Perfect

〜第1話 まだ見ぬ中等部の救世主〜



「どうやら中等部に凄いのが転入してきたらしい」


ここは青春学園高等部の男子テニス部の部室。
青春学園とは中等部、高等部、そして大学部と一貫した教育システムを持つ都内でも有名な学校だ。
今は夕方の部活が終了したので、帰宅の為に着替えをしている最中だった。
そんな中、少し興奮しながら話す大石は普段よりも大きな声を出していた。
「ほへ〜、大石の言う『凄い』のって、やっぱしテニスが上手いってコトなのかにゃ?」
既にジャージから制服に着替え、ロッカーの扉の内側に備え付けられている鏡で乱れた髪を手櫛で簡単に直していた菊丸が、誰よりも早く反応する。
「もちろんだ」
バタンとロッカーの扉を閉めて、大石は菊丸の傍に歩み寄る。
同じ学年でロッカーの場所も近いのに、歩み寄る必要があるほど、部室とは思えない広々とした室内。
入部した部員1人ずつに与えられたロッカー。
男子テニス部は大会の度に好成績な為、学校から多額の補助金が出るほど、かなり優遇されたクラブだ。
「そうなんだ。俺達が卒業して桃城や海堂達はとても頑張ってくれたんだが…」
「惜しくも関東大会止まりだったしね」
着替えが終わり、帰る為にドアのノブを掴もうとしていた不二が、その手を引っ込めて興味深げにこの話しに加わって来た。
どうやら大石の話した内容が、不二の好奇心に火を点けたみたいだった。
「今はこの高等部に来て、俺達が3年の時の1年生が中心になっているが…」
「都大会出場の確立すら、かなり低いな」
続いて乾も会話に参加する。
自慢のデータを収集する為の秘密ノートは、現在も乾の手の中にある。
「それじゃ、今年は」
「ちっ、情けねぇ…」
コート整備を終えて部室に入って来た桃城と海堂も、何やらただならぬ気配を感じ、この会話の輪に加わる。
他の部員達は何かオーラみたいなものに阻まれてその中に入って行けず、黙々と着替えてさっさと帰って行くだけだった。
中学時代、青春学園の名を全国に轟かせたのは、他ならぬここにいる彼等達である。
圧倒的な温かい強さを持ち、的確に試合を進めていく大石秀一郎。
変幻自在なアクロバティックで相手を翻弄しまくるネットプレイを得意とする菊丸英二。
天才と称されるほどの強さと、それを裏付ける技を各種持つ不二周助。
相手の持つ力の全てを明確に分析し、集めたデータでテニスする乾貞治。
脅威の跳躍力から繰り出されるスマッシュは、相手を吹き飛ばすほどの破壊力を持つ桃城武。
誰よりも強くなる事に執着し、スネイクと名付けられた独自の得意技を持つ海堂薫。
そして、中等部で惜しくもテニスを引退してしまった河村隆。
「お前達、何をしているんだ?」
「手塚!」
部室内で交わされる会話に最後に加わったのは、当時の青学で最強の男と謳われた手塚国光だった。
桃城と海堂は高等部の1年生、残りは全て2年生。
先輩である3年生は中等部の頃からの先輩が半分、一般入試で外部から入学して来た先輩が半分。
特に外部からのメンバーは、1年後に入部してきた手塚達の強さに即座に圧倒されてしまっていた。
中等部の頃からの先輩は当時から全く敵わなかった下級生に勝てるはずも無く、今では2年生が中心となって部活を率いている状態。
それに幸いな事に、高等部には中等部と違って年功序列の精神がそれほど無いらしく、3年生が姑息な手を使って後輩である3年生に何かを仕掛けたりする様な莫迦な真似はしない。
むしろ3年生が戦力の要である2年生に対して気を遣っていた。
いわゆる弱肉強食の精神がここには存在していた。
だからといって、2年生が先輩達を愚弄する気は無く、普通に普通の先輩と後輩の関係を築いていただけだった。


