魔法使いの王子様


第4話 魔法学校へ





「おはよう、リョーマ」
「…おはよ」
朝一番にリョーマの部屋を訪れたのは、やはり手塚だった。
慣れない世界で、ゆっくり眠れるように昨晩呪文を掛けてくれたおかげで、リョーマはすっきりと目が覚めた。
今までなら二度寝や三度寝なんて当たり前だったのに、頭の中がとてもクリヤーになっている。

「良く眠れたみたいだな」
「うん。国光のおかげだよ」
手塚はそんなリョーマを優しく見つめると、着替えを準備して手渡した。
「今日はこれを着るんだ」
「これって?」
リョーマは手の中の服を見た。
「ブレザー?」
見覚えのある服の形。布地も作りも地球で着ていた物とまるで同じだ。
「それが学校の制服だからな」
「へー、そうなんだ」
ベッドから出ると、その場で夜着を脱ぎ始める。
その一挙一動を見つめる手塚は、自分の目の前で暴かれる素肌に目を奪われていた。
丁度、こちら側に背を向けているので、背中から腰のラインが目に入る。
汚れを知らない白く美しい肌。

男性だと言うのに、胴の部分には女性ほどではないが滑らかな曲線がある。
均等が取れた身体には少しも無駄が無い。
手塚はその身体に触れたい衝動を抑えきれず、手を伸ばし心のままにその身体に触れようとする。
が、パサリと布の擦れた音で我に返る。
「どうしたの?」
気付くと近い距離にいる手塚に、リョーマはキョトンとしていた。
「いや、お前が美しくて見惚れていた」
警戒心など全く無さそうな無垢な瞳をしているので、ここは下手な言い訳をするよりも、自分の感じたままを話した方が良い。
「う…美しい?何それ」
くすくすと笑いながら、服を着ていく。
「俺よりも国光の方がキレイだと思うけど」
「…俺が?」
「うーんとね、国光ってすごく整った顔してるし、立っている姿勢がね、とってもピシッとしててキレイなんだよ」
嫌味とかお世辞とかではなく、本当にそう思っている。
現にリョーマは真面目な顔をしているから。
「…褒め言葉として受け取っておこう。だがな、俺は本当にお前に見惚れていたんだ」
「…恥ずかしいけど、嬉しいよ」
頬を赤く染めているその表情にも見惚れるのだ。
リョーマを見るのは、飽きない。
いろいろな表情を俺に見せてくれる。

「はい。準備完了」
全てを身に付けて、着替えが終了した。
「では、食事に行こう」
「朝ご飯…ここってどんなのだろう?」
手塚に連れられて、食堂へ向かう。
食堂といっても、王族と側近のみが入れる部屋だ。

「おはよう、リョーマ君」
「おっはよ〜、おチビ」
「おはよう、良く眠れたかい?」
「おはよう、越前」
既に席に着いている者達は、リョーマに挨拶をする。
「うん。良く寝れたよ」
ニッコリと笑顔を見せながら、リョーマは全員と挨拶を交わす。
「ここが、リョーマの場所だ」
手塚に言われ座った場所は、王である南次郎の左横。
右横は后の場所だ。
目の前には八賢者が座っている。
「あれ?親父は…」
「あぁ、いつもいないんだよ」
「いつも?」
リョーマの疑問には大石が答えた。
「いつもっていうのはね。王はここで朝食を召し上がらないんだよ」
続いて不二が答える。
「そうそう、いっつもあの塔の上で食べてる」
その次に菊丸が答えた。
「塔って?」
「ほら、あれだよ」

指を差された場所は、この王宮で一番高い位置にあたる。
そこで、朝の空気を味わうのが好きだと言う。
いつしかそれが習慣になり、雨が降る日以外は、そこで朝食を食べるのだ。
「ふーん、変なの」
そうこうしているうちに、目の前に食事が運ばれてきた。
「わー、美味しそう」
クロワッサンやバターロールなどのパンは、山積みで目の前に置かれ、好きなだけ食べられる。
スープや、サラダなどは1人1人分けられる。
食事は地球上で食べられる物とかわりはなさそう。
「それじゃ、食べようか」
「うん。いただきまーす」
食事には決まりは無い。
好きなように食べればいい。
リョーマは、モグモグと美味しそうに頬張っていた。
あれこれ食べる姿に、不二は嬉しそうな声を上げた。
「何か…リョーマ君が食べているのを見ると、幸せな気分になれるね」
骨付きフランクを食べていたリョーマは、ピタリと手を止めて、不二を見つめた。
「何で?」
「何でも美味しそうに食べるからだよ」
「そうそう、それにゃ!」
その横でクロワッサンを齧っていた菊丸は、不二の意見に賛成した。
口に入っていた物をごくんと飲み込んで、グラスの水を飲んだ後、菊丸は自分の意見を発言した。
「人が美味しそうに食べているのを見てると、こっちも美味しく感じるんだよ〜」
まさに、リョーマの食べ方はそれだった。
それは他の者達も同意見で、朝はあまり食べない不二や手塚も普段以上に食べている。
作り手が見たら、喜ぶ事間違い無しだ。
それもガツガツ食べる汚い食べ方ではない。
テーブル上にパンのカスなどが、一欠片も落ちていないのが証拠だ。全てをキレイに食べている。
「何か照れるんだけど…」
持っていたフランクを皿に戻し、リョーマはグラスに手を伸ばす。
「あぁ、ごめんね。もっと食べていいからね」
「そうそう、俺も見過ぎちゃったにゃ」
せっかく美味しそうに食べていたのに、自分達の発言にその手を止めさせてしまった。
「…これで最後にする」
食べ掛けで置いておくのはマナー違反。
フランクだけはしっかり食べると、最後にフレッシュなフルーツジュースを飲んで朝食を終えた。


