4.キャラクター
報告者：岡崎・村越
課題図書
�‥豺正�『ゲーム的リアリズムの誕生―動物化するポストモダン2』(講談社現代新書、2007)
��大塚英志『物語消滅論』（角川ONEテーマ21新書、2004）
��秋山孝『キャラクター・コミュニケーション入門』(角川ONEテーマ21新書、2002)
�で重佻�雅子『ディズニーランドという聖地』(岩波新書、1990)
�ニ饂慨押悒謄譽咼押璽猜顕熟澄戞聞崔娘匕渋綽圭顱�2001）
課題図書の紹介
�‥豺正�『ゲーム的リアリズムの誕生』 序：★★★ 破：★★ 急：★★★
現代は「ポストモダン」と呼ばれる時代である。著者はこの時代を「大きな物語」が衰退し、「多様な物語」が溢れる時代であると述べている。本書は、「ポストモダン化」する現代の文学状況を、「オタク」と呼ばれる人々の作品や市場を出発点として社会学的・文学的に分析し、現代の物語の生き残る形を問い、その新しい物語の可能性と、それらを対象とする新しい批評の観点を提示するものである。
構成は第1章の理論と第2章作品論にわかれ、第1章は総論風であり第2章に読者を導く前段階となっている。第1章では、現代の文学状況を分析・考察している。その中のAでは、ライトノベルをとりあげ、ポストモダン的文学の本質がキャラクターのデータベースに依拠し「メタ物語」的な環境にあるとしたうえで、その環境の内実に迫っている。Bでは、文学的分析を行い、マンガ・アニメ的リアリズムの持つ「半透明性」による、新たな表現の可能性が言及されている。Cでは、ポストモダンの人工環境が生み出したメタ物語的な想像力が開く「ゲーム的リアリズム」という概念が登場する。第2章の作品論では、ゲーム的リアリズムを軸にして、いくつかの作品を「環境分析的」に読解している。
第1章の現代文学の分析は社会学・文学的観点に分けてかなり丁寧に進められており、本書で主要な概念が生じた、メディアなどの環境的な背景についても詳しく言及されている。第2章の環境分析的な読解方法は、物語のメッセージを読み解く幅が広がり、非常に新鮮であった。ただ、第2章で挙げられたような、この読解方法を活かせるメタ物語的な技を利かせた作品群は、そう量産し得るものでないと感じる。また、新たな批評の観点を読者に委ねて終わってしまい、構成的に最後が足早になってしまっている感はある。（岡崎）
本書はその名の示す通り、著者が2001年に出版した『動物化するポストモダン』の続編として書かれている。前著ではポストモダン化に伴う「大きな物語の衰退」、すなわち社会全体に対するある特定の物語の共有化圧力の低下により、オタク達は無数の「小さな物語」をデータベース的に消費するようになったことが述べられているのに対し、この本ではその議論を踏まえつつ、オタクたちの文学的側面を出発点として、ポストモダンの実存的な生一般の考察に結びつけることが主眼とされている。
全体の構造としては、本の前半部分でライトノベルの例に導かれる形で理論が展開され、後半部分でその理論を実際の作品群（キャラクター小説、美少女ゲーム、ミステリ）から実証的に解説する形が取られており、前半部分がテクニカルタームを多用したやや難解な説明に終始しているだけに、作品論の部分で腑に落ちる部分が大きいように思われる。
一般的には表面的にしか分析がなされないことが多いライトノベルや美少女ゲームといった「オタク達の文学」について、「自然主義リアリズム」と対置する形で「まんが・ゲーム的リアリズム」と命名し、その底力を文体や構造など様々な側面から多面的に分析しているのが本書の魅力である。また、こうした作品群に、「寓話的で幻想的でメタ物語的なポストモダンの実存文学」として全く新しい日本文学史の系譜に連なる可能性をみる東の主張のオリジナリティにはハッとさせられる部分も多い。（村越）
��大塚英志『物語消滅論』 序：★ 破：★★ 急：★
本書には『キャラクター化する「私」、イデオロギー化する「物語」』というサブタイトルがつけられており、この２つの状況に対する危機感と処方箋が、連想ゲームの如くに展開するさまざまな周辺的話題の中で語られている。すなわち、前者については近代以降しばらく隠れていた、「私」＝「置き換え可能なキャラクター」という図式がここ最近再び露になりつつあるが為に特に若者が「私」を確立することが難しくなっており、結果として諸問題が浮上しているということ、また後者については説話論的な「物語」がイデオロギーとして社会を席巻していることを著者は本書で問題視している。
