「お腹空いたね…」
「そうだな…」
風呂から上がった2人は、リビングのソファーに座って寛いでいた。
食事も取らずに身体を重ね、ついでに風呂に入れば、時間はどんどん過ぎて行く。
「何か作ろうか?」
「大丈夫か?」
「うん、平気だよ」
ソファーから立ち上がり、ちょっと身体の状態を確かめてみると、リョーマはOKサインを出した。
「あと1時間くらい我慢できる?」
簡単で美味しい物を作ろうと考えて、調理時間を計算してみた。
「俺は平気だが?」
「じゃ、美味しい物を作るね」
ちゅっ、と手塚の頬にキスをして、リョーマはエプロンを身に着けてキッチンに入った。
まずは主食の米を洗い、炊飯器に入れる。
続いて大きな寸胴鍋やフライパンを準備し、冷蔵庫から数々の食材を取り出した。
始めに寸胴鍋に水を入れ、その中に野菜や鳥の手羽を入れて強火で煮込む。
煮込んでいる間に、人参や玉ねぎなどをジューサーに入れる。
何が出来上がるのかはこの状態では分からないが、次第に良い香りがしてきて、手塚はキッチンを覗く。
「もしかして、カレーか?」
「そうだよ」
手元のフライパンでは、牛肉とピューレした野菜に軽く火を入れていた。
「あとは、これに…」
ブランデーを取り出してフランベした。
もう1つ鍋を用意すると、その中に具材と野菜と手羽の出汁が出たスープを濾して入れる。
カレー粉やスパイスを入れて、ローリエなどのハーブを加えて蓋をした。
「…これなら大丈夫だな」
手馴れた様子に安心したのか、手塚はテーブルのセッティングをしておいた。
煮込んでいる間に、サラダを作る。
食べ易い大きさにレタスをちぎり、キュウリやトマトをカットし、缶詰のホワイトアスパラを添える。
オリーブオイルにスパイスや調味料を配合して、簡単なドレッシングを作った。
作りながら片付けもしていくので、シンク周りは常にキレイな状態のままだ。
かなり効率良く行動していた。
「さ、出来た。あとはご飯…」
炊飯器の表示を見れば、あと数分で炊き上がる。
皿やスプーンなどは先に用意してもらったので、サラダとドレッシングをテーブルに乗せる。
「国光、もう出来上がるよ」
「分かった」
する事も無かったのでテレビを見ていた手塚は、リョーマの呼び掛けにすぐに反応し、テレビを消した。
手塚がテーブルに着くと同時に、食欲が湧く香りのするカレーがテーブルの上に置かれた。
「本格的だな…」
出来上がったカレーは、家庭のカレーよりも高級感溢れるものだった。
「国光の口に合えばいーんだけど…」
彩菜の作る料理は絶品だ。
そんな料理を食べていた手塚にとって、自分の料理が合うのかどうかは、食べるまでわからない。
…本当に緊張する。
「頂きます」
「どうぞ」
ドキドキしながら、手塚が自分の作ったカレーを口に入れるのをじっと見つめる。
「……美味い、すごく美味い…」
一口食べ終わると、もう一口と口に入れ、手塚は驚いた顔をして感想を伝える。
「本当に?」
「あぁ、これまでに食した事の無い味だ。いや、これが本来のカレーの味なのだろう」
スパイスの効いた少し大人のカレー。
家ではあまりカレーがテーブルに乗る日は来ない。
祖父がいるからか、和食がほとんどになる食卓に少し飽きていたのは確かだった。
「本当に美味い。これは後を引くな…」
食べる度に何かコメントしている。
今まで一緒に食事をしていても、手塚は無表情で黙々と食べていた。
「良かった。気に入ってくれて」
「リョーマも俺なんか見ていないで、早く食べろ」
「うん」
自分もカレーを食べる。
今日のは会心の出来だった。
「明日の朝は鮭を焼くね。あとは大根と里芋の味噌汁と、ホウレン草のおひたしと玉子焼き。ねえ、これだけで足りる?」
後片付けは2人でしていた。
鍋の中のカレーは見事なまでに空っぽになっていた。
あまりにも美味しくて、手塚は自宅ではした事が無いお代わりまでしてリョーマの手料理を満喫していた。
本当に後を引く味で、リョーマが料理上手である事を実感していた。
「俺は十分だ。しかし朝からそれだけ作るのか?」
「そうだけど、別に大した事無いよ。鮭を焼いている間に、味噌汁作って、ホウレン草を茹でるお湯を沸かして、最後に玉子を焼けばいいだけだし」
カレーを作った鍋を洗っているリョーマは、料理は全く問題が無いと言う。
「朝から出来るのか?」
「いつもやってるけど…俺、弁当を持って行くし。あっ、国光のお弁当も作るね」
作らないと自分が困るだけで、これからは1人分が2人分に増えただけ。
1人分だと勿体無いので、残リ物は弁当のおかずとしていた。
「そうか、有り難いな」
手塚はテーブルを拭いた後、食器乾燥機に入れていた食器を取り出し、食器棚にしまった。
後片付けが終ると、2人は歯を磨き、リビングのソファーに仲良く腰掛けた。
「…すっごく幸せ」
大好きな人の為に食事を作って、一緒に食べる。
今日からは食事の後に離れなくてもいい。
「ああ、幸せだな」
リョーマの身体を引き寄せて、手塚はうっとりとリョーマの髪に顔を埋める。
先に風呂に入ったので、シャンプーの香りがしていた。
「今日は一緒に寝ようね」
「今日だけか?」
「これからもずーっとね」
リョーマは手塚にまるで天使のような微笑みを見せた。
これは誰にも見せない手塚だけが見られるリョーマの笑顔。
「ああ、これからはいつも一緒にいよう」
「…俺、早く高等部に進学したいな。そうしたら、もう少し一緒にいられる時間が増えるのに」
一緒にいたくても、今は高等部に通う手塚と中等部に通うリョーマ。
学校にいる間は絶対に離れてしまう。
それがどうにも悔しい。
「俺はいつでもお前だけを想っている」
離れていても心はリョーマだけにしか向いていない。
「俺だって」
リョーマだって心は手塚だけに対して向いている。
お互いに好きだという想いは負けないと自覚している。
「…もう寝るか?」
「ん、今日はどっちの部屋で寝る?」
「…俺の部屋で良いか。お前のベッドだと少し、な」
「何かあるの?…あっ、そっか…」
数時間前に熱烈に愛を確かめ合ったばかり。
そこで寝ようものなら、嫌でも考えてしまうだろう。
「じゃあ、国光の部屋で一緒に寝ようね」
エヘ、とはにかむリョーマが可愛くて、手塚は即行で抱き締めていた。
考えるよりも身体が先に反応する。
「…リョーマ、愛している」
「俺も国光だけが好き」
今日から2人の生活はガラリと変わる。
手塚にとっては自立。
リョーマにとっては1人から2人での生活。
そして2人にとっては、愛する相手との同棲生活の始まり。
何が起きても、2人で力を合わせて乗り越えていくだろう。
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