魔法使いの王子様


第6話 幻獣退治





「え?幻獣退治」
「そうだ」

今日は学園が休日だ。
それは八賢者である手塚には、関係の無い事。
園が休みの際にはこの国の安全を守る為に見回りが必要なのだ。

出掛ける前に手塚はリョーマの部屋を訪れ今日の予定を告げる。

国の最北の森に人を襲う幻獣が現れ、それを退治しろとの命令が下ったのだ。
「俺が行ってもいいの?」
「王がリョーマを連れて行けと仰るのでな」
「俺が行くと足手纏いじゃないの…」
「大丈夫だ。俺が守る」
「…うん。迷惑にならないようにするね」

用意された防護服に身を包み、リョーマは手塚と待っていた八賢者の元へ向かう。
「それも似合うな」
「そう…なんか女の子みたい…」
リョーマの防護服は、光の魔法を掛けられたケープだ。
腕を上げれば、光の粒子がふわりと舞い上がる。
くるりと回れば、淡い光がリョーマを包む。
「…美しいな」
まるで可憐な妖精のような動きに、手塚は目を細めた。

「リョーマ君?」
「えっ?おチビが一緒なの」
どうやら他の者には、リョーマが同行するのを伝えられていなかった。
手塚とともに現れたリョーマに驚きを隠せない。
「今日はリョーマを連れて行く。王の命令だ」
今日は手塚と不二と菊丸、そしてリョーマ。
「では、行くとするか」
手塚が呪文を唱えると、上空から何かが出現した。
見た目は馬。しかしその背には見事な翼。
「…ペガサス?」
「ぺがさす…何それ?」
リョーマは見た目そのままに、思いつく名前を言ったのだが、この世界では通用しないようだ。
「あっ、地球でそんな名前で呼ばれてたから…」
それは地上では空想上の生き物なのだが、この世界では普通に生息している。
「へ〜、ペガサスね。カッコイイ名前じゃん」
菊丸は自分も呪文を唱える。
それは上空からではなく、地中から姿を現した。
「ホワイトタイガー?でも何か違う…」
菊丸が召喚した生き物は、見事ほどの白い鬣と背に黒い縞模様を持つ四足の生物。
ただしその足には、雲のような物が纏わりついている。
「地球って所にも似たような生物がいるみたいだね」
最後に不二が呪文を唱えると、何も無い空間に突如鳥が現れた。
「…これ鳥なの?でも大きい」
不二の召喚した鳥は、大きさで言えば、人間の大人ほどある巨大な鳥だ。
「これは、僕達の幻獣だよ」
大きな魔力を持つ者には、幻獣を自分の配下に置く事が出来る。
まれに愛玩動物として住ます者もいるようだが。
「へ〜。スゴイね」
「おチビ。これって地球じゃホワイトタイガーって言うの?」
菊丸は召喚した際にリョーマが呟いた名前を、しっかり覚えていた。
「うん。そうだよ」
「タイガーか〜。いいね、それ」
よーし、今日からお前はタイガーだ。
菊丸は幻獣に対して頭を撫でながらそう言った。
幻獣もグルル…と鳴き、その手を受け入れる。
「リョーマ君。この子は?」
不二もリョーマに名付けてもらおうと近付いた。
「こんな大きな鳥…。でも…」
見た目で判断するのなら、鷹といったところだろう。
鋭いクチバシは、先の方が曲がっている。
「…イーグル…かな?」
「イーグル?いい名前だね。ありがとう、リョーマ君」