著者はこれに対して、近代文学を参照することで近代を再構築することが解決策であると述べている。これは、�，療豺正�とはある意味真逆の処方箋であると言え、大変興味深い。（東が大塚の著作を「元ネタ」としてそれを踏まえて論を組み立てていることを鑑みると、尚更である。）（村越）
��秋山孝『キャラクター・コミュニケーション入門』 序：★★ 破：★★ 急：★★★
本書は、キャラクターデザイナー、美大教授である著者が、デザインを志す者に向けた、キャラクターデザインの入門書である。キャラクターのそのものに焦点が当てられており、特に前半ではキャラクター文化の役割、歴史などの全容が述べられる。キャラクターが持つ「コミュニケーション」の力についての論では、社会学的な分析というより筆者の美術関係者という立場ならではの見解が多く興味深い。後半では、魅力的なキャラクターの造形や著作権などデザインする側の内容になるが、専門的すぎず、キャラクター作成の現場がいかなるものか、わかりやすく述べている。最後の著作権フリーのキャラクターがキャラクターとしての価値を保てるのかという議論は個人的にもう少し掘り下げてほしかった。（岡崎）
�で重佻�雅子『ディズニーランドという聖地』 序：★★ 破：★ 急：★
アメリカ国民はなぜ、ディズニーランドに対して、娯楽という域を超えて、ユートピアへの信仰にも似た思いを抱くのか?本書ではなぜディズニーランドがアメリカ人にとって「聖地」たりうるのかについて、ディズニーランドの訪問客と内部者を経験している著者が様々な観点から考察している。ウォルト・ディズニーやアトラクションに関するエピソードは詳細であり、著者が内部者であるからこそのネタもある。娯楽施設が多くの人々を惹きつけているのは、演出や物理的設計の寄与するところが大きいと考えがちだが、それらに限らず、ディズニーランドに具現化された伝統的価値観がアメリカ人を魅了しているとする視点は鋭い。本書は、「アメリカ人とは?」「アメリカとは?」という問いに文化的観点から一定の答えを与えていると言える。第六章の東京ディズニーランドに対する日本人の感覚をみると、アメリカ人との価値観の違いがはっきりしておりとても面白い。（岡崎）
�ニ饂慨押悒謄譽咼押璽猜顕熟澄戞 ―�：★★ 破：★★ 急：★
テレビゲームの過去・現在・未来、加えて日本発のテレビゲームがなぜ世界で爆発的に広まったという４つの観点から概括的にテレビゲームの本質に迫ろうとするのが本書の魅力である。著者が序盤で述べているが、テレビゲームは「人類史上最初に普及したソフトウェア・ロボット」であり、コンピュータ技術を「楽しいもの」にし、またヒトの「遊び相手」になったという点がきわめて画期的であった。
本書終盤部分では人間の身体的側面との関わりにテレビゲームの未来を見ているが、この本が出版されておよそ１０年、ほぼ予言通りにテレビゲームが進化してきたことには驚かされる。（村越）
コメント��
今回考察の対象とした５冊について概観すると、全体としては、�，納┐気譴討い詬諭垢淵�ーワードに関して、�◆銑イ遼椶�各々のキーワードにフォーカスする形で呼応しているといえる。具体的には、�◆崑腓�な物語の崩壊と、そのイデオロギー化、キャラクター化、そしてその弊害」��「キャラクター文化」�ァ屮灰潺絅縫院璽轡腑鷸峺�とコンテンツ志向を両立するゲーム」といったキーワードでくくれるだろうか。いずれにせよ全体としては、大きな物語が衰退した後、様々なメディア・コンテンツにおいてどういう展開がとられたのか、という文脈で理解できるだろう。
�´��きイ粒撞掴世砲�ける、キャラクターと「コミュニケーション」の比較にも注目すべきである。�，如屮灰潺絅縫院璽轡腑鷸峺�メディア」というワードも登場したが、これは�イ妊罅璽供爾髻岾擇靴泙察廖崛蠎蠅鬚垢襦廚海箸魎�待されているロボットと性質を等しくする。�，妊�ャラクターがオタクの市場における、効率的なコミュニケーションツールであるとされているが、��でもキャラクターのコミュニケーション効果は言及されている。しかし、そこでは「可愛らしさ」、「伝わりやすさ」などキャラクターそのもののコミュニケーション効果が語られており、�，亮臘イ箸狼掴世隆囘世�異なる。�い任歪樟榲�な言及はないが、ディズニーランドのキャラクター・演出がアメリカ国民に共通のユートピアを喚起させることは、��に近いコミュニケーションの現象であると言えよう。
注意すべき相違点は各書で想定されている「キャラクター」の意味である。���い料枋蠅垢襯�ャラクターはミッキーやバカボンなど、純粋に作品の「登場人物」として捉えられ、しばしば秀逸なデザイン・可愛らしさなどが要求されるものである。一方�´△任魯�タク的な、「萌えの」対象としてのキャラクターが述べられる。彼らは外見のみならずその「属性」や「設定」が重視され、「自律性」を持ち、単なる登場人物に留まらず様々な物語を構成しうるものである。
