「夢でしていた事をしてもいいか?」
手塚の家に泊まりに来ていたリョーマにそう告げた。
それは2人が付き合ってから二ヶ月後の事だった。
「え…それって…」
彩菜が用意しておいた夕食を2人で美味しく頂き、風呂も順番に済ませて手塚の部屋に入り、室内のベッドの上で後は寝るだけの状態になった時にリョーマは手塚からこう言われた。
「…俺は現実のお前にも触れてみたい」
抱き締め合って、キスをした。
この二ヶ月間、それだけで満足だった。
しかし、もっと欲が出て来た。
夢の中ではセックスなど簡単にしていたのに、現実では問題だらけだった。
どこでする?
手塚が行為の為だけのホテルなんてモノの存在を知るはずも無いし、たとえ知っていても、そこへ出向こうなどと考えるはずも無い。
リョーマは父親がこっそり部屋に隠していく、未成年はダメな内容ばかりの如何わしい本などで何となく知っているが、こちらも知識として知っているだけで、実際には知らない事だけだ。
所詮は2人とも中学生。
性の知識ですら、まだ全てを知らない。
いつする?
とりあえず手塚に出来る事は、次の日に練習が無く、しかも家に誰もいない時にリョーマを誘う事だけだった。
これだけでもかなり大変だった。
「…したいの?」
つい先日『次の休みに泊まりに来ないか?』と、誘われた時に、少し期待していた自分がいたのは確かだ。
期待していても、本当に出来るのかが不安だった。
夢だから何でも上手くいっていたが、実際に男同士で大丈夫なのか?
あんなトコにあんなモノ入れても平気なのか?
夢でもそうだったが、受け入れるのはどう転んでも自分なのだ。
不安はじわじわと膨らんでいく。
「リョーマが嫌ならしない」
「……嫌じゃないけど、ちょっと恐い…」
「恐い?」
夢みたいに気持ち良くなればいいけど、もしも痛みだけしか感じられなかったら、絶対に二度としたくないに違いない。
「…うん…」
この関係にだって、もしかしたら深い溝が生まれてしまうかもしれない。
「…いきなり最後までしなくてもいいんだ。まずはお前に触れたい…それだけでいいんだ」
「…うん…それならいいよ、俺も国光に触れてみたい」
リョーマの不安など手塚には手に取るようにわかる。
無理はさせない。
お互いに気持ち良くなければ、恋人同士のセックスなど意味が無い。
自分だけが快感を得ても、仕方がない。
「リョーマ…」
「…くにみつ」
ベッドに仰向けになっているリョーマの上に手塚が覆いかぶさると、自然に見つめ合う2人。
次第に近付く顔に先に瞳を閉じたのはリョーマだった。
唇に温かい感触を感じると、軽く啄ばむように何度も触れてくる。
「…ん…」
息継ぎの為に薄く開いた唇に、舌を差し入れる。
己の舌で上あごをなぞれば、リョーマは擽ったそうに身を捩って逃げようとするが、手塚はリョーマの頭の下に手を入れて逃がさない。
侵入してきた異物から無意識に奥に逃げてしまった舌を突付けば、観念したかのように差し出す。
根元から舌を絡める深い口付けを繰り返せば、お互いの唾液がぐちゃぐちゃに混ざり合う。
「…あ…はぁ…」
長い口付けから解放されれば、リョーマは小さく息を零した。
「…リョーマ…」
そんなあえかな容姿をまざまざと見せ付けられ、手塚はこの先に進んでよいものか悩んでしまう。
夢とはいえ、日本ではつい数ヶ月前ならランドセルを背負っていた子供相手に自分は何て淫らな行為を幾度と無く繰り返していたのだろう。
夢だから許されていた行為。
今更になって冷や汗が流れてしまいそうだ。
「…どうかした?」
名前を呼んでそのまま動かない手塚にリョーマは閉じていた瞼を開けば、現れた瞳は見事に潤んでいた。
「…も、しないの?」
キスだけなら今までに何度もしてきた。
“触れたい”と言ってきたのに、全く触れてこない手塚に、リョーマは少し困った声を上げる。
「お前が…いや、何でもないんだ…」
「大丈夫。俺は、へーきだよ」
にこ、と笑い掛け、自分は平気だから続けて欲しい、とリョーマは手塚の腕に手を伸ばす。
「…リョーマ」
「もっと、触れてよ…それともやっぱり男でこんな子供はイヤ?」
「嫌なわけが無いだろう」
