「やあ、越前」
「…不二先輩」
どの運動系の部活動も夏の大会に向けて練習尽くめの日々を過ごしていたが、学校側の治水工事の関係で全活動が丸3日間も休止になった。
しかも、校内においては自主的な練習も行ってはいけないとのお達しで、運動系の部員達は「こういう時じゃないと遊びまくれないから」と、さっさと帰宅していった。
しかし運動系は休みになっても、文化系は休みでは無いし、委員会の仕事などもある。
そんな中、図書委員であるリョーマが当番の日を狙って、不二は図書室を訪れた。
柔らかな笑顔を見せながらカウンターの中にいるリョーマに話し掛ければ、リョーマ以外の図書委員の顔が赤くなった。
リョーマと共に当番をしていたのは、2人の女子。
女子にとって不二は高嶺の花のような存在。
そんな存在である不二がこんなに近くにいれば、意味も無く緊張してしまう。
ここが図書室でなければ黄色い声が上がるだろうが、ここでそんな声を出せば、周囲から睨まれるのがオチだ。
女子達は視線だけは不二から離さないで仕事をしていた。
「今日は何か用事があるの?」
「…何かって今してるじゃないっスか」
そんな女子達の視線を感じながらも、返却されたカードを整理しながら、リョーマはおもいっきり呆れた顔をしてみた。
部活が休みでもこうして委員会の仕事はある。
「だからその後だよ」
ニッコリ微笑むと、不二はカウンターに肘を突いてリョーマと向き合う。
「何か用なんスか?」
訝しそうに不二を見る。
「たまには僕と一緒に帰ろうよ」
「何で俺と?河村先輩や菊丸先輩と一緒に帰ればいいじゃないっスか。菊丸先輩なんて同じクラスなんでしょ」
「同じクラスだからって一緒に帰らなくてもいいじゃない」
2人が話していると、少し離れた所で椅子から立ち上がる人物がいた。
その人物は何も言わずこちらに向かい歩いてくる。
そのまま不二の後ろに立った。
「悪いが今日は俺が先に用を入れている」
「…手塚」
声がする方向を不二が見れば、そこには手塚が立っていた。
借りるつもりの本を左手に持って。
「手塚部長」
明らかに安堵の色を含んだリョーマの声に、それまでにこやかにしていた不二の表情が瞬間的に一変した。
「そうなんだ。それならそう言ってくれればいいのに、越前も人が悪いなぁ」
すっとカウンターから離れると、反対に手塚がカウンターの前に立ち、リョーマに本を渡した。
「人が悪いって…」
手塚の差し出した本を受け取ると、裏表紙を捲りカードを取り出した。
「今度は僕と一緒に帰ろうね、約束だよ。じゃ、僕は先に帰るね。バイバイ、越前、手塚」
ヒラヒラと2人に手を振ると、先ほどまでの態度とは違い、不二はあっさりと図書室を後にした。
「…部長」
「あぁ、すまない」
去って行く不二の後姿に、どこか不穏な何かを垣間見た気がした手塚は無意識に眉を寄せていて、リョーマから声を掛けられた途端、元に戻す。
「…どうかしたんスか?」
あどけない表情で首を捻りながら本を渡す。
「いや、何も無い。それより後どれくらい掛かる?」
どこと無く引っ掛かるが、今は忘れる事にした。
「えっと、俺は…この本を片付けたら終り」
カウンター横に無造作に山積みにされていた本を指差す。
「そうか、では手伝おう」
「いいっスよ。こんなのすぐに終わるし」
山積みといっても、この中には厚い本が多い為、冊数に変換してみればそれほど多くない。
「1人よりも2人の方が早く終わるだろう」
リョーマ以外の二人は本が好きで図書委員になったので、当番の時は最後まで残るが、リョーマは与えられた仕事を終わらせるとそのまま部活へ行く。
今日は部活が無いから、終われば帰れる。
「じゃ、これだけ」
不二がいなくなった途端、リョーマと手塚の話し方が変化していた。
「あぁ、わかった」
微妙ながら表情までも変化させて2人は会話をしていた。
「お待たせ」
本を片付けたリョーマは二人に挨拶すると、図書室の外で待っていた手塚の腕をポンと叩く。
「もういいのか?」
壁にもたれながら借りた本を読んでいた手塚は、その本をバックに入れてリョーマと歩き出す。
「後はあの2人がするから」
にこ、と笑い掛ける。
「そうなのか?」
「そうなの」
あの試合を行ってから、2人の関係は部活の先輩と後輩では無くなった。
手塚はリョーマに優しくなった。
リョーマは手塚に懐いていた。
周りからはそう思われていたが、実際の2人はもっと親密な関係に進展していた。
誰にも知られる事無く互いに想いを寄せ、その想いを見事に成就させていた。
同性という難しい問題にも、2人は真っ向から立ち向かい、
今ではその問題も無事に解決した。
難しい問題というのは、恋人ならば当たり前のようにしたくなる行為の事。
まずはお付き合いの初歩である手を繋ぐ行為。
少し進んだ2人はその体温を確かめたくなり抱き合う。
もっと知りたくなればキスをする。
もっともっと知りたくなれば身体を重ねて、好きになった相手の全てを自分のものにするのだ。
2人はまだキスより少しだけ進んだ関係に過ぎないが、2人にとってはまだ先だと考えていた。
それが後になって後悔する事になろうとは、今の2人には気付く由も無かった。
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