7.差別

報告者：中野、依田

課題図書

①好井裕明『差別原論―＜わたし＞のなかの権力とつきあう』（平凡社新書、2007）
②越智道雄『WASP―アメリカン・エリートはどうつくられるか』（中公新書、1998）
③吉川徹『学歴分断社会』（ちくま新書、2009）
④田中宏『在日外国人―法の壁、心の溝』（岩波新書、1995、新版）
⑤山田登世子『ブランドの条件』（岩波新書、2006）

課題図書の紹介

①好井裕明『差別原論―＜わたし＞のなかの権力とつきあう』（平凡社新書、2007）　　　序：★★★　破：★★★　急：★
　本書は差別について理論的に分析するものではない。差別が日常の出来事であり、それとどのように向き合い、交流できるのか、その仕方を考察したものである。その上で、好井は差別がよりよく生きていくための手がかりとなることを主張する。差別への否定的な認識の転換をねらったものであり、一般の差別論とは一線を画するものである。
　第1章では、“差別の日常”という本書全体の主題と主張が述べられている。第2章では、差別について考える基本として、差別―被差別の二分法で割り切り、普通の人間は差別と無関係の存在であるという考え方ではなく、関係性のなかの差別という考え方を提示する。第3章で、差別と向き合う手がかりとして、“確かめ、糾す”という営みに着目し、それを受けて第4章で、対話型啓発という営みを紹介し、それぞれのエッセンスを抽出する。第5章では、セクシュアル・ハラスメントや性差別を例に、「あたりまえ」としての差別を、第6章では、多様な例から、歪められたカテゴリー化の承認による“決めつけ”“思い込み”としての差別を取り上げ、日常の差別との向き合い方を考察していく。そして、第7章で筆者の主張を確認し、その実践の手がかりを述べている。
　筆者の主張は一貫しているが、本書はいくつかの論文を基にしており、筆者の問題意識・研究内容の影響もあって、各章の関連性はやや分かりにくい。しかし、自分と関係がない問題として認識されやすい差別を“生きる手がかり”として捉え、自分を批判しつくり変えていく営みが差別を“意味なきもの”にする原点であるという主張は、斬新であり、興味深い。
　本書の随所で、教育や報道、啓発活動の問題点が指摘されている。加えて、企業や家庭内のハラスメントの問題、第3・4章でのコミュニケーションの側面からの分析があり、差別が広範な問題であることが示唆される。（依田）

　好井は、「差別をめぐる説明ではなく、私たちが、差別という出来事とどのように向き合い、どのように交流できるのか、その仕方について語」ることを目標に掲げ、その試みに「差別原論」という名を与えている。差別が個々人にとってかけ離れた異常な事態ではなく、自分が現に関わっている・関わりうる問題であることを読者に気付かせるとともに、そのような差別に対する認識の在り方に問題の根底を見る好井の視座が表れている。
　第一章では差別が日常に息づいていることを指摘し、第二章において差別する側とされる側との二分法を否定したうえで、関係性の中の差別という考え方をとること、また差別を受ける痛みへの想像力を深めることが肝要だとする。第三章で確認・糾弾という営みの対話性に触れ、第四章はこの対話性が創造されることで自分の具体的出来事や経験をもとに差別を考えられるようになると指摘する。第五章では性的からかいを例に挙げ、第六章で日常としての差別を考える手がかりとしてのカテゴリー化に着目したうえで、第七章であたりまえのカテゴリーを疑うことに差別を無意味にする方途を見出している。
　好井が差別という言葉で表す対象は広く、いじめやハラスメントをも例に挙げながら論を進めている。冒頭二つの章の問題提起に対し三・四章で解決の方向を示し、六・七章でその方向への道のりを示すことで一貫した主張が伝わる。中でも、カテゴリー化が不可避であること、そのようなスキーマの存在ゆえに他者との対話が困難となることの指摘は、差別に留まらずコミュニケーション一般に通じるものであり、示唆に富む。
　ただし、「他者と何らかのかたちで繋がるのが自然であり」、「差別する人も確実に人間として崩壊していくことになる」ことの重要性が伝わりにくい。好井の考える人間像や自他の対話を遮断するものとしての差別について、もう少し丁寧に扱ってほしかった。（中野）

