働き方

報告者:岡林・岩見

課題図書

①柳川範之『40歳からの会社に頼らない働き方』(2013)
②福原義春『会社人間、社会に生きる』(2001)
③荒井一博『終身雇用制と日本文化』(1997)
④内田洋子=シルヴィオ・ペルサンティ『イタリア人の働き方』(2004)
⑤井上章一『ハゲとビキニとサンバの国』(2010)

課題図書の紹介

①柳川範之『40歳からの会社に頼らない働き方』(2013)序:★★破:★急:★★
①環境変化が激しくなく会社が安定的に成長出来ていた高度成長期に適していた終身雇用は、経済や社会が急速に変化している今の時代には適していないとし、これからの時代に会社に頼らない働き方、具体的にはバーチャルカンパニーを作ることを著者は提案する。
第一章、第二章で新しい働き方の必要性を時代の変化に基づいて説明し、続く第三章から第六章で実践方法とその有用性を説く。第七章でこれからの働き方を未来予測的に書き、提案の有用性をより説得的にする。
題名からは会社に頼っていてはダメだと悲観的、急進的な内容を想像させるが、実際は、あらゆる状況に備えリスク分散することに重点をおき、その働き方が結果的に自己成長に繋がり今の会社でも活きるとする前向きな内容である。働き方の変化の必要性と実践方法を具体的に示しており大変読みやすい。最近このような転職や起業について書かれた自己啓発本が増えており、本書の内容も他の自己啓発本を似たような内容であり、かつ、リスクに備えておくだけでよいという無難な内容である。ただ、このような本が増えている背景、また、本書についていえば、著者は起業家でもなく会社員でもない、大学院教授であることは興味深い。
①技術革新、新興国の追い上げ、経済状況の変化など、変化とリスクに富んだ時代の中で、閉塞感を打破し、チャンスを掴みとる為の働き方の転換を読者に迫る。具体的には、高度成長期のような一社の中で完結する働き方から、社外でも通用するようなサブの選択肢をいくつか設ける「複線的な働き方」へと移行するべきだ、というものだ。
 第一章、二章では、現在の構造変化を一つのチャンス、転換点としてとらえ、第三章以降で「複線的な働き方」に至るまでの、発想転換、能力の客観的把握、スキルアップの各プロセスを紹介している。第六章では「複線的な働き方」を具体的にどのように実践するか、バーチャルカンパニーによるリスクの対処という方法を紹介し、第七章では今後の労働の在り方について筆者なりの展望が述べられている。
 近年同様の趣旨の書籍をしばしば目にするが、この著作の特徴として、労働構造の変化のみならず、それを乗り切る具体的な方策についても述べている点が挙げられる。文体もフランクで読みやすく、閉塞感に陥りがちな人々を鼓舞するような内容であった。

②福原義春『会社人間、社会に生きる』(2001)序:★★破:★★急:★★★
 資生堂の元社長である著者が自らの幼少期から資生堂社長を退くまでを仕事と会社を中心に書いた自伝的本。著者は、幼少期の環境から本質を捉えたものごとの見方を得、平社員時代には的を射ない会社の方針に疑問を抱きつつも自分の信念を貫き昇進していく。社長就任後はハイリスクをとり長期的視点に立った当時としては画期的な経営改革を行い、経営活性化に繋げた。一個人が会社を通して結果的に社会にも貢献する、というように会社と社会は相乗的であるべきであり、そのためには本質をとらえることが重要であることが示唆される。これから社会へ出て行く学生にとっては、会社の実情など興味深く、読みやすい1冊である。

