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おじいさんと時計(その3)

2002/11/10

帰らなかった時計屋さん

「じゃあ、おじいちゃんのところに行ってくるね!」
「あまり迷惑にならないようにな」
 という私の言葉が聞こえたのか聞こえていないのか、 玄関のドアが勢いよく閉じる音がした。 元気でわんぱく盛りのかわいい息子だ。 息子が言っていた「おじいちゃん」とは私や妻の父親のことではない。 町のはずれの時計屋の主人であるおじいさんのことだ。 店の暇な時間には壊れたオモチャなどの修理もしてくれて、 近所の子供たちから「おじいちゃん」と呼ばれ親しまれている。 だから子供たちはお気に入りのオモチャを持ってその時計屋に駆け込む。 その中には今にも泣き出しそうな顔をしている子もいるが、 私の息子の顔は明るいものだった。 時計屋のおじいさんにまかせればオモチャは必ず直ると思っているのだろう。 まあ、確かにあの程度の修理はおじいさんなら簡単だろう。 時計やオモチャの修理の腕は間違いなくこの町で一番なのだから。 もっとも、おじいさんが時計屋を始めたのはそれほど昔のことではないのだが。

 私はおじいさんの若い頃のことをよく知っている。 おじいさんは僕らのヒーローだった。 いや、僕らだけじゃない。 町中のヒーローだった。 文字通り「正義の味方」だったのだ。 マントをなびかせて空からやってくる誰も正体を知らない正義の味方。 その正体があのおじいさんだとわかったのはいつのことだっただろう。 巨大なロボットとの戦いのときだっただろうか。 世界征服をたくらむ悪の組織をおじいさんが壊滅に追いやったものの、 その組織が開発した巨大ロボットが「すべてを破壊せよ」という命令を受けたまま動き出したのだ。 そのロボットのパワーはあまりにも圧倒的で、 それを破壊したあとおじいさんは力尽き、 いつものように飛び去ることができなかった。 その場でばったりと倒れてしまい、集まった人々にその正体がばれてしまった。 その後しばらくは人々のすさまじい歓迎に迎えられたが、 その騒ぎが一段落した頃にはおじいさんは町のはずれへと引っ越していってしまった。

 それ以来、「正義の味方」を誰も見ていない。 おじいさんはその力を封印してしまったのだ。 それは、おじいさんの力を必要とするような悪もまたそれ以来現れていないということでもあるのだが。

 おじいさんはいつの頃からか時計屋を始めた。 たしか正義の味方をやってた頃の表の顔は時計屋の見習いだったかもしれない。 オモチャ屋だっただろうか。 子供好きの優しいお兄さんだったような気はするのだが、 「正義の味方」ではないおじいさんの表の顔についての記憶はあまり覚えていないのだ。 「正義の味方」であるときの印象が強すぎるせいかもしれない。

「パパ!大変だ!」
息子が帰ってきた。何かものすごく慌てているようだ。
「おじいちゃんが、おじいちゃんが…!!」
ひどく興奮している息子の話を聞いてみると、 どうやら巨大なロボットにおじいさんの時計屋が襲われたらしいのだ。 おじいさんは店にいた子供たちを逃がしたものの、 息子にはそれ以上のことはわからないという。 私は家を飛び出し、時計屋の方を見た。 そちらの方でものすごい砂埃が上がっており、大変な事態となっていることは想像できた。
「パパ!おじいちゃんが!おじいちゃんが!!どうして!?」
家まで帰ってきてほっとしたのか、息子は泣き出していた。
「おじいさんは大丈夫だ。あのおじいさんはとっても強いんだから。 ものすごく大きいロボットをやっつけたこともあるんだぞ」
私は動揺しつつもなんとかそう息子を力づけた。
「え、あのおじいちゃんが?うそ?ものすごく弱そうだよ?」
「本当だ。だからおじいさんは大丈夫。パパも子供の頃は何回も助けてもらったんだよ」
もっとも、それは何十年も前の話だ。 今のおじいさんが本当にあの頃の力を持っているのかは私にも確信はなかった。 ただ、そうでも言わないと息子は泣くのをやめなかっただろう。 またそれは私の希望でもあった。

「とにかくパパは時計屋の方を見に行ってくる。お前は家でじっとしていなさい!」
息子は泣きながら「危ないから」と言って私を止めたのだが、 私は無我夢中で走り出していた。 おじいさんが、僕らのヒーローが危ない。 自分には何もできなくても駆けつけなければならないと思った。

 走りながらあることを考えていた。 なぜおじいさんはあんな町のはずれに住んでいるのだろうかということだ。 正体がばれたとき、 町長はおじいさんに名誉市民の称号と豪華な家を町の中心に用意したという噂があった。 あとで聞いた話だが、その噂は本当だったもののおじいさんはそれを辞退したというのだ。 それを聞いたときは不思議に思ったものだった。 町の中心から町中を守ってほしかった。 でも、おじいさんはそうは考えていなかった。 きっと今日のような日が来るのを恐れていたのだ。 正体がばれてしまった以上、 自分を狙って来るものがいるにちがいないと考えたのだろう。 実際、息子の言うような大きなロボットが町の中心で暴れまわったらと思うと背筋が寒くなる。 だからおじいさんは町のはずれに住むことを選んだのだ。 自分のために町に被害が及ばないように。