②越智道雄『WASP―アメリカン・エリートはどうつくられるか』（中公新書、1998）　　　序：★　破：★　急：★
　越智は、アメリカにおけるマジョリティに対する別称としてワスプを位置づけるとともに、ワスプと称される人々の文化や歴史を具体例の列挙によって明らかにする。家庭内での母親の絶対的な立ち位置やプレップスクールでの教育、それらによる公共精神の形成とその裏返したる自我の喪失の四点に主にまとめられるだろう。
　しかし、越智によれば「〈（日本人の多数派は）なぜアメリカのリベラルな多数派が自分をワスプと呼んで卑下して見せるような寛容さが持てないのか？〉の背景説明」こそ目指すところだが、これについては手落ちとしかいいようがない。ワスプの寛容さについて最終章でいくつか例が挙げられるのみで一般化した議論はなく、また日本の状況説明やいかにワスプの事例が有用かの説明も皆無である。なお、1920年代の移民法の存在は差別に対する法の立場を考える端緒となる。（中野）

③吉川徹『学歴分断社会』（ちくま新書、2009）　　　序：★　破：★★　急：★
　吉川は、学校歴とは区別された学歴を格差現象の主成分とし、大卒と非大卒とがそれぞれ世代の50％である社会を学歴分断社会と定義する。特徴的なのは、親と子の学歴の繋がりを認めながらも、それを経済・職業の格差の継承や文化の継承とは区別された意味中立的なもとして捉え、政策による是正を不要とする点にある。また学歴分断社会における若者への提言として、学歴のメリットを認識すること、学歴アファーマティブアクションの制度を設けることを主張する。後者は高卒の若い社会人に社会の側から積極的に援助することをいうが、不当な逆差別になる可能性もあり是非が分かれるだろう。全体を通して、大卒か否かに基準を設ける理由が不明確であり、その基準を先に措定したうえでの議論なために説得力が低い。（中野）

④田中宏『在日外国人―法の壁、心の溝』（岩波新書、1995、新版）　　　序：★★　破：★★　急：★★★
　1990年の「入管法」改正に合わせて、旧版を書き直したのが本書である。本書のテーマは、筆者が学生時代の体験や研究者としての活動を通して在日外国人について考えたこと、そして、日本における外国人関係の法令の経緯についての報告である。サブタイトルの通り、数々の法令が日本人と外国人との間の“壁”となっており、それは日本人と外国人との間の“心の溝”の投影であると指摘する。それについて、法令の成立過程や具体的執行状況の分析、裁判例、自らの体験談を引いて説明している。
　“法の壁”の説明は非常に多くの資料が用いられており説得的である。対して、心の溝については存在が指摘されるにとどまり、なぜそのような溝が存在、維持されているのか、論じられていないのが残念である。在日外国人に関する問題（在日韓国・朝鮮人、諮問押捺、戦争犠牲者、etc.）について、包括的かつ詳細に述べられ、この問題を考える上でベースとなる内容であることは間違いない。（依田）

⑤山田登世子『ブランドの条件』（岩波新書、2006）　　　序：★　破：★★　急：★
　ルイ・ヴィトン、エルメス、シャネル。本書は、これらのブランドの起源の分析からブランドのブランドたる条件を考察する。ルイ・ヴィトンが皇室の権威・信用に依拠して生まれ繁栄し、エルメスも皇室の権威のもと生まれ、大衆社会を前に希少性を売りにして繁栄した。対して、シャネルは大衆に寄り添って成立し、モードを売りにした。ブランド誕生期における違いはコンセプトに影響するが、やがて現代においてブランドは自らの「名」を価値の根拠とし、象徴資本となる。こうした筆者の主張は、読み物として、また現代のブランドを考える上で面白い。しかし、多くの論点に触れたせいかやや散漫であり、絞り切れていない点が残念である。（依田）

