BLACK and WHITE

〜 第9話 〜







大丈夫か、リョーマ」
「…ん……まだ国光が中に入ってるみたいだけど…」
一頻りの情事を済ませた二人は身体を寄せ合っていた。
傷付いた心までも癒すように、手塚はひたすら優しくリョーマの身体を隅々まで愛した。
不二が触れた場所を自分が触れる事により、不二から与えられた感触を自分が与えたかのように錯覚させてやる。
忘れる事が出来ない記憶なら、忘れてしまうくらいの情熱で抱き締めてやればいい。
手塚はリョーマへの愛しさだけを込めて、自らをリョーマの中へ挿入させた。
痛みを感じるほどのきつい締め付けは、リョーマがこの行為に慣れていない証拠であった。
「今日は泊まっていくか?」
身体を少し起こしてリョーマの様子を窺えば、前髪が汗で額に張り付いていたので、そっと払ってやった。
「…ううん、帰るよ」
「一人で大丈夫なのか?」
「…わかんないけど…」
起き上がろうと横向きになるが、それっきり動きを止めてしまう。
「…ダメかも」
「リョーマ…」
手塚自身も部活中とは違う身体のダルさを覚えていた。
受ける側のリョーマは、自分とは比べように無いダメージをその身体に残しているだろう。
「…嘘みたい…こんな…」
不二との行為では知らなかった快感をリョーマは知った。
手塚が与えてくれる愛撫に酔いしれて、身体に突き刺さる灼熱に一瞬だけ恐怖を覚えたが、それはほんの一瞬で、リョーマは手塚の動きをすぐに受け入れた。
不二の場合は一方的な愛撫で、リョーマは快楽なんて感じる暇なんて無かった。
「やはり泊まっていけ」
「…ん」
この状態で帰る事の辛さを考えれば、泊まっていく方を選択せざるを得ない。
着替えの事とか明日の事とか色々とあるけれど、とりあえず明日は土曜日になるので部活は無理なら休ませてもいい。
手塚はリョーマに自分の携帯を渡し、家に連絡させた。

下半身、特に腰に多大な負担を掛けたのに気付き、手塚は細心の注意を払いリョーマを風呂場に連れて行った。
身体を洗い、髪まで洗ってやるとリョーマは幸せそうに笑った。
「国光にこんな事までしてもらっていいのかな」
抱きかかえられて湯船に入っているので、湯船に浸かっていない肩には手塚が手ですくって掛けている。
「俺の責任だからな」
そうは言っても、初めて身体を繋いだ事に対する嬉しさで、手塚はリョーマの世話をするのも幸せだと感じていた。
「自制できなかった。すまなかったな」
「そんな、俺だって…」
「リョーマも俺となら良いと思ってくれたのか?」
今思えば、少し強引とも言える方法だった。
気持ちが沈んでいる時に優しい言葉を掛ければ、断るのは難しい状態に陥る。
しかし、手塚にはこうするしか方法が無かった。
あのままだと、自分達の関係は終幕を迎えていた。
まだ幕を下ろすのは早い。
手塚の想いは何も変わっていない。
「…本当は、国光に…」
いたたまれなくなり、顔を見られないように横を向いて身体を震わす。
自分の全ては手塚に捧げたかったが、不二の手によって叶わぬ夢となってしまった。
「気にするな。俺はこうしてリョーマを腕の中に抱いていられて幸せなのだから」
リョーマの心の傷が癒えるのにはまだ時間が必要だ。
手塚は自分の手でリョーマの傷を癒そうと決めた。
誰の手も借りずに自分だけで。
「……ありがと」
悔しさや悲しさといった負の感情だけを抱いていたリョーマは、手塚の優しさに触れて、頑なだった感情を次第に溶かし始めた。
「礼などいらないぞ。いや、礼を言うのは俺の方だ」
「どうして?」
顔を上げて手塚と目を合わせる。
「辛い事を話してくれてありがとう」
優しさだけを湛えている手塚のその瞳から視線を外せないでいると、濡れた髪に口付けられた。
「二度と辛い目には遭わせない」
「…国光」
痛いほど強く抱き締められ、手塚の想いが身体中に流れ込んで来た。
ゆらゆらと揺れていたリョーマの瞳から、一粒だけ涙が零れ湯船に落ちた。

