魔法使いの王子様


第1話 異世界の少年





「お帰りなさい、リョーマさん」
「ただいま…」
中学校の卒業式を終え、自宅であるマンションへ戻ったリョーマこと越前リョーマは、抱えきれないほどの花束と卒業証書を両手に抱えてドアを開けた。
そのリョーマを出迎えたのは、近くの大学に通う従姉妹の菜々子。
この家には、この2人だけで暮らしている。
両親は?お金は?
父親はここにはいないが、すぐ側にいる。
母親は仕事の関係でアメリカだ。
リョーマも3歳から12歳までは、アメリカで母親と暮らしていた。
日本に来たのも、母親の仕事の関係だったのに、母親一人だけがアメリカに戻ってしまった。
どうして一緒に行かなかったのかと言えば、“勉強”の為。
しかしそれは、ただの勉強ではない。
それについては、また後ほど…。

それからは、この従姉妹と一緒なのだ。


「リョーマさん。お父様からお手紙が届いていましたよ」
「親父から…?」
珍しい事もあるものだ。
「はい」と手渡された手紙には、表書きも裏も何も記入されていない。
もちろん、切手だって貼られていない。
一体どうやってここまで届けられたかの真相は、この2人には関係がなかった。
「何だろ?」
それには特に気にせず、開封する。
開封すると同時に、それはリョーマの手から離れ、独りでに折れ曲がっていく。
リョーマは驚きもせずにそれを黙ってみていた。
次第に形作られるその封筒は、まるで人の顔のような形へと変化していった。
『よう、久しぶりだな。元気にしてたか?』
口の部分からは男の声が聞こえる。
しかもその声は文字としても形を表し、何とも奇妙な光景だ。
『中学校も卒業したし、こっちに帰ってこい』
有無を言わせないその言い方に、リョーマは少しだけ口を尖らせたが、すぐにその口元に笑みを
浮かべた。

「ふーん。とうとうお迎えってコト?」

リョーマはこの世界の人間ではない。

この太陽系とは別の空間に生きる人なのだ。
いわゆる時空の狭間に生きる者。
この地球には、他の世界の勉強の為に来ていた。
リョーマが住む時空の狭間にも、同じように惑星がある。
その一つであるエメラルドに住んでいる。
他にはルビーやサファイアといった、地球で宝石と称せられる名前だ。

『帰る為の呪文はこれに書いてあるからな、さっさと帰って来いよ』
それだけを言うと、零れ落ちた文字は風に舞うように動き何かの形を作り出す。
「魔法陣…」
そこに出来たのは、金色に輝く魔法陣。
この世界のどの言葉ではない文字が至る所に書かれている。
コレに乗れば、本来の自分の世界に戻る事が出来る。
「リョーマさん」
「菜々子姉…先にご飯食べるから」
「はい。わかりました」
戻るのは簡単だけど、あまりにも突然な事だ。
その前にこの地球での最後の食事を食べる事にした。


「そういえば、最近はあの夢を見なくなったのですか?」
「…あの夢。うん…そうなんだよね」
幼い頃から不思議な夢を見るんだ。
ここではないどこか別の場所で、必ず1人の男の人を見ている。
でも、はっきりと見えなくて、顔はいつもぼんやりとしている。
ただ、ぼんやりしていても眼鏡を掛けているのだけはわかる。
その人はいつも勉強とかしていて、すごく大変そうだ。
疲れているのかなって思ったりするけど、その人に触るが出来ない。
夢の中なのに、自分の思う通りにならない。
どうにかして、癒してあげたいって思うのに、何も出来ないんだ。
歯痒いって感じる、この思い…。
いつしかその人の事が、『好き』だと気付いた時には、その夢を見なくなっていた。
それは今から、1ヶ月ほど前の事。
今でも思い出すのは、優しさと厳しさを感じるオーラ。
もう一度会いたいと思っても会えない。
それが、少し寂しい。


「身体にはくれぐれも気を付けて下さいね」
食事が終わり、リョーマは魔法陣の前に立つ。
そのリョーマの身体を気遣うのは菜々子だ。
もちろん菜々子もその世界の人間だ。
この地球での暮らしが気に入っているので、しばらくはここに住むと言う。
「うん。今までありがとう」
「こちらこそ、ありがとうございました」

簡単な挨拶を交わし、リョーマは魔法陣の中央に立ち、父親からの手紙に書かれている文章を読み始めた。

「我は時空の狭間に生き、魔法を使いし民。我が願いを叶えたまえ。我が名はリョーマ!」

唱えた瞬間に、リョーマの姿は魔法陣の中に溶けて行く。
「またね、菜々子姉…」
「はい、リョーマさん。…いえ、王子様」
最後の別れの後、一瞬だけ白く輝いた。
そしてその場所にはリョーマの姿も魔法陣も、何もかもが残っていなかった。


これで、地球上でリョーマの記録は掻き消された。
母親と従姉妹だけが、その存在を知っているだけだ。

リョーマは本来の世界では王子。
無論、父親は王様である。
母親は向こうでの生活が気に入らないと、リョーマが3歳の時にこちらに連れて来た。
しかし本来ならば、母親は王の后なのだ。
それなのに、その生活を全て捨てて、こちらの世界に暮らしている。
だが、それには条件があり、リョーマがこちらの世界で言う中学校を卒業したら戻らせる。
その為に勉強をさせていた。
向こうとこちらでは、同じようでいろいろと違う。
ここで得たものは、大きいのか小さいのか、それはわからないが、リョーマにとっては記憶。


二度と来ないかもしれない、この世界の大切な思い出を抱えて、リョーマは本来いるべきの自分の世界へと旅立った。。





魔法使いの王子様 第1話です。
ど、どうでしょうか?
これくらいならOKですか?