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3. 四冊のノート
私は表紙に、経済・宗教・芸術・スポーツと書いた四冊のノートを持っています。
「経済」と書いたノートには経済や会社の経営についで、新聞や書物で感銘をうけた文章や、その事に関連しての感想を、思いつくまま
に書き留めています。
今から十数年前、私が社長をしていた会社が想像もしなかった突然の事件にまきこまれ、一夜にして約三億円の資金調達ができなければ
会社が倒産するという事態がおきました。
会社の手持資金は勿論、私財も投げ出して当座の危機は切り抜けたものの、その時以降大きくもない会社の資金繰りはみるみる悪化して
いきました。
考えつく良策もないまま、何とかしなければ、何とかしなければという焦燥にかられながら、貧るように経済や会社の経営に関する本を
読みあさり、少しでも会社の窮状打開に役立つと思われる文章や、社長として自分は今何をなすべきか等についてその時々の思いを書いて
いきました。
今でも経済関係の面白い記事があると必ずそのノートに書き留めておりますが、空調機器の大手メーカーの代理店をしていた私の会社
は、その後、親会社のH社長の御配慮により、なんとか倒産をまぬがれ、私達親娘四人は路頭に迷わずに今日を迎えております。
それでも一時は家も抵当に入り、預金もなく、毎日の収入のないまま、妻は十円玉を集めてその日のお惣菜を買ったこともありました。
そのような時、音楽大学に通っていた二人の娘は、少しでも親に心配をかけまいと、いろいろな面で健気な努力をしている
様
がありありと窺え、妻も又私の甲斐性無しを責めたり、家計の苦しさを訴えたことはただの一度もありませんでした。
このように私共親娘
は経済的に非常に苦しい生活を余儀なくされたお蔭で、家族全員がお互いの気持を尊重しつつ、
労
り合い助け合いの楽しい暮らしを経験することができ、真の幸福がけっして金銭や物質によって得られるものでないことを学びました。
次に「宗教」と書いたノートには、私の心臓病が悪化して手術をしなければ長くは生きられないとわかった時、その手術の成否には関係
なく自分自身の心の整理をする必要があると思い、宗教関係の本を読みあさり感銘を受けた文章や、その時々の身の処し方や思いを書いて
おりました。
幸いにして成功率五〇パーセントの危険な手術も大成功で、以前にも増して健康体を取りもどした現在、「仏様によって生かされている
命」を実感として味わわせて頂き、それ以来なんとかして納得いく人生を送りたいものと宗教関係の本の中に気に入った文章があると必ず
そのノートに書くようになりました。
私自身半年も続くまいと思った毎月の「馬耳東風」も、馬に関する私の雑学と、この二冊のノートがなければおそらく七年間も続ける
ことはできなかったに違いありません。
とは言え、物書きでもない私にとって、毎月七〜八枚の原稿はかなりの負担であり、私の得意とする馬術以外のスポーツのネタも、
いろいろと集める必要に迫られ、前記二冊のノートに加えスポーツ全般について気のついたことを書くためのノートを新しくつくりました。
更に、今から五年前、心臓病の悪化によって馬に乗れなくなった時期に始めた彫刻も、少しでも納得のいく作品が創りたい一心から、
六十の手習いよろしく彫刻を主とした芸術の本をいろいろと読むようになり、これ又「馬耳東風」の原稿の材料になると思い、四冊目の
ノート「芸術」ができました。
このように必要に迫られて作った四冊のノートから生まれる毎月掲載の「馬耳東風」は、まさしくその時々の私の心の遍歴の記録である
ばかりでなく、大袈裟にいって、これから先の私の人生観を確立するための貴重な資料になってくれるような気がします。
人間が生きていくための原動力にはいろいろなものがあると思います。
学校で良い成績をとって先生に褒められたいと一所懸命に勉強したり、金儲けをして物質的に恵まれた生活をしたいと血眼になって
みたり、又私のように馬術競技で優勝したいばかりに、いろいろと厳しいトレーニングをするのもみんな、人間退屈しのぎの大道具、
小道具にすぎないとあるお坊様が言いました。
それなら、何一つ道具立てのないガランとした舞台で演ずる人生劇より、お粗末でもいい、手造りの大道具、小道具の揃っている舞台で
演ずる人生劇の方が華やかで楽しいに違いありません。
一度は死を覚悟した手術によって私の人生劇に新たに加えられた「仏教」と「彫刻」という大道具、小道具は、きっとこれからの私の
舞台をより賑やかなものにしてくれることでしょう。
人間は植物のように素朴なものだ、その芽が出たところに根を張り、そこから育っていく。
風が吹いたり、嵐に遭ったり、雪でいためつけられたりして、幹も枝もまがって伸びるかもしれないけれど、曲って伸びるところに風格
も備わり又個性が生まれるものだ、と曽野綾子さんが書いていました。
これから先の私の人生、一体何が起きるかわかりません。しかし、いろいろな事件に出会いながら、きっと第五・第六のノートをふやし
つつ結局私は、死ぬまでなんとなく退屈しないですむような気がしております。
(1997.6)
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