「お、やってるにゃ」
「それで、その転入生ってのは?」
「どこだろうね?」
ぞろぞろと中等部へやって来て、早速懐かしのテニスコートを覗けば、今でも男子テニス部の顧問をしている竜崎スミレの姿は見られなかったが、部活は平常通りに行われていた。
「あっ、先輩達」
初めに彼等に気が付いたのは、今は3年生になっている堀尾聡史だった。
この堀尾なる人物は、入部当時のテニスの腕前は本当に大したものでは無いが、テニスに関する知識だけは、乾並みに豊富な人物だった。
「やぁ、堀尾。頑張ってるみたいだね」
不二が軽く手を上げ、にこやかに話し掛ければ、堀尾は顔面を高揚させていた。
「はい、先輩達に負けないように頑張ってますっ。それに今年はあいつのお陰でどうにかなりそうです」
まるで自衛隊にでも入部したかの様に、びしっと両腕を身体の線に合わせる。
卒業しても先輩は先輩、後輩は後輩の関係だ。
「あいつ?」
「はい、今年転校して来た『越前』です」
「越前?」
誰もが聞き覚えのない名前に首を捻る。
どうやら彼が大石の言っていた『凄いの』のようだ。
「え〜と、あっ、あそこでサーブの練習している奴ですよ。え〜と、Bコートです」
名前を言ってもわかるはずが無く、堀尾は慌てて本人を指を差し、その指差した方向を全員が一斉に見る。
「…あの子なの?」
「そうです、本当に凄い奴なんですよ、越前は」
「へぇ、そうなんだ…」
既に手に入れたらしいレギュラーだけが着られるジャージの上だけを羽織り、下はジャージではなく膝までの黒のパンツを穿いていた。
頭には有名メーカーの白い帽子をかぶっていて、ここからではその顔は見えない。
「それほど凄い奴には見えないが…」
「うーん、そうだにゃ〜」
「ほんとっすね」
「どこにそんな力があるんだろうね」
誰もが疑いの眼差しで少年を見ていた。
何故なら背丈は3年生にしてはそれほど高くなく、その身体はどこに肉が付いているのかわからないほどかなり細目だ。
多分、聞いていなければ3年生とは到底思えない。
「ダメですよ先輩。見た目で判断すると本当に痛い目にあいますよ」
「そうなの?」
「はい」
「堀尾は痛い目に合ったんだね」
不二の一言で、堀尾は高揚していた気持ちを一気にダウンさせた。
少し視線を虚ろにさせた堀尾が、あの少年と対戦して痛い目に合ったのは一目瞭然の態度だった。
「へ〜、どんな?」
興味心身で菊丸が訊ねれば、堀尾は入部して来たその日を思い出して話し始める。
「変な時期に転入して来たから、ちょっとからかってみようかなぁって思って試合をしたんですけど」
それがもの凄く強い。
堀尾が言うには、少年のサーブは乾並みの高速で、しかもボールの重さは河村並みに重く全然取れない。
しかも堀尾のサーブ権になっても少年のリターンエースばかりで、ラリーなんて全く出来ない。
堀尾がボールに触れたのは自分のサーブだけだった。
終わってみればワンポイントも取れずに負けていた。
その試合を見ていた部員達は「信じられない」と、みっともないくらいに口をあんぐりと開けていた。
完敗の試合内容を思い出したのか、ペラペラと話す割には恥ずかしそうに頭を掻いていた。
「ワンポイントも取れなかったの?」
入部当時はさっぱりな堀尾だったが、練習を重ねる度に段々と強くなっていた。
元々あるテニスの知識を乾の様に、身体の方へ移行すればいいが、それには人並ならぬ練習を必要とする。
「はい、全く相手になりませんでしたよ。これでも少しはやれるようになったと思ってたんですけど、負けてみて本当に凄い奴なんだって思い知らされました」
負ければ悔しいはずなのに、こうも実力の差を見せ付けられれば、悔しいなんて気持ちすら出て来なかった。
「何かこの越前がいれば、先輩達が築き上げたこの青学の名前を汚さずに済むと思ったんですよ」
「ふーん、そうなんだ」
見た目だけでなら横にいる堀尾と大差無いのに、一体、この少年にどれほどの力があるのか?
