季節は12月中旬。
定番のクリスマスソングは、今ではどこのデパートからも流れていて、どこもかしこもクリスマス一色。
ホテルやレストランでは、ディナーの予約の宣伝で一杯だった。
小さな商店街でもツリーや電飾が輝いていた。
「ふんふんふーん、ふんふんふーん」
軽快にその曲を鼻歌で歌う菊丸と、それを聴く不二。
「楽しそうだね。英二」
「やっぱり、1年最後のビッグイベントじゃん」
3年6組の2人組は、授業の休憩時間に窓から外を眺めていた。
「で、今年もやる?」
「そうだね、また皆を誘おうか」
「でも、今年は…」
「あっそうか。プレゼント用意しなくちゃね」
去年のクリスマス・イヴは、不二の家に集まってクリスマスパーティーを開催した。
不二の姉が作ったケーキや、河村が用意した散らし寿司。
楽しかった去年を思い出す。
でも今年は違う。
その日はリョーマの誕生日なのだ。
リョーマと付き合うようになってから、初めて知った誕生日。
それを知ったのは、あの日から3日後の事。
初めて入ったリョーマの部屋で、新作ゲームの攻略を二人で考えていた時だった。
リョーマが自分の誕生日がクリスマス・イヴだと話してくれたのは。
『そんなロマンチックな日にこの世に誕生していたなんて神様も罪な事するな』てな事言ったら、『俺が頼んだ訳じゃないっス』なんて言われちゃった。
そりゃそうだ。
誰だって、望んでその日に産まれた訳じゃない。
たまたまその日に神様がこの大地に誕生させただけなのだ。
「でも、リョーマの誕生日って感じだよね」
「は?……ん…」
2人はテレビの前で横に座っていた。
コントローラー持つ手をそのままに、菊丸はリョーマの唇を衝動的に塞いでいた。
何故だかキスはすぐにしたくなる。
リョーマも慣れているのか、それだけはすんなりと受け入れていた。
「何か神秘的なんだよね」
だからその日に産まれてくれた事に感謝。
でもリョーマは少しだけ寂しそうに笑っていた。
それがヤケに印象的だった。
不二と計画を立てた次の日。
今日は菊丸の部屋にいる。
「ちい兄ちゃんと一緒の部屋だから狭いけどな」
ダブルベッドに勉強机が2人分。
兄弟のいないリョーマにしてみれば、少しだけ羨ましいと感じてしまう。
2段ベッドに凭れてゲームで遊んでいた時。
「…で、イヴの日は皆で盛り上がろ?」
「不二先輩の家で?」
「そうだよん」
出来れば2人きりで過ごしたいと思うけど、こういう時は大人数で楽しむ方がいい。
「誰が来るの?」
「えーと、俺と大石とタカさんと乾と桃城…あぁ、そうだ不二の弟も帰ってくるらしいよ」
当たり前だか不二の自宅なので、裕太がいても何ら不思議は無い。
「裕太?」
「そうそう。…って呼び捨てなのか?」
リョーマの尊大ぶりは健在だ。
上級生だろうが、自分より格下の相手には厳しい。
もしも自分が他校の生徒だったら、と考えると同じ学校でよかったとしみじみ思う。
「…あの人は来ない?」
小声で菊丸に訴える。
『あの人』とは、言わずとも知れた手塚国光の事。
「うん、誘ってないよ」
不二と話し合って、誘う役目は菊丸が引き受けた。
だから、手塚だけには話をしていない。
「そっか…良かった」
別れを告げられてから、手塚は一度も部活には顔を出さない。
でも…俺は見てしまった。
リョーマにはその事は言っていないけど。
話してどうこうなる問題でもないし、それに言いたくないのが本音。
「じゃ、行く」
「よし、決定だにゃ」
「さ、どうぞ。入って」
「お邪魔しまーす」
今日はクリスマス・イヴ。
約束通りリョーマは菊丸と不二の家に訪れていた。
不二の家の周囲は、カラフルな電球によって綺麗にライトアップがされていていた。
「いらっしゃい、菊丸君。あら、こちらは?」
リビングに通させると、そこには見た事の無い女の人が2人と弟の裕太。
「彼が越前だよ。越前、僕の母と姉さんだよ」
「ども、今日はお招き頂きましてありがとうございます」
先輩の家族であり、お邪魔しているということで、リョーマは従姉妹に教えてもらった挨拶を披露した。
「まぁ、可愛らしいのね」
「本当だわ」
母親と姉は不二に良く似た、優しい笑みを浮かべている。
リョーマの顔や姿を充分に眺めてから、自分の息子と見比べている。
「周助とは違ったミステリアスな雰囲気ね」
そう言ったのは姉の方だった。
じっくりと見詰められて、少し戸惑う。
「…越前が困ってるだろうが…」
助けに入ったのは裕太だった。
姉の性格を熟知しているので、このままだと何をしでかすのかが分からない。
「あら、ゴメンなさいね」
姉はクスクス笑いながら視線を外し、パーティーの準備に戻って行った。
「まだ、先輩達は来てないね」
綺麗に飾られた室内には、不二の家族と菊丸と自分だけだった。
時間的にまだ早かったのだろう。
勧められたソファーに1人でちょこんと座り、時計を見ていた。
不二の家族は忙しそうだったので手伝おうとしたが、母親にやんわりと止められて座っているだけだ。
しかし菊丸はちゃっかりと手伝わされている。
その時、玄関からチャイムの音が鳴り響き、ぞろぞろと中に入って来た。
「…え?何で…」
中に入ってくる人物の顔ぶれを見ていたリョーマは、最後に入って来た人に対し、思っていた言葉をつい声に出してしまった。
