9.ジャーナリズム
報告者：野村、濱崎
課題図書
�”霤津亜惴業�報道とメディア』（講談社現代新書、2011）
��荻上チキ『検証 東日本大震災の流言・デマ』（光文社新書、2011）
�１�武則『スキャンダルの明治―国民を創るためのレッスン』（ちくま新書、1997）
�ぐ岸系孫�『報道被害』（岩波新書、2007）
�ゼ娉崢照�『証言 沖縄「集団自決」―慶良間諸島で何が起きたか』（岩波新書、2008）
課題図書の紹介
�”霤津亜惴業�報道とメディア』（講談社現代新書、2011） 序：★★ 破：★★★ 急：★
3.11後に盛んにメディアを賑わせた原発報道は、当時存在していたメディアがジャーナリズムの名の下に報じてきた情報の「質」の問題と、ネットメディアなどの登場・発展による「報道手段の多様化」という問題を浮き彫りにした。著者はこれらを踏まえて「ジャーナリズムについての思考を改めて再起させる」ことを掲げてジャーナリズムの基礎理論、マスメディアとネットメディアそれぞれの可能性と限界、新たなメディア地図の中で真のジャーナリズムが進むべき道とは、と進め丁寧に論じている。
「基本材としての安心・安全」を守るためには、あまり知られていないけれど実は多くの人が知るべき事実を報じるというジャーナリズムの公共性は必要不可欠であること。ジャーナリズムの本旨に照らして自らの立ち位置にとらわれずに取材し適切なメディアを選択して報じる「一人ジャーナリズム」に可能性を見出すこと。筆者の主張は明確であり、ジャーナリズムが目指す本来の精神を知る上では（それこそ「公有」の情報として）有用であるが、既存のジャーナリズム批判に立脚して解決策のビジョンを示すための本としては、やや説得力に欠ける。
ジャーナリズム「精神」に基づく報道をする試みが実際に成功するかどうかは、必ずしも自明でない。一人ジャーナリズムが先に述べた二つの問題にどう応答するかを論じていない以上、精神論の実現の難しさに自覚的でないのでは、と言わざるを得ない。（野村）
東日本大震災・東京電力福島第一原子力発電所事故以後の、ジャーナリズムのあるべき姿とは。現役のジャーナリストで、東大などでジャーナリズム教育に携わる著者が、かつて中立的な（少なくとも極端ではない）立場から原発を取材した経験を足掛かりに、ジャーナリズムの理念、新しい動きとその限界を語る。
排他的に用いられる「安全」「安心」という言葉に否定的だった著者は、原発事故によって、人間が人間として生きていくために絶対に必要な「基本財としての安全・安心」が実現されていなかったことに気づく。そしてこの、排他的なものとは区別される「基本財としての安全・安心」を実現することがジャーナリズムの役割であるという考えに至った。
なぜ不安を過剰に喚起し、または危険を見逃すことが多く、「基本財としての安全・安心」を実現することができなかったのか、本書は従来のメディアの生態を丁寧に分析して解き明かしている。そして、一部で期待されているネットメディアの限界も指摘する。たとえばTwitterは共同体間の調整役を果たしえない。従来型マスメディアであれ、ネットメディアであれ伝達相手の興味に従って情報の取捨選択をする限り真に報道するべきことを伝えられない。マス/ネットではない新たなメディア配置図を提案している。
「誰も関心を持っていないけれど実は多くが知るべき事実」を発掘するジャーナリズムの実践のために、著者は組織の限界を超えた個人ジャーナリストが多種のメディアを必要に応じて使い分けて活動することができる制度の必要性を唱える。
理念の正しさは十分説得的だが、実現する手段が机上の空論のように思えてしまう。また、関心を持たれていない事実を発信するだけではなくて、人々にどう触れさせるかという点を詳しく検討するべきだと感じた。（濱崎）
��荻上チキ『検証 東日本大震災の流言・デマ』（光文社新書、2011）序：★ 破：★★ 急：★★
本書は東日本大震災をめぐって広まった流言・デマを数多く紹介することで誤った情報が広がるパターンを知り、今後その悪影響を最小化するための「ワクチン」となることを意図して「緊急出版」された本である。内容はかなり羅列的で後出しで正論を振りかざしている印象は否めないが、メディア・リテラシーのみに解決を押しつけるのではなく、ネットサービスやブログなどの手段を活用して「技術的」に流言・デマによる悪影響のリスクを減らすべき、という視点は興味深いと感じた。ただ、わらにもすがる思いの被災者の立場から考えた時に、私的な情報からスピーディに真実を取り出し被災者に伝えるということがどこまで現実的なのか、という根本的な疑問は残った。（野村）