「それじゃ、この目で直に見てみないとね」
「そうだにゃ」
「そうっすね」
全員がその姿とプレイに注目せざるを得ない状態になっていた。
少年は自分に向けられている痛いほどの視線をものともせず、ボールを天高く上げて、右手に持っている真っ赤なラケットを大きく振るう。
ボールはスイートスポットへ的確に当たりコート中に良い音を響かせる。
「…まさか、キックサーブ?しかもこれほど正確な球を打つのか、これは本当に凄いな…」
打球の動きを見た乾が声を上げる。
「違いますよ、乾先輩。越前の奴はツイストサーブって言ってましたよ」
「ツイストサーブ?あぁ成る程ね」
何度も少年が放つサーブを眺め、乾が驚きと称賛の声を上げ、早速ノートをバッグから取り出して、自分の目で確認した全てを書き込む。
「あぁ、不動峰の伊武か…」
大石はライバル校の1人に似た様なサーブを打つ人物がいたのを思い出し、ぽんと手を叩いた。
ツイストサーブとキックサーブは、言い方が新しいか古いかだけで全く同じサーブなのだ。
このサーブはボールに逆回転を掛ける事により、バウンド後にボールが激しく跳ね上がる。
「あの角度なら顔面直撃か、あのボールだと反射神経が良くなければ取れないな…」
しかも目の前の少年は、ボールの跳ねる角度までも自由自在にコントロールしていた。
「凄いね…」
サーブの練習なのに、この圧倒的な力。
不二も少年の凄さを目の当たりにして、絶句してしまっていた。
これまでに数々の選手と対戦して来たが、この少年の強さが手塚並みだと言うのが、何度も繰り出されるサーブを見ただけで本当に良くわかる。
「あれ?ラケットを持ち替えた?」
それまで右手に持っていたラケットを左手に持ち替えて少年は次々にサーブを打つ。
「越前はサウスポーですよ」
「サウスポー?それなのに右でもあれほど威力のあるサーブを打てるのかい。なるほどね、手塚並みか…」
ノートに書き込む乾の手の動きは滑らかに動く。
「スピードは乾並みね、まさにその通りだね」
少年が左手に持ち替えた途端、ボールの球威は更にアップしていた。
地面に当たる音も軽い音から重い音に変化し、しかも打ったサーブは面白い様に、全て同じ位置に落ちていた。
これほどのコントロールを持つ中学生なんて滅多にいないだろう。
「ん、ほんっとに凄いにゃ」
この中で一番視力の良い菊丸は、遠くからその姿をじっと眺めていた。
「どうかしたの、英二?」
ちら、と不二は菊丸を見る。
「すんごく可愛い顔してるよ。うわっ、ヤバイくらいに可愛いかも…うん、ちょっと俺のタイプかも」
虚ろな表情で眺めているその姿は、悪いがかなり怪しい人物にしか見えない。
他は彼のプレイスタイルを見ていたのに、菊丸だけは本人の姿だけしか目に入っていなかった。
「英二は何を見ていたの?」
咎めるように言う不二の表情は呆れていた。
相変わらず余所事ばかりの菊丸の返答には、不二で無くとも呆れ返ってしまう。
しかし菊丸の表情は真剣そのものだった。
「何をって、顔だよ、顔!帽子で顔があんまり見えないけどさ、あんな可愛い子は他にはいないって」
ついでに「ほら、見てみろよ!」と言われれば、見ない訳にはいかない。
逆ギレ状態の菊丸に言われ、不二達もつい帽子の下に隠されている顔を見ようとするが、どうにもこうにも帽子のつばが上手く少年の顔を隠していて、ここからでは全く見えないのだ。
「…見えないね」
こうなると余計に気になってしまうのは、人間としての性だ。
「…あの、ここに呼びましょうか?」
「あぁ、そうしてくれると僕達も助かるね」