 時計屋の周りは静かだった。 もうすべては終わってしまったのかもしれない。 私は最悪の結末をも予想しながらゆっくり近づいていった。 時計屋の建物が見えてくると同時に異様なものが見えた。 ロボットの頭だ。 2階建ての家ほどもある大きなロボットが立っているのがわかった。 あれは見た覚えがある。 おじいさんが「正義の味方」だったときに最後に倒したロボットだ。 写真にも撮られていたからその後も何度も見たし、間違いない。 おじいさんが前に倒したはずのロボットが今目の前にいる。 復活したのだろうか、それともあのロボットとは別の同タイプのロボットなのだろうか。

 ロボットを注意深く見てみると、ロボットはうれしそうな顔をして時計屋の店の中を覗いている。 いや、ロボットのうれしそうな顔というのもおかしな話だが、少なくとも私にはそう見えた。 私はロボットが何を見ているのか気になってロボットに近づき過ぎないように後ろに回った。
「…!?」
おじいさんが土下座をしている。 なんと言っているのかわからないが、謝っているようだ。 ロボットはそれを見て笑っているのだ。
「ソウカ、ソコマデアヤマルノナラキョウノトコロハミノガシテヤル」
そう言ってロボットは空高く舞い上がった。 こんなときに不謹慎にもあんな巨大なロボットが空を飛ぶということに感心した。

「おじいさん!大丈夫ですか!?」
近くにいた何人もが駆け寄った。 もちろん私もだ。
「今のロボットはなんだったんですか?」
「あのロボット見たことがあります!まさか!?」
「やっつけてくださいよ」
「おじいさん!」
みな思い思いに口にした。 おじいさんは
「あのロボットは今日はもう来ないと言っとった。ちょっとワシを静かにしておいてくれないか?」
とだけ言った。 みなが去っていっても私はその場から離れることはできなかった。
「どうした?ぼうず?」
おじいさんにかかるととっくに30歳を過ぎた私でも「ぼうず」扱いだ。
「お前さんのことは覚えているぞ。いつもワシの周りをうろちょろしてた…」
「え?」
私は驚いた。 正義の味方のおじいさんを追っかけていた子供は私だけではない。 何十人もいたはずだ。 そのひとりひとりを覚えているのだろうか。
「おじいさん。もう…、だめなんですか?」
いろいろな思いが交錯して私にはそれしか言うことができなかった。 おじいさんの土下座なんか見たくなかった。
「昔のような力はない。 あのロボットは倒せるかもしれんが、それじゃだめなんじゃ。 力では何も解決せんのだよ。 ワシは若い頃にそれをいやと言うほど思い知ったんじゃ」
それ以上はおじいさんは何も言ってくれなかった。 私はそれ以上何も言うことができず、その場を立ち去った。 家に帰ると妻と息子が泣きそうな顔で出迎えてくれた。

 3日後。再びロボットが現れた。 今回は町中の人間がすぐに気づいた。 ものすごい轟音をたてながら十数体のロボットを引き連れて上空に現れたのだ。 今回はあまりにも危険な状況だった。 前のように妻と息子を残しておじいさんのところに駆けつけるわけにはいかない。 あれだけのロボットがいるのだ。 どこが狙われるかわからない。 今にも飛び出して行きそうな私を見て2人とも不安な表情を見せている。 私は「大丈夫」とだけ言って窓の方へ行き、ロボットの軍団を見上げた。

「セイギノミカタニモウチカラハナイ。コノヨハワレワレガハカイスル」
恐ろしい声が町中を襲った。 その声を合図としてロボットたちが町の各所に降りてきた。 幸い私の家の近くにはロボットは降りてこなかったが、 遠くのあちこちから爆音が聞こえてくる。
「スベテヲハカイシロ。ワハハハーッ!」
無機的で金属的な笑い声と遠くから聞こえてくる爆音は私たちを絶望に追い込むのに十分だった。
「…ハハハ? オ、オマエハ!? モウチカラガナイノデハナカッタノカ!?」
巨大ロボットの声を聞いて私は目を凝らした。 巨大ロボットの隣に小さな影が見える。 米粒ほどの大きさでほとんど見えなかったが、私はそれがおじいさんであることを確信していた。 その影は急降下してきてロボットたちを粉砕していく。 爆音が建物の破壊されるときのそれではなく、 ロボットたちの破壊されるときの金属的なものに変わっていった。 私はその音に往年の正義の味方を思い浮かべていた。