�１�武則『スキャンダルの明治―国民を創るためのレッスン』（ちくま新書、1997） 序：★ 破：★★ 急：★★
スキャンダル報道の営みは、きっと明日も今日と同じように続くのだろう――では、江戸・明治のスキャンダルも同様だったのだろうか。本書は江戸から明治へと至るスキャンダルの内容的・形式的変化を追い、国民国家形成期に「制度としてのスキャンダル」が果たした役割を描く。
明治以前には大幅に脚色された物語として伝えられていたスキャンダルは、報道メディアである新聞の台頭によって「事実報道」という形式で伝えられるようになった。明治のスキャンダルの内容は、神道から外れた邪教、近代家族制度から外れた妾など、近代国民国家からの逸脱であり、これをスキャンダルにすることで国民国家形成が促進されるという循環があった。本書はこのようなことを豊富な実例をもって語る。結論に至る筋道があまり読み取れないのが残念。（濱崎）
�ぐ岸系孫�『報道被害』（岩波新書、2007） 序：★★★ 破：★★ 急：★★★
逮捕時の実名報道・個人の特定が可能な疑惑報道による人生への致命的な打撃、犯罪被害者などへの心ない集中豪雨的取材攻勢など、報道による人権侵害は跡を絶たない。本書では弁護士として実際に報道被害問題に取り組んできた著者が、被害の実態、現状の救済方法を語り、報道改革の提言をする。
描かれる被害は生々しく、明日は我が身と思わせるものがある。救済手段は交渉、仮処分による差止め、訴訟のそれぞれの段階で実例が詳しく書かれ、実践的だ。改革提言は、テレビ分野で実現したBPOのような苦情対応の第三者機関で、新聞・雑誌など全メディアに通じたものを作る、など現実に立脚した、実現可能性の高そうなものがほとんどである。
メディア批判一辺倒ではなく、市民のメディア批判を背景にした権力によるメディア規制を警戒する姿勢が本書の特徴の一つだ。（濱崎）
�ゼ娉崢照�『証言 沖縄「集団自決」―慶良間諸島で何が起きたか』（岩波新書、2008） 序：★ 破：★ 急：★★★
沖縄戦最初の地上戦である慶良間戦において、皇民化政策のもとで「軍官民共生共死」のスローガンが皇軍により説かれ、まさに「軍命」によって死を選ばされた住民たち。本書はフィールドワークに基づく彼らの実態の報告と、教科書検定において軍命の記述が消去されたことへの分析を中心にして書かれている。国家が人権を迫害し不適切な判断を押しつけたり、そうした事実を隠蔽したりすることは公的機関から離れたジャーナリズムの重要性を十分感じ取ることができる。ただ、悲痛さを訴える本書の視点は固定されており、反論した側を歴史修正主義者と呼ぶなどやや偏った価値観で書かれている印象も受けた。（野村）
コメント��
�，聾業�報道を契機としているが、内容はネットメディアも含んだ既存のメディアの問題点を洗い出す総論的なものだ。�↓い呂修譴召譽優奪肇瓮妊�ア、マスメディアの生態と問題点を�，茲蟠饌療�なレベルで論じている。当ゼミ開講時「新書はジャーナリズムに接近している」と示されたことから、特に、関心を持たれにくい弱者に光を当てる�きイ和減濕�体が「一人ジャーナリズム」の実践と考えられる。��は�，派措未気譴襦�顧客の興味関心に従うメディアの性質が日本でのマスメディア黎明期には既にあったことを示す。
・「一人」対 組織
�，任蓮丙能�的には「活動体」を想定しているが）「一人ジャーナリズム」が理想として唱えられる。しかしその実践とも考えられる�イ六訶世�一方的・内容が雑駁で、ジャーナリズムとして失敗作だ。一般に、個人よりも組織の方が多様な立場に目を配って良質な報道ができると考えられるのではないか。組織で理想のジャーナリズムはできないのか。
・関心を持たれるために
��で描かれる「商品としての新聞」を売るためスキャンダルを追い成功した明治のある新聞の姿は�，離献磧璽淵螢坤爐陵�念と鋭く対立する。しかし、特に生活様式が多様化した現代では、良いことを発信していても受け手に興味がなければまともに受信されないのではないか。広く人々に関心を持たれるためにはどうすべきか。
・スキャンダリズムと可謬主義
スキャンダラスな事象を扱うメディアは一般的に信頼性が低く、一種の「誤りうるメディア」と言える。�´い慮世Α峅追擬腟租�ジャーナリズム」に進化する可能性はあるか。
コメント��
・ジャーナリズムが法を変える可能性