③荒井一博『終身雇用制と日本文化』(1997)中公新書 序:★★破:★★急:★★
 日本の経済、社会的システムの根幹を成す終身雇用制にスポットを当て、その構造、日本文化とのかかわり、抱える問題点を論じている。その上で、自由主義的なアメリカ的システムへの安易な賛成・転換を促す意見に対して警鐘を鳴らしつつ、終身雇用制の改善を訴えている。
 第一章ではゲーム理論の概念を用い、協力関係がどのように成立するか、終身雇用制の下でどのように協力関係が持続するかについて論じている。第二章では個人の嗜好を所与、不変のものとみなす新古典派経済学に対し、日本の伝統的文化である自己規制、信頼、組織への忠誠といった価値が終身雇用制の下で協力関係を強め、効率の達成につながることを述べている。一方第三章では、90年代後半の数々の不祥事が終身雇用制を採用する組織によって引き起こされた事実に着目し、終身雇用制が抱える種々の問題点を「インフォーマルグループ(人間関係上の好き嫌いを元に自然発生した組織内の集団)」という概念を用いて説明している。まとめとなる第四章では、アメリカ的システムへの安易な転換に文化を理由に反対を唱え、日本的システムの倫理、制度の両面からの改善を主張している。
 アプローチとしてゲーム理論、あるいは新古典派経済学との対比といった経済学の内容を盛り込んでいるが、分かりやすく解説がしてある為非常に読みやすい。ゲーム理論、終身雇用制といったテーマに興味のある人に薦めたい。また、この著作は15年以上前に著されたものであり、現在の制度分析、終身雇用論についても注目したい。

④内田洋子=シルヴィオ・ペルサンティ『イタリア人の働き方』(2004)序:★破:★★急:★★
 人口5700万人の国で法人登録が2000万社、国民全員が社長の国ともいえるイタリアの人々の働き方15例を紹介する本。生きるために働くイタリア人。(日本は逆のタイプが多いらしい。)イタリア人は人生を楽しむために、懸命に働く。イタリア経済は大企業だけでなく、多数の家族経営による零細、中小企業が支えている。国家は国家、自分は自分、そういう個人の集合体がイタリア。全体を平均すると負けるのに、異様な力をわき出す個人を輩出する国、と著者は紹介する。本文の15例はどれも一人で事業を始め、成功した例が紹介されている。自己実現が第一、金儲けは二の次とするイタリア人の底力を見せつけられる。

⑤井上章一『ハゲとビキニとサンバの国』(2010)序:★★破:★急:★
計5回、数か月に渡るブラジル滞在で筆者が体験したエピソード、そこから見出されたブラジルの文化の特異な部分、日本文化との相違、関わりをつづった紀行文。従来の比較文化研究のアプローチとはやや毛色の違う、筆者の実体験に重きを置いたエッセイのようなものである。
 キャッチーなタイトルの通り、扱う内容も、ハゲから見る男性のエロス、日本の地名を冠した害虫駆除サービスの会社など、目を引かれる部分が多い。一方こうした個性的なエピソードの中から、日本は一億総中流社会として階級を取り払ってきた中で因習的な男社会の論理も働いているということ、ブラジル社会が日本よりも男女共同参画を実現させているということなど、新鮮な視点から指摘を行っている。考察の深さよりも、視点のユニークさが特徴的である。


コメントⅠ

テーマである「働き方」のとらえ方によって、課題図書だけでもかなりの広がりを作る事が出来る。時系列的にとらえるのであれば、②(終身雇用制の全盛期)→③(終身雇用制の揺らぎ、アメリカ的自由主義的システムの流入)→①(会社に頼らない、個人でのキャリアアップ)という風に戦後終身雇用制の全盛から揺らぎ、個人によるキャリアアップという日本国内での働き方の転換を捉えることが出来る。また比較文化的にとらえれば、④はイタリア人個人の働き方と、⑤はブラジル文化の中から見出すブラジルのシステムと、それぞれ日本の個人としての働き方と、日本全体での働き方のシステムを比較対照することが出来る。このように一口で「働き方」と言っても個人か国全体か、あるいは時代、地域によって様々であることが分かる。
 その中でも③で紹介された、その国の制度、システムは文化(特に物事を判断する価値観)に影響される、という言説に注目したい。①において昨今の経済事情の変化(例:リーマンショック)、技術革新が働き方を変えるべき要因として挙げられていたが、終身雇用制から一つの会社に頼らない、所謂「現代の働き方」に転換していく中で、日本文化も変容しているのか。文化を変容させた要因はほかにもあるのか。あるいは、文化が根底で変わっていないとするなら、働き方を転換することでそこに摩擦が生まれるのか。以上のように、文化と日本人の働き方、日本のシステムとのかかわりについて議論を行いたい。(岩見)
年功序列、終身雇用制は日本特有の制度といわれる。③では終身雇用制は日本の文化に適した制度だと述べる。文化といえば、⑤で日本の反対側、ブラジルのエピソードから、日本との文化の差を印象づけられる。これまた日本の文化とは異なるだろうイタリアでは、多くの人が自ら事業を始めるなど、多数の日本人の働き方とは異なる(④)。
③で、終身雇用制は日本の「清明心」(=無私の心)を重んじるという文化に適している。文化にあった制度が効果的であり、安易にアメリカのような個人主義を取り入れるべきではないという主張がなされる。終身雇用制が日本独自の文化に馴染むから効果的だというこの理論にのっかると、これからグローバル化と日本の少子高齢化が進んでいき、日系企業により多くの外国人が在籍するようになると終身雇用制が適さなくなりうる。実際、先日、日系大手企業の年功序列賃金制度廃止が話題となり、終身雇用制も廃止に向かうか、というような見出しが飛び交った。このような中、日本特有の終身雇用制は維持されるべきか否か、あるいはこれからますます変容していくのかどうか、考えてみたい。(岡林)

