ」
「……………」
「なんでそこまでして側にいるのよ!」
 初めは女性の言う事を無視していた八戒だが、だんだんと変わってきた女性の口調に顔を上げる。
 八戒の目に映ったその女性は少し涙ぐんでいる様に見えた。
「何で別れないのよ…なんでそこまでするの?
 他に男なんて一杯居るじゃない…」
 そう言う女性の口調は…まるで自分自身に言い聞かせているようだった。
 …この女性もまた、自分と同じように辛い恋をしているのだろう。
 別れてしまえば楽になる…そんな事は分かっている。
 それでも……。
「それでも、僕はやっぱり悟浄の側に居たいんです」
 それ以外に選ぶ道なんてない…。
 そう想いたいだけなのかもしれないけれど…。
「…馬鹿よ…アンタホントに馬鹿よ……」



「今日はどうします?」
 八戒は待ち合わせ場所である森の池の畔で男にそう言う。
 この森にはほとんど人は来ない為、そう言う事にはうってつけの場所だった。
 男は黙って八戒に金を渡す。
 そして強い力で地面に押し倒す。
「ちょっと……」
 そのまま力に任せ八戒の服を引き裂く。
 突然の行動に驚くモノの、手に握られている金はいつもの倍であった…だから今日はそういうプレイを希望なのだと思った。
「ん…はあ……ぐっ……」
 胸を舐めるその舌の感触に身を任せていた時、急に喉が締め付けられる。
 …男が八戒の首を絞めているのだ。
「な…に……を…」
「なあ八戒さん、俺と一緒に死んでくれよ。
 店は取られちまうし、借金取りは毎日来る。
 女房も子供を連れて出て行った…。
 もう…俺には八戒さんしかいないんだよ。
 一緒にしんでくれよ……」
 八戒の目の前にナイフの刃が光る。
『ああ…殺されるのか…』
 心の奥のどこかでは落ち着いていた。
 殺されて当然なのだ。
 これは全て自分が原因で起こった事なのだから。
 だから…死んで当然なのだ。
 そう思い目を瞑った。
 でもいつまでもナイフの刃は降りてこない。
 瞑った瞼の上にぬるっとした液体が落ちる。
「悟浄……」
 目を開けると、そこには素手でナイフを受け止める悟浄の姿があった。
 悟浄のての平から血が落ちる。
「八戒、速く逃げろ」
「でも悟浄…貴方怪我を……」
「いいから…」
 強く言われ八戒は男の手を振りほどきその場から逃げた。


「悟浄……」
 何故悟浄は自分を助けてくれたのだろう。
 あれから、悟浄の態度はいつもと同じだった。
 でも……。
 あの時、悟浄は自分の為に怪我をしてまでして助けてくれた。
 やっぱり悟浄は優しいんだ。
 八戒は自分の胸に手を当てて小さく微笑んだ…。





 ある日、悟浄が店を訪れた。
 …三蔵を連れて。
「悟浄、三蔵…」
 突然現れた二人の姿に八戒は驚き、手に持っていた飲茶の乗ったお盆を取り落としてしまう。
 お盆が床に当たる大きな音で八戒は我に返る。
「す…すいません…」
 慌ててしゃがみ床に落ちた物を拾う。
 その瞬間に客の間から歓声が上がる。
 マイクロミニのチャイナ服でしゃがんだため、八戒の白いお尻が隠しきれずに露わになる。
 かろうじて隠している中心も、鏡で出来た床にはくっきりとその形を映し出していた。
 普段の行動ででは随分と慣れたが、悟浄や三蔵の目の前でではやはり恥ずかしい。
 急いで拾わなくてはと、焦れば焦るほどその作業は上手くいかない。
「八戒さん、可愛い〜v」
「その可愛いお尻コッチに向けてよ」
 男達に掛けられる言葉に八戒は顔を紅く染め立ち上がる。
「悟浄…めずらしいですね。貴方が来るなんて」
 今まで悟浄が来たのは、八戒の稼いだ金を受け取りに来る時だけだった。
 あとは、隣の女性のノーパン飲茶には入っても、ゲイの方に来た事は無かったのに…。
「用が有るのは俺じゃねえよ。
 コイツの接待頼むな。モチロン特別コースで」
 そう言い悟浄は三蔵の背中を押す。
「どういうつもりだ」
「あ、コレこのお客さんからの指定だから。
 手抜くなよ」
 三蔵の言葉には応えず、八戒に紙袋を渡すと店から出て行く。
 八戒は悟浄に渡された紙袋を抱きしめ一度大きく息を吐く。
「三蔵、とりあえずこっちの部屋へどうぞ…」


