2. 抵抗と反抗

 1997年11月の末、私は東名高速道路を名古屋に向かって、ゆっくりと車を走らせていた。
 私の車のすぐ前には愛馬積んだ大型の馬輸送車が改正されたばかりの道路交通法を忠実に守って、三車線の一番左端を走っている。
 馬輸送の目的は、静岡の「妻恋」で開催される第四十九回、全日本馬場馬術選手権大会に出場するためである。
 全日本選手権に出場するのは何年振りだろう。
 久しい間、私は自馬を持ちながら持病の心臓病や馬の二度にわたる前肢骨折のため出場できなかったこの競技、二ヶ月前に 行われた東日本選手権の成績からして、もう少し上手に乗れば入賞も決して夢ではない。
 「まだまだ若い選手には負けられぬ、メダルは必ず取ってみせる」
 まるで勝ち(いくさ) を確信して大軍を率いて大阪夏の陣に臨む徳川家康の心境よろしく、静々と馬輸送車のあとから駒ならぬ 車を進めていたというわけである。
 しかし、それから僅か三日後、私は掛川から東京に向かって東名高速道路をフルスピードで、まるで悪夢から一刻も早く 逃れるかの如く家に帰りついた。
 三日前まで、あれ程信頼していた私の馬は、どこか痛い処があるのか、それとも試合当日、馬に騎乗したときの私の 態度が普段と違っていたのか、とにかく馬が重く結果はさんざんなものとなってしまった。
 競技場に入った馬は、いつもの歯切れの良さは微塵もなく七分間の演技で体力を消耗しつくした私は、馬から降りると、 へなへなとその場に尻餅をついてしまった。
 一体何が彼をそれ程までに鈍感にさせたのか、家に帰った私は早速当日の演技中のビデオをテレビの画面に拡大して、 その原因を探ることにした。
 そして、テレビに映る馬の動きを繰り返し観ているうちに、私はふっと百年も前のイタリアの名騎手アレッサンドロ・アルビゾ の言葉を思い出していた。
 「温順でない馬について、『これが反抗する』とするのは騎手の無責任を証拠付けるものである。馬は唯、防御のために 騎手に『抵抗』しているにすぎず、それを敢えて「反抗」というのは誤りである。」と。
 少しでも良い運動をさせようと色気を出した私は、いつもより強い扶助を使って馬を収縮させ、減り張りをつけようと 馬に過酷な要求をした結果、馬の抵抗にあったというわけだ。
 この反抗と抵抗の区別は非常につけにくく、広辞苑のような大きな辞書でも全く同意語のように書かれているが、よく 考えてみると、反抗という言葉には「なにをこのやろう、もう我慢できない」という悪意むき出しのニュアンスが多分に 含まれているのに対し、抵抗には、ある要求に対して止むを得ず自己防衛上、精一杯努力はしたが、今の段階ではこれが 私の限界です、勘弁して下さいという含みが多分にある。
 要するに馬は私の要求に対し精一杯努力した結果限界につきあたり馬体を硬直させる以外に方法がなかったのだ。
 数日後、馬の疲労の抜けたのを見定めて、今回の抵抗が反抗に変わらぬように注意しながら根気よく、私の要求を 一つ一つ納得させた上で、私の要求に応えて動いたほうが馬自身も楽になるのだということを知らそうと努めることにした。
 人間の子供と違い口のきけない馬のこと、私の要求がどの程度伝わるか、その結果が十日後に出るのか、一ヶ月後になるか、 それともついに馬に理解されないまま、まったくの徒労に終わるのか、神ならぬ身の知るよしもない。
 しかし、その努力をおこたって唯々調教という名のもとに、拍車と鞭によって懲戒のみを繰り返したとしたら、いかに 我慢強い馬といえども、いつかその抵抗は反抗に変わるだろう。
 そして一度(ひとたび) 反抗を覚えた馬は、もはや人間の力では矯正不可能となり、人間にとって非常に危険な動物になってしまうのだ。
 去年の暮れ、テレビで最近の非行少年少女を取り上げた番組があった。
 非行に走った子供達の十人が十人とも、親が子供に対して無関心か、それともよその子供と比較して唯怒るだけという 家庭に育っている。
 そして口を揃えて、「そんなに私のことを悪い子供だと思いたいのなら、本当に親の言うような悪い子供になって 親の期待に応えてやろう」と思ったと言っていた。
 要するに親が当初、子供の非行が抵抗によるものなのか、それとも反抗によるものなのかの区別をつけようとせず、 唯拍車と鞭で矯正しようとした結果、子供達の抵抗が反抗にかわってしまったのだ。
 子育ての終わっている今の私には何故言葉の通じる自分の子供との対話ができないのか不思議でならない。
 唯、馬術競技では、自分の感情を押さえて、馬に対して何としても私の要求を納得させぬ限り優勝杯を手にすることは できず、損をするのは結局私自身ということになる。
 ところが、非行に走る子供を持った親たちは、自分の子供がどんなに悪いことをしても、それは社会が悪い、学校の 先生が悪いとその責任を他に転嫁して、子供の罪が親に及ばないのをいいことに子供の非行を何としても矯正しよう という努力を怠っているのだ。
 非行の果てにその子供が犯罪者になっても、加害者の親は何ら法律上の責を負うことなく被害者の親だけが 悲嘆の淵に沈むのでは間尺に合わない。
 未成年が罪を侵したら、速やかにその親を罰する法律をつくるべきだ。
 仮に未成年者が殺人を犯したら、成人の殺人と同様の判決を下して、まず子供を世間から完全に隔離し、同時に親が 子供に代わって牢に入り、子供が成年に達した時点で子供に残りの刑期を努めさせればいい。
 なお未成年の年齢を満十五歳以上とし、無責任な、子供を育てる資格のない親達はそれ相当の罰を受けるべきだというのが 私の昔からの持論である。
 しかし、そのような不幸が起こらぬように、親や学校の先生達は子供達の初期の抵抗の原因をつきとめて、それが反抗 に変わらぬように愛情をもって万全の努力をする必要がある。
 かってある有名な教育者が、子供の教育に関する本を出した。何とその題名は『水辺の馬』というではないか。
 水辺迄馬を引いてゆくのは容易(やさ) い。しかし、馬に水を飲ませるのは非常に難しいという諺よりの引用と思うが、その諺を つくった主は馬をまったく知らない人だと思う。
 何故ならば馬に水を飲ませるぐらい楽な作業はないからだ。
 即ち、馬が喉が乾くまで運動させるか、または水桶の中に少量の砂糖を入れてやれば、馬はいつでも鼻の穴迄 水につけて「ごくごく」とうまそうに水を飲んでくれる。
 要するに親も先生も子供の教育に関してその程度の専門知識を持ってさえいれば、子供達の非行の大半は防げるはずだ。
 それにしても、ああ、何と馬の調教は難しくおくの深いものか。

(1998.2)