3.他者と集団

報告者：小林・季

課題図書

①綾屋紗月＝熊谷晋一郎『つながりの作法』（NHK生活人新書、2010）
②土井隆義『友だち地獄－「空気を読む」世代のサバイバル』（ちくま新書、2008）
③荒木博之『日本人の行動様式一他律と集団の論理』（講談社現代新書、1973）
④久保田裕之『他人と暮らす若者たち』（集英社新書、2009）
⑤辛敢なめ子『女子校育ち』（ちくまプリマ一新書、2011）

課題図書の紹介

①綾屋紗月＝熊谷晋一郎『つながりの作法』（NHK生活人新書、2010）　　　序：★★　破：★★★　急：★★
「アスペルガー症候群」と「脳性まひ」という複雑な病をそれぞれ抱えていることによって人との「つながり」を上手く構築できない綾屋と熊谷。しかし、流動化する社会の中で孤独な個人が漂流する現代社会においては二人のような「マイノリティ」だけでなく誰しもが不安定であり、人と「つながり」を求めている。こうした「つながり」はどのようにすれば手に入れられるのか。そんな現代社会にも潜む難題に挑戦した著作である。
　第1章・第2章では「つながらない」綾屋と「つながり過ぎる」熊谷の身体内部と外界とのつながり、第3章では個人の身休レベルからさらに視野を広げ、コミュニティレベルにおける人と人とのつながりに着目し、いずれの場合も「差異」（細部）と「全体」をバランスよく検出できることの必要性を指摘する。第4章・第5章ではコミュニティのある種基盤である「構成的体軌と「個人の日常実践」が相互循環することの重要性、それらがうまく循環するための作法として「当事者研究」を取り上げる。しかし最後の第6草では、当事者研究を追求していったとしてもなお、筆者には弱さが残り、つながることの難しさを改めて示している。
　第4章以降の結論自体は個人的には月並みに思えたが、「当事者研究」というより実証的なアプローチを用いている点で新鮮であり、またあとがきにおいてはマイノリティの「つながり」の問題を現代社会の問題に上手く敷術して鋭い考察を行っていると感じた。（小林）

　マイノリティとされる二人の著者がそれぞれ、自己の身体の特殊性ゆえに生じる、人とのつながりにおける様々な不都合とそれに伴う苦しみを語り、それに対処しようとする過程で得た自己の身体に対する気付きをもとに、自己の身体及びそれを前提とした人とのつながりについて分析し、考察している。
　マイノリティであるがゆえに社会の理解が得られず、苦しみの共有を求めた末にたどり着いたはずのマイノリティのコミュニティだが、今度はその内部における多様性に対する圧力に出くわすことになる。このように指摘する綾屋の考察は、「同じでもなく　違うでもなく」という副題の意図するところに深く関連しており、共通性の中にも差異が、差異の中にも共通性が存在し得ることを認める重要性を示唆している。
　本書では第4章以降において、著者らの実体験をもとに、人とのつながりにおいて違いを認め合うことを実践する方法としての当事者研究の可能性が探求されている。だがここでも、当事者研究を行うに際して収集された多様な一時データを解釈する過程において、解釈を独占するメンバーと一方的に解釈されるだけのメンバーという権力関係が生まれ得ることが指摘されており、第5章ではそのような事態を防ぐために確立すべき一定の作法、すなわち本書の題名ともなっている「つながりの作法」を提示している。
　ある問題を克服するための場において、その問題とは別の問題、あるいはその間題と本質的に同じ問題に直面してしまうというジレンマを抱えることはあらゆる領域においてしばしば起こり得る。そのような事態を想定し、それを防ぐために本書で提示されているような作法というべきものを構築することの有用性を実感できる。（季）