「で、俺はどうするの?」
3人はそれぞれ幻獣に乗っている。
自分にも一応はいるが、騎乗するのには小さすぎる。
乗ったら潰れてしまいそうだ。
「…リョーマ」
どうしようかな?と悩んでいると、すっと目前に差し出されたのは手塚の手。
「乗ってもいいの?」
「もちろんだ」
手塚の幻獣の前に立ち、その顔をそっと擦った。
「俺、リョーマ。よろしくね」
自分の名前を言い、乗る事を伝えた。
手塚の幻獣はリョーマに対し頭を垂れた。
「こいつもリョーマを気に入ったようだ」
「そうなの?良かった」
手塚の手を取ると、ひょいと引っ張られ、その背に乗せられる。
「よし、行くぞ」
手塚の声を合図に幻獣は空に駆け上がった。
空を切り、走るその姿は、地球では考えられない。
手塚の前に座り、鬣を痛くない程度にきゅっと握る。
上から見る地上の様子は、リョーマにとっては初めての景色だ。
「あっ、あれ何?」
「うん?あぁ、あれはコートだ」
「何の?」
「庭球だ」
「…庭球ってテニスの事?」
「てにすとはなんだ?」
「テニスってのはね…」
リョーマはテニスの事を説明した。
話を聞く手塚は、リョーマの前身に手をまわしてその身体を支えているのだが、説明を聞き終えると、少しだけ自分の方へ引き寄せた。
「地球にも同じものがあるのだな」
「やっぱりそうなんだ」
「リョーマは出来るのか?」
「…強いよ、俺」「それでは今度、お手並みを拝見させてもらおうか」
どうやら手塚達、八賢者もテニスをするらしい。
しかもそれぞれがかなりの実力を持っている。


「さぁ、あそこが最北の森だ」
「…あれが…木なの?」
辿り着いた場所に生えている木々達は、葉も枝も全て赤色をしていて、まるで森自体が燃えているような錯覚に陥る。
「不思議だね…
「手塚、そろそろ降りた方がいい」
「そうだな…
森の手前で地上に降りる。
幻獣はそのままにし、森まで歩き出す。

「この森のどこかにいるのは確かだな…」
「にゃーんか、嫌な視線感じる」
「そうだね、気を付けないと…」
森に入った途端に感じる、ねっとりと纏わりつく視線。
知らず知らずリョーマは自分の身体を抱き締める。
「大丈夫、リョーマ君」
「えっ、あっ…大丈夫だよ」
リョーマの前には手塚と菊丸、その後ろには不二が守るように歩いている。
怯えた様子ではないが、その視線を感じ取った無意識の行動だろう。
「待て。この辺りが一番強く感じる…」
手塚は歩みを止め、3人に止まるように手を伸ばした。
この辺りは森の中心部。
幻獣が隠れるのには最適な場所だ。
「どこかにゃ〜?」
「皆、上だ!」
不二はその視線を見つけ出し、大声で叫んだ。
「うわっ!何?」
しかしそれよりも早く、何かが下にいるリョーマ目掛けて飛んできた。
ぐるぐるとリョーマの身体に絡みつき、そのまま上空へと持ち上げる。
「リョーマ!」
「おチビ!」
「リョーマ君!」
リョーマに絡みついたものは、探していた幻獣が持つ長い尻尾だった。
「…トカゲ…?」
自分を縛り上げるその物体を見て、リョーマは呟いた。
木の枝にしがみ付いているのは、全長2メートルもある幻獣。
その顔にはキョロキョロと自由に動く大きな目玉が4つ。

その1つがリョーマの顔を捉えた。
「な…何?」
その口からは長い舌がしゅるしゅると出入りしていたが、リョーマを見据えた瞬間、その舌はリョーマに向かって来た。
「マズイ!あれには毒がある」
「…早く魔法を……呪文が…どうして?」
不二は呪文を唱えようとしたが、それは叶わなかった。
呪文が掻き消されるのだ。
「ダメだ。ここはこの森では聖域なんだ…」
森の中には、絶対不可侵な場所がある。

その場所では如何なる魔法も通用しない。
「…蛇?」
自分に近付く舌は、蛇のような顔を持っている。
大きく口を開け、リョーマに噛み付こうとしている。
「…や…だ!」
否定の言葉と共に、目をギュッと閉じて、今まさに噛み付こうとする物から逃げようとする。
「………?」
しかしいくら待ってもやって来ない衝撃に閉じていた目を開くと、その舌は無残にも鋭利な刃物に切られたようにばっさりと無くなり、青い血をダラダラ流している。
「…何?」
誰かが魔法を使ったのかと、下を見ても3人はリョーマと同じように驚いているだけだ。
もう一度自分の周りを見てみれば、薄い緑色の風が舞っている。
「…これは?」
「アタシは風を司る精霊ジルフェでーす」
その風は1つにまとまり、人型に姿を変える。
ふわりと空に浮かぶその姿は、サラマンデルと同じ精霊。
色は、薄い緑色。
「ジルフェ?」
「はい。そうでーす。はじめましてリョーマ様」
どうやら性格は極めて明るい。
精霊にも性格があるのだろうか。

