BLACK and WHITE

〜 第2話 〜







リョーマは
手塚から「生徒会室に寄って行きたい」との申し出を受けて、今はその生徒会室にいる。
自分には全く関係の無い部屋の中を物珍しそうにジロジロと眺めると、職員室にでもありそうなソファーに座った。

「生徒会室ってゴーカだね」
「…職員室や校長室で不要になったのがここにあるだけだ」
机の引き出しから何かの書類を取り出すと読み始めた。
「ふーん」
中古にしては座り心地の良いソファー。
手塚が座っている会長専用の椅子も、何だか会社役員が座る椅子みたいだった。
「しかし女子だけに後を任せるのも気が引けるものだな」
決して男尊女卑の精神は持ち合わせていないが、手塚としては何かあった時に男がいないと困るのでは無いのかと、内心は心配していた。
部活動の部長や生徒会の会長を務めているので、他の生徒達の事はそれなりに気になるものなのだ。
「いーんだよ、あの2人って『本の虫』なんだからさ。俺なんかが残ってたって役に立たないし」
「…何を怒っているのだ」
どこか棘のある言い方に思わず手塚は書類から目を離すと、ムスッとしているリョーマを見てしまった。
「怒ってなんかない」
言葉ではそう言っていても、顔も声も怒りが滲んでいた。
「…リョーマ」
ふう、と聞こえないくらいの小さな溜息を吐いてから一通り書類に目を通すと、引き出しの中に戻した。
椅子から立ち上がり、リョーマの座っているソファーまで歩くと、普通に横に腰掛ける。
「…な…何?」
名字では無く名前を呼ばれてしまい、ドキリと鼓動が跳ね上がるので、思わず身体を少し横にずらしてしまう。
「嫉妬しているのか?」
かぁ、と一気に顔が赤くなったリョーマ。
どうやら図星だったらしく、リョーマは慌てて手塚から視線を外した。
「リョーマ、こちらを向いてくれ」
何となく嬉しそうな声を出した手塚に、リョーマは真っ赤になったままの顔を向けた。
「…俺…」
「嫉妬する必要は全く無いぞ、俺は彼女達に何も感じないからな。俺が感じるのはリョーマ…お前だけだ」
安心させるように頬に手を当てると、赤く染まった頬の部分は熱く感じた。
「…国光…」
「何を嫉妬している?俺はお前しか見ていないのに」
ゆるゆると撫でる手の動きにリョーマが目を閉じると、手塚は顔を近付けた。
ふわりと触れた唇にリョーマはゆっくり瞼を開いた。
「落ち着いたか?」
その瞳に先ほどまでの怒りの色は無かった。
「…ん、ありがと……あと、ゴメン」
手塚の胸にコツンと頭を乗せると、最後に小さく謝った。
自分が嫉妬した事と、手塚の気持ちを少しでも疑った事を合わせて。
「謝らなくても良い。俺がお前の立場であれば同じ事を考えていたのかもしれないしな」
リョーマの背に手をまわすと、そっと抱き寄せた。
「国光…」
顔を上げたリョーマも手塚の背中に腕をまわして、しっかりと抱き合った。
抱擁は2人ともが好きな行為だ。

お互いの体温をこうして感じられるし、何よりも近くにいられるのが何とも良い。
暫くの間、何も話さずに、ただ抱き合っていた。
心の底から温かくなるほどの優しい空気がこの空間を静かに包んでいた。


「…帰るか?」
「…ん…」
生徒会室の鍵を掛けて廊下を歩く。
この時間になれば、校舎に残っている生徒の数はほとんどおらず、2人は誰とも擦れ違わなかった。
「じゃ、履き替えてくる」
2人は帰る為に靴に履き替える。
「今日は家に寄って行くか?」
「いいの?丁度良かった。古典の宿題が出たんだけど難しくてわからないから教えて」
ごそごそ、とバッグの中から1枚のプリントを取り出すと、手塚に見せる。
リョーマからプリントを受け取った手塚は、宿題の内容を一通り確認すると、小さく頷いた。
1年生の問題など手塚には簡単なものだった。
「いいだろう。お前が少しでも勉強に目を向けるのは良い事だからな」
言いながらリョーマに返す。
それに勉強と称しながらも、長い時間傍にいられるのは、願ったりだ。
「日本語って難しいからヤだ」
「嫌だというが、お前の日本語はかなりのものだぞ」
年上が相手でもリョーマは言いたい事は何でも言うし、思った事は全て言葉にする。
しかも全てを流暢な日本語で。
「喋るのは今の日本語でしょ、昔の日本語なんて俺にはわからないよ」
「それもそうだが、義務教育では必要な科目だからな」
アメリカ生まれのリョーマが古典を理解するには、とてつもなく時間が掛かるだろう。
少しでも役に立てられるのなら、全身全霊を掛けてバックアップしようではないかと思う。
「ちぇっ、国光ってば何でも出来るからって」
「俺は自分が出来る人間で良かったと思う。こうしてお前をサポート出来るからな」
リョーマの嫌味込めた台詞には、口の端を少しだけ上げて笑い、ついでに自分の気持ちもしっかり伝える。
「国光って俺が好きなんだ?」
「当たり前だろう。それともお前は俺が嫌いか?」
「そんなワケ無いでしょ」
からかいを含めて言っても、手塚には通じない。
「それは良かった」
目尻が少し下がるのをしっかり見た。
無表情が手塚の唯一の表情だと、菊丸がこっそり耳打ちしてきた事があるが、リョーマの前だけでは手塚は様々な顔を見せるようになり、それがリョーマにはすごく嬉しい。

昇降口から出て行く2人の姿を、はるか遠くから見ている人物がいたが、手塚もリョーマもその姿には気が付かなかった。
しかもその視線は校門を出て行くその瞬間まで続いた。
「…ふうん。やっぱり僕の思ったとおりみたいだね」
2人が消えた校門に現れたのは、帰ったはずの不二だった。
「まさか、あそこまでとは考えていなかったけど」
図書室から出た2人を、不二は見付からないように追いかけていた。
生徒会室に入った2人が中で何をしていたのかまではわからないが、手塚自らが生徒会室に連れ込むくらいだから、親密な関係になっているのは間違いない。
いつもの優しい笑みはどこかに消え、今は研ぎ澄まされた視線がやけに印象的だったが、その顔を見る事の出来る人物はここにはいない。
「…でもそのおかげで、僕の積年の望みは叶いそうだよ。何だか楽しいね」
次第に小さくなる二人の姿に向かい鼻で笑うと、二人とは反対側に歩き出した。
こんな穏やかな時間を過ごす手塚とリョーマには、不二の思惑になど全く気が付かない。

いや、不二の思惑に気付く者は誰もいないだろう。

不二が隠している黒の部分は、数年前からひっそりと彼の中に息づいているのだから。



不二が出てきた…。