②土井隆義『友だち地獄－「空気を読む」世代のサバイバル』（ちくま新書、2008）　　　序：★★　破：★★　急：★★
　本書では人間関係をめぐる現代の若者の生きづらさの実態を「優しい関係」をキーワードに分析している。昨今、社会問題として定着しているいじめ、ひきこもり、リストカットなどの現代に特有の現象を理解するにあたって、かつての若者と現代の若者を取り巻く環境の変化を明らかにすることは有効である。その点で、かつての若者と現代の若者が抱える悩みの相違を、世代闘争から生じる若者の対抗文化の有無から説明する第2章は非常に興味深い。またケ一夕イやネットの普及は現代の社会現象の背景にあるものを考えるに当たって看過できない事柄の一つであり、第3章から第5章にかけて取り上げられる。
　著者の言う「優しい関係」がいじめなどの社会問題を生み出しているとしても、それがマイナスの面しか持たないわけではないということは著者も認めていることが伺えるが、その点についてもう少し言及してほしかった。（季）

③荒木博之『日本人の行動様式一他律と集団の論理』（講談社現代新書、1973）　　　序：★★★　破：★★★　急：★★
　団体旅行に見られる日本人特有の行動パターンや、伝統的なムラの構造に由来する日本社会の特徴的なあり方が、他律と集団の論理によって説明される。その上で、この原理が日本においてどのような形で表れているのかを、日本語と外国語との比較や高校生の坊主頭、歌謡曲の例などを取り上げて明らかにしている。
　著者は欧米文化との比較の観点から、日本人に働く集団論理性及び他律性を主として日本文化のマイナス要因として捉えているが、一方で日本に見られる他律性集団がすぐれた外来文化に対してはすさまじい模倣エネルギーとなって日本の発展においてプラス要因として寄与したことを指摘している点は、留意に値する。（季）

④久保田裕之『他人と暮らす若者たち』（集英社新書、2009）　　　序：★★　破：★★　急：★★★
　家族との暮らしでもなく、一人暮らしでもない、第三の暮らし方としての「シェアハウジング」という居住のあり方に焦点を当てた著作。実際に日本でシェアをしながら暮らす11人へのインタビューを通じ、シェアの利点や欠点などが具体的エピソードを交えながら紹介されているため非常にリアリティーがあって面白い。一方で「家族と他人の境界」というシェアの背景にある切り口も日本・欧米の対比を踏まえつつ全体を貫かれており、日本の家族中心社会が日本人のシェアに対する警戒心の根底にあるのではないかと指摘している。そして経済の停滞により家族中心の福祉が立ち行かなくなってきた現在、家族以外の他人との連帯のあり方を考えるきっかけとしてシェアハウジングの意義を強調する。（小林）

⑤辛敢なめ子・女子校育ち（ちくまプリマ一新書、2011）　　　序：★★　破：★　急：★
「女子校」というある種特殊な環境において青春を送った女子たちの生態に迫った著作。前半は儀式美・制服おしやれ・プラトニックラブなど女子校ならではのイベント日常を紹介、後半は男性・女子校OG・現役女子高生などあらゆる視点から女子校、女子校出身者の実態をインタビュー形式で探る。
「深窓お嬢様系」・「性超越系」などユニークなネーミングでの女子校の類型化、文化祭や同窓会での大胆な潜入レポートなど読者の目を惹く作りになっている上、軽いタッチで書かれているため非常に読みやすい。一方でこれらの分類や記述は主にインタビューや筆者の実体験を根拠としているため筆者の印象論に強く左右されている感は否めなく、論理的な分析がされていたかと言われるとやや疑問である。（小林）