風呂から上がり、手塚はまだ上手く動けないリョーマを抱えて部屋に戻った。
リョーマはベッドに下ろし、手塚は端に座る。
静かな室内で見つめ合い、時々触れてみたりする。
「国光…」
リョーマは階下で何か物音がするのを聞きとめたので、手塚に教えた。
「あぁ、戻ってきたようだな。泊まる事を伝えてくる」
「俺も行く…」
「いいから待っていてくれ」
起き上がろうとするベッドの中のリョーマの頭を撫でると、宿泊の願いをする為に部屋を出て行った。


「泊まるのは大歓迎よ。でも国光も越前君もお食事してないでしょ?お腹空いていないのかしら?」
せっかく用意しておいた夕食は、全くの手付かずでテーブルの上に置かれていた。
「忘れていました…」
「まぁ…」
年齢的にはまだまだ育ち盛りな二人が、食事を忘れるほど話し込んでいたのかと、口元を手で押さえて驚いていた。
「すみません」
言われて初めて思い出した。
リョーマと初めて身体を繋げた事で満足していたので、空腹感なんてどこかに飛んでいた。
「これは明日の朝食で食べるからいいけど、越前君はもう大丈夫なの?」
テーブル上の皿を次々に冷蔵庫に入れながら、心配そうに訊ねてきた。
来た時のリョーマの様子はとても見ていられなかったが、子供の問題に親が口を挟むべきでは無いのはわかっていたので、あえて息子に任せて家を出ていた。
「はい、越前はもう大丈夫です。ご心配を掛けて申し訳ありません。」
一応の解決は済んだ。
あとの問題は今日中には片付かない。
「あなたが言うのならもう心配は無いわね。そうだわ、越前君にお腹が空いていないか聞いて来てちょうだい」
「はい」
自分は平気だったが、リョーマは見た目に反して良く食べるので、少し急ぎ足で部屋に戻ってみた。
「リョーマ……眠ってしまったのか」
何度呼び掛けても応じないので、心配になって顔を覗き込んでみれば既に寝息をたてていた。
安らかな寝顔を愛しげに見つめ、足元に置いてあった布団を肩まで掛けてやる。
「無理に起こす必要は無いな…」
起こしても怒りはしないだろうが、今はゆっくり眠らせてやりたかった。
この事を母親に説明すれば即座に納得してくれたので、手塚も部屋の電気を消してリョーマの横に入る。
「……ん…」
気配を感じたのか、リョーマはごそりと身動ぎ、手塚の方に擦り寄ってきた。
「…あのディスクは…」
リョーマを抱き寄せ、眠りにつこうとしたが、脳裏に不二から渡されたディスクが浮かんだ。
一度気になってしまえば眠れなくなる。
隣で眠るリョーマを起こさないようにベッドから出ると、バッグの中から目当ての物を取り出して勉強机の上にセットする。
再生ボタンを押すと画面にどこかの部屋が映った。
見覚えの無い部屋だが、不二の姿が映っていたので、そこが不二の自宅である事を判断した。
「…やはり、不二の奴…」
不二はリョーマを犯したその瞬間を撮影していた。
映っている部屋は不二の部屋だろう。
不二は眠っているリョーマを抱えて連れて来た。
そしてベッドとリョーマの手首を布で拘束し、目覚めたリョーマを犯し始めた。
不二の自分に対しての憎しみ。
嫌がるリョーマの声。
ベッドの軋む音。
不二の感情を感じさせない声。
何もかもがディスクに収められていていた。
最後に自分に問い掛けるのを聞いた瞬間に、不二に対しての怒りが頂点に達したのに、信じられないくらいにすぐに収まり始めた。
リョーマは不二の手に堕ちたが、こうして自分の元へと戻って来てくれた。
この問題を長引かせても、自分達に有利な事は何も無い。
「お前の思い通りにいかなくてすまないな、不二」
不二はリョーマの身体を自分よりも先に手に入れた。
ただ、身体だけを手に入れただけで、リョーマの心は不二の手には堕ちていない。
手塚が大切に想っているリョーマの身体を奪うまではきっと不二の作ったシナリオ通りだろうが、手塚はリョーマに向ける感情を変えるつもりは無かった。
初めて見せた弱々しい姿に、手塚の中でリョーマに対する庇護欲が生まれた。
不二のような特殊なケースは滅多に無いが、これから先、何が起きても自分が庇い、守ると決めた。
画面の中でこちらを見ている不二を冷ややかな瞳で見ると、停止ボタンを押した。

カーテン越しの薄暗い部屋の中で、リョーマの無垢な寝顔を一頻り眺め、手塚はリョーマを抱き寄せて眠りについた。




繋がる心。