1.言語学
報告者：大村敦志
課題図書
�［詭攅�夫『教養としての言語学』岩波新書赤460（1996）
��風間喜代三『言語学の誕生』岩波新書黄69（1978）
�Ｃ翕臺戸此愼�本語の構造―英語との対比』岩波新書黄373（1987）
�で魄羔街亜愕姐餮豎惱�の科学』岩波新書赤1150（2008）
�ヌけ籌�生『ニホン英語は世界で通じる』平凡社新書535（2010）
課題図書の紹介
�［詭攅�夫『教養としての言語学』 序：★★ 破：★★★ 急：★★
「教養としての言語学」と題された本書は言語学の入門書ではあるが、概論風のものではない。著者は、「教養」という言葉で、「知識を自分の中で位置づけ、行動の指針となるような方向性を育てる」ことを指し、そのためには「教える先生が自分の価値観、生き方を踏まえて主張する」ことが大事だとしている。実際、本書で著者は、自身が関心を持って研究を進めてきたテーマを選びつつ、自説を前面に出して語っている。
第１章では、人間の「ことば」をより広く「記号」として位置づけている。その際に、鳥・蜜蜂・猿の「ことば」と対比しつつ、記号と指示対象の関係につき二重の意味での「恣意性」（必然的な関係のなさ）を指摘している。続く第２章では、「ことば」の要素と機能に着目し、「あいさつ」に関する分析を行っている。第３章・第４章では、人称代名詞の意外な用法に注意を促し、最後の第５章では、言語干渉という観点から外国語の日本語への影響について論じている。
扱われているテーマはどれも興味深く、説明はわかりやすいが、著者が意図的に言語学史や総論的な叙述を避けていることもあって、これらのテーマが言語学において持つ意味は、必ずしもはっきりとしない。もっとも、著者の専門が言語社会学とされていることからも窺われるように、言語の社会的な側面に重点が置かれていることは容易に理解される。
言語が「人と人の気持ちを結びつける作用」を持つという指摘や外来語と固有語の関係に関する分析は興味深い。最後に出てくる「雑種文化」と「併存文化」に関する考察をさらに掘り下げてもらえるとよかった。また、西洋諸国に東洋化を求める部分はやや舌足らずの観がある。
��風間喜代三『言語学の誕生』 序：★★ 破：★★ 急：★★★
副題が示すように、サンスクリットとギリシャ語・ラテン語の類似の発見からソシュールの登場までの「比較言語学」の歴史をたどるもの。二言語の共時的比較を中心とする「対照文法」と異なり、同一言語族間の通時的比較を行う「比較言語学」が、どのような知的背景を持ち、どのように展開してきたかが示されている。文献学との対抗関係が面白い。
試行錯誤を繰り返しながら一つの学問が生成する様子は、学問論として興味深い。とりわけ19世紀における展開は、同じ時期に発展した比較法学との「比較」を促す。また、言語を生成の相においてとらえるヤーコブ・グリムが重要人物として登場するのも注目に値する。彼の同僚であったサヴィニーの歴史法学が想起される。なお、20世紀の言語学については、加賀野井秀一『20世紀言語学入門』（講談社現代新書、1995）などを参照。
�Ｃ翕臺戸此愼�本語の構造―英語との対比』 序：★★ 破：★ 急：★
英語学の大家・中島文雄の日本語論。英語では主語中心の「命題文」、日本語では述語中心の「描写文」が基本であるとし、日本語の文型を４つに分類するとともに、「が」の用法の推移や「は」の機能について説得力ある説明を加えている。また、日本語表現の「名詞的性格」を指摘し、準体助詞・形式名詞といった独特の術語を導入している。
前著『英語の構造（上下）』（岩波新書、1980）で示された変形生成文法による分析は、それ自体は興味深いが、本書を読んだだけではその方法的な前提はわかりにくい。また、日本語の文脈依存性や論理性の弱さの指摘にはいささか紋切型の観がある。国語学者による日本語論（たとえば、大野晋・日本語の文法を考える〔岩波新書、1978〕）との併読が望まれよう。
�で魄羔街亜愕姐餮豎惱�の科学』 序：★★★ 破：★★ 急：★★
母語（第１言語）と外国語（第２言語）の習得の異同につき、科学的な検討を加えるもの。「第２言語習得論」の研究状況を概観するとともに、効果的な外国語学習法を提案するものであり、理論・実用の両面から見て興味ある内容となっている。
「ルールか記憶か」「自己抑制―お酒の効用」「学習ストラテジー」などは、外国語を離れて学習一般につき貴重な示唆を与えている。また、「言語間の距離」や「動機づけの低さ」などは、日本人の英語下手をよく説明している。
とりわけ「限られた文法、単語を使って、限られた内容について」流暢なコミュニケーションができるようになる学習法には、法学学習にとっても参考になる点がある。コミュニケーション能力＝言語能力＋談話能力＋社会言語能力（＋方略的能力）という能力観も。
�ヌけ籌�生『ニホン英語は世界で通じる』 序：★★ 破：★★ 急：★★
ネイティブの英語ではなく、「世界諸英語」の一つとしての「ニホン英語」を肯定するとともに、柔軟な英語学習方法を提示する。「ジャパリッシュ」や「グロービッシュ」の提唱と軌を一にするもの。
「ニホン英語」は通じる、という主張は、具体的な例やデータによって支えられており、説得力を持つ。コミュニケーション・ツールとしての英語の敷居を下げ、第二母語としての「ニホン英語」を推進しようというのは十分にありうる一つの方向であろう。