「じゃ、それも切りますね」
手を振ると風の刃が現れ、リョーマを縛っている尻尾を切りつけた。
その痛みに耐えかねて、幻獣はリョーマを放した。
「え?」
そのまま重力に逆らわず下に落ちていく。
「大丈夫ですよ〜」
ジルフェは再び手を振ると、リョーマを風で包み込み、手塚達の前へ降ろす。
「…びっくりした……」
地上に足を置くと、ふらりと身体が揺らぐ。
「リョーマ!」
支えるように肩を抱き、リョーマの顔を覗き込む。
「おチビ、大丈夫?」
「リョーマ君」
2人も同じようにリョーマに確かめる。
「…うん、平気。でも…アレ何とかしないと…」
今はジルフェによって、その身を拘束されている。
苦しそうに呻く幻獣。
「だが、ここでは魔法を使えない」
「そうなんだ…」
でも、精霊は使える。
だったら、ここは…。
「ジルフェ!そいつをやっつけろ」
リョーマは精霊に向かい、そう叫ぶ。
ピタリと動きを止めた精霊は、幸福そうに笑顔を作った。
「リョーマ様からの命令です。あなたをやっつけちゃいますからね」
ウフフと笑い、両手を頭上に掲げると風が集まる。
大きな球体を作るまでに風を集めると、両手を幻獣に向かい振り下ろす。
『ギャァァァァアー』
まさに獣の叫び声だった。
丸い風に包まれた幻獣は、その中で無残にも粉々に砕け散っていく。
「はい、お終い」
パンと手を叩くと、幻獣は風と共に消え失せた。
「リョーマ様〜。見て下さいましたか?」
「うん。やっつけてくれてありがとう」
「キャッ。リョーマ様にお礼を言われちゃった。やったー皆に自慢しちゃおっと」
炎の精霊とはまるで性格が違うようだ。
まさに“女の子”の性格だ。
「それじゃ、今日はこの辺で帰りまーす」
バイバイと手を軽く振ると、空気に溶けるように消えていった。
「…風の精霊か」
「凄く強いくせに、あんなんなんだ」
「初めて見たよ。精霊の姿って」
口々に今の戦闘の様子を言い合っていた。


「今日はリョーマ君のおかげで退治できたし、良かったんじゃないの」
「そうだな。あの場所では俺達は魔法を使えないからな」
「おチビ様様ってコト?」
王宮に帰る為に、再び手塚の幻獣に乗る。
「でも、俺の力じゃないよ」
全ては精霊の力。自分はただ、命令を下しただけ。
後は全てあの風の精霊が行ったのだ。
「普通、精霊は人の命令には従わないんだよ」
その力を借りるだけ。
不二はリョーマに精霊についての事を話した。
「だから、あんなふうに戦わないんだよ。初めてだよ、戦闘する精霊を見たのは」
なのにリョーマは、その精霊を自由自在に使役できるのだ。
「…そうなの?」
「そうそう。だからおチビはスゴイんだよ」
自分では判らない力。
でも何だか不思議な感覚が身体の中に眠っている。
そう感じる。
いつかは、それを全て出せたらいい。

そうしたら…。

「どうかしたか?」
「ん〜。何でもない」
チラッと手塚の表情を伺い、すぐに目線を外す。

―――守ってあげたい。

守られるだけじゃ嫌だ。
俺も皆を守りたい。
大好きな人を守りたい。
全ての魔法を使えるようになって、一人前だと認められるようになったら。
あなただけを守りたい…。

そう言いたい。






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