 

コメントⅡ

課題図書を通してはあまり触れられてこなかったが、昨今注目されている論点として労働環境、ワークライフバランス、労働時間といったトピックが挙がる。所謂「ブラック企業」は流行語にもノミネートされ、企業による労働者の不適切な拘束、劣悪な労働環境が労働基準法に抵触しているのではないか、と話題を呼んだ。
 一方で、この問題を通して労働者に対して過度な保護が与えられ過ぎているのではないか、という指摘も見受けられる。従前の終身雇用制(③)も労働者の視点に立てば、長期間の雇用を保障をしてくれるというメリットもあるが、一方で見方を変えれば企業による拘束も内在するシステムであった。この終身雇用制が今後新たな働き方へと転換(①)していく中で、企業と労働者のパワーバランスはどのように変化していくのだろうか。それを保障するようなものとしてどのような法律がありえるだろうか。考えてみたい。(岩見)
終身雇用制は協力関係構築による生産性向上というメリットがある一方、不正の内々処理や、私的関係の公的関係への持ち込み、内部結託など不祥事が起こりやすいという問題がある(③)。
国家公務員法第75条で公務員の終身雇用が保証されている。また、業績によらない給料制度(年功序列)もまさしく日本的といえる。民間企業と公務員では利益追求の観点などからも存在意義が大きく異なると考えられるが、それぞれの存在意義を踏まえた上で、民間で終身雇用、年功序列への考え方が変容してきている中、公務員にもこの流れが影響しうるかどうか、あるいは、公務員の現行制度を存続すべきか否か、考えてみたい。(岡林)

