BLACK and WHITE

〜 第5話 〜







次にリョーマが目にしたのは、上には何も身に着けていない不二の姿だった。
しかも今いる場所はリビングのソファーでは無く、どこかの部屋で、どうやらここはベッドの上らしい。
不二はベッドの端に座ってこちらを見下ろしている。
「…ふじ、せんぱい?」
「あぁ、やっと起きた?」
「…起きた?」
はっきりとしない思考を覚醒させようとするが、どうにも頭の中がぼやける。
「まだ薬が効いているから、意識がはっきりしないかな」
「…くすり…って」
「さっきのジュース、全部飲んじゃったでしょ」
「…ジュース?…」
クスクス笑う不二を不審に思い、無理にでも起きようとして自分の顔を叩こうとしたが、何故か手が動かない。
いや、動かせられないのが正しい。
「…あれ?」
「気が付いてないの?」
その嘲笑うかのような不二の顔に、何だか嫌な予感が頭の中に過ぎる。
「何、これ…」
不図、頭を動かして横を見れば、手首には布のような物が巻かれていて、動かないようにしっかりと固定されていた。
まさか、と思い反対側を見れば、こちらも同じように布が巻かれている。
ぐい、と引っ張ってみても、全く動かない。
「不二先輩!」
サッと顔が青褪める。
両手が動かせないこの状態が、自分にとって良い状態で無いのは直ぐに分かる。
「僕はね、この時をずっと待っていたんだ」
ギシ、と嫌な音をさせて不二がベッドの上に乗る。
「待っていた?」
「ああ、別に君の事じゃないよ、僕が待っていたのは手塚」
「手塚部長を?何で…」
リョーマには不二の言葉の意味が分からない。
こうしてここにいるのは自分なのに、不二が待っているのは手塚だと言う。
訳が分からない。
「僕はね、手塚が憎くて堪らないんだ」
「不二先輩が…部長を?」
怪訝そうに訊ねてくるリョーマに簡単に説明すれば、すごく驚いた声を上げた。
不二はいつでもどんな時でも笑顔を絶やさない心優しい人物だと、誰もが口を揃えて褒め称えるほど、心底癒される笑顔を見せてくれていた。
それなのに、不二の本心は…。
「手塚って何でも出来て、何でも持っているんだよね。僕がどんなに苦労しても出来ない事や欲しいものまで全部…」
ギリリと歯を食いしばりながら、手塚に対する思いをぶちまけていた。
「…でも…僕は彼よりも…」
感情のこもっていない怖いほどの微笑に、リョーマは背筋がゾクリとした。
不二はその表情のままで、スルリと指を首筋に滑らす。
「…んっ、ヤだ…」
「へぇ、感度は良さそうだね。こっちはどうかな?」
なぞっただけなのに、面白いように反応を見せるリョーマに感心し、不二はシャツのボタンを外し始めた。
最後の一つまで外して両側に広げる。
「…ちゃんと食べてる?」
思ったより細い身体に一瞬だけ手が止まるが、それ以上は躊躇する事なく、不二の手は下にも及んだ。
逃げられないこの状況下ではその手から逃れられない。
下着も靴下も全て脱がされて、素っ裸にされた。
「女の子よりも細いね」
吟味するように上から下までを眺めた。
「…っ…」
全てを晒している屈辱に、リョーマの顔は赤くなる。
手は拘束されているが、まだ脚が残っているのを思い出し、身体を捩じってその視線から逃れようとしたが、その前に不二の身体によって押さえ込まれてしまった。
「…逃げられないよ」
真上から冷たい目で見下ろされ、リョーマは愕然とした。


「ここは感じるの?」
「やっ、ヤだ!触んな…いやっ…」
指は鎖骨をなぞり、その下にある淡いピンク色をした小さな突起に触れる。
人差し指の腹でクリクリと何度もなぞると、その刺激にぷくりと立ち上がる。
「あ、固くなったよ。身体は正直だよね」
実況するように、リョーマの身体の変化をつぶさに伝える。
「…い…やぁ…」
その指から逃げようとしても両手の布はビクともしない。
もう一度身体を捩じろうと試みたが、知らない間に肩を押さえられていて身動きが取れない。
「も、やめてよ、イヤっ」
触られる度に肌が粟立ち、その眦からは涙が零れる。
快感なんてものは無く、嫌悪感だけがリョーマの中に生まれていた。
好きでもない相手に身体を触られる事が、これほどまでに気持ちの悪いものだとは知らなかった。
これが、あの人の指だったら…良かったのに。
「…なっ…」
思わぬ場所に体温を感じ、ギクリと身体を強張る。
不二の指は更にリョーマの奥を目指していた。
「ここは手塚には触れされた?」
窄まりの表面を指で何度も擦る。
「…い、いやっ…」
「思ったとおり、僕が初めてみたいだね」
自分ですら触れた事の無い場所に不二の指を感じた途端、嗚咽を漏らしそうになり、唇を噛み締めて耐える。
表面をなぞっていた指先がリョーマの内部に入り込めば、瞼をぎゅっと閉じて不二の姿を遮断する。
気持ち悪いほどの異物感。
姿が見えなくなっても、身体の中に感じる異物が消える事は無い。
不二が指を抜き指しする度に、自分の身体からいやらしい音が出ているのに気付く。
「少しやわらかくなったね。ほら、濡れてきたよ」
くちゅくちゅと、自分の中をかき回す音が嫌で耳を塞ぎたくても、この両手では叶わない。
聞くに耐えない音が耳の中までも犯す。
「指、もう一本増やすからね」
指を二本に増やされて、更に異物感が強くなる。
ぐるりと回されたり、入口を広げるように動かされる。
「…手塚よりも先に僕が君の中に入るよ」
耳元で囁かれても、リョーマは瞼を開けない。
不二が指を抜き、凶器とも思える自身をリョーマの最奥に埋めても、リョーマはただ唇を噛み締めてその衝撃を我慢するだけだった。
きつい締め付けには顔を歪ませるが、不二は抽挿を止めなかった。

