「なぁなぁ、手塚っておチビと一緒に住んでるの?」
「越前君と同棲しているんだってね」
「…そうなるな」
両脇から矢継ぎ早に喋られ、手塚は深いしわを眉間に作っていた。
偶然にも手塚とリョーマが一緒に歩いているのを見てしまった大石は「こりゃ大変」だと、部室にいた菊丸と不二に話してしまったのが事の始まり。
手塚が部室に入った途端、待ち構えていた2人に捕まったのだ。
「どうして、君と?」
「そうだよ〜、何でおチビが」
「…何故と言われても、リョーマから言い出した事だ」
両側からギャイギャイとうるさく騒がれて、とうとう手塚もキレた。
言いたくなかったのが本心だが、言わないと何時までもこの状態が続く。
それならば、はっきりと教えてやればいい。
「えっ、マジで?」
「ウソでしょ?」
思った通りの反応。
「嘘なものか。それよりそろそろ練習の時間だろう。お前達は先輩を待たせるつもりなのか?」
室内の壁に掛かっている時計を見れば、練習が始まる時間の数分前。
「うわっ、早く支度しないと」
「手塚のせいで余計な時間をくっちゃったよ」
着替えも途中だった2人は慌ててジャージに着替える。
「…俺のせいなのか?」
大袈裟な溜息を吐くと、2人を置いてラケットを持って部室から出た。
後で余計な事を話した大石に「あの2人を刺激するような事は言わないでくれ」と頼むと、大石の方から何度も繰り返し謝罪された。
しかし、それだけで終るはずが無かった。
「マンションに遊びに行ってもいい?」
「…駄目だ」
「どうして?別に君達を邪魔しに行くわけじゃ無いんだよ」
「リョーマが嫌がる…俺もだがな」
「おチビが?まっさか〜、手塚じゃあるまいし」
「そうだよね。手塚ならともかく、越前くんだもんね」
部活が終わり、帰宅しようと部室のドアを開けた後、不二と菊丸が追いかけて来て、また話が始まった。
「…俺の話は信じられないのか?」
「だって、ねぇ」
「おチビってそんなに心狭く無いだろ」
2人は顔を見合わせて意見を合わせる。
リョーマとは頻繁に会っているわけでは無いが、人嫌いでは無いようで、会えば普通に話もするし、時間が合えば食事もしていた。
もちろん、手塚は必ず一緒にいるが。
「…一度、リョーマに聞いてみるが、期待はするなよ」
仕方なくこの場は折れてやるが、2人が喜ぶ結果になるのかはわからない。
恐らく、反対の結果になる方が確率的に高そうだ。
「イヒヒ、2人の愛の巣をじっくりと探索してやれ」
「愛の巣ね、上手い事を言うじゃない。英二」
「えへへ〜」
もう、行く気でいる2人は楽しそうに話しながら先に部室を出て行く。
手塚はそんな2人の背中を困り顔で見送っていた。
「ただいま」
手塚が戻るよりも先にマンションに戻っていたリョーマは、キッチンで夕食の準備をしていた。
「お帰りなさい」
手に持っていた包丁をまな板に置き、にっこりとまるで天使のように微笑むその頬に、手塚は誘われるようにキスをした。
「え、不二先輩と菊丸先輩が?」
今日の夕食のメニューの1つらしい魚を、器用に三枚に下ろしていたリョーマは、手を止めて手塚の言葉を聞いていた。
嫌々ではあるが、先程、部室で繰り広げられていた話をリョーマに伝えた。
「ああ…」
サラダ用のレタスを水洗いし、手で適当な大きさに千切りながら、苦虫を潰したような表情で応える。
相当この話題を言いたくなかったのか、思い切り『不機嫌』を露わにしているのが手に取るようにわかる。
「…ふーん、それって断ってもいいの?」
止めていた手をまた動かして、リョーマは次々に魚をさばいていく。
小さな魚も大きさ魚も全く関係なく全てをさばいた。
「…いいのか」
「ここには国光以外の人は入れたくない。あっ、おばさんならいいけど」
手塚の方は見ずに、リョーマは自分の気持ちを伝える。
この場所は手塚と自分だけの城。
他人には足を踏み入れて欲しくない。
彩菜だけは大好きな国光を産んでくれた人だから別格だけど、他の人達は全くの他人。
我が儘かもしれないが、やっとの事で出会えた想い人との生活の場所は、とても大切な空間。
たとえ手塚の友人でも、来年には先輩になる人達でも、これだけは申し訳ないけど遠慮して欲しいのが本心だった。
「わかった。不二達にはそう伝えておく」
どうやら自分の想像通りの結果に終り、手塚は安堵する。
「ん、よろしく」
