BLACK and WHITE

〜 第7話 〜







「おチビ?」
昼休み、一人で屋上にやって来た菊丸は、珍しくぼんやりと座っているリョーマを見つけた。
フェンスに背中を当てて、足を投げ出している。
ここ数日、リョーマの様子がおかしいと感じていただけに、心配になって足早に近寄る。
正面に座り込んでから、目の前に片手を出して上下に振ってみたが反応が無い。
これはすこぶるおかしいと、今度はリョーマの顔を間近で覗き込んだ。
「…ン〜?」
リョーマの瞳には自分の顔が映っていても、どうやら視界には入っていない。
何だか生きていないような濁った色をしている。
瞬きの回数もヤケに少ない。つんつん、と額を小突いてみると、ようやくその瞳に色が戻り何回か瞬きを繰り返す。
「どした?」
「…え、あっ、何だ…菊丸先輩か」
「おチビってば、最近おかしいぞ。何かあったのか?」
やっと反応したリョーマに少し安心するが、ほんの少しだけしか安心できない。
「……別に」
何だか今にも泣きそうな顔をしているから心配になる。
「俺で良かったら相談に乗るぞ」
がしっと、リョーマの肩を掴み、普段はあまり見られない真剣な顔を見せる。
「…菊丸先輩」
このまま一人で悩もうか、それとも話して少しでも楽になってしまおうか、リョーマの心は菊丸の言葉に揺れる。
「話したほうが楽だぞ?」
「…でも菊丸先輩には話せません。すみません」
心の葛藤は刹那的な時間で終りを告げた。
あんな事は、何も知らない菊丸には話せられない。
仮に話してみたところで、蔑視されるのがオチだ。
強姦なんて普通は女が被害者になる話で、俺は男だ。
俺が同じ男に犯されたなんて事、口が裂けても言えない。
「そっか?でも悩み過ぎるとハゲるぞ」
頭をぐりぐりと撫でて、リョーマの横に座る。
「…菊丸先輩は誰かを憎んだりした事ってありますか?」
これなら訊いてみても大丈夫だろうと、口にしてみる。
「は?ムカツク事はあるけど憎むまでは無いぞ。ま、まさかおチビ…」
「…違いますよ」
「は〜、ビックリした」
大袈裟に胸に手を当てて、大きく息を吐いた。
とても菊丸らしい行動だと思いながら、自分は何て自分らしく無いんだろうと、正直言って気が重くなる。
「ま、あんまり考え込むなよ。部活中にそんな顔してると手塚が怖いぞ」
ケラケラと笑って話す菊丸の口から不意打ちのように手塚の名前を聞いて、リョーマは俯いてしまう。
不二からされた、思い出すのも嫌な出来事は、恋人である手塚には当たり前だが話していない。
話したら、嫌われる。
話したら、この関係の終幕を迎える。
しかし、このまま黙っていても仕方が無いのは、リョーマだってわかっている。
幾重に重ねた嘘でも、何時しか綻びが生じ、その小さな綻びはやがて隠せないほどの大きな穴になり、最後は全てが丸見えになってしまう。
自分に残された選択肢は二つ。
どちらを選んでも、これまでの幸せな時間は戻って来ない。
それだけは決定的だった。
「おチビ?」
「…菊丸先輩って不二先輩と仲がいいんスよね」
「ま、クラス同じだし」
「どんな人っスか、不二先輩って」
スローモーションのように頭を上げたリョーマは、酷く苦しそうな顔をしていて、菊丸は一瞬言葉を失った。
「菊丸先輩?」
うーん、と頭の中で姿を思い浮かべてみる。
「不二かぁ…」
優しいのは本当だし、顔もいいからモテるし、頭もトップクラスに名前を並べるほどいいし、テニスはマジで上手い。
でも…。
「不二はいつもニコニコしてるけど、本当は何を考えているのかが謎なんだよね〜。不二ってさ、ちょっとミステリアスな部分があるから、どんな人って訊かれても、おチビが納得する答えを出すのが難しいにゃ」
本人の前じゃ絶対に言えない不二の印象を教える。
「…菊丸先輩でもわからないんじゃ、俺なんかじゃ全然わかんないっスね。わかる訳が無い…」
自嘲するみたいに笑うリョーマを菊丸は黙って見ていたが、いつもと何かが違うのだけは、はっきりしていた。


「やぁ、手塚」
「不二か、どうした珍しいな」
リョーマが菊丸と過ごしていた同じ時間、生徒会室で他の役員と話をしていた手塚の元へ不二がやって来た。
少し席を外して入口にいる不二の前に立つ。
「これを見て欲しいだけど…」
不二が手塚に差し出したものは、一枚のDVDディスク。
「これを?しかし俺には見られないのだが」
手塚の部屋は勿論だが、家でも使用していない。
「そう思ってこれも持って来たんだ」
持ち運びが出来るプレイヤーも差し出した。
「…一体何が映っているんだ」
「それは内緒だけど、絶対に誰にも見せないで一人で見て欲しいんだ。出来れば明日は土曜日だから、この休みの間で見て欲しいな」
顔はニッコリといつもの笑顔で、それなのに口調はどこか命令的な不二は、押し付けるように渡したそれらを、手塚が黙って受け取ったのを確認した上で、くるりと踵を返して教室へ戻って行った。
「…一体、何なんだ?」

手塚は言いたい事だけ言って去って行く不二の後姿と、自分の手の中に残されたディスクを訝しげに見つめていた。





苦悩するリョーマ。