「…だったら、そんなに難しい顔しないでよね。俺は国光に触れて欲しいんだから」
何もかもわかっている顔で笑い掛けるリョーマは、手塚の心の中などお見通しだった。
比較する対象にならないほど、この2人の体格の差は激しいのに。
見た目なら大人の類に振り分けられる手塚と、子供のリョーマなのに。
性格も至って大人な考えをする手塚に比べ、リョーマはクールぶっている分、同年代と比べれば子供っぽくは無いが、所詮は中学1年生。
大人の理屈には正面から立ち向かう。
言いたい事ははっきり言う。
「…リョーマには敵わないな」
やはり特別な存在だと改めて自覚する。
「…あっ…」
薄っすら微笑んだ手塚にリョーマは赤面し、腕を掴んでいた手を放す。
「…すまなかったな」
「謝るくらいなら、悩まないでよね」
「そうだな」
額に掛かる前髪を払い、触れるだけの口付けを落とす。
額から頬までを唇で滑らすように触れて、細い首筋に顔を埋める。
噛み付くように口付けて、所有の印を付けるのは夢の中だけでいい。
見える位置に跡を付けては後々面倒な事になる。
付けるとしても絶対に人目に付かない場所にしなければならない。
たとえリョーマが何を言われても知らん振りするタイプでも、流石にからかわれるのは嫌がるだろう。
手塚はリョーマが身に着けているパジャマのボタンを、器用に外していく。
次第に露わになるリョーマの姿に、手塚はゴクリと喉を鳴らした。
「…国光?」
布地に隠されていた身体は想像よりも細く白かった。
部活中に見ている腕や脚は少し日に焼けていて、とても健康そうな色をしていたのに。
「…本物のリョーマなんだな…」
夢とはまるで違うカラーに、手塚は本物を手にした感動に包まれていた。
「俺に本物も偽物も無いよ、俺は俺なんだから」
その台詞にほんの一瞬だけ目を瞠り、手塚はふっと顔を綻ばせた。
「そうだな、リョーマはリョーマだ…」
最後のボタンを外し、前を広げてそのまま腕を抜いて脱がすと、ベッドの下にパサリと落とした。
白い肌に、2つの淡いピンク色をした突起。
眩しすぎる肢体に目が奪われる。
手塚も自らのパジャマのボタンを外し、同じように上だけを脱ぎ捨てると、裸の身体を重ねる。
しばらく抱き合うと、手塚は再び首筋に唇を落とし、鎖骨の下をきつく吸い上げる。
「…いっ……あっ…や…」
チクリとした痛みに対しリョーマは声を上げるが、その直後に胸の辺りを濡れた舌でやんわりと舐られ、艶かしい声に変える。
両手で触れて、唇や舌で触れる。
柔らかな肌に触れられた喜び。
その一方で自らの中心に集まる熱に戸惑う。
「…くにみつ…」
救いを求めるような目付き。
「どうした?」
「…あ…」
もじもじと身を捩るリョーマの下肢に目をやれば、パジャマの下で布地を押し上げるように勃ち上がっていた。
「…触れてもいいか?」
「うん……さわって…」
リョーマがコクリと頷いたのを確認し、手塚は下を脱がしに掛かった。
「えっ、脱ぐの?」
パジャマの上からだと思っていたリョーマは、いきなり脱がそうとする手塚に上体を起こした。
「下着を汚すわけにはいかないだろう」
「…まぁ、そうだけど…」
「それとも見られたくないか?」
全てを曝け出すのは勇気が要る。
同性同士なのだから恥ずかしい気持ちなど無さそうなのに、恋愛感情が付加されるだけで何故だか緊張する。
恥ずかしいと思ってしまう。
「…国光だから、いいよ…」
全部見せても。
起こした身体をベッドに戻し、瞳を閉じて少しだけ腰を浮かせた。
「リョーマ」
自分だからいい、と言ってくれたリョーマが愛しい。
腰を浮かせてくれたおかげで、パジャマと下着を簡単に下ろせられた。
脱がした途端に、目に飛び込んできた幼い性器。
肌よりも濃い色をした、男としての証明。
なのに、心のどこを探ってみても、それが醜いと決して思えない。
手塚は迷い無くそれに指を絡めた。
「…あぁっ…」
やわやわと握られ、軽く上下に扱かれ、リョーマは瞼をピクピクと痙攣させた。
「…熱いな…」
身体中のどこよりも熱いと感じる。
「…ね、くにみつも…」
そう言って、リョーマは手塚の下肢に手を伸ばす。
