それからは、この学校の事や、授業の事の話を聞いた。
クラスは5クラス。1クラスの中には初心者から上級者まで100人ほどいる。
そして、学校内では授業中以外の魔法の使用は禁止。
使用したらその場で退学。
授業中でも講師の判断により、退学に出来る。
厳しくしているのは、魔力の恐ろしさをその身で覚える為にだ。
遊び半分で魔法を使えば、その威力に自分の身体が傷付くのだ。
「いいかい、リョーマ。お前が王子だって事はこの学校では秘密だ。お前は普通の生徒と同じ扱いだからな」
「もちろんだよ」
元々、王子なんで地位に拘りを持っていないリョーマは、普通に扱ってもらった方が気楽だ。
王子と言うだけで誰かれ構ずペコペコしてくるのも悪い気がする。
「よしそれじゃ、手塚。連れて行ってくれ」
「はい。わかりました」
スミレの話が終わると、再び廊下に出る。
出ると同時に、再び扉は壁に変わっていた。
扉があった場所を片手で触ってみても、そこには壁の感触だけしかない。。
「魔法ってスゴイんだね」
「この魔法は、かなりの魔力が必要だからな」
再び案内された場所は、教室だった。
「ここがお前のクラスだ」
「うん。頑張るからね」
「あぁ、期待している」
リョーマは手塚に軽く手を振ると、教室に入っていった。
ガラリと開くと、室内に生徒はちらほら。
作りは、地球で言う大学。
壇上を囲い、段々の机が並んでいる。
どうやら好きな場所に座ればいいらしい。
「どこがいいかな?」
きょろきょろ見ていると、1人の生徒が近付いてきた。
「おはよう…」
自分と同じくらいの女の子だ。
長い髪を2つで束ねている。
「…はよ」
「今日からなの?」
「そうだけど」
「私、竜崎桜乃です。よろしくね…」
「…越前リョーマ。竜崎って、もしかして」
「うん、おばあちゃんなの」
学園長の孫娘だった。
桜乃にこのクラスの事を聞き、自分の座る場所を決めた。
どこでも良かったが、決まっているのなら空いている場所に座らなければならない。
自分はまだ新参者なのだ。
前から2段目、丁度壇上の正面だった。
「中学みたいに寝てたらヤバイよな」
リョーマは、授業中に良く居眠りをしていたが、ここではそういう訳にはいかないだろう。
身を引き締めなければいけない。
「おい、アレ誰だよ?」
「さぁ、初めて見た」
「綺麗な顔してるね」
教室内に入ってくるクラスメイトは、口々にリョーマを噂していた。
初めての顔なのに視線が外せない。
友人と会話をしながらチラチラと見ていた。
「さぁ、授業を始めるぞ」
ガラリと開いた扉から、手塚が入って来た。
「…手塚さん?」
「このクラスは手塚さんのクラスだぞ、知らないのか?」
隣に座っているかなり人の良さそうな男が、リョーマに話し掛けた。
「…知らないよ…」
でも、嬉しくて仕方ない。
学校でも一緒にいられるなんて思ってなかった。
これなら居眠りなんてしていられない。
「今日から新しい仲間が増えた。まずは自己紹介をしてもらおう。越前」
「あっ、はい。越前リョーマです。よろしく」
手塚に呼ばれ、席から立ち上がると自分の名前を告げる。
「越前だって」
「リョーマ君ね…」
麗しの君の名前を聞くと、クラスメイトのほとんどがリョーマの魅力の虜になる。
「…な〜んか、生意気そう」
「今日からって事は、何にも出来ないんだろう」
一番後ろに座っている、少し意地が悪そうな男達は、ぶつぶつと文句を言っている。
世界が変わってもこういうタイプはどこにもいるもんだなと、そんな事にいちいち反応していられないリョーマは一瞥して椅子に座った。
「今日は、炎の魔法について、だ」
即座に授業は始まった。
初めて開く教科書には、文字や図が一杯だ。
魔法についての話や、呪文の作り方など。
「それでは第6章を開いてくれ」
ペラペラと教科書を捲る。
ノートに書きながら、いろいろな知識を頭に詰め込む。
思ったよりもすんなり頭に入るし、言っている言葉が理解できる。
質問の答えが直ぐにわかる。
「…ここの授業ってけっこう楽しいかも…」
地球上の勉強の時に感じた事の無い、頭の中に流れ込む知識。不思議な感じだった。
「では、実践に入る」
手塚は全員の視線がしゅうちゅうすると、片手を前に出した。
その掌を見ていると、炎が沸いて出た。
「わ、スゴイ」
