新しい年を迎えて2日目。
テニス部は冬休みの間は休み。
各自が個々にトレーニングをするようにと、休みの前日に竜崎から部員に伝達された。
だからリョーマといつでも会えるはずなのだが…
菊丸は昨日届いた年賀状を見ながら、のんびりとつまらないテレビ番組を部屋で見ていた。
「あ〜あ、つまんないにゃ〜」
実はイヴの日からリョーマとあまり会っていない。
あの言葉が気になって仕方が無いから、電話は掛けるが、会う事はしない。
「…よし」
携帯電話を取り出し、登録されているリョーマの番号を選んで押す。
数回のコールの後、リョーマが出た。
「俺だけど、今から会える?うん、場所はテニスコートのある公園ね。うん。じゃ後で」
挨拶もそこそこで、用件だけ言うと電源を切る。
そして、もう1人の番号を押す。
「あ、菊丸だけど。あのさ今から外出れる?ちょっと重要な事だからさ。うん、テニスコートがある公園。用件は後で」
こちらも用件のみを伝え、電源を切る。
そしてリョーマとお揃いのニット帽をかぶり、厚手のコートを着ると家を出た。
「英二」
「お待たへ〜」
誰もいない公園のベンチに座るリョーマを発見し、菊丸は走った。
「何かあった?」
「うーん、と…もう1人は?」
「もう1人?」
きょろきょろと辺りを見渡した後、リョーマの背後を見据える。
その視線の先に何があるのか、リョーマはつられて後ろを振り向く。
「何の用だ、菊丸。……越前?」
「…て…手塚先輩?」
リョーマと手塚の視線が久しぶりに会った。
しかし直ぐに逸らされ、その視線は菊丸の元へ。
「どういう事だ?」
「何で?」
この2人からは疑問の言葉だけ。
同じ表情を浮かべているのが、やけに滑稽だった。
「俺…考えたんだけど」
手塚がどうしてリョーマに別れを告げたのか?
理由はわからないけど、何かがあるはずだ。
それでなくては、あんな行動はしない。
ベンチに2人を座らせその中心に菊丸が座った。
「手塚は今でも、リョ…おチビが好きなんだ」
「菊丸!」
「で、おチビはずっと手塚が好きなんだ」
「…英二?」
2人は突然言い出した菊丸の言葉に驚くばかりだ。
手塚はこの2人が、恋人関係になっていると知っていた。
これで自分の事を忘れると思っていたのに。
菊丸はどうしてこんな事を言い出すのだろう。
しかもリョーマはまだ自分の事が好きなのだと。有り得ない。
あれだけ酷い事を言ったのに…。
「菊丸、どういう事だ」
「手塚が部活中のおチビの姿を見てたのをさ、俺は知ってるんだよ」
見詰める視線はすこぶる優しいものだった。
それを初めて見たのはリョーマが倒れたあの日。
あの日から手塚の姿を探す自分がいた。
必ずどこかにある、その視線を。
「おチビは、手塚の事を忘れられない」
「英二…俺…」
「あっ、責めてるんじゃないよ。あんな時に優しくされたら誰だってグラっときちゃうからな」
慌てて今のセリフをリョーマに説明する。
「決めたんだ、俺。おチビと別れるって」
「え?英二」
「菊丸?」
ベンチから立ち上がり、眩しいほどの輝く笑顔を向ける。
「だからさ、手塚はおチビにしっかりと説明しろよ。でさ、おチビは自分の気持ちに素直になってくれよ。そんな哀しい顔は今日で終わりにしてよ…な?」
笑顔のままでそれだけを言うと、その場から離れていった。
「菊丸に見られていたとは…」
誰にも気付かれないようにしていたのに。
手塚はベンチに深く腰掛けて深い溜息を吐いた。
そしてリョーマは、あの日と同じこのシチュエーションに鼓動が跳ね上がる。
「…また、フラれちゃった」
思い出すのは、哀しい記憶。
菊丸が去った後、2人の間には1人分の座るスペースがぽっかりと空いたままだった。
暫くは、黙って座っていた2人。
だが、先に口を開いたのは手塚だった。
「……俺はお前を束縛しそうになっていたんだ。だからその前に…お前の為にあんな酷い事を言うしかなかったんだ」
あの時と同じように、突然話し出した手塚にリョーマはただ聞くしかない。
「…お前の幸せだけを願っていたんだ」
あんな酷いセリフを淡々と吐いた人と同一人物とは思えないほど、苦しそうな表情。
「誰にも見られないようにしていたのにな。なのに菊丸には気付かれていたとは」
手塚は別れを告げた後も、リョーマの姿だけを追っていた。
嫌いになったのではない。
愛しすぎて、壊しそうなほどになっていたのだ。
リョーマが倒れた事も知っている。
直ぐにでも駆け寄って行きたかった。
菊丸に抱えられている姿を見た時は、嫉妬に狂いそうだった。
それほどまでに愛している。
手塚の本心を知ったリョーマは、驚きの表情で手塚を見ている。
「じゃ、あれは…」
「全部…嘘だ、俺はお前を愛している。あの日からもずっとだ。お前だけなんだ…」
離れていた身体を自分に引き寄せ、強く抱き締める。
手塚の両腕に抱き締められて、リョーマの頭は混乱していた。
別れを告げた本人は、実は『別れたくなかった』と言っているのだ。
自分を愛しているのに、このままでは思いに負けて壊してしまう。
束縛してしまう前に酷い事を言って、自分から離れるように仕向けていたと。
「どうして…今になって」
「リョーマ?」
抱き締める腕の力を少しだけ緩めると、顔を覗き込む。
その瞳は涙に濡れていた。
あの日は我慢していた涙を、今は感情のままにポロポロと流している。
「好きだったら束縛だって、壊したっていいんだよ」
自分の腕でその涙を拭い取るが、どうしても涙が止まらない。
嬉しさと哀しさの正反対の感情が、リョーマの涙腺を弱めていたのだ。
「…越前」
「…違うよ。俺は“越前”じゃない」
「……リョーマ?」
名前で呼べば、リョーマは手塚の首に腕をまわす。
「…国光」
「リョーマ」
「好きだよ、国光」
「俺もお前が好きだ。リョーマ」
流れる涙をそのままに、抱き締め合う2人。
あの日からもう1ヶ月が過ぎていた。
擦れ違った2人の気持ちは、漸く1つになった。
同じ道を歩いていた2人は、ほんの少しの間だけ寄り道をしていただけ、ただそれだけ。
「…あの」
「ん…何だ?」
キスをしようと顔を近付けるが、リョーマは即座にそれにストップをかける。
止められた手塚は少し不機嫌そうな顔をしていた。
「ここ、公園だよ」
そうここは、2人も良く利用する公園。
今は正月だから滅多に人はいないが、外なのだ。
「…わかった」
ホッとしたのもつかの間、リョーマは手塚に手を引かれて立ち上がっていた。
「な…何?」
そのまま手を引かれ歩き出す。
その方向はリョーマの自宅ではない。
「…俺の家に来い」
どこに行くのかと背中に訊けば、手塚は自宅へリョーマを連れて行こうとしていた。
「え?」
「今日は両親も祖父もいない」
それは誘いの言葉。誰も居ないのを承知でリョーマを自宅へ誘うのだ。
「それって…」
「1ヶ月以上もお前に触れていない」
ボンと顔が赤くなる。
寒い冬なのに顔だけが熱い。
手塚もこちらを見ないが、耳が赤くなっている。
「俺も国光に触れたいよ…」
繋いだ手の力を少しだけ強くすると、同じ強さで握り返された。
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