8.影響力
報告者：塩田、川本
課題図書
�〆０翹Ь次惘洞僧蓮修修慮�果と威力』（光文社新書、2010）
�∈監�尚之『明日の広告―変化した消費者とコミュニケーションする方法』（アスキー新書、2008）
�Ｂ膸蛙真諭悵�徳商法―あなたもすでに騙されている（文春新書、2003）』
�げ勺蠖�輔『サブリミナル・マインド―潜在的人間観のゆくえ』（中公新書、1996）
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課題図書の紹介
�〆０翹Ь次惘洞僧蓮修修慮�果と威力』（光文社新書、2010） 序：★ 破：★★★ 急：★★
社会心理学者である著者が「なぜある特定の人から影響を受けるのだろうか」という問題意識から、人と人との間の影響力について、社会心理学の研究成果に基づき解説したもの。どのような所にどのような影響力があるかを紹介するだけではなく、社会心理学の研究方法についても具体的に実験の内容を説明しながら紹介されている。そのため、社会心理学の入門書としても読めるものになっている。
「人はアメとムチに弱い」、「人は権威に弱い」、「人は好きな人に弱い」、「人は人の行動に弱い」、「人は集団の空気に弱い」、「人は無意識レベルでつつかれると弱い」。本書では、人の影響の受け方を類型化し、それぞれの影響力や社会心理学的現象の特徴や原因を論じている。その上で、それぞれの影響力について格言のような警句を挙げており、影響力について知ることについての一般の読者に対するメリットも考慮されている。第6章においては無意識レベルの反応に働きかけるウェブを利用した通信販売の危険性について述べているが、コントロール感の重要性の問題との関連性が分かりにくく、唐突な印象を受けてしまうかもしれない。（塩田）
影響力を賞罰が基礎となる７種と社会的な３種に分類して紹介し、模倣行動、集団現象、無意識について影響力との関わりから説明がなされる。参照される研究事例の数は多く、実験手法から丁寧に解説されるが、一貫してその羅列に終始していて、意外性のある結論が導き出されるわけではなく、ときに出てくる警句が気の利いたものであるわけでもない。しかし、著者の伝えたい内容がどのような相手に対してでも伝わるよう平易な文と卑近な例を用いる努力と工夫がなされている点は高く評価できる。地道に研究成果を積み上げていく姿勢は分野を問わず大切なことであり、ごく常識的な予想の範囲にある結果をまとめて新書媒体で出版することの意味は、人々に確実な参照源を提供することにあるのだろう。（川本）
�∈監�尚之『明日の広告―変化した消費者とコミュニケーションする方法』（アスキー新書、2008） 序：★★★ 破：★★ 急：★
「消費者が根本的に変わったんだから、我々も根本的に変わらなきゃ！」。広告会社に勤務する著者は、広告をラブレターにたとえ、現在は「モテない」時代であり、消費者はラブレターの口説き文句を信じようとせず、そもそも受取ろうともしない。モテないあなたは消費者のことをよく知り、ラブレターがしっかり届くようにしなければならないと言う。
メディアの多様化・情報洪水の状態にある現在、消費者とどのようにコミュニケーションを成立させることができるのかを、著者の経験から具体的に述べたものである。広告は人と人との間にあり、消費者はそこから一方的に影響を受けるものであると考えられるが、消費者もまたメディアであり、情報送信の主体になっているという認識は興味深い。（塩田）
�Ｂ膸蛙真諭悵�徳商法―あなたもすでに騙されている』（文春新書、2003） 序：★★ 破：★★ 急：★★
ノンフィクション作家である著者が、これまでに問題となった悪徳商法について、具体的な事例を挙げながら類型的に紹介している。それぞれの悪徳商法（一般の消費者をターゲットに、投げ網を掛けるように被害者を募る詐欺的商行為）について、そのテクニックや危険性、そして対処法を解説したものである。
訪問販売、通信販売トラブル、路上キャッチ商法、マルチ商法などの事例を読むと、特商法が悪徳商法とのいたちごっこ的に改正・拡張されてきたということがよくわかり興味深い。（塩田）
�げ勺蠖�輔『サブリミナル・マインド―潜在的人間観のゆくえ』（中公新書、1996） 序：★★★ 破：★★ 急：★★★