しかし、それは文化としての英米語の研究を退けるものはない。また、世界で行われる日本語学習を推進し、日本語を世界に開いていくということとも両立可能なことであろう（たとえば、金谷武洋・日本語は亡びない〔ちくま新書、2010〕を参照）。
コメント��
�，蓮�言語学のトピックスを扱いつつ、言語の記号性や言語の要素・機能といった言語学の基本的な知見を盛り込んでいる。�△蓮�近代言語学史の試みであると言える。�，蓮峺生譟廚紡个垢襦峺生豎悄廖並仂櫂譽戰襦法↓△蓮峺生豎悄廚紡个垢襦峺生豎愡法廖淵瓮織譽戰襦砲留弔澆鮗┐垢發里任△襦Ｂ省�、�イ蓮�第二言語習得に焦点をあわせ、言語学習に関する新たな学問領域を拓こうというものであり、言語学を隣接諸学に開放するものであると言える。このようにレベルは異なるが、いずれも「言語一般」を対象としている。これに対して、��は、「英語」を参照枠にして「日本語」の構造を示そうというものであり、�イ蓮◆崙�本」における「英語」のあり方の転換を図ろうとするものである。
また、�´きイ聾生譴鰺僂い訖祐屬紡个垢覺愎瓦魘�く示しており、�´い聾生譴鯒�知のしくみとの関連でとらえ、�´イ聾生譴紡个垢觴汰�的な構えを示唆ないし提示している。これに対して、比較・対照を旨とする�↓�は言語そのものを対象とし、これを認識するという姿勢が強い。
トピックス中心の�，脇票圓隆愎瓦魄�くが、得られる知見の位置づけは難しい。これに対して、体系的・抽象的な��を興味を持って読み進めるには、相当の予備知識が必要であろう。�い浪奮悗涼慮�を実用を意識しつつ提示しており、興味が持てる。他方、�△聾塗�な学問史であるが、学問の生成の様子を垣間見ることができる。�イ脇匹瀛�として面白い。
�きイ世韻任覆�� 銑�もまた、程度の差はあれ、国際化・グローバリゼーションを意識している。ただ、欧米中心の発想がなお優越している。その意味では、金文京『漢文と東アジア―訓読の文化圏』（岩波新書、2010）のようなものも視野に入れたい。
コメント��
法とは何かを考える上で、言語に関する知見は一定の示唆をもたらす。�，蓮崋匆馘�黙契」という言葉を使っているが、言語が暗黙のルールであるとすれば、文法はそれを記述したものである。慣習法・判例法の国における法源（慣習・判例）と法学教科書の関係は、これに対応する。
また、�，納┐気譴討い襦崑焼亜廖峺鯱叩廚箸いΩ生譴裡欧弔竜’修蓮△修譴召豸朕佑旅坩戮伴匆颪涼畚�維持にかかわっているが、法にも同様の側面が見出される。さらに、�，砲蓮◆崔模�message」と「記号体系code」という言語の２つの要素も現れる。これらは、判決と法規範（より一般的に言えば、出来事と構造）に対比することができる。
以上の観点から見た場合、�きイ僚纏襪垢襯灰潺絅縫院璽轡腑鵑蓮崑焼亜彭�なものであるように思われ、�，亡泙泙譴討い襦峺鯱叩彭�なものに対する関心は乏しい。また、�↓�は「記号体系」中心、�きイ蓮崔模叩彙羶瓦任△襪噺世┐襪�、出来事固有の意味や出来事が構造に及ぼす影響は視野に入っていない。詩歌や翻訳語・新語に関するものが有益か。
� 銑イ蓮∨ヽ悗篷ヽ愕惱�の観点からも興味深い。�△枠羈嗚ヽ悄↓イ漏愃歸�研究（Law ands）」と対比可能である。また、実定法を記述する際に、（比較的・構造的な）��の方法がよいのかどうかは検討に値する。より認知的なもの、より文化的なもの、より社会的なもの、より細則的なもの、さまざまなものが文法書との対比で構想・評価されうるであろう。他方、学習方略につき、�い詫�論的な、�イ麓汰�的な知見をもたらす。
最後に、グローバリゼーションの影響は当然ながら法・法学にも及んでいる。「動機づけの低さ」は法の世界にも見られないか、反省に値する点であろう。
ディスカッションの概要
共通書に関しては、第一に、「挨拶」の人工性・自然性をめぐって議論が交わされた。自然であると感じられるものが、実は人為的なものであるという指摘がなされた。この認識によって挨拶行動は変化しないという意見もあったが、では、この認識は何の意味も持たないのか。第二に、「人称代名詞」の実際の用法につき、様々な意見が出された。非典型の用法が、文法（統語）の見直しを迫るものなのか、文法とは別に用法（語用）という次元を考えるべきなのか、あるいは、両者は連続しているのかという議論に進むとよかった。第三に、「外来語」の利用につき、著者が規範的な主張をすることにつき、言語学の役割という観点から違和感が表明された。
最後の点は、法との関係に関する議論に接続する。言語学が認識の学であるのに対して、法学は規範的な主張を伴うという点で異なるという意見が示されたが、法を現象として把握する立場に立つ法学も可能であることにも注意が必要であろう。他方、言語につき規範的な主張をすることも不可能なわけではない。また、言語の自然性と法律の人工性の違いを指摘する意見もあったが、言語はむしろ慣習法と対比されるべきだろう。反対に、言語の規約性も意識する必要がある。なお、言語のルールは記述されるだけで足りるが、法のルールは正当化を要するという指摘もなされた。法においても権威に由来するだけで正当化としては十分な場合もあるが、より実質的な正当化が必要とされる場合があることは確かである。これに対比しうることが言語に全く見られないかどうかは検討に値するだろう。
議論はやや拡散気味であったが、活発になされた。全体としては、言語・法の自然性・人為性、言語学・法学の科学性・実践性に対する関心が表明されたと評することができる。