睨むように眺めている元レギュラーのその姿に、堀尾が慌てて提言をすれば、その声に我に戻った不二が苦笑いを浮かべて応えた。
「おーい、越前。ちょっと来いよ」
名前を呼ばれた少年はサーブの練習を止めて、こちらに向かい歩いて来た。
「何、堀尾?何か用?」
ちらちらと周囲を窺いながら堀尾の前に立ち、自分を呼んだ相手の顔を帽子のつば越しに見る。
呟いた声のトーンはいささか低めだが、声質が低い訳では無さそうだ。
ただ、見知らぬ人物達が突然やって来たので、自然に警戒態勢に入ってしまったのだろう。
しかし近くで見れば、本当に小さくて細い。
「初めまして越前リョーマ君。僕は青学高等部のテニス部に所属している不二周助だよ、よろしくね。ちなみにここのOBだから」
つい、と一歩前に出た不二は、少年の警戒心を抹消する為に、柔らかな笑顔のままで自己紹介をした。
不二はこういう時の、対応がとても上手い。
ここで上手く接しておけば、後々自分にとってはプラスになるかもしれないと、いささか不純な動機も含まれていた事は隠しておいたが。
「…ども、越前リョーマっス…」
その顔を上目遣いで暫く見つめた後『この人物は一癖も二癖もあるかもしれないから敵に回してはいけない』と本能が察し、帽子を脱いでペコリと頭を下げた。
「越前リョーマ…君」
帽子を取ると少年の顔立ちがはっきりとわかり、不二は食い入る様に見つめてしまう。
(なるほど、英二が惚けるのがわかるね…)
艶のある少し長めの黒髪は、少しの風にも柔らかそうにふわりと揺れていた。
その下にはアーモンド型の大きな瞳に男にしては長めの睫毛。
薄く小さめだが、チェリーピンク色をした形の良い唇。すらりと長く高い鼻。
何処をとっても1つ1つが最上級のパーツなのに、全てが一箇所に揃ってしまった。
これが可愛いと思えなくて、どう思う?
「小さいね…」
「小さくて悪かったね。アンタに比べたらここにいる誰だって小さいよ」
ぼそりと乾が零した小さな言葉に、リョーマは即座に反応をする。
「いや、そう言う訳では…」
「いいよ、別に本当の事だしさ」
乾は己の発言を悪い意味で受け取ってしまった相手に慌てて否定しようとするが、リョーマはその言葉を遮ってしまった。
リョーマにとって、身体の事で言われるのはこれが初めてではないからだ。
数えるのが嫌になるほど幾度と無く言われ続けていた。たとえ気にして大きくなる為に何かしても全く変化が無いのだから、これだけは本当に仕方が無い。
それでも言われるとちょっぴりムカつく。
「乾ってば酷いんだ〜。いいじゃん、こんなにカワイイんだから。あっ、俺は菊丸英二。よろしく〜。そうだ、こんなに小さくてカワイイから、おチビちゃんって呼んじゃおうかな?ね、いいでしょ?」
「…勝手にして下さい」
いきなり話を進める菊丸に、リョーマは大きな溜息を一つ吐いた。
それからここにやって来た高等部全員(今現在)の自己紹介を開始した。
「残りの2人はもうすぐ来ると思うんだけどね」
最後に乾が紹介をした所で、不二はまだ来ていない2人を思い出した。
「残りの2人ってまだ来るの?」
「練習の邪魔になっちゃってゴメンね」
「別に俺はいいけどさ…」
ちら、とコートに視線を移し部員達の様子を眺めれば、こちらを気にしていてイマイチ調子が出ていない様子。
伝説に近い先輩達の姿を間近に見られた事により、浮かれている様だ。
「あぁ、越前君は良くても、他の部員達の邪魔になるって事なのかな?」
視線の先を確かめると、不二はリョーマの考えを即座に悟った。
「そういうコト」
