片翼の天使達
−その6 神の器−
「二度目の洗礼はどうだった?」 不二は紅茶のカップをソーサーに戻して、にこやかな笑顔で手塚に訊ねる。 「どうって言われてもだな…」 香り豊かなアールグレイの紅茶と、たくさんの品揃えの焼き菓子の甘い香りが鼻をくすぐる。 「内緒よね?」 「そうですね。ほら、付いているぞ」 不二と由美子と手塚が会話をしているその横で、大きなシフォンケーキにたっぷりの生クリームを付けて食べているリョーマの口元が汚れているのを見て、手塚は自分の指でぬぐい取る。 「ん?ありがと。ねぇ、これすっごくオイシイ」 美味しい物を食べている幸せに、リョーマはニッコリと笑う。 「姉さんの手作りなんだよ」 校内では見られない、仲睦まじい光景に目を細める。 「へぇ、もしかしてコレ全部?」 目の前に並ぶ焼き菓子を指差す。 「お菓子を作るのは好きなのよ」 マドレーヌやフィナンシェなど、一般的な焼き菓子からシフォンケーキやパイなと、洋菓子系なら何でも作れる。 「大聖母ってだけで忙しいのに、こんなに手間の掛かる事が趣味なんだ。スゴイね」 ぱくり、と最後の一切れを口の中に入れて、名残惜しそうに食べる。 「…由美子さん、訊いても良いですか?」 テーブルの上で手を組む。 「リョーマ君の事かしら?」 「はい」 手塚の訊ねたい内容など、たった一つしかない。 「本人に訊かなくてもいいの?」 「……言いたがらないからな、リョーマは」 いつでも何かを隠している。 「言いたくないのなら言わなくても良いって?本当にリョーマ君にはとても優しいのね、国光君は」 うふふ、と楽しそうに笑う。 「からかわないで下さい」 子供の頃から知っている手塚は、いつでも難しい顔をしていたのに、リョーマと出会ってからその表情が変化してきた。 「あら?からかってなんてないわよ。国光君もこんな顔をするのねって思っただけよ」 「…そうですか?」 続いて焼き菓子に手を伸ばしているリョーマは、手塚が由美子に訊ねた瞬間から全く会話に参加しない。 「もしかして越前は秘密主義なのかな?」 手塚が訊けないのなら、と不二が訊いてみる。 「…別に…」 「でも言いたくないんだね」 コクリと頷いた。 「ふーん、対である手塚にも内緒なの?」 「それは…」 最終勧告にも似た言い方に、リョーマは唇を噛むが、それでも話さない。 「そんなに頑なに秘密にしなくてもいいのに」 頑固なまでに秘密にしようとするリョーマの口を、何とか割らせようと不二は珍しく躍起になり始める。 「周助、私が話すわ」 次第に尋問じみたものになりそうなのを、由美子がやんわりと止める。 「周助、国光君。2人は『神の器』の伝承を知っているわよね」 「もちろんだよ」 「はい」 「リョーマ君はね、その器となる人物なのよ」 祖母の時代にも現れなかった『神の器』が、自分の代に現れた。 「越前が?伝承の神の器…」 幼い頃はただのおとぎ話だった。 「だからね、洗礼を終えた国光君は、神の器であるリョーマ君を守るべき存在なのよ」 「…だからなのか…あれほど拒んでいたのは」 3人が一斉にリョーマを見つめる。 「…神の器なんて俺のガラじゃないのに…ごめん、国光…黙ってて…」 真の洗礼を受ける事を躊躇っていたのには、こうした理由があったから。 「いや、謝る必要は無い。お前が神の器でも俺にとっては対なのだからな」 「…国光」 全てを知ってもリョーマへの想いは何も変わらない。 「…周助」 「うん」 由美子は手塚とリョーマだけにしてあげようと、弟を伴ってその場から離れた。 「リョーマ」 「…ん…」
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