「おうおう、久しぶりだな〜」
「何言ってるんだよ、いっつも見てたんでしょ」
「いつもじゃねぇぞ、たまに、だ」
手塚に玉座へと案内されて、久しぶりに父親と対面した。
父親である南次郎は、その魔力によって時々リョーマの様子を眺めていた。
ちびっ子だった子供がどんどん大きくなっていく姿は、楽しみの1つでもあった。
「こうして近くで見ると……また違うもんだな、チビ助がデカくなりやがって…」
「まぁね」
「母さんは元気か?」
「元気すぎるほどだよ」
親子の会話を邪魔してはいけないと、手塚は少し離れた場所に立ち、2人の顔を見比べてみた。
似ているが、そっくりではない。
后である母親の顔を見てみたいと真剣に考え始めたその直後、扉の外から声がした。
「八賢者の方々が来られました」
扉番をしている者が、大きな声でそう伝えれば、その声に王である南次郎が反応した。
「おう、通せや」
「ははっ」
「…八賢者って何?」
リョーマの質問にはニヤリと笑うだけで何も答えなかった。
扉が開くと、七人の男が入って来た。
「八賢者が一人、不二周助。参りました」
「同じく、大石秀一郎」
「同じく、菊丸英二!」
それぞれが自分の名前を言い、室内に入ってくる。
「…同じく、海堂薫参上しました」
最後の1人が入ると、扉は閉められた。
「よく、集まったな。おっと、もっとこっちに来い」
ちょいちょいと手招きをすると、七人は手塚が立っているところまで進んだ。
「八賢者?いち、に……7人しかいないけど?」
「あん?もう1人はそこにいるだろうが」
くいと顎でその人物を指す。
「もしかして、手塚さんも?」
「そうそう。あいつがこの八賢者のトップだ」
ずらりと並んだ8人。
「ねぇねぇ、あの子って誰?可愛いにゃ〜」
こそこそと菊丸は、横にいる大石に話し掛けた。
「さぁ、俺も初めて見た」
大石も当たり前だが、誰なのかわからない。
それは、この七人が同じ反応だった。
「手塚は知っているんだよね?」
「あぁ…」
ぼそぼそ小声で話していると、南次郎は椅子から立ち上がり、リョーマの肩を抱いた。
「こいつは俺の息子のリョーマだ。今日異世界から戻って来た。お前等に頼んだのはこいつの事だ」
大きな声ではっきりと告げる。
「王子様?」
「この子が、王子…」
「…本当にいたんだ」
王子の存在を初めて知った者もいれば、既に知っている者もいる。
皆それぞれの反応だった。
「それで、こいつは魔法が使えないから、明日から学校に通わせる」
「が…学校?」
ぎょっとして、父親の顔を見る。
「あぁ、魔法を学ぶ学校だ」
「へー。そんなのあるんだ」
この世界でも、学校というものがあるらしい。
「リョーマ。お前は魔法が全く使えねぇからな。一生懸命習えよ」
それもそのはず。
本来ならここで魔法を習うはずだった勉強期間は、母親に連れられて地球にいたのだ。
「一通り出来るようになったら、最終試験があるからな」
「最終試験?」
「一人前の魔法使いとして、認められる為の試験だ」
「そんなのもあるんだ」
「ま、まだ先の事だがな。詳しい事はこいつらに聞けばいいや、こいつらはお前の先輩なんだからな。おい、お前等も自己紹介でも何でもやってくれ」
それだけを言うと、指をぱちんと鳴らした。
「え?」
一瞬にして、先程までいた場所とは違う所にいる。
どこかの広間のようだ。しかし、窓や扉といった物が全く無い。
「どうしてこんな所に?」
視線左右や上下に動かしても、やはり無い。
「この部屋は特別な部屋なんだよ。そしてこの部屋に僕達を運んだのは王の魔法だよ。はじめまして、王子様」
不二は柔らかな微笑みを浮かべ、リョーマに近付いた。
「…王子って言うの、やめてよ…」
手塚にも言ったのだが、自分には王子としての意識は無い。
それよりも、ここにいる人物達の事が気になって仕方が無い。
「…では、リョーマ君」
「うん。何?」
「僕は、不二周助。周助って呼んでいいからね」
優しそうな笑顔が印象的だ。
「しゅうすけ…ううん。不二さん…不二先輩かな?だって、俺にとってはここにいる全員が先輩なんでしょ?」
どう見ても年上なので、呼び捨てなんてとんでもない。
“さん”付けもなんだか変だからと考えた結果は“先輩”だった。
「先輩…か。今はそれでもいいけど」
出来れば名前がいいな。
なんて言ってもリョーマは首を縦に振らない。
「まぁ、いいじゃんか。俺は菊丸英二だよん。よっろしく〜、おチビちゃん」
ぶつぶつと文句を言う不二の肩を、菊丸はポンと軽く叩いた。
しかも、リョーマを変な呼び方で呼んでいる。
「おチビちゃんって…何?」
「うーん、小さいからかな?カワイイしね」
悪びれもせずに、頭の後ろで腕を組んでいる。
「…もう、どうでもいい」
ガクリと肩を落とし諦めた。
それからは、いろいろな話を聞いた。