この部屋に最後に入ってきたのは、手塚だった。
菊丸は誘っていないと言っていたので、安心して来たというのに、これでは…。
「英二。俺が誘ったんだ」
大石は菊丸に小声で謝っている。
「う〜、大石のバカ」
「俺が悪いのか?だって、去年は…」
ぼそぼそと喋っている内容は、リョーマには全て聞こえていた。
菊丸は誘っていない、誘ったのは大石だ。
「ほら、そこの黄金コンビ。そんな所で喋っていないでよ」
準備はもう完全に終了していた。
リビングにはこのパーティーに誘った全員が揃っている状態だ。
「あぁ、ゴメン」
「ありゃ、終わってたの?」
パーティーは始まった。
始まりと同時に姉だけは家から出て行ったが、軽快な音楽が流れる中、母親の見事な手料理や河村が持ってきた恒例の散らし寿司を食べていた。
もちろんアルコールは無い。
ジュースやお茶で喉の渇きを潤す。
「さて、今日は何の日か知っているよね?」
不二はにこやかな笑顔でリョーマに近付いて来た。
「…イヴでしょ?」
「それもあるけど、今日は君の誕生日でしょ」
パンパンと両手を叩き皆の視線を自分に集める。
「あぁ、そうだな」
乾は持ってきた紙袋をリョーマに渡す。
「何スか?これ?」
「…俺からのプレゼント。開けていいよ」
怪しげな物でも入っているのかと、少しだけ躊躇いながらごそごそと袋を開ける。
「これ?」
中から出て来た物はラベルの無いビデオテープ。
「お前の試合を撮ったものだ」
この男、何時の間にそんな物を撮ったのか?
「……有難く頂きます」
これで自分のプレイスタイルの確認が出来る。
今以上に強くなる為には必要だろう。
「じゃ、俺はこれを」
それぞれがリョーマにプレゼントを渡す。
大石からは目覚まし時計、桃城からはゲームソフト。
不二からは暖色のマフラーで菊丸からはニットの帽子。
河村は河村寿司への招待券。
そして、最後は手塚だった。
「これを…」
渡されたのは、本のようだ。
紙袋から取り出し中身を確認しようと表紙を見た途端、リョーマは立ち上がった。
「トイレ借ります…」
一言だけ言うと、そのままリビングを後にした。
「ちょっと、おチビ」
その後を菊丸は追い掛ける。
「どうしたんだ。越前の奴」
「嬉しすぎたのかな?」
室内に残った者達は、それほど気にする事無く続きを楽しんでいた。
「…どうして…これを…」
楽しそうな声が聞こえるリビングの外でリョーマは泣いていた。
あの本は手塚の部屋にあった物だ。
始めて手塚の部屋に訪れた時、沢山の本棚を見て本気で驚いた。
参考書はもちろんの事、洋書もかなりあった。
その中の1冊を手に取り、パラパラと捲る。
「何かイロイロ書いてるね」
「勉強になるからな」
英語のみの本には、自らが翻訳した内容などが書き込まれている。
「ん…なかなか面白いね。これ」
ふんふんと読むリョーマの後ろから、手塚はそっと抱き締める。
優しい表情でリョーマを見つめている。
「気に入ったか?」
「まぁね…」
「欲しいのか?」
「別に…欲しくないよ」
気に入ったからと言って欲しい訳ではない。
その本を元の場所に戻すと、正面から抱き締めあっていた。
「俺が触った物も要らないってコト?」
それほどまでにあの人に嫌われていたのか?
壁伝いに崩れ落ちその場にペタンと座り込む。
楽しいはずのパーティーは、一瞬のうちに哀しいものになってしまった。
「リョーマ」
膝を抱え込んで座るリョーマの肩に英二が触れれば、小さな身体はビクリと跳ね、のろのろと顔を上げた。
「英二?」
流れる涙を菊丸は指で拭う。
ぽろぽろと流れ落ちる涙は、まるで宝石のように綺麗だった。
「どうした?」
「何でもない…」
聞いてもリョーマは何も答えない。
ただ、涙を流すだけだった。
「不二、ちょっとイイ?」
「うん?何」
ドアから少しだけ顔を出して、菊丸は手招きをしながら不二を呼ぶ。
不二を部屋から出すと、リョーマの様子を話す。
「越前。体調悪くなっちゃったの?」
「そうみたいだにゃ」
だから、帰らせたい。
菊丸は手塚との事は、不二にも大石にも誰にも話していない。
自分とリョーマの事も全て秘密にしている。
だから不二は顔色の悪さから“体調が悪い”とだけ感じていた。
「それなら仕方が無いね」
体調が悪そうなのはわかった。
このパーティーの主人公であるリョーマが居なくなるのは、少しだけ残念だが、仕方が無い。
「じゃ、ちょっと用意してくるからにゃ」
このセリフはリョーマに対してだ。
もらったプレゼントなどを持って帰る為にリビングへ戻り、その間、リョーマは玄関で小さく座っていた。
「バカみたい…俺」
菊丸の優しさは凄く嬉しい。その優しさに甘えているだけの自分。
「ゴメン…英二。やっぱり俺は…」
忘れたいけど、やっぱり忘れられない。
菊丸に対して酷いと思うけど、自分の気持ちを偽る事が出来ない。
たとえ嫌われていたとしても、自分は好きなのだ。
この気持ちは変えられない。
「…今でも好きなんだ…」
声に出すつもりは無かったけど、そこだけは声に出てしまったようだ。
リョーマは気が付かなかったが、後ろで菊丸がその呟きをしっかりと聞いていた。
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