コメントⅠ

　「あたりまえ」かつ「普段、支障なく他者とともに生きていくうえで必須な営み（149頁）」であるカテゴリー化（カテゴリー化の説明は144頁）が不適切なとき、差別につながるものと説明される（6章）。すなわち、「“歪められた”あるいは“偏った”カテゴリー化をそのまま承認してしまうとき、それは“決めつけ”となり“思い込み”とな」って差別に至る（同性愛の例；170頁）。そこで、「“決めつけ”や“思い込み”を少しずつでも崩し、中身を変えていく営みが必要」とされるが、その際に有効な作業こそが三章：確認糾弾や四章：対話型啓発というカテゴリーを超えようとするコミュニケーションである。
　差別に局面を限定せずとも、コミュニケーション一般においてカテゴリーを乗り越えることは課題になる。カテゴリーが「常識的な他者認知、現実理解に用いられる装置」であり、私たちが逃れることのできない営みである以上、コミュニケーションの相手について常にカテゴリー化せざるを得ないからである。例えば、ブランドや学歴は日常的なカテゴリーの例に当たるし、『いじめの構造』では閉鎖空間である学校と外部との対話の困難さに触れていたが、これも学校というカテゴリーに属する人々と属さない人々のコミュニケーションの問題と言える。
　では、差別における差別する側と被差別側とのコミュニケーションの特色とはなにか。社会の支配的な価値観を有するとされる人々が、それにそぐわない人々に対して行うものが差別だとすれば、二つのカテゴリーの間には優位・劣位の関係が成り立っていることになる。この関係性ゆえに社会において支配的な差別者からカテゴリーを超えてコミュニケーションを図る動機が乏しく、多く被差別側がコミュニケーションを成立させようと四苦八苦することになる（三章）。差別側が支配的価値観を表すといってもそれは多数派であることを意味しない。例えば女性差別では、差別者である男性が多数派であるとは容易に言えないが、男性が支配的・抑圧的であるがために起こるものといえよう（137頁）。ただし、社会において劣位の価値観を有する者に対して抑圧する必要がある場合も考えられる。例えば殺人を是とする宗教が存在し実際に人を殺したとすれば、それは人を殺してはならないとの支配的価値観に対して劣位であり、また殺人を抑圧することも必要だろう。このように、カテゴリー間の差異がどのようなものかをまず捉え返し、それがいかに評価されるべきかを考えることも必要な点には注意を要する(この態度は『学歴分断社会』198頁に見られる)。
　「人-間であるという時の各自の存在は、存在しているかぎり、どこまで行っても対他存在なのである(大庭健『善と悪』)」とすれば、人間にとって他者とのコミュニケーションは自己にとっても欠くことができないものであるし、だからこそ好井は「差別する人も確実に人間として崩壊していく（59頁）」と述べたのだろう。しかし、差別におけるコミュニケーションでは、それを成立させる必要が被差別カテゴリーの側にのみ存在するかのような構造が存在している。逆に、差別側のカテゴリーに属するものから対話を成立させる試みとして②や③で取り上げられているアファーマティブ・アクションが存在し、それは賞賛に値するものとして取り上げられることになる。この非対称性に想像を巡らせることは自らの「あたりまえ」を疑いつづけるために枢要なのではないだろうか。（『つながりの作法』107頁では、「構成的体制」と「個人の日常実践」の相互循環が説明されるが、差別側の価値観こそが「構成的体制」なのである。また、このような差別の構造が大規模に行われている可能性を示唆するものとして、リオタールの「大きな物語の終焉」の議論がある。）