この場所の事、この国の事や魔法の事、人々の生活、これから通う学校の事。
どうやら、地球とあまり変わらないようだ。
服装もそれほど変わらないし、言葉も…。
「…日本語?」
いや、違う。
話している言葉は日本語のワケがない。
さっきまで全く気にならなかったのに、今頃気が付いた。
でも、やっぱり日本語に聞こえる。
「君は元々こちらの人間だからね。きっと脳内で言葉が変換しているんだよ」
四角い眼鏡を掛けた乾は、リョーマの疑問にそう答えた。
「言葉が変換…」
不思議な感覚だった。
見た事の無いこの国の文字は、直ぐに知っている文字に変化するのだ。
きっと話している言葉も、本当は違うのだろう。
「でも、これから大変だね。頑張れよ」
人の良さそうな感じがするのは、河村だった。
「そうだな、俺達は越前を守る役目と、魔法を教える立場があるからな」
しっかりとしているのは、大石だった。
「俺達がしっかりサポートするからな」
「てめぇもしっかりやれよ…」
「んだと」
「おいおい、お前達。止めるんだ」
桃城と海堂の言い争いを宥めるのは大石だった。
「うん。俺、頑張るから、ヨロシクね」
ペコリと頭を下げた。
「うにゃ〜。カワイイ、カワイイよ」
菊丸はリョーマに、『可愛い』を連発している。
リョーマの容姿は、この国中でも美しいと称される物だ。
何しろここにいる全員が、リョーマの微笑みに惹かれているのだから、間違いは無いだろう。
「それでは、部屋に案内しよう」
「そうだな、いつまでここにいても何も出来ないしな。では、また明日」
いつまでもここにいても仕方が無いので、手塚がそう言うと、のこりの7人は呪文を唱えて、この場から立ち去っていく。
それぞれが呪文を唱えると、一瞬にしてその身体がこの部屋から消えていく。
「じゃ、また明日ね。リョーマ君」
最後に不二がリョーマに挨拶をして、この場所から消え去ると、リョーマと手塚だけが残った。
「す…すごいね、皆」
目の当たりにした魔法に驚く。
「そうか?リョーマ、お前も直ぐに使えるようになる」
「そうかな…」
「あぁ、そうだ」
2人きりになったこの空間は、不思議と柔らかく暖かい感じがする。
どうしてだろう?なんだか、一緒にいるのが心地良い。
「それでは行くか」
「あ…あの。ちょっと待って」
「どうした?」
この場から移動しようと、呪文を唱えたが、リョーマに止められ中断した。
「えと…その」
もっと2人きりでいたい。
こんな事を言ったら、この人はどうするのだろうか?
怒るのかもしれない。
呆れるのかもしれない。
それとも…。
「…まず部屋に案内しよう。そうしたら、もう少し話をしてもいいか?」
「え…うん。俺も、もっと話したいって思ってた」
無意識にその腕に自分の腕を絡めた。
「リョーマ…」
「…手塚さん」
見詰め合ったまま、手塚は呪文を唱えれば、2人はリョーマの部屋に移動していた。
「ここが俺の部屋?」
「そうだ」
かなり広い室内には、豪華な天蓋付きベッドや机など。
窓は大きく、バルコニーもある。
水の流れる音がするので、その音の元を辿れば、続きの部屋に大きな風呂。
何とも贅の限りを尽くした部屋だった。
あまりの凄さに圧倒されてしまう。
「なんか、俺が使うの勿体無いね」
「いや、ここはリョーマ。お前の為の部屋だ」
「手塚さんの部屋は?」
「俺はこの部屋の真横だ」
八賢者の役目は、この王宮を守る為。
そして、そのトップに君臨している手塚は、王と王子を守る為。
「…それが嬉しいって言ったらどうする?」
リョーマは、思った事をすぐ口にした。
ほんのりと頬を赤く染めながら話すリョーマに、手塚は柔らかく笑みを浮かべた。
「俺も嬉しい、と言うさ」
手塚からの返事は、更にリョーマの心を揺さぶった。
…あぁ、わかった。俺はこの人が好きになったんだ。
途端に理解した、この自分の気持ちを。
「…俺、手塚さんが好きになったみたい」
自分の気持ちは隠さない。
こういうのは、隠していても仕方が無い。
さっさと言って、さっさと諦めた方がいいからだ。
「…俺も、お前の事が好きだ」
「えっ?嘘…」
「嘘じゃない。トレントの森で見た瞬間からお前に惹かれている」
その腕を取り、自分の胸元へ導く。
ぎゅうっと抱かれると、布越しに温かい体温を感じる。
「…本当に?」
「本当にだ」
リョーマもそっとその背に手をまわした。
「2人でいる時は、名前で呼んでくれ」
「名前…?」
「国光だ」
「…くにみつ…国光ね。うん、覚えたよ」
大切な言葉のように、何度も繰り返す。
「リョーマ」
「国光…」
不思議な気持ちだった。
名前を呼ばれるだけなのに、これほどまでに幸せな気持ちになれるなんて。
今までに感じた事が無い、こんな気持ち。
地球にいた時だって、こんなに誰かを想う事なんて全く無かった。
いつかは帰らなければいけないこの世界の為?