「大石が言うにはさ、中等部にすんご〜いのが入ってきたんだってさ。手塚は知ってる?」
心底楽しそうに表情、大きな目をキラキラ輝かせて手塚に近寄る。
面白い事が大好きで、何でも首を突っ込みたくなるのは中等部の頃と全く変わっておらず、高校生になってもその性格なら小さなお子様と対等に渡り合えるのでは?と密かに思ってしまう。
但し、直接本人には絶対に言わない。
言えないのではなく、言っても仕方が無いから。
菊丸の性格はとことん掴み難い。

「いや、初めて聞いたな…本当なのか?」
菊丸越しに大石に訊ねる。
「俺も聞いただけなんだが、その強さは手塚、お前並みもしくはそれ以上だと。俺が聞いた所では入部したその日に、全員のフォームを見ただけでどこが悪いのかを明確にアドバイスし、更にはどういう練習をすればもっと上手くなれるのかを…」
真剣な表情で自分の耳に入れた情報を全て話す。
「へー、それで強くなってきたってコト?」
「あぁ、どうやらこれなら全国も狙えるらしい」
菊丸の問いには首を縦に振る。
「それは凄いな。是非、見てみたいね」
感嘆した声を上げた乾は、まだ見ぬ驚異的なプレイヤーの姿を既にノートに書き込んでいた。
「乾先輩、さっそくデータっすか?」
にやにやしながら桃城が話し掛けると、乾は黒ぶちの眼鏡のレンズをキラリと光らせる。
「今が中等部の3年生なら、来年はここに入ってくるからね。しかも実力が出塚並みというのなら早めに情報を仕入れておかないと」
テニス部は一筋縄でいかない部員が多く、少しでも隙を見せれば痛い目に合う。
後で悔しい思いなんてしたくない。何事も早めの準備が大切だ。
「それなら今から行ってみる?」
正論を述べる乾に、不二は提案を出した。
「ほへ?どこ、どこ?どこに行くの?」
「中等部へ、だよ」
今の話の流れから推測しなよ、と不二に冷たく言われ、菊丸はぐっと息を飲んだ。
決して不二と菊丸は仲が悪い訳ではない。
むしろこの2人は仲が良い方なのだが、菊丸が場の雰囲気を考えない言動をすると、いかに穏やかな不二でもキレてしまうのだ。
それでも菊丸が反省する事は滅多に無い。
「今日は早めに終わったんだから、皆で中等部に行ってみない?」
「おっ、ナイスアイデアだにゃ!」
パチンと指を鳴らして賛成する。
「いい考えだな、不二。実は俺も話を聞いてから気になって仕方がなかったんだよ。手塚はどうだ?」
「…そうだな、一度その腕前を見ておくのも良いかもしれないな」
誰にも好奇心はある。
不二の提案に反対する者は誰もいなかった。


高等部へ進学した青春学園中等部男子テニス部の元レギュラー達。
数々の強豪を打ち破り、全国を制覇した彼等の強さを知らない者は高等部にはどこにもいない。
高等部のテニス部へ入部した途端、青学高等部の男子テニス部がかなり強くなったと言われるほどに。
そんな彼等には、中等部のテニス部が気に掛かって仕方が無かった。
気掛かりな事は何でもない時に思い出し、そうすれば常に気になってしまい、どうしようもなくなってしまう。
なのに、その気掛かりな中等部のテニス部に対し、自分たちが知らない間に救いの手が差し出されたのだ。
これは自分の目で確認しないといけない。


「じゃ、僕達は一足先に行っているからね」
「俺達も終わったらすぐ行くから」
「じゃ、大石、手塚。まったあっとで〜」
結局はここにいた全員が行く事になった。
しかし手塚と大石の2人だけは、現部長にこれからの練習内容の相談で呼ばれてしまい、後から行く事になってしまった。
残りのメンバーはいそいそと部室を後にした。



あ、リョーマが出てないや。
またしてもほんのりパラレル風味ですが、しばらくお付き合い下さいませ。