コメントⅠ

まず、5冊の関連を考える上で2つの軸の下に捉えることができると考えた。
1つ目は①で考察されている「つながりの作法」を集団内の人間関係改善のために活用する見方である。今回取り上げる5冊は①障害者②若者③日本人④シェアメイトl家族⑤女子校生と対象こそ異なるものの各集団内の人間関係が問題とされている点で共通し、これらに対して①「つながりの作法」を適用することによる解決も検討し得るのではないか。
　2つ目は③の他律と集団の論理が他の①②④⑤で取り上げられている現象や問題についても妥当するという見方である。③は1970年代に書かれているため①②④⑤で取り扱っている現代の日本人、とりわけ若者の行動原理を説明するのに適するかと一見疑問に思われるが、①②④⑤においてもそれぞれの集団における同化的圧力に対して他律的であるととらえると通ずるものがあると解することができる。また③④で西洋の自律性と対比されている点も興味深い。
　一方で時代による変化もやはり見受けられ、③においては村社会における強固なつながりを煩わしいものとしてとらえていた一方、②では逆に「優しい関係」に象徴される希薄なつながりからの脱却を求めている。これらは①で「つながりの過剰」と「つながらなさの過剰」はバランスの問唐であると指摘されている点とも関連性があるだろう。
　さらに今回は他のテーマとの関連性も多く見受けられた。①②では前回扱ったいじめやハラスメントの問題に言及があり、③では他律性が前々回テーマである言語（日本語）にまで影響していることを指摘。②④⑤ではケ一夕イ、ネットなどの新しいコミュニケーションツールの発展により人間関係が変化していることを取り上げていた。

コメントⅡ

今回のテーマである「他者・集団」と法は非常に密接な関係にある。それは法が個人の権利実現とともに社会秩序の維持を目的としている点で他者（集団も含む）を前提としたものであるからである。このように広くとらえれば様々な切り口で捉え得るが、今回は課題本の内容も踏まえ以下の2点に着目した。
　第一にそもそも法において想定される「他者」は誰なのかという問題である。日本の実定法においては明確な規定がないものの、これは恐らく「自己以外の者」や「家族でない者」と解釈されるものが多いであろう。しかし、現在は②のネット空間や④のシェアのように「他者」を自己や家族と似通った関係としてとらえる場面も増えてきていてそのイメージは変容しつつある。例えばシェアメイトと漫画、CDやDVDを共有することは著作権違反にならないだろうかといったことがここでの問題となる。家族との共有は私的使用であるが、シェアメイトとの共用は実際にはグレーゾーンであろう。このように自己と他者の線引きが法の解釈・適用上の問題となることが今後増えていくのでないだろうか。
　第二に他者との関係を規定する「法」の生成過程と①の「つながりの作法」に基づく人間関係の構築の類似性である。具体的には、裁判所が条文という「構成的体制」を踏まえ、事案ごとに解釈という「日常実践」を積み重ね判決へと至るという場面などである。ここではより安定的な他者との関係を確保するために「つながりの作法」を実践しており、また近年の裁判員制度の導入も専門家以外の視点を取り入れるといった観点から「当事者研究」と類似していると捉えることもできる。

ディスカッションの概要

　前半の議論ではまず、介護保険制度と家族主義の関係について制度の趣旨や制度の欠陥に触れつつ取り上げられたほか、家族との生活、一人暮らし、シェア、それぞれの居住形態におけるプライバシーの確保や自由の度合いについて議論がなされた。また共通本において言及されているマイノリティのコミュニティが前近代的な隔離政策の逆戻りになりはしないかという指摘があり、そこからマジョリティとマイノリティの線引きに議論が及んだ。これについてはマジョリティとマイノリティを表裏一体と見る見解があり、これを受けて議論の終盤においてマジョリティであることのメリットとは何かについて考えることになる。この間いに対してはマジョリティであるという共通了解が円滑なコミュニケーションを可能にするという意見があった。
　法との関連を考える後半の議論においては著作権が一つの大きな議題となった。DVDの放映が家庭での使用として法的に認められる範囲や、NHKの受信料を支払う単位について、シェアハウスや寮の場合の扱いなどを考えた。個人的な経験や常識に基づいた推測が多く見受けられ、議論は身近で具体性を持っていたと見ることはできるものの、法適用の現状を確認するにとどまった感があり、法との関連でもう少し深みの議論がなされれば良かった。ともあれ「他者・集団」というテーマが私たちの生活と密接に関連していることが改めて示されたと評価することができるだろう。
　最後に先生から議論全体を踏まえた興味深い指摘がいくつかなされたが、中でも「差異」に対する概念として「同一」の他に「普遍」が存在するという指摘はマジョリティとマイノリティの問題を考える上で非常に重要な示唆であると考えられる。今回の議論における問題意識や本を通して共有された概念などが今後の議論に活かされることを期待したい。

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