覚める夢を見て覚めない現を知る






『自分に正直になる』

何故あの様な夢を見てしまうのかが、漸く判明した。俺は夢にまで見てしまうほど、越前リョーマに対して好意を持ってしまったのだ。
恋愛感情の好意を抱いてしまったのだ。
「…何をするのか、か…」
不二には言ってしまったが、実際に行動に移すとなると勇気が要るものだ。
“告白する”
この胸の想いを相手に伝える。
「…行動しなくては何も始まらないからな」
受け入れられる確率よりも、断られる確立が高いこの恋だとしても、俺は告白した事を後悔しないだろう。

数日後の夕方の部活後、手塚はリョーマに部室に残るように部長の権限で命じた。
不機嫌を丸出しにしながらリョーマは頷いていた。
「越前、がんばれよ」
「ま、しっかり聞いておくんだにゃ」
ぽんぽんと肩を叩く桃城と、楽しそうに笑いながら帽子の上からリョーマの頭を撫でる菊丸は、他人事なので実に面白そうにしていた。
「はい、はい…わかりましたよ」
「おチビ…それ説教を聴く態度じゃないぞ」
「まだ始まってないんだからいいじゃないっスか」
不二を除く誰もが説教だと思っていた。
もちろん本人も。

「…お説教っスか。部長もご苦労さまっスね」
部誌を顧問の元へ届けた後、リョーマ1人が残っている部室へ戻れば、先に制服へ着替えをすませ、部室内のベンチに腰掛けていた。
「いや、そうではないが、お前が望むのなら説教もするが…どうする?」
「お断りします。で、用は何スか?」
説教ではないとわかると、少し体勢を崩して自分の目の前に立っている手塚の顔を覗き込んだ。
じっ、と見つめる大きな瞳。
「…簡潔に言おう。越前…」
「…はい」
「俺はお前が好きだ」
「…はい?」
普段でも大きな瞳を更に大きく見開く。
この反応からして「やはり……だったな」と、少しがっかりして息を吐く。
所詮は男同士。
男女の恋愛と違って色々と難しい。
デメリットはあってもメリットなんて無いに等しい。
「…すまなかったな、この事は忘れてくれ…」
「ま、待ってよ!」
初恋と失恋を同時に味わった手塚が、リョーマへ謝罪をしようとすると、驚きの表情が一瞬にして泣きそうな表情に変化する。
ふるふると頭を振り、手塚の台詞を遮断する。
「…越前?」
「俺は、俺も部長のコト…」
小さな身体は少し震えていた。
いつもの生意気な姿なんてどこにも見当たらない。
初めて見た1年生らしい、しおらしい姿。
「俺も手塚部長が好きです」
何かを耐えるようにぎゅっと拳を握り、意を決したように立ち上がると、リョーマは手塚と同じように自分の気持ちを告白した。
「…本当なのか?」
「自分の気持ちに嘘なんて吐けないよ」
見上げる瞳に陰りなど無い。
「…俺達は同じ想いなのか?」
まるで今の方が夢を見ているようだ。
それも自分だけが都合の良い夢。
「……そうみたい、だね」
自然と見つめ合う2人。
「…夢ではないよな?」
「夢じゃないよ」
そっと手を伸ばして、頬に触れてみる。
触れた手の平からじんわりと温もりが伝わって来た。
「温かい…」
夢とは違う現実の温もりに、手塚は無意識に口元に笑みを浮かべていた。
リョーマもその手の温かさにゆっくりと瞼を閉じた。
「部長の手もあったかいね…」
手の温かさをもっと感じようと無意識に頬擦りする。
「…越前」
まるで猫がじゃれつくような愛らしい姿を優しい眼差しで見つめていると、薄く開いた唇が目に入る。
夢と同じ薄いピンク色をした唇。
思わず、己のそれで塞いでいた。
頬に触れるよりも、もっと直接的な温もりに手塚は夢中で口付けていた。
「…あ…」
長いファーストキスの後、リョーマは惚けたように身体を手塚に預けた。
「…越前…あっ、す、すまない」
唇を離した瞬間、夢と現実が混ざり合っていた自分の行動に思わず慌ててしまう。
「…部長って、テクニシャン…」
「俺が?」
リョーマが倒れないように支えながらも、大切そうに腕の中にしまっている。
会話をしながら、手塚はリョーマの体格に驚いていた。
どこに肉が付いているのかわからないほど、細く小さな身体、育ち盛りなのに全く重みを感じない。

