14. 休 養

 還暦を迎えた頃から、持病の心臓病が悪化して今迄のように時間にしばられる生活が苦痛になったため、思い切って何年も続けてきた 空調設備関係の仕事を大幅に縮小し、その経営を長年一緒に仕事をしてきた信用のおける人にまかせて、自分は時間的に自由のきく新しい 仕事に挑戦することにした。
 早いもので、それからもう四年の月日が流れたが、さてこのように総てを自分の都合によって一日の時間の使い方を決める生活に入って みると、女房の視線さえ気にしなければ、今日は体の調子が悪いとか何とか理由をつけて好きな時間に起き出してテレビを見たり、又は 乗馬を楽しみながら気の向いた時に好きな仕事(彫刻)をすればいいわけで、当初私にはこれこそが理想の生活のように思えていた。
 ところがいざ、その楽しいはずの生活に入ってみると、何かしなければ、何かしなければという思いで、今日一日とにかく実りのある 一日にしなければ勿体無いということばかりが頭にこびりついて離れなくなってしまった。
 これはきっと今迄のように一日の大半を、会社のため、社員のために使うのとは違い、その二十四時間が総て自分のための時間となり、 この貴重な時間を自分にとって少しでもプラスにしたいという思いが深くなったからに外ならない。
 自分の時間、これは誰もが持っている最もユニークな資源だ、何人(なんぴと) もこれを取りあげることも又盗むこともできない貴重な財産だと つくづく思えてきた。
 我々が本当に自分を、自分の人生を愛するなら、自分の時間を愛するべきなのだ。
 何故なら、自分の人生は自分の時間によって造られるからだと気がついた。
 ところが、幸か不幸か自分の立てたスケジュールのおかげで、この二か月程、その充実度は別として、まったく夜もろくろく眠られぬ ような忙しい毎日を送るはめになってしまった。

一、 日彫展に応募した作品が入選し、約二週間毎日のように上野の東京都美術館通い。(四月五日〜四月二十日)
一、 日彫展の合間を縫って、この秋広島で開催されるアジア大会の準備のために広島に二度も出張。
一、 私の最初の個展と『馬耳東風』の出版記念パーティーを同時に開催することにしたため、個展に出品する彫刻の最後の仕上げや案内状、 カタログの作成と発送等(四月末までに完了)。

 そしてこのパーティー(五月七日)も終り、それからの一週間の個展さえ無事に終れば、ゆっくりと休養できると思い、ただそれだけを 楽しみに、その二か月問をなんとか頑張り通した。
 そしてついに個展も終り、さあ待望の休養がとれると張り切ってみたものの、不思議なことにどうしても休養する気分になれず、この 二か月間の経験を生かして以前にも増して充実した日々を送ってやろうと、日彫展や個展を通じて湧いてきたイメージの彫刻に意欲的に 取り組んだり、今迄以上に健康に注意して明日に繰り越すことのできない貴重な時間を創り出そうと努力するようになった。
 休養とは仕事を休んで次の仕事のために体力を養うものだと思っていた私は、この二月で仕事に対する旺盛な意欲が肉体の疲労を消し 去ることに気がついた。
 そして危険な心臓の手術をしてわかったことは、人間にとっての財産とはけっして富でもなく又名誉でもない。その残された人生を悔 いのないように生きようと努力する毎日が、その人にとっての掛け替えのない財産だということを。
 私が個展をやっていた一週間、定年を迎えた友人達が何人も来てくれたが、皆それぞれに老後の生き方について真剣に考えているようだった。
 それらの友人に対して私は、「定年になったら晩酌とテレビの野球観戦はやめること」を提唱してみた。
 私のような飲兵衛は、晩酌をやった後の時間はまったく使いものにならず、一日の苦労は一日にて足れりと、何の役にも立たぬ野球やテレビを見て大切な一日を終りにしていたからだ。
 従って晩酌程人生を短くするものはない事を肝に銘じ、少なくとも(とこ) に入る迄の数時間を自分にとって有意義だと考えたことに費やすべきだと思う。
 残り少ない人生、悔いのないように精一杯生きたいとつくづく思う。
 そして一般的に言われる休養は、誰にでも必ず訪れる「死」の後でゆっくりととるように心掛けるのが、理想的な老後の過し方のような気がする。

(1994.7)