わかりやすい説明に、リョーマはこくりと頷く。
この先の試合を考えれば今が大切な時期。
先輩達が来たからと、練習をサボられては困る。
「ふーん、おチビちゃんってば凄いんだ。でもさ、一体どっから転校して来たの?」
こんなに強いプレイヤーがいたら、絶対に知らないはずが無いのに、データの鬼の乾ですらその存在を全く知らなかった。
少しでも目立つ選手は、乾の手によって青学の全員に知れ渡る事になる。
「……アメリカ合衆国」
あまり言いたくないのか、リョーマは小声で呟いた。
「アメリカって、越前は帰国子女なのかい?」
どこか無名の学校と睨んでいたのに、考えもしなかった場所を言われ、全員が驚きの表情でリョーマを見た。
「まぁ、一応そうっスね」
またしてもこくりと首を縦に振る。
「そうって、わざわざ日本に来てまでプレイする理由が越前にはあるって事なのかい?」
「…そんなコト訊いてどうするの?アンタは俺に理由が無いと日本に来んなって言いたいワケ?」
如何にもリョーマの言う通りだ。
誰がどこでプレイするかなんて誰にも関係ない。
そんなものは本人の意思。
「まさか、そんな事は全く思っていないよ。ただ、少し興味があってね」
訊かれた事にあっさりと答える。
「興味本位だけなら言いたくないっス」
訝しげな目で乾を見るリョーマは、そのあっさりし過ぎた答えに対して口を閉ざしてしまった。
しばしの沈黙が2人の間に訪れた。
「ゴメンね、乾はデータを集めるが好きなんだよ。だからついつい余計な事まで知りたくなるんだ。ほら、乾も少しは言葉を選んだほうがいいよ」
機嫌を損ねてしまったリョーマを慰める様に、不二が乾の前に立ち、彼の代わりに言い訳をすると、リョーマはピクリと反応を示した。
「…もしかしてデータテニスをしてたってアンタのコトなワケ?」
「あぁ、そうだよ」
「へー、本当にいたんだ。でもさ、ちょっと変わってるよね。データでテニスなんてさ、敵だと恐いけど味方だったら最高だね」
視線だけで乾を見ていたリョーマは、乾の返事に顔を正面に向けた。
リョーマは全国制覇をした時のメンバーを密かに調べていた。
あの頃と今の何が違うのか、何が足りないのか、それらを見つけ出す事が出来れば、ここはもっと強くなれると信じている。
自分だけが強くても1人では全国は狙えない。
しかしこれは建前の意見で、本当は違う理由があって過去の記録を調べていたのだが、数々の記録を見ているうちに本格的に調べてしまっていただけ。
その中でも乾だけしか出来ない、集めた数々のデータを駆使して試合をする戦法には多少面白味を感じていたのは確かだ。
「興味あるなら色々と教えようか?授業料は越前のプレイで構わないから…」
「別にいいっスよ、テニスはデータだけでプレイするもんじゃないからね」
「そうかい?残念だね」
今まで誰にも教えた事の無い、自分にしか出来ないプレイスタイルを伝授しようとした乾の誘いをリョーマはキッパリと断る。
「やーい、乾ってばフラれてやんの」
「…菊丸…」
からかう様に菊丸が言えば、咳払いを一つして乾は眼鏡越しに睨む。
「おっと、恐い恐い。ねぇねぇ、おチビちゃんって誰かと付き合ってる?フリーならさ俺と付き合わない?」
口では恐いと言うが、乾の睨みなんて菊丸には全く効き目が無い。
乾の事など完全に無視し、リョーマに近付いていた。
しかも初対面の相手に対して『付き合って』と、告白をしているのだ。
「…え?」
思いもしない告白をされてリョーマは目を見開く。
突然現れた人物にいきなり告白されるなんて、誰が想像できるだろうか?