パジャマの上からでも、かなり熱く滾っている昂ぶりを感じた。
「…は…」
布地越しに触れるリョーマの手に熱い息を吐くと、手塚は一旦リョーマから手を放し、自らもパジャマと下着と脱ぎ去った。
「……スゴイ……」
布擦れの音でリョーマが閉じていた瞼を開き、自分と同じように着衣を脱いだ手塚の身体を上から眺める。
均等に筋肉の付いた上半身に言葉を無くし、下肢で天を貫かんばかりに勃ち上がるものに、見たままを言葉にしていた。
「…リョーマ、俺にも触れてくれ」
リョーマの背中に手を差し入れ、身体を起こせば、胡座を掻いた手塚の脚の上にリョーマが座る形となる。
「…すごく熱いね」
手塚に促されて直に触れた昂ぶりは、とても熱くて、すごく硬くて、既に出来上がった男そのものの形だった。
片手では扱きにくく、両手を使って扱く。
「…お前もな」
お互いに触れ合い、2人は同じ高みに上っていく。
荒い息遣いも、感じ入っている声も、2人だけのもの。
「……あぁっ…う…」
「…くっ…」
絶頂が近付き、2人とも手の動きを早くすると、リョーマは高めの声を上げ、手塚は息を殺した。
生温かい液体にしっとりと濡れた手。
「…あっ、ご、ゴメン…」
「お互いにな…」
手塚は近くにあったティッシュを取り、自分とリョーマの手を拭い、ついでに力を無くした性器も拭いた。
「…ね、良かった?」
キレイにしてもらい、リョーマは少し顔を赤くして恥ずかしそうに訊く。
「あぁ、リョーマは?」
「…うん…」
ぎゅっと強く抱き付いて耳元で「俺もすごく気持ち良かったよ」と告げた。
「そうか」
妄想の相手に欲情して手淫で自らを慰めていたあの頃。
何度絶頂を迎えても、満足なんて出来なかったのに。
たった一度触れ合っただけで、身体も心も満たされた。
こうして裸体を惜しげもなく晒しているのに、手塚はこれ以上先に進まなかった。
もっと進みたい気持ちは確かにこの胸にあるが、今はこれだけで充分だった。
「ほら、リョーマ」
「あ、ありがと…」
手塚はベッドから下りて落とした下着とパジャマを拾いリョーマに手渡すと、リョーマは少し体勢を横にして、いそいそと袖を通す。
そんな初心な姿に手塚は薄く微笑を浮かべ、自分もパジャマを身に着け始める。
しっかりと着込むと既に布団の中に入っているリョーマの横に身を滑らせた。
「次はもう少し、いいか?」
初めて触れた生々しい感触が忘れられない。
「…いいよ、俺は構わないよ…」
手塚の言葉に顔を赤くするが、しっかり応える。
こうして生身の身体に触れ合った事で、恐怖は多少なりとも払拭された。
「…焦るつもりは無い。俺が触れてお前が気持ち良いと感じてくれなくては意味が無いのだからな」
時間はまだ沢山ある。
ゆっくりと慣れていけばいいだけだ。
「…国光も、ね」
「そうだな」
自分だけじゃなくて、お互い感じられるのが一番良いに決まっている。
「眠いのか?」
「…ちょっと…」
ベッドの中で横になりながら会話をしていると、次第にリョーマの瞬きの回数が増えてきた。
時計を見れば今日がもうすぐ終わろうとしていた。
(…試合の時でも遅刻するくらいだからな)
こうして1年ながらにレギュラーの地位を手に入れるのには、部活以外でもかなり練習をしているのだろう。
リョーマにとって睡眠は大切な休息時間。
「眠いのなら寝てもいいんだぞ」
眠りが近いリョーマの頭を撫でて催促する。
「…ん、そうする…」
もう少し一緒に起きていたいが、何だかとても眠くなっていた。
このまま眠ってしまえば、きっと良い夢を見られるに違いない。
悪夢では無い、幸せな夢を。
「リョーマ?」
「ここがいい…国光の近くが、いい…」
すりすりと胸元に顔を寄せて、居心地の良い場所を見つけると瞼を閉じた。
「…おやすみ」
温かくて優しい音色を奏でる場所を選び、リョーマはうっとりとした表情で眠りについた。
「おやすみ…リョーマ」
自分の心臓に一番近い場所に顔を埋め、幸せそうな顔をして規則正しい寝息を立て始めるリョーマをそっと抱き寄せて、手塚も瞼を閉じた。
愛しい相手を胸に抱き…。
夢は覚めても、覚めない現実がここにある。