ジャーナリズムはよりよい社会のために、ピットフォールになりがちな議論を社会の主流から外れた立場からすくい上げることに意味がある。しかし、実際に社会を変えるためには既存社会の権力構造を利用しなければならない。ジャーナリズムはそのスタイルを保つ以上、既存社会の主流へとのし上がることはしないために社会を変えられないというジレンマがあるのではないか。特に法制度改革の局面では、キャスティングボードはあくまで政治家や官僚の側にあり、そうした権威によってしかジャーナリズムの価値がすくいあげられる術はないというジレンマがより露骨に現れる。そこで、ジャーナリストが直接政界に進出するという手段がありうる。しかしジャーナリスト出身の政治家の国政への影響力は、戦前から戦後に移り減少しているように思われる。いかに法制度改革の権力構造に食い込むか、こそがジャーナリズムの真の課題なのではないだろうか。
・ジャーナリズムに対する法規制
基本的には、言論の自由の保障によってジャーナリズムは守られるべきであるが、名誉毀損、不法行為損害賠償という形で民事刑事両面から規制される場合がある。「スキャンダル」として取り上げられ、社会的に糾弾される可能性もある。インタビューなどを主な手法とする以上、各個人に配慮せざるを得ないこれらの状況はジャーナリズムにとってかなり致命的であり、ここには世論の後押しなくしては世論の陥穽を突く報道は成り立たないという皮肉が見て取れる。報道被害を避けるためにどの程度の言論の自由への制限が認められ、それがどの程度ジャーナリズムの価値を貶めるかは、極めて繊細かつ重要な問題である。
・「法の感度」と「報道の感度」の不一致
「推定無罪」という法の世界での考え方が一般には受け入れられていないように、法と報道の感度にはズレが大きい。そのズレは補正されるべきか。外れると「スキャンダル」になってしまうルールとは何か、なぜそれが法にならないのか。
ディスカッションの概要
議論の前半では、武田が提唱した一人ジャーナリズムと可謬主義的ジャーナリズムについて他の4冊の内容と関連して盛んに議論された。一人ジャーナリズムは一方的な視点の報道になってしまう、広く関心を持たれることが難しいなど欠点が多いという問題提起に対して、たとえ一方的な情報であっても問題を拾い上げることに意味があるという意見や一人で調べたことであっても報道機関が大々的に報じることで世間の関心を集めたり内容に正当性を与えたりできるのではないかという意見など肯定的な意見も出された。ただ、関心を持たせることと正確な報道のための情報量の確保やスキャンダラスな報道と正確な報道は基本的にトレードオフの関係に立つのではないかと思われる。この限界を解く手段として提唱されている、予め誤りうることを表明しておく可謬主義的ジャーナリズムに関しては、取り付け騒ぎのように誤報が害をもたらす場合があることやスキャンダル的なメディアが可謬的であることを表明することに実質的な意味はないことが指摘された。
後半では、まずジャーナリストが法・社会を変えることに関して議論された。「ジャーナリストはマイノリティの側に立つものか」「ジャーナリズムがないと正義は実現されないのか」という問いに対し、ピットフォールになりがちな議論を社会の主流から外れた立場からすくいあげることを意識していないと、主流の世論が批判されずに形成されることになり危険なので、たとえ直接社会を変えることができなくともジャーナリズムは必要だ、との意見が出された。次に、ジャーナリズムによる正義が話題になった。ジャーナリズムによる責任追及と法による責任追及の違いについて、法による責任追及には正義が必要だが、ジャーナリズムによる責任追及は、言葉の力により、必ずしも正義に担保されなくてもできてしまうのではないか、という意見が出された。社会で「良いこと」を実現するのが難しいのは各人の間で価値の対立があるからであり、対立を乗り越える力は正しさでは足りないのではないかとされた。
大村先生からは、「スキャンダル〜」で描かれたスキャンダルの共有に情報共同体を生み出す効果があることや、「証言〜」で記された大江健三郎の記述を法的にどう評価するかという問題を指摘していただいた。また議論のまとめとして、ジャーナリズムには「マクロの言論空間」と「個々のジャーナリストのスタンス」という二つが混合していると述べられた。さらに「ジュリスト」のような専門雑誌が一般世論とは異なる専門家のジャーナリズムを形成していることが紹介された。