著者による駒場での講義をまとめた本。心理学入門であり、自覚的な意識とは区別される潜在的な認知過程をメインに扱っている。構成は、そのような自覚できない無意識の働きの諸相をまず紹介してから、潜在的認知過程に拘束されない意識に残された自由を考察し、最後には近代的人間観が崩壊に瀕していることを明らかにする、というものである。
本書のメッセージは「人は自分で思っているほど、自分の心を分かってはいない」であり、ここで提示される決定論的・機械的な潜在認知過程をふまえた人間観は、人々の信じる自由意思というものの存在に、ひいては近代社会の前提たる個人の自由・責任に疑いを差しはさむ。
魅力的な授業を想像させ期待させてくれる語り口が全編にわたって途切れることはなく、多彩な研究事例をまじえつつ説得的に著者の論は進む。無愛想な題名に反して知的好奇心を刺戟するこの新書が結論めいた積極的提言を行うことはない。しかしそれは本書執筆時における心理学の成果の限界であろうし、著者は自説と反対説をフェアに挙げる中で、われわれの人間観・現実認識は大きく変わりうるとして、実社会における心理学の役割と可能性に目を向けさせてくれる。（川本）
�ズＢ漆了福愀化亜愁皀鵐好拭爾涼太検戞覆舛�ま新書、1996） 序：★★★ 破：★★ 急：★
これは群衆問題が現代人にとって最重要の問題であることへの自覚を促す書物である。著者は先行する群衆研究が必ずしも触れてこなかった「群衆体験」、人々の群衆への「驚き」に焦点をあわせる。この「驚き」の現場に私たちを立ち会わせようと、著者はポーやボードレールからマルクス、エンゲルス、ニーチェまで断章を引いては思想家たちの近代群衆への期待や幻滅を読みとっていくのだ。
上記の思想家たちの驚きが示されるのは主に第１部で、群衆一般の性質・類型はその序論として述べられる。第２部に入るとトクヴィルの抜書きから重要ターム「民主主義的デスポティズム」が登場し、群衆心理分析から群衆が「デスポット」を産出することが確認される。著者が強調するのは人間一般の性向としての群衆であり、群衆化に抗って共同性の絆を情念ではなく理性でもって再構築する必要性である。本書が宿命的に群衆たらざるを得ない現代人への警鐘である以上、著者の投げかける問い――危機時に万人が一様化するという群衆現象にどのように挑むか――への応答を読者は課せられる。
そのヒントの一端となるかもしれないのが末尾の文献案内である。著者独自の理論が目を惹く類の新書ではないが、群衆論への案内として恰好の入門書である。（川本）
コメント��
�，蓮◆惘洞僧蓮戮梁蠅修里泙泙法⊆匆饋翰�学の知見を活かして影響力を分類している。�＾奮阿�4冊は、そのような影響力が働く場面に注目したものである。�△蓮�広告の影響力にフォーカスして、企業と消費者のコミュニケーションを論じている。��は、消費者への影響力を悪用する詐欺的商行為の事例を解説するものである。これら�↓�は、�，能劼戮蕕譴燭茲Δ兵錙垢留洞僧呂�実践される現場を扱っている。�い蓮¬軌媼韻�行動・意識に対して持つ影響力についての、認知心理学からの分析である。�イ蓮�近代群衆をテーマにして、人が集団から受ける影響力を説明している。�い廊，裡蕎蓮↓イ廊，裡犠呂紡弍�する内容であり、いずれも人間が共通して一般的に被る影響力が問題とされている。
では、影響力はコミュニケーション(言語)とどのように関わるのだろうか。人と人とのコミュニケーションには、必然的に影響力が伴っているように思われる。だが、コミュニケーションの内には、影響力を伴わないものがありうるかもしれない。影響力を伴うコミュニケーションについて見ると、コミュニケーションにおいて生じる影響力は様々で種類・性質・強弱が大きく異なっている。例えば友人のお願いと人質をとった脅迫を比べれば明らかであろう。したがって弱い影響力の極限に影響力がまったく生じないコミュニケーションを想定することができるかもしれない。
さらに、コミュニケーションを想定しえないときの影響力というものも考えられる。このような一方的な影響力は例えば自然現象はもとより、社会現象による影響力にもあてはまると言えるかもしれない。
コメント��
法と影響力の関係を考えるに際して、「影響力としての法」と「影響力の法」という二つの観点からの大まかな整理が考えられる。