まさか手塚がそんな事を考えていたなんて知らないリョーマは、さばき終えた魚に塩とコショウを振りかけて、フライパンをコンロの上に置いた。
出来上がったばかりの夕食を食べ終え、ついでに後片付けを済ます。
先に課題を終らせて、残った時間は2人でゆっくりとするのが日課だった。
「何で、そんな話が出たワケ?」
「どうやら、大石に見られていたらしい」
「…一緒に歩いているところ?」
「そうだな」
ソファーに座っているリョーマの膝に手塚は頭を乗せて横になっている。
リョーマは秀麗な手塚の表情を満喫しつつ、少し色素の薄い手塚の髪をゆっくりと梳く。
いわゆる『膝枕』状態で、傍から見れば熱々でラブラブな姿だった。
「大石先輩も付き合ってるのは知ってるんでしょ?」
「ああ…だが、一緒に暮らしている事は話していない」
話せばうるさそうなので、秘密にしようとしていた。
不二や菊丸辺りがあれこれと訊いて来るに違いないと考えていたし、実際に考えていた通りになった。
「ん〜、全部話していいよ。俺は全く困らないし」
「そうか、リョーマがそう言ってくれるのなら」
リョーマの柔らかな太股の感触を充分に堪能すると、おもむろに起き上がり、今度はリョーマの身体を抱き締めた。
「好きだ、リョーマ。お前だけを愛している」
「…ん、俺も国光だけが好きだよ」
見つめ合いながら唇を重ねる。
触れ合う唇の感触に酔いしれながら、お互いの身体を強く抱き締め合う。
「今日はいいか?」
「…いいよ…じゃ、俺の部屋ね」
「ああ…」
キスだけでは物足りなくなるのは、お互い様。
先に軽く入浴を済ませると、2人はベッドルームへと消えていた。
今ではリョーマのベッドはH専用で、手塚のベッドは睡眠専用となっていた。
お互いのプライベートなんて、ここには存在しない状態だ。
授業の予習や復習、テスト勉強はリビングで行っていた。
これまで自分の部屋で黙々と行っていたが、リョーマがわからないところがあっても聞きにくいと言うので、手塚は「それならば2人でしよう」と提案した。
リョーマがわからない箇所は日本語の表現の問題で、リョーマは既に手塚と同等レベルの頭脳を持っているので、手塚も悩むところはリョーマに相談していた。
そういうわけで、リョーマのマンションには、他人は入れたくないのだった。
次の日、手塚は不二と菊丸に経過を話した。
リョーマが言ってくれた内容をそのまま伝えては、リョーマのイメージが悪くなるので、出来るだけ2人が納得するように軽くオブラートに包んで話しておいた。
「ふーん、越前君がそう言うなら仕方ないね」
「うえ〜、何かつまんにゃいな〜」
「悪いな…」
何とか納得させる事が出来て、手塚はホッと胸を撫で下ろしていた。
「ところで、君と越前君は結婚するの?」
「不二ってば話が飛躍し過ぎだにゃ〜」
急に将来の話を出す不二に菊丸はケタケタと笑うが、不二の顔は至極真剣だった。
「…無論、俺はリョーマと死ぬまで一緒にいる」
誤魔化しはしない。
今はまだ不二と菊丸だけだが、これからもっと増えていく可能性がある。
リョーマの魅力を知ってしまえば、全員が同じ行動をするのだ。
人を引寄せる魅力たっぷりの恋人を持つと、とても大変だと気が付いたのは、リョーマが10越しに自分に逢いに来てくれたその日からだ。
高等部に入れば、その大変さはかなりのものになる。
しかし誰にも渡すつもりはない。
誰の手にも触れさせない。
手塚の胸には将来のビジョンが明確に出来上がっていた。
テニスでは世界に羽ばたき、2人はライバルとしてトップに君臨するだろう。
そして今は恋人の関係であるが、あと数年もすれば最上級の関係になる。
神に誓約する時に、リョーマが純白のドレスを着てくれるかわからないが、自分が望めば叶えてくれそうな気もする。
細い指にリングをはめる瞬間は、何とも言えない幸福感に包まれるだろう。
周囲に祝福されて、2人は永遠を共にする関係になる。
「…そ、もうそこまで覚悟を決めているんだね」
諦めたような口振りに、手塚はただ頷くだけだった。
2人が出会い、想い合ってから10年。
ようやく恋愛を始めた2人がこれからどうなるのかなんて、心配は要らない。
完璧で完全な幸せへの道を、手を取り合って歩いて行く。
それだけは必ずだった。
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