一体、何キロあるのか不安になる。
「そっか、初めてじゃないんだね。俺は部長が初めてだったからさ、ちょっと悔しいな」
残念そうに胸に顔を埋める。
「…いや、俺も初めてなのだが…」
夢ではキスなんて当たり前のようにしていたが、実際にはこれがファーストキスだった。
「ウソ!だってこんなに慣れたキスなのに?」
顔を上げて、まじまじと顔を見つめる
「それは…夢の中で…」
いつもしていた通りにしただけ。
「夢の中?部長はキスする夢を見てんの?」
「あ、いや、それは…」
疑わしい眼差しを向けられ、言葉を濁す。
これでは夢の内容を洗いざらい話さなければ納得してくれないかもしれない。
「そんなに焦らなくてもいいよ。俺も似たようなものだからさ」
悩む手塚にリョーマはさらりと爆弾発言をした。
「お前が?」
「キスなんて可愛いモンだよ。もっとスゴイ事だってしてたんだからさ。何してたのか部長にはわかる?」
上目遣いで質問を投げ掛ける。
「セックスか?」
「そんなにはっきり言わなくてもいーよ」
わかる?と訊けば、少しも照れることも無く行為そのものの名称を簡単に言われ、リョーマは赤面する。
「そうか、お前もだったのか…」
自分ばかりが悩んでいた夢を、リョーマも見ていた事実に驚きを隠せない。
先ほどから手塚は驚きの連続だった。
「まさか…部長も、なの?」
「あぁ、そうだ」
「…嘘みたい」
「俺は聖人君子ではないからな。人並に欲望がこの胸にある」
「そっか、そうなんだ。良かった…」
だからこうして、男である自分に告白してきたのだと、今更ながらに実感する。
「お前はどんな夢を見ていたんだ?」
「俺?後で部長の夢を教えてくれるなら話すけど…」
「あぁ、いいだろう」
自分だけが話すのは嫌だ、と暗に匂わせば手塚はあっさりと承諾する。
「俺の夢は…」
リョーマは自分が見てきた夢を話す。

いつからなのかは覚えていない。

その姿に視線は奪われていた。
見つめていたい。
手を繋ぎたい。
その腕で強く抱き締めて欲しい。

小さな望みは段々と大きくなっていった。
誰よりも一番近くにいたい。
独り占めしたい。
この人に愛されたい。

夢は自分の思い通りに動く。

キスしたい。
キス以上のコトもしたい。
ずっと繋がっていたい。

煩悩のままに身体を繋げる。

夢の中の手塚はまさに『男』だった。
自分も男なのに、何もかもが違っていた。
荒々しくキスをされて、身体中を弄られて、何度もイかされた。
きつく勃ち上がる下肢を柔らかく握り込まれて、強く上下に扱かれて、最後に口に含まれる。
自分すら見た事の無い最奥を、その鋭い両眼で覗き込まれて、指で弄られて、舌で舐られて、最後に熱く滾った手塚自身で突かれる。
自分が犯されている側なのに、全く抵抗は無かった。
夢の中なのに、息遣いも挿抽の音も全てが耳に入ってきて、それが更に欲望を揺り起こす。
もっと触れて欲しい、もっと満たして欲しいと願う自分がそこには存在した。

「こんな夢見ちゃうくらい好きなんだ。何かさ、幻滅しちゃうよね。はい、これで俺の話しは終わりだよ」
無言で訊いている手塚が呆れているのだと思い、最後は一気に話して終わった。
(せっかく両想いでイイ感じだったのに、もしかしてこれで終わりかな?)
『初めての恋は上手くいかない、って世間では相場が決まっているらしい』と、クラスの数人の女子が話していたのをリョーマは耳にしていた。
『本当なのかどうなのかはその人次第だけど』と、締めくくられていたが、これは本当になりそうだ。
はぁ、と溜息交じりの息を吐いて、チラリと顔を覗き込んでみる。
「俺もお前にそうしたいと思っていた」
呆れ顔を想像していたリョーマは、全く想像していなかった台詞と優しい笑みを浮かべた手塚に、きつく抱き締められた。
結局は『同じ穴の狢』な2人。


「で、不二先輩に相談したんだ」
まだジャージ姿だった手塚が着替えるのを待ちながら、二人は会話をしていた。
リョーマはベンチに座り、手塚が着替えている姿を眺めている。
「お前もなのか?」
バサリとシャツを羽織り、ボタンをはめる。
「まさか、部長も不二先輩に?」
「あぁ…そうか、それで…」
不図、脳裏に浮かぶあの日の光景。
不二に相談した時に、『何をするのかわかっている?』と言われた際に、何だか奇妙な感覚だったのを思い出していた。
『片想いなら自分の胸にしまっておく』
不二自身の理論から行けば、手塚にリョーマへの告白を進めるのはおかしい。
不二は始めから知っていたのだ。
リョーマも手塚と同じ気持ちでいるのを。
その上で進めてきたのだろう。
「何か、してやられたってカンジ」
リョーマは不満を口にするが、手塚は不二の考えがわかり納得していた。
しかし、どこかで何かがおかしいと感じるのも、また事実ではあったが今ここで言うべきではない。
きっと訊かないといけない日がやって来る。
その日までは何も気が付かなかった振りをしていようと心に決めた。
「そうだな、しかし不二のおかげでお前とこうして一緒にいられる。これは感謝をしなくてはならないな」
制服に着替え終えた手塚がリョーマの前に立ち、手を差し出せば、リョーマは自らの手を乗せる。
手の平に温もりを感じると、ぐいっと力任せに立ち上がらせて抱き寄せる。
先ほどは気付かなかったが、部活で汗を流したというのに、リョーマの身体は汗の臭いがしなかった。
むしろ甘くて良い香りがしていた。
この温もりを自分だけのものに出来る幸せを、抱き締める事で満喫する。
「うん…」
リョーマも今度は手塚の背中に腕をまわしたが、自分と全く違う広い背中に、リョーマは必死になってしがみ付いていた。

この日から今まで見ていた夢を全く見なくなった。
これからは現実の世界を見つめるだけだ。

夢は覚めるものだと2人は知った。





途中から行間が狭くなっちゃった。
読みにくかったらごめんなさい。