柔らかい皮膚が裂けて血が滲むまで。


身動きの取れなくなった蝶の柔らかい腹に、鋭い蜘蛛の牙が食い込んだ。
事切れるまで蝶は何度も抗うが、その小さな抵抗さえ蜘蛛にとっては気に入らない。
蜘蛛は更に深く牙を食い込ませた。
ピクリとも動かなくなる蝶。


―――蝶は最期の時を迎えた。

「…ふふ…あははは…これで僕は…ふふ…」
不二はリョーマの身体の中に己を解き放ち、表面も内部も全てを犯した満足感に浸る。
「…ふふふ」
堪えきれずに何度も笑いが込み上げる。
リョーマは不二が最後を迎える前に、その意識をはるか彼方に遠ざけていた。
まるで死んでいるみたいに身動き一つしない。
ズル、と自身をリョーマから抜く。
自分の体液に加え、リョーマの腸液と血液に濡れた自身が、行為の成功を示していた。
不二にとっては復讐の成功。
「ふふ、可哀想に…手塚が君を気にしなかったら、こんな仕打ちはされなかったのにね」
涙と汗で額に張り付いた前髪を払う。
髪を撫でる仕種は優しいのに、涙の跡をなぞる仕種も優しいのに、話し方はまるで他人事のよう。
リョーマの意識が少しでも残っていたのなら、きっときつく睨んで、憎まれ口の一つや二つは吐いていただろう。
「ゴメンね、越前。でも僕が悪いんじゃないよ。手塚が全部悪いんだからね」
今の行為を手塚に責任転換する事により、全てを正当化してしまう。
不二の中に罪の意識や罪悪感は無い。
あるのは復讐心だけだった。
「さてと、これは解いてあげるね…あれ?」
両腕の戒めを解こうとしたが、なかなか上手くいかない。
リョーマの動きを抑えていた布は、何度も無理に引っ張った為に結び目がかなりきつくなっていた。
「もう暴れ過ぎだよ、越前…」
片結びにしていた中央部は、布で出来たものとは思えないほど硬くなり、手で解くのは無理だと判断した不二は、ベッドから立ち上がり、机の引き出しを開けて鈍い色を放つ鋏を取り出した。
今更ながら肌を傷付けないよう、慎重に皮膚と布の間に鋏を入れる。
ジャキジャキ、と布を切る音が部屋の中に響く。
端を切ると、ベッドの下にリョーマを拘束していた布キレがぱさりと落ちた。
戒めが無くなったそこには、くっきりと縛られた跡が残っている。
「あぁ、痛そうだね」
まるで自分が部外者のように、紫色に変色した痛々しいほどの跡に、不二は口付けを贈り、舌を這わす。
舌でも縛った皮膚の感触は伝わる。
「…ねぇ、手塚…」
手首を掴んだまま、とある方向を見つめる。
リョーマは全く気が付かなかったが、不二は家に来てリョーマをリビングに残して去った後、この部屋にある細工を施しておいた。
自分だけにしか分からない場所にこっそりと。
もし、リョーマがそれに気付いていたら、どれだけ手首が傷付いても、どれだけ身体にダメージを受けようとも、リョーマは暴れまくりこの部屋から逃げ出していただろう。

そうさせないように、不二は絶対に見付からない場所を選びぬいた。
その結果、面白いように不二のシナリオ通りに事は進んだ。
「どうだった?」
静かにしていると小さな機会音が耳に届く。
本当に小さな音は、パニック状態のリョーマの耳には決して届かない。
普段のリョーマならば気付くかもしれないが、不二はあえてリョーマをそういう状況にしておいた。
「越前はとっても良かったよ」
その方向に向かい、不二は怖いほどの冷たい笑みを作った。
不二はリョーマをおいてベッドから立ち上がり、機会音がする部屋の角に立つ。
そして手を伸ばして、隠しておいた物を手に取った。
「綺麗に撮れてるといいね」
にこりと笑うと、不二は手の中にあるビデオの停止ボタンを押した。

蝶の柔らかい身体を貪り、腹を膨らませた蜘蛛。
満足そうに自分の張った巣の上を歩く。
そして先程まで蝶がいた場所には羽だけが残っていた。

―――蜘蛛の糸に絡まった羽だけが…。





不二の黒の部分。