―――事件簿 其の壱『キャンディ』
「ねぇ、皆。アメを食べないかい?」
それはある日の部活終了後。
残っていたレギュラー陣達と、ホンの少しの部員達。
その中で珍しく遅くまで残っていた河村が差し出したのが、カラフルなアメだった。
そのアメは小振りで、一つが1センチ程度の大きさ。
個別包装はされているが、袋には何味なのかは書かれていない。
「タカさんがアメ?珍しーい」
楽しそうに河村とビニールの袋に詰っていたアメを見た、菊丸の反応だった。
「うん、お客さんが持ってきたんだけど多くてさ」
「お客さんがアメをくれたの?」
「そうなんだよ。うちの常連さんなんだけさ、何かどこかのお菓子メーカーに勤めてるらしくて、たまにこうして試作品とかを持って来るんだ」
「へー、いろんなお客さんが来るんだ」
「味はなかなか美味しいよ、うちの家族で味見がてら食べたから。あっ、俺は手伝いがあるからもう帰るけど、皆で分けてくれよ」
袋ごと菊丸に渡すと、河村は家の手伝いの為に帰って行った。
今日は金曜日。飲食店を営む河村の実家は、休前日と休日はかなり忙しいのだ。
残された袋に入っていたアメは本当に色とりどりで、まるでガラス玉の様だった。
「いろんな色だにゃ〜」
赤色、黄色、青色、緑色、橙色、桃色、水色、紫色、白色、黒色。
「ふむふむ、では俺は好きな赤色を…」
色に見合った味がするのかと、一つ口に入れれば甘い甘いイチゴの味。
着色だけでなくしっかりと味が付いている。
「オイシ〜、イチゴ味だ〜」
モゴモゴと口を動かして味を確かめる。
好きな赤色を選んだが、大正解だったらしい。
「じゃ、俺も好きな赤色で…」
桃城も好きな色が菊丸と同じ赤色。
菊丸と同じ色を選んで一つ掴むと、口に入れた。
甘い味を期待していたが、見る見るうちに表情が変化していった。
「…こ…これ…梅っすよ。うひゃ〜、スッペ〜」
スッパイ顔をして、口の中の味を教えた。
色が同じでも味は異なっている。
「ふーん、それじゃ僕も好きな色にしよう…」
菊丸と桃城の反応を見て「これは面白そうだ」と、不二は袋の中に手を入れた。
ベージュ色のアメは無いと思っていたが、袋に中にはその色がしっかりとあった。
「何味だろう…あっ、バター飴だったよ。少しつまらないな」
普通の味に安心して舐めているが、ちょっと変わった味に期待していたのは事実。
「そんな罰ゲームじゃあるまいし…」
ガックリと項垂れる菊丸は、不二の期待していた味を思い浮かべた。
(不二の好きな味って、確か…)
あの乾特製野菜汁でも平気で飲む様な奴だからな、やっぱりワサビ味とか辛子味とか?