コメント��
今回の「キャラクター」というテーマは、一見法律の世界と結びつけにくいテーマのように思えるが、現実世界のメタ化・法のデータベース的な側面といったマクロな視点、そして著作権というミクロな視点という両面から、我々の生活と密に関わるものである。
前者に関して、法をデータベース的に捉えるということを考えてみたい。というのは民法などにおいて顕著なように、市民生活の中で発生するさまざまな事象を一般化・抽象化する形でデータベースとしての法体系ができ、我々はそれを参照しながら日々の生活を営んでいる。また、蓄積された無数の判例データベースが後の同種の事案を拘束し、同時に新たな規範を創り出す判例法の仕組みにも、データベース消費を特徴とする「まんが・アニメ的リアリズム」の要素を見ることができる。他方で“イデオロギーや世界観を調整して、構成員が一つの「現実」を創造的に共有する”（東、pp.63）という「自然主義的リアリズム」がかつて担ってきた役割も、現実の事案を前提としたうえで遵守すべき規範を明文化した成文法にまた同様に存在している。その意味で、法は、「まんが・アニメ的リアリズム」と「自然主義的リアリズム」が相克し、止揚した、実は先駆的な体系ではないか、という見方もできうるのではないだろうか。
後者に関しては、より簡単に想像されうるだろう。まんが・アニメ作品のキャラクターのデータベースを参照・消費し、二次利用という形で（典型的には同人誌といった）新たな作品が生み出されるという状況が大きな物語衰退後のオタク文化のあり方であるならば、残念ながらそこにはおのずと著作権との衝突が発生する。現に、同人誌などは著作権者から二次利用の承諾をもらっていないものがほとんどであり、大きな問題になっている。最近話題になっている『ブラックジャックによろしく』（佐藤秀峰）の二次利用自由化のような動きはその意味で注目するべきものであるが、二次創作という形での「文化の発展」と、「原作者の権利」との矛盾はどのように解決されていくべきか、きちんと検討する必要があると感じる。
ディスカッションの概要
前半は、キャラクター・大きな物語などといったテーマを中心に議論が進行した。たとえばギリシア神話もその設定・登場人物の代替可能性から“キャラクター小説”ではないかという指摘があり、それに対して手法は同じながらも現実に依拠するか、理想に依拠するかという点からキャラの立て方という意味でその二者は異なるのではという反論がなされた。
また、大きな物語に関してはそもそもの定義の段階から議論が紛糾した。大きな物語はイデオロギーであるといった提案や、特権的・支配的な特徴を持つというもの、またその崩壊に伴う小さな物語の誕生とはすなわち結論がいくつも用意されるようになったということである、といった意見など、さまざまな解釈がなされた。
後半では、この「キャラクター」というテーマを法律・法学と関連させた議論を行った。まず、判例法の構造が、ポストモダン的な文学におけるキャラクターのデータベース消費と酷似しているかについての議論がなされた。一つの事件が示した基準が次に続く判例にその属性に見合った形で二次利用される、という点で構造的な問題としては同じであるという意見と、判例はその事件の深い内容や、法命題・法体系を理解していなければ次に利用できないという点で、データベース消費とは異なるという意見の対立が見られた。この議論から、そもそも法律においての「大きな物語」とは何か、という新たな議題が発生した。ここでは、法の世界における支配的な「大きな物語」を法命題・法体系とみるか条文とみるか、法の根本的な構造が問われた。次に、著作権に議論は移り、著作権のメリット・とデメリットについて議論し、現行制度をもっと柔軟にするよう著作権法が歩み寄るべき、という意見も見られた。著作権フリーの推奨と著作権保護の対立が、ポストモダン的文学と近代文学への回帰の対立と重なる、という問題の構造も明らかにされた。法と結びつけにくいテーマではあったものの、マクロなテーマとミクロなテーマにわけて、白熱した議論が交わされた。
最後の先生からの指摘としては、今回の議論になった書籍はあくまで東浩紀が提示したひとつの世界観に過ぎず、それに捕われすぎるのはどうかというのが正鵠を射るという印象だったほか、「大きな物語」と法の世界との接合について、法がそもそも整合的であるかという前提に立ち返って考えるという点が非常に興味深く感じられた。