「呪文言ってないよね」
「流石だよね〜」
本来なら、魔法は呪文を唱えないと使えない。
しかし手塚は、ただ掌を見ただけだ。
「集中力と自分の魔力を上手く融合させると、このくらいは出来るようになる」
掌を握ると、炎はすっと消えた。
「それでは、3人ずつ前に」
順々に前に出ると、手塚が行ったようにする。
上手く出来ない者。
大きすぎる炎で驚く者。
火花や煙がポンと出るだけの者。
このように様々な状態だった。
このクラスには初級クラスが多くいるので、思い通りに使えない者がほとんどだった。
「では、次」
次はリョーマを含めた3人だった。
「目を閉じて、掌に集中しろ」
手塚に言われるまま、目を閉じる。
集中力…。
地球でのリョーマは、クラブでテニスをしていた。
その時にもコーチからよく言われていた。
――集中しろ。
――精神力を高めろ。
単純に懐かしいと思った。
リョーマがそんな事を考えていると、突然教室内がざわついた。
何だろう?と目を開けると、自分の身体の周りを炎が舞っていた。
まるでリョーマを守るように。
「な…何コレ?」
炎だというのに、熱くない。
手を動かせば、炎も揺らぐ。
「す…すっげー、越前」
「炎のベールみたい…何か綺麗…」
生徒達はリョーマの炎を見て、感激している。
拍手をしたり、手を組んで感動していたりして、それぞれがリョーマを見入っていた。
それに面白くないのが、後ろの面々。
「何だアイツ。目立ちやがって」
「ちょっと、悪戯するか」
ぼそぼそと話した後、一人の男が呪文を唱え始めた。
「おい、それはマズイだろう」
「いいんだよ。…飛べ、ファイアボール!」
この魔法は炎系の初歩的にして、使う者の魔力よっては最大の攻撃魔法になる。
力を間違えて使えば危険な魔法だ。
「キャアァァー」
「誰だ。ファイアボールなんて使う奴は?」
「あ、熱いよ〜」
「手塚先輩、助けて」
男が振った指先から炎の玉が現れ、クラスメイト目掛けて飛んで来た。
「くっ、ウォーターアロー」
手塚はそれらを消し去る為に、水の魔法を唱える。
空中に現れた水の雫は、鋭い矢に変わり、炎の球体に向かって飛んでいく。
しかし、男達の目的はリョーマだった。
「よし、狙い通りになったぜ、くらえ!」
手塚が室内の炎を消す方に意識を向かせた間に、再び魔法を唱えて、リョーマだけに目掛けて飛ばした。
「リョーマ!」
「キャッ」
「危ない、危ないよ〜」
教室内は軽いパニックに陥っていた。
しかしその炎の玉は、リョーマに辿りつく前に全て消えた。
リョーマの周囲を舞っていた炎が、壁になり守っていたのだ。
同じ炎ならば相殺されるのが通常なのだが、リョーマの周囲の炎は勢いを増す。
これはリョーマ側の炎の方が強力である証拠。
「おい…マジかよ」
揺らめくだけの炎は次第に形を変え、見る間に人の型になる。
スラリとした大人の女性のような形を作り出す。
長い髪と、床までのドレス。
全てが赤い炎で作られている。
「我は炎を司る精霊。我が主を傷付けし者…許さぬ」
脳に直接響く声。
だが、凛とした美しい女性の声だった。
精霊と名乗る炎が手を振ると、炎の中kらこれまた真っ赤な炎のドラゴンが現れ、リョーマを狙った者達に飛んで行く。
「うわっ、熱い。止めてくれ」
「何で俺達までっ」
ドラゴンはその者達の身体を締め付ける。
まるで高熱の縄で縛られているかのように苦しそうに呻いている。
「ちょっと、俺は何ともないんだからもう離せよ」
リョーマがその精霊に向けて言うと、精霊はリョーマの前に膝を付き、頭を下げる。
「御心のままに…」
精霊が軽く手を上げると、炎のドラゴンは瞬時に姿を消した。
一旦休憩にして、手塚は教室からリョーマ以外の全員を外へ出した。
この騒動の張本人である、魔法を使用した者達には、手塚が即効退学処分を言い渡した。
「精霊…サラマンデルか…」
「如何にも、我が名はサラマンデル…」
手塚が尋ねると、精霊は即座に答える。
「精霊なんてホントにいるんだ…」
リョーマは漫画の中でなら聞いた事のある名前を持つこの炎を、興味津々で見ている。
見た目も漫画みたいだな…。
ちょいちょいとその身体に触れてみるが、見た目の熱さはまるで感じない。
「俺の魔力にも精霊力が少しあるんだ」