次々に思い浮かぶ、怪しげな味。
(…うっ…)
最後には不二が好きな激辛味まで、絶対に口に入れたくないモノばかりが頭を過ぎる。
「うえっ、不二の気持ちが理解出来ないにゃ…」
袋をぎゅっと握り締めると、不二に背を向けた。
「大石達は何色にするんだにゃ?」
「じゃ、俺は白色で……うん、ミルク味だな」
「俺は黒で……黒砂糖か、意外と普通だな」
「…青色を頂きます……サイダーっす、これ」
大石、乾、海堂と次々に取って口に運んでいくが、手塚とリョーマだけが手を出さなかった。
「あり?おチビと手塚は?」
「手塚には、好きな色が二色あるんだよ」
乾は自慢のデータノートから、手塚の好きな色を見つけ話した。
こんなところまで調べるとは、趣味の範囲は計り知れない。
「えー、本当に?手塚のクセに優柔不断なんだ」
「クセに、とは失礼だな」
「だってだって、本当じゃんか」
「でさ、何色なの。手塚の好きな色って?」
「…青か緑だな」
不二に聞かれて仕方なく答えた。
「へー、青と緑じゃなくて、青か緑なんだ…」
「手塚っぽいね」
趣味がアウトドア派の何とも手塚らしいカラーだ。
空と海の色の青に、山に生える木々の色の緑。
これには、何となく納得してしまう。
「じゃ、おチビは?」
「シルバーっス」
「銀色か…無いにゃ、そんな色」
袋の中をゴソゴソと探してみても、そんな色どこにも無かった。
銀色なんて、菓子に有るまじき色のようにも思える。
「代わりに何色にする?」
「…青と緑を下さい」
「おチビってば2個も?欲張りだにゃ〜」
「1つは部長の分っスよ」
「あっ、なるほどね。じゃ、青と緑っと」
わかり易い説明に、菊丸は簡単に承諾し、袋から青色と緑色を取り出し、差し出された手に乗せた。
「どうもっス」
リョーマはギュッと握り締めただけで、手の中のアメを食べようとはしなかった。
「それじゃ、俺達は先に帰るな」
「お先にね」
「バイバ〜イ。おチビ、手塚」
部誌を書いている手塚と、それを待っているリョーマに挨拶をして出て行く。
こうして最終的に残るのはいつもの2人。
誰もいない部室内は、少し汗臭いが2人だけのもの。
「青か緑って、国光って我が儘だね」
部誌を書き終えた手塚の膝に座ると、落ちない様に自然に腰に手がまわされる。
手の平のアメを転がして、リョーマはクスリと笑った。
「そうか?どちらも好きなのだが…」
「ふーん、ね、どっちにする?」
「…青色にしよう」
「はい、青色」
渡された青色のアメを口に入れると、口の中一杯に酸味を含んでいる様な甘い味が広がった。
「…サイダーか…」
同じ味は無いと思っていたが、海堂が食べた物と同じだったらしい。
「美味しい?」
「…まぁな」
「じゃ、俺はこっち……何?」
緑色のアメの包みを破ろうとした手を、やんわりと止められて訝しげに手塚を見る。
「緑色も欲しい」
「えー、何で?」
「両方とも味わいたいんだ」
ムスッとしたリョーマの頭を、自らの顔に引き寄せると、唐突に唇を重ねた。
甘い味がする手塚から、何かがリョーマの口腔に転がり込んだ。
「……ん…」
「どうだ?」
「……サイダーだね…」
コロリと口の中で転がるのは、手塚に渡した青色のアメだった。
口移しなんて行為はこれが初めて。
手塚の体温だった生暖かいアメは、すぐにリョーマの体温と同じになった。
「これなら問題無いだろう?」
「…恥ずかしいけど、これならイイよ」
数分後には跡形も無くなったアメ。
2人の口からは同じサイダーの味。
続いて緑色の包みを破り、アメを取り出す。
「俺から舐めてもいい?」
「あぁ、いいぞ」
舌先に乗せたアメを、口の中に入れて溶かす。
「……ん、メロンみたいな味がするけど…」
サイダー味が残る舌先で、コロコロと転がして味を確かめる。
じわじわと舌に伝わってくる味は、サイダーとは異なる甘さの味。
サイダーよりも、もっと甘さが濃い。
「やっぱり、メロンだ…」
手塚の首に手をまわし、そのまま唇を重ねる。
自分がされた様にアメを手塚の口腔に渡して、暫くはキスを楽しむ。
「…どう?」
「リョーマの言うとおり、これはメロンだな…」