 三蔵を部屋に案内した後、八戒は一旦控え室に戻る。
 そして悟浄に渡された紙袋を開ける。
 悟浄は『指定』と言っていたが…。
「これは…」
 紙袋から出てきたのは、八戒が西に向かって旅をしていた頃着ていた上着だった。
 つまり、コレを着てやれ…そういうことなのだろう。
 一体悟浄は何を考えているのだろう。
 そう思いながらも八戒はその服に着替え三蔵の元へと向かった。


「お待たせしました」
「どういうつもりなんだ……」
 三蔵は入ってきた八戒の、上着だけという姿に慌てて視線を逸らした。
「食前酒、飲みますか?」
「ああ……。
 ……おい!」
 食前酒と言った三蔵の唇に八戒の唇が触れる。
 そして暖かな舌の感触と共に少しずつ三蔵の口内に酒が流れ込む。
 酒が全て入り終えても八戒の舌はまだ残り香を楽しむかのように三蔵の口内をなめ回す。
「…いい加減にしろ。どういうつもりなんだ!」
 三蔵は無理矢理八戒を引きはがしそう怒鳴る。
「何も聞いていないんですか?
 でも…ごめんなさい、悟浄に言われた事は守らなくてはいけませんから」
 八戒は自分で上着のボタンを外す。
 全てはずすと多くの情事の跡のつけられた上肢が露わになる。
「ちょっと我慢して下さいね。
 でもちゃんと三蔵の事、気持ちよくしてあげますから」
 そう言い八戒は三蔵の中心に顔を埋める。
 白く長い指でジッパーを降ろし三蔵の中心を取り出す。
 そして指と舌を使い三蔵の熱を高めていく。
「八戒…やめろ!」
 突然自分のモノに刺激を与え始めた八戒を三蔵は引き離そうとするが、八戒はけしてそこから離れようとはせず、より強い刺激を三蔵に与えていく。
 丁寧に指先と舌先で快楽のポイントを探る八戒は慣れたもので、出会った頃の清楚さは何処にもみられない…。
 いつの間に彼はこんなに変わってしまったのだろう。
「三蔵…何処でイキたいですか?
 手?口?顔?やっぱり中ですか?」
「何を言っている。早く離せ」
「…やっぱり中がいいですよね」
 八戒はそう言うと、三蔵の上に跨りソレを自分の中に引き込んでいく。
「八戒…」
「あ…んん…はぁ…あ…。
 三蔵…気持ち…いいですか?」
 まだ完全に体に馴染まない内から八戒は大きく体を揺らす。
 八戒の手と舌によってかなり高められた三蔵の中心は八戒の内部の締め付けに直ぐに頂点へと導かれた。



「八戒…なんでこんな事してるんだ」
「…………」
 強く問う三蔵に八戒は黙ったまま口を開かない。
「ヤツか、悟浄のせいなのか?」

「俺の事呼んだ?」
「悟浄…」
 個室の扉が開き悟浄が姿を見せる。
「ちゃんと三蔵をイカせてやったか?」
 そして八戒に向かってそう言う。
「はい」
 八戒は顔をあげ、はっきりとした口調でそういう。
「どういうつもりだ!
 お前何考えてるんだ」
 三蔵は悟浄に向かってそう怒鳴り、掴みかかる。
 そんな状態でも悟浄は笑い、三蔵の耳元で言う。
「八戒、良かっただろ?」
 その言葉に三蔵は悟浄を殴りつける。
 悟浄の体が壁へと叩き付けられた。
「悟浄!
 …三蔵やめて下さい」
 悟浄が殴られたのを見て、八戒は慌てて悟浄と三蔵の間に割って入る。
「なんで止めるんだ。
 お前はこの男のせいでこんな目にあってるんだろう。
 それなのに何でお前は悟浄を庇うんだ」
 八戒を押しのけ、再び悟浄を殴りつけようとした三蔵の腕に八戒が縋り付く。
 その目には涙が浮かんでいた。
「別に俺は無理矢理やらせてるワケじゃねえぜ。
 ちゃんと八戒の意志を尊重してんだからな」
 笑いながら言う悟浄に三蔵は拳に力を入れる。
 振り上げようとしたその腕に雫が落ちる。
 見ると八戒の瞳から次々に涙がこぼれ落ちていた。
「お願いします…やめて下さい…」
 泣きながら訴える八戒に、三蔵はその拳を降ろした。