ディスカッションの概要

コメントⅠ
〇終身雇用制と成果制について
 終身雇用について、個人のレベルでは、生産性が高い人が生産性の低い人のフォローをしなくてはいけないなどデキる人にとってはデメリットにもなりうる一方、個人のリスクを感じずにやりたいことをできる(今後どうなるかはわからないが)というメリットもある。
 担当者は終身雇用と実力主義を相反するものと捉えていたが、終身雇用と実力主義は二項対立ではないという指摘がなされた。終身雇用の中にもポジション争いはある。実力主義についてもリスキーという見方がある一方、雇用の流動性があり、転職の敷居が高くないのであれば安定ともいえる。
〇終身雇用制にはメリットもあるがそれを考慮してもなお、日本の雇用制度は変わっていくのか
 日本の一人あたりGDPとイタリアのそれは同じであり、労働時間を考慮するとわかるように、終身雇用制は効率が悪い。外資系企業などで実力をつけた人を雇うほうが雇う側にとっても効率がよく、実際、省庁や日系大手企業でも中途採用が盛んになっている。それに合わせて、雇われる側もファーストキャリアで実力をつけ、中途採用で入るほうが高い地位が与えられ有利。このようにどんどん雇用制度は変わるのではないか。
 一方で、上の意見はデキる人の考えであり、世の中の大多数にとって成果主義は怖い部分もあることに目を向ける必要があるという指摘もあった。
 終身雇用のメリットは育て上げるという公共財があることであるが、それは誰かが破ってしまった時点で成り立たなくなる、非常に人間性に支えられたものであり、不安定。
 逆に、終身雇用制が存在することで労働関係の一番下にいる人、非正規雇用の人などは、その地位に固定されてしまう。末端の人は雇用に流動性がある方が空いたポストに就くチャンスができ救われ、労働力が合理的に配分される。どうしてもこの構造で救いきれないところは社会保障でまかなうのがよいのでは。
 今までの意見は仕事をお金を稼ぐ場という観点、経済的合理性の観点に絞って見てきたが、仕事は居場所を提供する場でもあり、そこに終身雇用の役割があるとも考えられる。
〇先生から
 経済的合理性に対する価値観について、海外を見てみると、ヨーロッパでは経済的合理性よりも楽しむことを追求する傾向がある。しかし、近年は、多くのヨーロッパの若者がアメリカに留学し、経済が衰えすぎるのはよくない、楽しめるだけの経済成長は必要という考えも広まっている。
 育ててもらった分を長期的に返済しようというのが終身雇用制の考え。雇用の流動性が高まるとその組織に貢献しようという感情が薄まってくることにも注意が必要。また、転職について、日本では経済差がないところにも転職したりするが、アメリカでは経済的動機がないと転職しないなどの違いがある。

コメントⅡ
〇企業と労働者のパワーバランスの変化とそれに対する法について
 今の小学生のうちの多くの人が今ない、新しい職業に就くと言われている。このように社会構造の変化が激しい中、今の基準ばかりで法をつくるではなく、もっと先を見据えたものを作るべきという意見が出され、それに関して、終身雇用を抱え込んでいることが、時代の流れに対応出来なくさせているのではという意見が出た。例えば、機械化できる仕事だけど雇わないといけない、正規雇用だったら保護が必要だから非正規雇用にする、など。終身雇用があることで正規か非正規かで保護が両極端になり、また、転職機械が少ないことで他のところで活躍できるはずの労働力を持て余す結果となっている。しかし、雇用を流動化させればみんな非正規雇用になる。格差は減り、平均的な労働者の地位は上がるが、給料だけでなく、雇用の安定性も価値ということを見落としてはいけない。
〇日本でも、終身雇用制が変容しつつある中、公務員の終身雇用制はどうなるか。
 民間との違いは、公務員は長期的な利益を追求しなければならないこと。また、自衛隊など国家的に必要とされているからやっている部分はそれが必要なくなったらやめてくださいというのは国としてあまりに無責任。また、裁判官などは公正中立を保つためにも終身雇用が必要となる。という意見が出た。また、公務員の中にも競争性があることの指摘もなされた。大学の先生はみなし公務員であるが、終身雇用に甘んじず、ちゃんとプレッシャーを感じて論文を書いたりしているのか、とみんなの関心がみなし公務員である大学の先生の実態に映ったところで議論は終わった。
〇先生から
 大学はみんなが思っているよりも転職が多いところであり、市場化が進んでいる。市場化が進みすぎて、逆に、内部で育てることの重要性を指摘され、引き抜きは3年待ってからでないといけないというような規定もある。日本の大学での競争は、短期的なものではなく10年単位の長期的なものであり、10年の中で力を入れるときとそうでないときの融通がきく。これは、出産などがある女性にとってはいい制度といえる。
 失敗する可能性はあるがそのリスクをとらないと新しいものが生まれない。だから、短期的に成果のない人を抱えるほうがよいものが出てくるということもある。逆に、理科系では研究費を獲得するために短期的な成果を求め、すでに完成している研究で論文をかいて成果を形として出し、実際は何も新しいものが生まれていないといった実態もある。
 解雇規制があることで採用も慎重にならざるを得ないことに関して、フランスで、解雇自由にして採用を促進させようという法案が出たことがあったが、デモが起きて法案はなくなったなどの例もある。
 公務員について、フランス自治体の職員は少ないがそれを取り囲むNPOが多くある。NPO職員は給料は高くないがそこでスキルを磨いて転職に活かすという仕組みもある。