片翼の天使達
−その5 真の洗礼−
「そうなんだ…リョーマ君がそこまで…」 「不二、お前はどう思う?」 「僕の立場から言う事じゃないけど…」 リョーマはあの日以来、漸く自分の中でも納得したのか特に何も言わなくなったが、どうしてあそこまで拘る必要があるのかが、手塚には謎でしかなかった。 「洗礼を受ける前から力を使えた事と何か関連しているのかもしれないね。…姉さんも何だか妙に意識しているし」 リョーマは先天的な力の持ち主だ。 「お前だけでは無く由美子さんもなのか?俺もあの拘り方は普通では無いと考えたんだ」 もしかしたら、力を使う事をアメリカの正教関係者から強いられていたのかもしれない。 「何はともかく、早く洗礼を受けた方がいいね。姉さんから日時を決めてもらったから」 「そうなのか?」 「そうだよ。僕ってば、これを話しに来たのに…」 ざわざわとしている廊下から少し離れた場所に、手塚と不二は立っていた。 「それでいつなんだ?」 「3日後の土曜日だね。時間は午前6時」 「早いな…」 1人で洗礼を受けた日は、たしか午後2時だった。 「その時間が一番いいんだってさ」 「わかった。越前には俺から話す」 「頼んだよ」 話が終わると2人は教室に戻る。 小さな欠伸を繰り返すリョーマは、少し寝惚け眼で手塚に話し掛けた。 「知っていたのか?」 夜明けの時間は過ぎていたが、周りはまだ薄暗い。 「だって俺、小さい時からアメリカのアイオーン正教にいたんだよ。知らない訳ないでしょ?」 周囲に人の姿は少なく、声を潜めながら話していた。 「それもそうだな」 「そうだよ」 リョーマの歩幅に合わせて歩く手塚がリョーマの肩を抱けば、自然に2人の距離は縮まった。 「ここから入るんだ」 「へぇ〜、何だか厳かだね」 2人が大きな扉の前で立ち止まると、見計らったかのように中から開けられた。 「おはよう。手塚、リョーマ君」 2人のシスターを引き連れて不二がやって来た。 「あぁ、おはよう、不二」 「…おはようございマス」 「意外と早かったね」 「遅れるよりいいだろう」 「いい心掛けだね…リョーマ君、どうかしたの?」 何だか視線で穴が開きそうなくらい、リョーマは不二を見ていた。 「…似合うっスね。その服」 お世辞でもなく、本当に似合っていると思う。 むしろ、綺麗だとさえ思える。 「そう?ありがとう」 「不二先輩だから似合うんだよな。へー、これすごく柔らかいね…」 純白の絹で出来た服の端を掴むと、触り心地を確かめる。 「良かったらリョーマ君も着てみる?」 「うーん、俺には似合わないだろうからやめとく」 「不二、そろそろ案内してくれないか?」 知らない間に2人の世界を作り上げていた不二とリョーマの会話を止めさせる。 「もしかして僕に妬いているの、手塚ってば」 「そうなの?」 「…それは…」 くすりと笑う不二と首を傾げながら訊ねてくる2人に、手塚は横を向くしかなかった。 「初めまして、越前リョーマ君」 「…大聖母だよね」 「えぇ、こうしてお目に掛かれるなんて嬉しいわ。しかも私が洗礼の儀式をさせて頂けるなんて、光栄の極みですわ」 「由美子さん?」 大聖母である由美子と、由美子にとっては手塚の対の片割れのリョーマの会話は、どうにも立場が逆のような気がして、手塚は不思議そうな顔をしていた。 「ねぇ、国光君」 「はい」 「アイオーン正教の大聖母は、代々不二の名を持つ女子が受け継いでいるのはご存知よね」 にこやかに語り掛けるが、その声はどことなく緊張を含んでいた。 「はい」 「でもね、稀にその名を受け継ぐ者よりも、はるかに力の強い者が誕生するのよ」 「それは…」 「私の力で見たリョーマ君は姿だけで、後は何も見えなかったの…私ではリョーマ君の過去も未来も見えないのよ」 見ようとしても見せてくれない。 「…リョーマ君が女の子だったら、私は大聖母の名をリョーマ君に譲らないといけないくらいよ」 不二の名なんてリョーマの前では何も役に立たない。 「そうなのか?」 「…みたいだね」 由美子はその力からリョーマの真の力を見抜いていたが、手塚はリョーマの本当の力を知らない。 「国光君、リョーマ君、先に洗礼を行いましょう。詳しいお話はそれからね」 「どうして国光が泣いているの?」 真の洗礼を受けた瞬間に、手塚の中にリョーマの思いが流れ込んで来た。 「大丈夫だ。俺がお前を守る」 「…うん…」 抱き寄せた小さな身体を腕の中に閉じ込めて、天使の前で誓いのキスを交わした。 「俺の本当に力はね、世界を滅ぼす力なんだよ…」 「それを恐れていたのか…」 「国光の力は俺の力を抑える為のもの」 手塚の持つ力は“精霊を使役する”という、少し特殊な力。 「国光だけが俺を止められる」 リョーマが力を暴走しそうになった時に、四大精霊の力を持ってリョーマの力を抑える。 「リョーマ…一つ訊いても良いか?」 疑問が一つ浮かんできた。 「いいよ」 ニコリと笑うリョーマは、手塚から質問されるのを承知していた。 「…お前は一体…何者なんだ?」 真剣な眼差しと口振りで訊ねていても、リョーマの瞳に映る自分の顔はやけに強張っていた。 「俺は……天使だよ」 「天使?」 「そう、俺と国光は片翼の天使」 一瞬、あるはずが無い純白の翼が、何故がリョーマの背中に見えた…そんな気がした。 「…俺もなのか?」 「そうだよ。俺達は1人じゃ飛べない片翼の天使だから、支え合って生きていかないといけないんだ。これじゃダメかな?」 手塚の質問に答えているとは思えない答えだったが、答えたくないのなら、答えなくても良い。 「そうか、では俺達は共にいなくてはならないな」 「…うん」 本当の答えはいつか話してくれればいいだけだ。 「さぁ、出ようか」 「何か疲れたね」 「きっと、シスターがお茶を用意してくれている」 「お菓子もある?」 朝も早かったからか、ちょっと小腹が空いていたリョーマは、お茶だけでは満足できないと訴えている。 「あぁ、マドレーヌとかがあるはずだ」 以前の洗礼の時にも多くの菓子があったが、手塚はそれほど甘い物が得意ではないので食べていなかった。 「ホント?やった」 嬉しそうに笑うリョーマの背を軽く抱きながら扉を開けた手塚は、自分達が出て来るのを待っていた由美子達をかなり待たせていたことに気付き、謝罪を込めて一礼をした。 |