リョーマの興味深げな仕種に、柔らかな笑みをその表情に浮かべ、手塚は話を続ける。
「…精霊力?」
そんな力、聞いた事が無い。
「魔力の中には自然の力を借りる部分があるんだ。魔力は自らが持つ元来の力。精霊力とは…」
「我ら精霊と契約を結び、我らが認めた者にだけに与える力でございます」
その説明は、精霊自らが行った。
「我らはリョーマ様の為だけに存在する精霊。常に我らが御身をお守り申し上げます」
リョーマには、魔力以外にも強い力をその身体に秘めている。他の魔法使いには無い力だ。
一切の契約を必要としない精霊の力。
「ね、我らって事は他にもいるの?」
「はい、そうでございます」
炎を司るは、サラマンデル。
水を司るは、ウンディーネ。
土を司るは、コボルト。
風を司るは、ジルフェ。
これはこの世界に存在する四大精霊だ。
この全てと契約する者は、誰もいない。
国王である南次郎でも、コボルトとだけは契約を結べなかった。
それほどまでに、強大な力を持っている。
「へー、俺にそんな力があるんだ。何か照れるね、自分じゃ全然ワカンナイし」
「我らはいつでも御身と共に…」
そう言うと、精霊はふわりと姿を消した。
「リョーマ、身体は何とも無いか?」
「えっ、うん。ヘーキだよ」
本来精霊の力を借りるのには多大な魔力を必要とする。
魔法を使える者なら力をセーブするが、リョーマはまだ魔法を使えない。
それなら、身体にかかる負担は大きいはず。
「本当になんとも無いのか?」
「うん。別に…」
手を振ったり、身体を捻ったりとしてみても、異常は見当たらない。
それどころか、不思議な力が身体を覆っている。
「そうか、良かった」
何度も確認をし、手塚は漸く納得した。
その後、授業は滞りなく終わり、1日目が終了した。
生徒達の間で、リョーマはかなり有名な存在になった。
同じクラスになれた事を、優越感に感じる者もちらほらと見受けられた。
「リョーマ君」
「不二先輩」
手塚が学園長に退学にした者達の報告に向かった為に、1人で王宮に戻るリョーマ。
そのリョーマに話し掛けるのは、不二だった。
「今日は大変だったみたいだね」
「やっぱり、知ってるんだ」
「当たり前でしょ」
不二も学園で講師をしている。
他のクラスで起きた出来事などは、いち早く伝わる。
しかも、今日の出来事は尋常ではない。
誰もが憧れる、精霊との契約によって使える精霊力を、契約無しで全てを使用できる。
それも、精霊がその姿を現すのだ。
本来は姿など見えない。
この大気中のどこにでも浮遊する力。
魔力だけでは、その力を使用することは不可能。
―――契約。
それが出来る者も数少なく、不二は水の精霊とだけ契約を交わしている。
「君は本当に強い力を持つんだね」
「自分じゃワカンナイけど」
不二が精霊と契約を交わした後は、丸2日身動きが取れなかった。
それほどまでに、魔力を消耗していた。
「そのうちにわかるよ…きっとね」
「そうだといいんだけど
その次の日から、リョーマは魔法について詳しく学ぶようになった。
攻撃魔法に防御魔法。
身体の表面の傷を治す癒しの魔法や、毒や麻痺など内部を癒す魔法。
能力を高める魔法。
能力を下げる魔法。
それから、魔法薬の作り方。
呪文の詠唱。
いろいろと有り過ぎて、自分はダメだと、学園を去る者も現れるほどに、授業の内容は厳しく難しかった。
「リョーマは本当に良く出来るな」
「そう?結構簡単だよ」
今日は風についての魔法を学んでいる。
大気を操る魔法は難しい。
だがリョーマは手塚に言われた通りに、掌の上で小さな雲を作り、雪を降らしている。
クラス中でも、ほんの数人しか出来ない。
しかもその数人は、学園に入って数年経っている魔法に熟年した者達だけだ。
でも雲は出来ても、雪を降らせられない。リョーマだけが、その雲を自由自在に操っている。
「雷も鳴るのかな?雲よ、その音色を聴かせろ」
つんつんと雲を突付くと、ゴロゴロと雷が鳴った。
「…リョーマは、この学園では物足りないな」
学園長であるスミレは、目の前の水晶を覗き込み授業風景を眺めていた。
「もっと上級者コースにするか」
リョーマが学園に入学してから、たった3ヶ月後の事だった。
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