COLLAGE

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HHJ

                                               

                                                                                

 

実存と表現

 

 

 

 

 


★ぼくは昔からできるだけ、ありふれた日本語で自分の考えを表現したいと思っている。しかし、どうしてもあまり一般化していない用語を使わざるをえない場合がある。実存という言葉などは、その好例だ。精神分析の無意識という用語に較べると、それはほとんど日常生活に入っていない。だから、実存とは何か、簡単に素描してみたい。

それは、物や生物と違った存在としての人間の在り方について言われる。人間は物のように《感じない》のではない。生物のように《考えない》のではない。人間は、それらを自分のために役立てて生きる。生きるためには、ある空間がなければならない。人間がそこに住んでいる空間を、世界(具体的には環境世界)と言う。これは、秩序立てられた意義のある世界だ。グラスは液体を入れるためのもの、椅子は腰かけるためのもの、というふうに周囲の事物があらかじめそれぞれの用途に従って連関しながら分けられている。人は、もの心がついて以来身体運動でそれに適合している。つまり、《すでにそこにあるもの》の決まった可能性が《わかる》。それは同時に、裏返せば、自分に何ができて、何ができないか、という自分の可能性を知ることである。実存哲学では、環境世界と自分とのそういう認識以前の知を、了解と言っている。

しかし、人間のこの可能性は、環境によって限定されてはいるが、機械のような決定された閉鎖的運動ではない。それは事物に対して、了解された諸可能性に従って働きかけ、目的のために独自の意味と秩序を探って、言い換えれば解釈しながら、不断に自己形成=創造を行なう自由を持っている。これを分節という1。環境世界と自己は、創造の行為において了解と同じく、例えば《その人の部屋、持物を見れば、その人が分かる》という格言にあるとおり、相関関係にある。しかし、人は大概日常生活の中で事物の間を機械的に動き回っている。すでに習慣となった自己形成=創造の無意識的な行為。それは意識の消耗を防ぐだろうが、知覚の惰性化を惹き起こして、反射運動のように事物の表面を流れている。他人達も同じく事物のようにしか現われない。それらの他の可能的な側面は、意識に隠されたままだ。したがって、表現は創造性を失って単なる変化でしかなくなる。

事物や他人たちの間に散らばった自分を取り戻さなければならない。自分の在り方の追想と自覚が必然的に創造性を蘇らせるだろう。これが実存である。知覚が分かりきった諸可能性しか捉えないのであれば、環境世界が新鮮に見えるということはありえないのだ。

 

ところで、分節は、知的に(例えば、本を読むとか、出来事について考えるとか)だけではなく、身体的にも行われる。初めてアトリエに入る人を見ると、地下室に自分をどのように合わせるか、それから自分に地下室をどう合わせるか、という一種のためらいがある。空間の構造と形(フォルム)と物の配置が可能な線をおおまかに規定しているので、感覚的に

自分の行為のエスキース(素描)と調和させなければならない。外見はスムーズに左側の白いテーブルに向かう者、エスキースを描き損ねて周囲を見回す者…椅子に腰かけると、今度はそれに適合しなければならない。脚を組むとか、テーブルに片肘を突くとか…身体各部の構成、可能なフォルムは、作者がそれをイマージュに描いて製作しなかったとしても、だいたい限られている。極端に言えば、椅子が人間を形造る。しかし、無論、物と調和した自由な表現が、理想的かどうかは別にして、できないわけではない。

ぼくは、そういう表現行為を《空間の仮縫いと着こなし》と呼んでいる。粋な男や女は単に服を着こなすのがうまいのではない。空間を着こなす、といっても、気取りやポーズと違う、生き方の反映である。

普段、行為は習慣的に行なわれる。つまり、過去の機械的な運動である。しかし、例えば扉に向かう時の自分を振り返ってみよう。初めは何気なく歩いて行く。近づくにつれて、扉が未来的に迫って歩幅を規整することに気づかないだろうか?(自分から)扉までの距離、扉から自分までの距離、というふうに意識が転換されると、同時に、扉の現前が鏡のように自分の身体を映し出す。ぼくは慣れているので、滑らかに身体各部の構成を把手を中心にして行ない、扉を開いて通る。だが、状況によっては、その未来との調和に惑うことがある。

 

参考のために、関係があるようなないような文学的表現を書き留めておこう。

 

時が傷つけずに肩の上を流れてゆく。

Le temps fuit sur cette épqule sans fair mal . 2

 サン・テグジュペリ(Saint-Exupéry)  《Courrier sud 南方郵便機》

 