「美味しい?」
「…こちらの方が甘いな。だが、悪くない」
コロコロと口の中で転がるアメ。
2人とも同じ味を共有している。
それだけで、何だか不思議な感覚になる。
キスをすれば、自分と同じ味。
赤の他人なのに、キスをすれば同じになれる。
キスだけじゃなくて、もっと同じになりたい。
欲望はじわじわと膨れ上がっていく。
「…リョーマ、今日は家に来ないか?」
「いいの?」
家に行くのは、まだ片手で数えるほどしかない。
何となく気恥ずかしいのもあって、無意識のうちに敬遠している。
「あぁ、泊まってもいいぞ」
「泊まりって、明日の部活は…」
「聞いていなかったのか?明日の部活は無いぞ」
リョーマの特技に『人の話を聞かない』があるが、今日も遺憾なく発揮していた。
明日は学園内の水道工事の為に、全生徒の立ち入りを禁止した。
このままだったら明日は1人で学校へ行って、そのままUターンになっていた。
有り難い様な知りたくなかった様な、複雑な気持ち。
「…それじゃ」
「あぁ、丸1日は一緒にいられる」
「丸1日…2人きり」
嬉しい反面、ちょっぴり怖い。
きっと、夜は解放してもらえないのだろう。
「…じゃ、1回家に帰る」
「わかった」
でも、一緒にいたいのは嘘じゃない。
身体を重ねるのにも躊躇しないが、手塚と自分の体力の差が辛い。
受け止めたくても、最後までついていけない。
絶倫と言ってもいいほどに、手塚の欲望の火が消える事は無い。
体力も体格も、子供と大人ほどの違い。
いつも最後は気を失ってしまう。
目が覚めれば処理が終わっていて、汗や体液で濡れた身体は、夢だったのかと思わせるほど元通り。
最初から最後まで気を遣ってくれる。
自分は与えてくれる愛撫だけでもかなり満足しているが、はたして手塚はどうなのだろう?
セックスはお互いの了承の元で行うが、どこまで求めていいのか?
…気になるから今日はちょっと頑張ってみよう。
気持ちよくさせてもらってばかりじゃなくて、自分も少しはお返しをしてみよう。
それで少しでも気持ちよくなってもらえたら嬉しい。
こんな単純な考えが、手塚にどれほどの喜びを与えるのか、リョーマはまだ知らない。
「そろそろ帰ろ?」
「もうこんな時間か…では、帰るとするか」
部室の鍵を閉めて一緒に校舎に向かう。
手塚が部誌を置いてくる間、リョーマは1人で待っている。
こんな時間も楽しい。
長く待たされるのはキライだけど、必ず自分の元に来てくれる。
それがすごく楽しくて、すごく嬉しい。
廊下を早足で歩いて自分の所にやって来る。
絶対に走らないのは生徒会の会長だから?
こんな時くらいは規則なんて破ってもいいのに、なんて思うけどね。
ま、言えないんだけどさ。
「だってさ、真面目なんだよね…」
学校での手塚の噂は、かなり好意的なものばかり。
最近見た新聞部の特集で『好きな女性のタイプは真面目で明るくて、何でも一生懸命にやる子』なんて書かれていたけど、自分はどう転んでも手塚のタイプに当てはまらない。
むしろ逆だと思う。
「はぁ、難しい…」
「何がだ?」
「あっ、早かったね」
「置いてきただけだからな。で、何が?」
「また、そうくるか…。あのさ、国光のタイプって真面目で明るくて、何でも一生懸命な子だよね?」
「俺のタイプ?何だそれは?」
なんとも不可解な質問をされて、眉を顰める。
「新聞に載ってた」
「あぁ、あれか。あんなものはマニュアル通りの応えをしただけだ。俺のタイプはその時に好きになった相手がタイプだな」
少し前だったが、新聞部にテニス部の特集で何かインタビューをされたが、そんな質問事項も中にあったのを不図思い出した。
「じゃ、今は俺ってコト?」
「そうだな」
「…そうっスか…ね、早く帰ろ?」
嬉しいコトを言われた。
ちょっと照れくさいけど。
「そうだな、早く帰ってお前に触れたい…」
「…そんな真面目な顔で言わないでよ…」
アメの様に蕩けそうな甘い2人の関係。
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