ううん、違う。ここまで本気になれる相手なんていなかったから。
でも…この人に対しては本気だ。怖いくらいに本気なのだ。
場所を中央のソファーに移し、2人はゆったりと抱き合っていた。
「……国光って夢の人に似てる…」
「夢?」
「小さい頃からいっつも同じような夢を見てたんだ」
その夢に出てくる人は眼鏡を掛けていた。そう、丁度こんな感じの…。
「俺も、幼い頃から似たような夢ばかりを見ていた」
その夢に出てくる少年は、大きな瞳をしていた。…丁度こんな感じだ。
「もしかして…」
「…お前なのか?」
夢の中の事を話し合うと、どうやら互いの事だった。
「じゃ俺って、ずっと国光を見てたんだ」
「俺はリョーマを見ていたのか」
俺達は出会う運命だったのだ。
「それじゃ、ずっと片想いって思ってたんだけど、本当は両想いだったんだ」
「そうだな」
10年以上の長い時の片想い。
しかし本当は、両方ともが同じ想いだったのだ。
「この国の事は、明日から学ぶだろう」
自分の胸にリョーマを抱きながら、手塚は話し始める。
「一つだけ言っておく」
「う…うん」
「俺は王子だろうが、リョーマが好きだ。この気持ちは変わらない」
「おれも好きだよ。絶対に変わらないから」
出会ったばかりの2人は、即座に恋に落ちた。
だが実際は、かなりの年月を超えて結ばれた恋。
王子と従者。
そんなのは、この2人には関係が無い。
この国は、力のある者が王になる。
リョーマが将来、王になるのか、ならないのかは、今はわからない。
もしかしたら、全く違う者が王になる可能性がある。
そう、手塚が王になる可能性だってあるのだ。だから后も本来なら必要ない。
南次郎の場合、結婚してからその魔力の強さで国王となったのだ。
だから后がいる、ただそれだけ。后が女でも男でも関係ない。
「今日はゆっくり眠れ」
「うん。ありがとう」
「…リョーマ」
手塚はその頬に手を添え、額に口付けた。何かを呟きながら。
「今のは…?」
「良く眠れる為の呪文だ。…お休み。リョーマ」
「おやすみなさい」
手塚はリョーマの頭を数度撫でて、部屋から出て行った。
「何だろ、すんごく気持ちがいい」
ふわふわとしていて、心も身体も暖かい。
このまま寝てしまえたら、どんなに幸せか。
「…さっさと風呂に入ろ」
寝る前に風呂に入るのは、地球にいた頃からの習慣。
入浴剤はオイルや粉末など、いろいろありすぎて悩んでしまった。
夜着を身に付け、ベッドへ向かう。
窓から見える月に似た星の輝きは、地球で見る月よりもとても綺麗だった。
「明日から頑張ろう」
手塚の呪文は、リョーマを眠りへと誘う。
ベッドに入ると同時に、夢の中へと入っていった。
隣の部屋では、手塚が夜空を眺めていた。
「リョーマ…」
初めて出会った本気になれる相手。
たった2つしか違わないのに、まだ少年の域を超えていない身体。
でも、その身体に宿る力はかなりの物だろう。
国王であり父親である南次郎は、無論その事に気が付いている。
きっと、稀に見る魔力の持ち主になる。
八賢者と呼ばれ、この国の王に次いで魔力を持つこの俺達も敵いはしなくなるだろう。
「俺は、命を掛けてお前を守る…」
しかしそれまでには、苦難や困難を突き進んで行かねばならない。
だから決めた。
…俺が守る…と。
こうしてリョーマは、本来の自分の世界で、魔法使いへの道を歩むことになった。
どんな事が起こるのか。
それは、今はわからない。
成功や失敗を繰り返しながら、リョーマは一人前の魔法使いになるだろう。
だが、そんな日が訪れるのは、まだ先の事。
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