「本当にごめん」
「お腹一杯になった?」
不二と菊丸は部屋から出た後、朝食の事で再びリョーマに謝っていた。
「うん、もうお腹一杯だよ」
「本当に?」
「うん、ホント」
「…リョーマ」
「あっ、呼んでるから、もう行くね」
ひたすら謝る2人を宥めると、名前を呼んだ手塚の元へ向かった。
これから学校へ行かなくてはいけないのだ。



「やっぱり、人前だと手塚先輩とか手塚さんの方がいいのかな?」
2人きりの時には名前を呼ぶと決めたが、人前ではどうだろう。問題ありのような気がする。
「俺はどちらでも構わないが」
「やっぱり使い分け…した方がいいのかな?」
「リョーマがそうしたいのなら」
「じゃ、手塚さんにしておく」
魔法を使えるようになったら、名前で呼ぶ事にした。
「そうか、それは楽しみだな」

「おはようございます」
「おはよう」
「手塚さん、おはようございます」
「あぁ、おはよう」
学校までの距離は王宮から近かった。
しかし門を入った途端に、手塚に挨拶をする生徒の多い事と言ったらどうだ。
「何で?」
「俺はここで講師をしているからな」
「えぇー?」
「そんなに驚く事か」
「当たり前だよ。だってお仕事は?それにその服って」
「これも仕事だ。この服は不二達も着ていただろう」
そう言われてみれば、同じ服装だった。
でもそれは5人だけだった気がする。
「ね、それじゃ、皆も?」
「そうだ。まぁ、海堂と桃城はまだここの生徒だが」
「八賢者なのに生徒なの?」
「魔力は強いが、まだ使いこなせていないからな」

八賢者とも言えども、日々の訓練は大切だ。
まだ2人は、魔力に見合った魔法が使えない。

「まず、学園長に会いに行こう」
「学園長…」
もやもやとリョーマの頭に浮かぶ姿はヒゲを伸ばした老人の姿だった。
人徳のありそうな、優しい顔をしているおじいさん。
それがリョーマの中での学園長のイメージだった。

しかし手塚に案内された場所は、只の、本当に只の壁だった。
「ここ?」
「そうだ。ここには仕掛けがあるんだ」
手塚は壁に両手を付き、何やら呪文を唱え始めた。
すると、何も無い壁にぼんやりと扉が浮かび上がってきた。
「……カラクリ屋敷?」
「何だ、それは?」
「え、あっ。何でもない、何でもないから」
日本で見た忍者屋敷の事を話しても、ここの人達にわかるはずはない。これはとりあえず誤魔化すしかなかった。
「…そうなのか?」
まぁいいと、その扉をノックする。
コンコン、と響きの良い音がした。
「…入っておいで」
中から聞こえた声は、初老の女性のようだ。
ギィィっと扉が自動に開くと、中から動物が出て来た。
「ほわら〜」
「…猫?」
大きさは猫ほど、しかし違っているのは尻尾が3つ。
「待て、こいつは幻獣だ。しかも凶暴な…」
近寄ろうとしたリョーマを制し、手塚は鋭い眼差しを向ける。
見た目の愛らしさに騙されると痛い目に遭う。
戦闘態勢に入れば、鋭く長い牙と爪を見せる。
しかも牙には猛毒があり、これに噛まれたら即死だ。
「こんなに可愛いのに…」
リョーマは残念そうに言いながらも、つい手を差し出してしまった。
「リョーマ、駄目だ!」
危険を感じ取り、手塚は呪文を唱えようとしたが、その幻獣はリョーマの手をペロリと舐めて、すりすりと身を寄せる。
「…手塚。そいつは大丈夫だ」
「先生。どういう事ですか?」
中から先程の声の持ち主が現れた。
長い髪は頭の上で1つにまとめている。
しかし感じる魔力は手塚と同等、いやそれ以上か?
この学園を任されているのだから当たり前か。
「こいつは、リョーマが産まれると同時に誕生した、リョーマただ一人を守る為の幻獣だからだよ」
「リョーマの為の幻獣…では、これは聖獣なのですか?」
「あぁ、そうさ」
幻獣とは、不思議な力や姿をしている動物とは異なった生き物。
性質はかなり凶暴、時には手に追えなくなり、王の命令が下ると退治しに行く。
だが、時にはしもべとなり得る幻獣もいるのだ。
力でねじ伏せる場合と、元からの性質の違い。
元からの性質の違いというのは、その幻獣が持っている『力』を善悪で分けるとするのならば、善のものなのだ。
そして善の力を持つ幻獣は『聖j獣』と呼ばれる。
だから、何も問題はない。

「…こいつ本当に可愛いね。名前は?」
くるくるとじゃれて来る幻獣を気に入ったリョーマは、その名前を尋ねた。
「こいつのか?名前は無いから好きなようにしな」
「そっか…じゃ、カルピン。お前はカルピンだ」
抱き上げてみると見た目よりも軽く、顔には髭がピンと立っているから。
理由は、ただそれだけ。
「カルピンか…変わった名前だな」
「よし、1つは片付いたな」
「で、誰なの?」
そう、それが一番知りたかった事。

「あたしはここの学園長。竜崎スミレだ」








魔法使いの王子様 第4話です。
朝食風景から学校で学園長に出会うまで。
この後は授業風景を…。