「あなたっ!!」
「パパッ!!」
そうこうしている間にロボットの1体が私の家のすぐ近くまでやってきていた。 3メートルほどだろうか。 巨大ロボットと比べるとひとまわり以上小さそうだが、 その力はすさまじい。 その辺の住宅などは砂ででもできているかのように破壊している。 ロボットは十数体。おじいさんはひとり。 ロボットに対して有効な武器など私が持っているわけもない。 私には妻と子を抱きしめて落ち着かせることしかできなかった。 家から出て逃げることも考えたのだが、 今はこの町中が危険なのだ。 どこへ逃げられるわけでもない。 おじいさんが戦っている音が聞こえる。 金属的な爆発音も続いている。 おじいさんは勝っている、それだけは間違いない。 「間に合ってくれ!」と私は祈った。

 次の瞬間、家のすぐ近くで絶望的とも思われる破壊音が鳴った。 しかし、私はその音に違和感を感じて窓の外を見た。 窓の外にはロボットが倒れていて、そのすぐ隣におじいさんが立っていた。 おじいさんはその倒れたロボットを軽々と持ち上げ、 時計屋の方向へ投げ飛ばした。 邪魔にならないように時計屋の隣の空き地にでも飛ばしたのだろうか。 そしてチラッとこっちを見て次のロボットめがけて飛んでいった。
「つ、強い」
「あの頃のままなのね」
「髭で白髪でマントつけてる。へんなの」
無理もない。息子はおじいさんの昔の姿を知らないのだ。 しかし、私と妻は昔の姿を思い出し、その頃とまったく変わっていないと感じていた。 ただ、飛び去る直前のおじいさんはとても悲しそうに見えた。

 ロボットによる破壊活動は無限の時間続いたように感じられたが、 実際にはものの数分ですべてのロボットは倒されていた。 上空に巨大ロボットはまだ飛んでいるが、 金属的で絶望的な笑い声は聞こえてこない。 そしておじいさんの影がそちらに向かっていった。 巨大ロボットもおじいさんに向かって降りてきている。 2つの影は上空、低いところで止まった。

 2つの影はしばらく動かないままだった。
「ナンジュウネンモタダネテタダケダトオモッテイタノカ!?」
「オマエラニンゲンハトシヲトル。ダガ、ワレワレハシンカシツヅケルノダ!!」
などとロボットの声が聞こえ、おじいさんが苦戦していることだけはわかった。 おじいさんは何十年も力を封印したままだったのだ。 もちろん歳もとっている。 しかも、以前もロボットを倒したものの、 おじいさん自身もほとんど動けないほどにダメージを受けたのだ。 自身を「進化した」と言っている巨大ロボットには かなわないのではないかという思いが私の頭をよぎった。

 そのとき、「うおおおおぉぉぉぉぉーーー!!!」と声が響いた。 ロボットの声ではない。おじいさんの声のようだった。 何が起こったのかわからなかったが、 今まで動かなかった2つの影が動き始めた。 少し動いたかと思ったとたん影はどんどん上昇して行き、 ついにはすごいスピードとなって空の彼方へ消えてしまった。 少しの間呆然と見ていたが、 息子の「やったー!!」という声で我に返った。 そうか。おじいさんは勝ったのだ。
「おじいちゃん、本当に強いんだね。すごいや!」
そう、おじいさんは確かに強かった。 しかし、敵を倒して本人だけが空の彼方へ消えていく光景は何度も見たことがあるが、 敵とともに消えてしまうというのは見たことがなかった。 それはつまり、敵を倒せなかったということなのではないか。 恐怖は去ったが私の不安は消えなかった。

 数日が過ぎ、町の復興作業が始まっても時計屋におじいさんは帰ってきていなかった。 数ヶ月が過ぎ、町がほとんど修復されたがまだ時計屋におじいさんの姿はない。 数年が過ぎ、ロボットたちの影が人々の記憶の片隅に追いやられてもおじいさんは帰ってこないのだった。

 おじいさんが倒されてしまったのだという噂もあったが、そんなはずはない。 おじいさんが倒されたのならロボットたちはまたすぐにでもこの町を攻めてくるはずだ。 しかし、この町にも隣の町にも、どの町にもロボットたちが攻め込んだという話は聞かない。 おじいさんは勝ったはずなのだ。 勝ったものの傷ついて動けなくなって、そのまま…。 いや、そんなことがあるはずがない。おじいさんは永遠にヒーローなのだ。 多分、町のはずれに住んでいても町に迷惑がかかると思って、どこか遠く、 人の住んでいないようなところに身を隠してしまったのではないだろうか。 私はそう結論付けた。

「いってきまーす!」
「気をつけてな」
「はーい」
相変わらず元気のいい息子だ。 まるでおじいさんやロボットたちのことなど忘れてしまったかのように元気がいいが、 ときどき、おじいさんが帰っていないかと思って時計屋を覗きに行くのだそうだ。 そう、あの時計屋は中は片付けられたものの、 いつおじいさんが帰ってきてもいいように、そのままになっている。 そして、あのときおじいさんに修理を頼んだ息子のオモチャもそのままなのだ。 息子はおじいさんに直してもらいたいと言って、 そのオモチャを他の修理屋に持って行こうとはしなかった。

 時計屋では壊れたオモチャたちがおじいさんの帰りをいつまでも待っているのだろう。


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