片翼の天使達
−その3 対となる者−
朝の眩しい光の中、興味津々で近寄ってくる部活の仲間達を、たった一言で黙らせた手塚は深く重い溜息を吐いた。 少しの前髪を残してキレイに刈られた髪、真面目な顔をして手塚に話し掛けるのは、その性格から副部長に任命された大石秀一郎。 「ホント〜、だって対がいなかったら、手塚は何時まで経っても半人前ってコトなんだろ?」 右の頬に絆創膏を張り、両側の髪をくるりと外側に跳ねさせていて、どこと無く憎めない人懐っこい顔をしているのは、軽業師と称される菊丸英二。 「手塚が半人前か、有り得ないな…」 厚めのレンズの黒縁眼鏡を掛けて、趣味であるデータ収集の為のノートを何時でも持っている、このテニス部の頭脳とも言われる乾貞治。 「そうだよね、手塚がこれで半人前だったら、俺達はどうなるんだろう?」 ラケットを握ると人格が豹変し、握る前は温厚で人情味に溢れ平和を好むが、握ったが最後、激情的になり誰に対しても好戦的になってしまうのは河村隆。 「そうっすね…」 「…部長が洗礼…」 後の2人は二年生の桃城武と海堂薫。 「俺が洗礼を受けたのが、そんなにおかしいか?」 レギュラー達のからかいに、眉間のしわを更に深くした手塚は、鋭い眼差しで一喝する。 「うん。モチロン」 黙ってしまったレギュラー達の中で、ただ1人菊丸だけは、全く容赦なく本音を出す。 「…もういい。俺が洗礼を受けたのは間違いの無い事実なのだからな。さぁ、練習を始めるぞ」 手塚はこのテニスの部長を務めている。 夕方の部活が終わり、レギュラー達とコート整備などを終えた1年生の1部は部室内で話をしていた。 不二の問い掛けに応えるのは、どうやらその転校生と同じクラスになった。 「今日?何か微妙な時期だにゃ〜、で、どんな子?」 転入する時期は学期の境目が多いが、今はまだ1学期の途中、しかも4月の終わり。 「えっと、アメリカ帰りの男なんですけど、テニス部に入部するって言ってました」 「そうなんだ、だから手塚達がいないのか?」 ここにいるレギュラーは、部長と副部長達を除いたメンバーしかいない。 「帰国子女ね、しかもテニス部に入部か…なるほど、上手く出来てるね」 顎に指を掛けて考え込む不二は、何やら自分の思考に満足出来たのか、1人微笑んでいた。 「用事って何ですか?」 「あぁ、手塚に大石、紹介するよ」 部活の最中にテニス部顧問である竜崎スミレに呼び出された2人は、職員室の一角に案内された。 「リョーマ、ほらテニス部の部長と副部長だ」 リョーマと呼ばれた少年は、顔だけをこちらに向けてから立ち上がった。 「リョーマ、こっちが部長の手塚で隣が副部長の大石だ」 「ども、1年2組の越前リョーマっス」 少年も挨拶をしながら手塚だけを見ていた。 「越前はテニスの経験が長いんだって?」 人当たりの良い大石がコートまでの間、リョーマの話し相手になっていた。 「親父がプロテニスプレイヤーだったらしいんで、物心ついたときにはもうラケットを持ってました。何かおばさんの教え子だったらしいっス」 「竜崎先生の教え子?そりゃ、本格的だな」 竜崎もこうして教師になる前は、かなり有名なテニスプレイヤーだった。 「手塚?」 「…何だ?」 リョーマしか見ていなかった手塚は、大石に名前を呼ばれ慌てて視線を逸らした。 「越前がお前に訊きたい事があるそうだ」 リョーマがこちらを向いて立ち止まっている。 「わかった…少し長くなるかもしれないが」 「あぁ、わかったよ」 大石に先に行かせ、自分も足を止める。 「…あの、俺…」 幾分か緊張した面持ちで手塚を見る。 「洗礼は受けたのか?」 既に大聖母が持つ力『先読み』で知っているが、確認しておく。 「…あ、うん。それで…」 「俺がお前と対となる者だ」 「やっぱり、そうなんだ…良かった」 ホッと安心したかのような表情を見て、反対に手塚の表情は渋くなる。 「良かった、とは?」 「俺、洗礼は10年前に終わってるんだ。で、今までずっと探してた」 「じゅ、10年前?」 ぎょっとしてしまう。 