いや、誰にも出来なかった。
特にリョーマには全く出来なかったから、何も言い返せずに口を金魚の様にパクパクさせるだけだった。
「英二先輩、いきなり何を言ってるんすか?」
「そうだよ、越前君が困っているじゃない」
桃城や不二が慌てて抗議をする。
菊丸の突拍子の無い行動がこれまでに問題を起こした事は一度きりとも無いので、一応叱りはするがそれほど気にしないで済んでいたのに、こんな場面で起こすとは思わなかった。
「だっておチビってこんなに可愛いんだから、絶対にモテモテなんだろ?なぁ、堀尾」
堀尾に視線を投げると、ビクッとしながらも首を縦に何回も振る。
「ほらな」
自分は正しい、と腰に手を当てて得意げな顔をする。
「ほらなって、越前君の気持ちを無視して話を進めてどうするの?」
不二が菊丸を咎めるが、口を尖らせただけでやはり菊丸にはそれほどダメージを与えられない。
「だからこうして訊いているんだって。でさ、どうなの実際のところは?俺ははっきり言って一目惚れってコトなんだよね」
リョーマの顔の高さに自分が合わせると、菊丸はかなり真面目な表情をする。
「…あ、あの…」
何かを言おうととりあえず言葉を発したリョーマは、何を言って良いのかわからず口を閉じてしまう。
「ん、何かにゃ?」
更に近付くと、リョーマは慌てて視線を泳がせた。
どうやら何かを隠しているようだが、リョーマは決して口を開こうとしない。
残りの者達はと言えば、菊丸同様に初対面のリョーマに何時の間にか惹かれ始め、ここでどんな返事をするのかが気になって仕方が無かった。
出来る事ならきっぱりと断って欲しいのが、全員の意見だった。
「何なの、おチビ?」
「…俺は…」
「あっ、大石先輩と手塚先輩!」
息をするのも辛いくらいに張り詰めた緊張感に包まれていたが、何かの気配を感じコートの外を見た堀尾が漸く来た2人を見つけて大声を出していた。
「やっと来たんだ」
「はー、良かったっすね」
こんなナイスなタイミングで来てくれて本当に有り難い。
流石は元部長と元副部長だ。
「英二、何をしているんだ?」
大石はコートの外から何かやらかしている菊丸に話し掛けると、菊丸は舌打ちをしてリョーマから一旦離れた。だが、ほっとしたのも束の間、リョーマは驚愕の表情を浮かべていた。
「…もしかして…」
言いながら遅れてきた2人を見て、コートを抜け出し小走りで駆け寄る。
リョーマは確信が持てない自分の考えを確認する為に2人の前に立ち、じっと顔を見つめる。
「あれれ?おチビってば、大石と手塚に興味を持っちゃったのかにゃ?ちぇっ、つまんないな」
しょぼんと項垂れる。
あんなにアピールしたのにリョーマは後からやってきた二人の方にさっさと行ってしまった。
せっかくカワイイ子と付き合えるかもと、ウキウキしていた菊丸は一気に愕然とし、残りは『とりあえず菊丸に取られなくて良かった』と、安堵の息を吐いていた。
しかしリョーマが見ていたのは、唯1人だった。
「どうかしたの?越前君」
不思議な行動をするリョーマに、不二は背後から話し掛ける。
「…やっぱり、くにみつだ…うん、あの時と全然変わってないね」
確信が持てたリョーマは、納得した安心感からなのか無意識に笑顔になる。
「うわっ」
自分には向けられていないその笑顔を見てしまった大石は、一気に顔を真っ赤にしていた。
初めて見る顔、しかも可憐な少女の様な眩しい笑顔。
「て、手塚、し、知り合い、なのか?」
話しに聞いていた青学を救ってくれた少年は目の前にいるが、初対面のはずのその少年と隣にいる手塚はどうやら旧知の仲の様で、しどろもどろになりながら大石は手塚を見るが、隣の手塚は珍しく驚いた表情をしていて、大石は更に吃驚してしまう。
「まさか、リョーマなのか?」
滅多に無い、搾り出すような手塚の声。
「うん、そうだよ。やっと逢えた…」
手塚が名前を告げた瞬間、嬉しそうな笑顔のまま、リョーマはぶつかる様に手塚に抱き付いた。
「逢いたかったよ」
胸元から覗き込む様に手塚の顔を見れば、懐かしさと感激のあまり涙目になってしまう。
「…俺も逢いたかった」
その背中を優しく抱き締める手塚の腕。
「て、手塚ー?」
「なんで手塚と?」
「越前が、先輩と?」
仲間や後輩が目の前にいる事など、全くお構い無しに熱い抱擁を続ける2人に対し、大石の大声を皮切りに、悲嘆やら何やらの声が四方八方から上がっていた。
そんなこんなで練習どころでは無くなっていた。
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