「八戒、俺と一緒に寺に来い」
「え……」
「今よりもずっとマシな生活ができるだろう」
 そう言い手を差し伸べる三蔵に、八戒は俯いて首を横にふる。
 三蔵と共に行く事はできない、と。
「どうしてなんだ。
 そんな酷い仕事までさせられて、なんでそれでも悟浄を庇い付いて行こうとするんだ」
 三蔵の言葉に八戒は何も言い返せない。
 確かに三蔵の言うとおりだ。
 こんな仕事なんてしたくない…。
 平和で幸せな毎日にもどりたい。
「八戒……」
 でも、やっぱり悟浄の元から離れることなんて出来ない。
 悟浄の事を…愛している。

「八戒…ごめんな…」
「……悟浄」
 悟浄が優しく微笑む。
 そんな笑顔はずっと見ていなかった。
 その笑顔がずっと見たかった。
「ごめん、八戒。
 俺最近ずっとさ、嫌な事があって八戒に当たってた。
 八戒の事すごく大事なのに…傷つけずにはいられなかった」
 悟浄がゆっくりと一言一言ずつ言葉にしていく。
 その言葉が八戒の心の中を温め満たしていく…。
「俺さ、八戒が実は友情とか同情とか、そう言った気持ちで俺と一緒に居るんじゃないかって思ったんだ。
 俺の事愛してるワケじゃないんじゃないかって…」
「そんな事ありません。
 僕は悟浄の事ずっと…ずっと愛してました」
「だから確かめたかったんだ。
 お前が本当に俺に付いてきてくれるかって…」
 そう言い悟浄は八戒に向かって手を差し伸べる。
 …悟浄も苦しかったんだ。
 悟浄も苦しんで…やっとそれを抜ける事が出来たんだ。
 …ずっとそれを待っていた……。
 ずっとその時を……。
「付いてきてくれるか?ずっと俺に」
「はい」
 八戒はその悟浄の手に自分の手を重ねる。
 悟浄はそのまま八戒を引き寄せ優しく抱きしめた。




 あれから、今までの分を取り戻すぐらい幸せな日々が続いている。
 暖かな日に包まれた部屋で、二人っきりで愛を確かめる。
 そんな暖かく甘い日が……。

「悟浄、買い物に行ってきますけど夕飯何がいいですか?」
「お前v」
 悟浄はそう答え、八戒の唇に軽くキスを落とす。
 八戒は笑いながら『そうじゃなくて』と悟浄のおでこにコツンと拳を軽く当てる。
「お前の作るものなら何でもいいよ」
「そう言うの一番困るんですけどね。
 どんなメニューになっても恨まないでくださいね」
「ああ、期待してる」
 明るく笑い、手を振りながら出かけていく八戒を悟浄も笑顔で送った。
 そして八戒の姿が見えなくなり……。

 悟浄はテーブルまで歩き、その上に置かれていた携帯を手に取る。
 そして通話ボタンを押し、窓際にもたれ掛かる……。


「あ、俺。
 んん、そう。そうなんだよ。
 え?アイツ、完全に俺の事信じてるぜ。
 普通あれだけやってまだ信じるか?
 あぁ、普通じゃねえのか。そうだな。
 …あぁ、アレ?
 近いうちには何とかなる。
 んん、そうそう。アレだからさ。
 またすぐ俺の嘘まに受けるんじゃねえの?
 俺が『優しい人』だなんて笑っちまうよな。
 え?ああ、あんときの怪我か。
 アレはさ、俺の大事な金づる殺そうとした馬鹿がいたからさ。
 …そんなんじゃねえって。
 ん、あぁ。だから近いうちにアイツ連れてく。
 なるべく高い金で使ってくれよな。
 え?ああ、そんなんいいって。
 アイツ、俺が言えば何でもするって。
 ああ…そう…ホントさ……



     馬鹿なヤツだよな……

 ノベルOp141〜Op160に進む

ノベルトップに戻る

トップに戻る