「ちょっと事情があって洗礼を受ける前から、稀に変な力がついちゃう人っているんだよね」 そう言えば、洗礼の間でも不思議な物体を見た。 「変な力とは?」 「俺さ、予知夢を見るんだ。ほら日本じゃ正夢って言うでしょ?そんな感じ」 もっと詳しく訊いてみれば、まだ2歳の時だったらしい、初めて予知夢を見たのは。 「そこのシスターが言うには、さっさと洗礼をしてしまえば、予知夢をコントロール出来るようになるからって…でも、これだけはコントロール出来なかったんだよね」 洗礼を受けた事により、リョーマはある程度は予知夢をコントロール出来るようになり、アイオーン正教直々の依頼で、数々の夢を見て来た。 「どういう事だ?」 「俺は自分だけで力を使う事が出来るんだよ。でさ、あんたは必要なの?変な力」 良い方向に使えばいいが、悪用する者だっている。 「…いや、しかし…」 生きていく為には『対』は必要だ。 「手塚国光、青春学園の3年生。誕生日は10月7日の天秤座。血液型はO型。成績はいつでもトップクラスで、テニスの腕前だって中学生レベルをとっくに超えてる。ついでに頼られる部長様で、しかも全校生徒から尊敬の眼差しで見られる生徒会の会長までやってるでしょ。家族構成は祖父の国一と父親の国晴と母親の彩菜で、閑静な住宅街の一戸建てに住んでいる。羨ましいくらいに順風満帆な人生。それなのに、これ以上何を望むの?」 何時の間に調べたのか、リョーマは手塚のプロフィールをすらすらと話した。 「俺の事を調べたのか?」 「ううん、予知夢をちょっと操作すれば、こんなのは簡単に出来るんだ」 『洗礼』を受けた事で、予知夢は予知するだけでは無くなってしまった。 「…俺はこれ以上この力を巨大なものにしたくない。だから…」 真剣な眼差しで手塚に訴える。 「だが、俺にはお前が必要だ。出来る事ならお前も俺を必要として欲しい」 リョーマの言っている事は理解できる。 「……夢の通りだね。本当にあんたで良かったよ」 「越前?」 ニコ、とはにかむように微笑まれ、手塚はいきなり態度を変えたリョーマに困惑した顔をした。 「対が要らないってのはウソだよ。俺の方こそあんたが必要なんだ。今日からよろしくね」 すっと差し出された右手。 「まさかだと思いたいが…俺は試されていたのか?」 全く気付かなかった。 「そういうコトになるのかな?」 まるで小悪魔みたいな笑顔に、手塚は右手ではなく両腕を差し出してリョーマを抱き締めた。 「…生を分かち共に死を迎える唯一の存在である越前リョーマを、俺は生涯大切にする」 洗礼を終えた『対』同士は、出会った時に“言葉”を与えなくてはいけない。 「天から与えられた時間を対である手塚国光と共にし、死ぬ時まで大事にするよ」 まるでプロポーズのような制約を交わす。 誓いの言葉を交わした2人は、漸くテニスコートへ向かい歩き出す。 「俺に見合う“対”なのかどうか…なんてね」 偉そうな態度で人を見下すような台詞を吐いたと思えば、最後には舌を出して子供っぽく笑う。 「どうだった?」 意外と表情が豊かなリョーマに、手塚の方も表情が柔らかくなる。 「…驚くくらいに完璧だね。何だか俺には勿体無いくらいだよ」 「勿体無い?」 「俺さ、いろんな対を見てきたんだ。だから会う時すっごく緊張した」 アメリカのアイオーン正教の聖堂には、幼い頃から通っていた為、様々な『対』と出会った。 「そうか」 「…で、俺は?」 教えて欲しい、と目で訴える。 「お前で良かった」 きっと、どの対の関係よりも、自分達は上手くやっていける。 「俺もあんたで良かった」 「…俺には手塚国光という名があるのだが」 先ほどから対であるリョーマに『あんた』呼ばわりされるのが気に入らないのか、手塚は眉をひそめた。 「うん、知ってるよ。俺にも越前リョーマって名前があるしね」 リョーマは、自分の名前を一度も呼ばない手塚に付き合っていただけだった。 「…俺の事は国光でいい」 見た目に騙されそうになるが、リョーマは幼い頃から自分の力を知っていて使っていた。 「じゃ、俺はリョーマでいいよ、国光」 「あぁ、リョーマ」 でも学校内では名字で呼び合わなくてはならない。 「そうだな、越前」 |