影響力としての法とは、法がそれ自体何らかの影響力を有しているのではないかということである。そのような影響力を(a)法に内在する（法の効力に関わる）影響力と、(b)法の効力でないが影響力と呼べるものに分けて考えたい。一般に広義の「法の効力」には、規範的妥当性（狭義の法の効力）と事実的実効性があるとされ、前者は法の規範としての拘束力、後者は法の通りに事実を動かす力を指す。(a)の中で、制定法・判例がある規範を認めているからそれに従うというのであれば、�，納┐気譴審鞠阿涼罎任論掬�影響力が規範的妥当性を根拠づけていると言うことになる。また、違反者に対する行政処分や刑事罰などの仕組みが有する、�，埜世�所の罰影響力及び賞影響力は、事実的実効性を確保するような影響力であると言える。(b)としては、法が何らかの規範を定めたことで人々の（規範）意識が変化することがあるならば、これは�，能劼戮蕕譴浸仮髪洞僧呂砲△討呂泙襦�
影響力の法とは、現に社会に存在している影響力に対して、法が何らかの規制をするものである。つまり、社会の中には法の観点から問題になる影響力と問題にならない影響力があるということである。例えば、特定商取引に関する法律は、訪問販売や電話勧誘販売など、一定の影響力の作用を想定しうる特定類型の商取引に関して規制をしており、主要な効果であるクーリング・オフはまさに受けた影響力から解放されて、頭を冷やして再考を促すための制度であると言える。影響力の法については、法的観点から問題になる影響力と問題にならない影響力という二分をいかに決めるか、ということが重要であると考えられる。�△砲�いて述べられている「変化した消費者」像は、消費者法の適用範囲を消費者概念から考えようとする消費者の特性論に対して、一定の示唆を与えてくれるのかもしれない。
ディスカッションの概要
議論は「影響力があるとはどのような状態を指すか」という問題からスタートした。情報を受けとっているという意味で人は知覚作用から常に影響を受けているという意見もあったが、これは「影響力」の語義をどこまで広げるかという問題でしかないという指摘がなされた。むしろ重要なのは影響力を受けることで生じる問題であって、議論はこの観点から進み2点が注目された。1点目は無意識に影響を受けて認識が拘束されてしまう可能性であり、2点目は集団的な影響を受けて理性でなく情念で動く傾向が人にはあることである。議論はさらに展開し、影響を受ける他律的な生き方を必ずしもネガティブに捉えるべきではないのではという意見が出された。ここで近代的人間観を基礎づける「自己決定」の価値が疑われたことになるが、これは豊かさを手に入れた結果であると指摘された。この価値は、生きていくためには他の影響を排除せねばならなかった時代に生まれたものだからである。これに対して、他律的に生きてしまうという人の生来的傾向が悪用されることを考えると、対策を講じる必要があることは疑いないという意見も提示された。「自己決定」の価値については政治上哲学上きわめて難しい問題であるからここで深入りすることなく、議論は一段落して後半に入る。
法との関連では、はじめ知財法・著作権法を例として議論が進んだ。ここで問題とされたのが「同時発見」についてであり、どのような影響力なら許されるのか、ということであった。このように、規制すべき影響力かどうかという制度設計の方向で「影響力の法」を考えたとき、法というものが価値判断を示すことは明らかであった。その後、議論は「影響力としての法」へと転換した。法の効力は事実的実効性・規範的妥当性という二面から捉える事が出来る。事実的実効性を欠く法律として、未成年の飲酒規制や自転車に関する交通規則は、多くの人がそれに従わないにもかかわらず、廃止される見込みはなく、それどころか規制は厳しくなっている、といった具体的な事例が挙げられた。規範的妥当性を欠く法律については、法も進化論的に淘汰されていくのではないか、「常識」を社会が選択していくのではないか、という考え方が提示された。このような議論は、誰もその存在を知らない法や形式的にのみ存在し適用されない法、「法の廃用」という先生の問題提起も含めて考えると、さらに深まりそうである。
先生のご指摘としてはもう１つ、法の世界においても近代的個人像（＝確固たる効果意思を先に持ってから意思表示をする個人）はもはや想定できないと考えられるようになっている、というものがあり、この人間観の変化が制度設計にどう関わるのかという論点も興味深い。