コメントⅡ

　法が差別になる例としてアメリカの移民法（『wasp』24頁）や日本の指紋押捺制度（『在日外国人』Ⅲ章）が見出される。このように法という形で差別がなされているのはどのような状況か。
　法が社会の支配的価値観を反映していない場合は差別にならず、法を定める権限を持つ者の抑圧となる。具体的には、民主政だが立法者への民主的正統化が遮断されている状態（例としてスターリン）や、独裁など民主政ではない政治体制が考えらえる。『村上春樹論』で触れられた『千夜一夜物語』の王（64頁）や『流刑地にて』の「先の司令官」（87頁）は後者の例であろう。
　他方、法が社会の支配的価値観を反映しているときに差別となりうる。差別が法として社会に構造化されて埋め込まれているのである。社会の支配的価値観を有しない人々が自身の価値観に従って生きられないのだから、ここで法は実現可能であった個々人のより良い生き方を阻むと同時にそれを固定化する要因となっている。外国人の指紋押捺制度に即して言えば、外国人にとって指紋を採られることなく自由に生きることが不可能とされ、またその状況が維持されるのである。
　では法が以上のように差別となってしまうのはなぜか。これについて、法の通用力と合理性に分けて考えることができよう。法の通用力は法律と呼ばれる命題群が通用する社会を私たちが選択していることに起因する。トートロジーであるとしても、これ以外の理由はないだろう。また、法は立法者の価値判断・政策的判断(時によっては独断)の結果として出来上がるが、人間のいかなる判断も絶対的に正しいとはいえない以上、法律の合理性も担保されないことになる。このため、法が社会において通用することとそれが合理的な内容であることとは一致せず、時に合理性が欠けて抑圧的になるのである。（なお、法律を解釈する作業も解釈者の価値観・政策観によるため合理性は担保されず、実定法学には客観性は存在しないことになる。合理性を追求すると法哲学や政治思想、倫理学、哲学に至らざるをえない。）
　このように法が危ういものであるとしても、法に望むべきこともある。前述のように法が実現可能であったものと現実に生じた結果との間のギャップを生じさせることはあるが、このことは同時に、法がこのギャップをゼロに近づけていくことができることを示すだろう。フランスで同性婚が話題になったことは記憶に新しいが、これからも分るように、実現可能な個々人のより良い生き方を支えるものとして法律が機能しうるのである。私たちは人々の生活の基盤をなすものとして法を考えていくべきではないだろうか。

ディスカッションの概要

　前半では、第一に、共通本（①）の筆者自身がその試みを十分に果たせていないという指摘がなされた。男性に対するセクシュアル・ハラスメントについて意識されていないというものである。第二に、共通本の筆者の主張は「あたりまえを疑う」ことを強要するものであり、心の内に差別意識を抱いていたとしても、外面ではその意識が現れないように振る舞えばそれで足りるのではないかという主張がなされ、議論となった。これについて、内と外を分けることができるのかという反論や、仮に完全に区別できるとしてどうなるのかという議論、功利的な考え方であるという指摘など、多様な点から議論がおこなわれた。
　後半では、第一に、同性婚を認めていないことの差別該当性が議論された。婚姻制度自体への疑義や、相続等の同性婚が認められないことによる弊害について指摘された。第二に、法制度がないことによる差別誘発の可能性が示唆されると共に、法によって差別が助長されているのではないかという指摘がなされ、後者について不倫を中心に議論された。第三に、法が変更可能であるとして、そこに積極性を見いだせないかという点に対し、法による差別の助長によって、法自体を変えることも難しくなるのではないかという指摘がされた。これに対して、社会と法とが相互に影響を与えてあっているという循環関係の存在が議論され、それによる法変更の可能性が示唆された。第四に、マイノリティに対する優遇措置の許否について議論された。差異を無視した「平等」化が逆に抑圧となること等が指摘された。全体として、個人の経験談をはじめ多くの具体例が挙げられ、活発な議論がおこなわれた。
　最後に、大村先生から五点指摘がなされた。まず、共通本について、問題として焦点化された部分とそうではない背景とが存在することの指摘がされた。第二に、個人の内面という観念について、二分法のほかに三分法があること、公共圏と親密圏の議論が紹介された。第三に、法の客観性と合理性との関係についての示唆、第四に、同性婚や婚姻制度について仏法制度の経緯説明と、婚姻制度の中で同性婚を認めることの限界が指摘された。最後に、ネガティブなラベル付けが性同一性障がいに関する法制度化に有利に働いたことから、こうしたラベルの使い方に対する疑念が提起された。

「コミュニケーション（言語）と法」トップへ