手に手を取り、向かい合っていよう

私たちのつないだ手の橋の下を

永遠のまなざし、ものうい波が過ぎるとき 3

 アポリネール(G. Apollinaire)   Pont de Mirabeauミラボー橋》

 

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HHJ  VOL.4 1992.2

COLLAGE    一部修正

 

 

 

 

 

1        articulation; 分節という語は、生物が環境に適応するために形態や構造を創造的に変えるという進化論に由来するようだ。動詞には明瞭に発音するという意味もある。

2        ガリマール出版 1929

3 日本語訳者その他 不明

 

 

*これと密接な連関があるエセー*

 

朝の食事

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


哲学のひとり歩き

 

 

 


                       

 

途中で止めていたアリストテレス(Aristote)の《形而上学》を想い出して、岩波文庫を開いて読んだ。第7巻〈事物の部分とそれの説明方式(ロゴス)の部分との関係、部分と全体の関係。…〉普通は言葉と訳されるロゴスが説明方式という訳語なので、なるほど、と思った。

 ぼくは古いノートの中に哲学的なある断片を探した。深い影響を与える本はかえって沈黙させるので、読んだ後それについて書くことはないが、その断片は例外だった。アリストテレス学者だったというハイデッガー(Mrtin Heidegger)の《存在と時間》の後に、書き留めたものだ1。しかし、見つからなかった…グラスがテーブルの上にある、テーブルは床の上にある、そして、椅子はテーブルの横にある、そういう単純なスケッチだ。目の前の物の相互関係をなぜ大事なことのように書き留めたのか?ぼくはプレヴェール(Jacques Prévert)の《朝の食事》という映画的描写の詩を例に取って、説明したことがある2。存在する物は相互的に属しながら、環境世界の有意義連関を形成する、と。これは20世紀の初期に同時代の文学や美術が記号の抵抗を表現したことと裏表の閑係にある。記号の抵抗とは、存在する事物が何か違うもののように感じられ、それの可能な連関が実感的に分からない状況を言う3。椅子は確かにテーブルの横にある。しかし、椅子はテーブルのそばから離れないように見える。自分がそこに腰を下ろせるもののようにも感じられない…

 

 1900年のマチス(Henri Matisse)の絵《オルガンのある室内》には、そういう雰囲気がある.オルガン、ピンクの花、椅子、壁、床…それらは固有の外観を保ち、日常的な位置関係にあるように見えるが、空間全体は奥行きを喪失したアンバランスな印象を与える。8年後の《赤い食卓》では空間がさらに平面化して、壁とテーブルと食器と人物が一枚の壁紙の装飾であるかのような錯覚を引き起こす。生まれつき目の見えない人が初めて闇以外の世界を見たとき、室内は絵のように平面的に感じられたという。奥行きが消えたマチスの絵は、それに似ている。しかし、この絵では色彩はもはや物の実在性に支配されないで、地中海らしいのびやかさで大胆に色彩の可能な連関へ向かっている。画家は自分が憩える世界を造ったかのようだ。

 

 超現実主義の美術は、マチスのように抵抗する記号を白紙に戻す試みをした。だが、それは物の実在性に執着しながら事物の新しい可能な連関を追求する…グラスは壁に置かれ、椅子は天井から下がった。絵の具以外の素材も積極的に活用された。一般にこの方法論には、知性と感性を過去の惰性的な秩序から解放する自由な表現があった。たぶんそのためにアンドレ・ブルトン(Andre Breton)の《セリ・シュールレアリスム》に出会ってから、ぼくは事物の組み合わせに関心を持った4

 新しい芸術運動と前後して起きた実存哲学は、人間存在と環境世界との関係について鋭く考えた。この同時進行的な思想は共通項について注意されたことがないが、ぼくは70年代の初期その繰り返しをしていた。〈存在する物は相互的に属しながら、環境世界の有意義連関を形成する〉とは、その中で生きる人間が最初に試行錯誤しながら覚えることである。手と足を動かして身の回りの環境のさまざまな形と固さに出会いながら、下書きするように奥行きを学んでゆく。言葉の結合の仕方を覚えるのは、それより先ではない。ぼくが書き記した断片は、新たな一歩だった。

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HHJ  VOL.58  1997.10

  MODE ACTUEL MODE ACTUELLE

1  1927年 

2 とろんぷ・るいゆ 19862月号 詩の制作年は不明。 

3        同 19863号 

4        選集。 1924年に〈宣言〉

 

 

 

 

 

 

 

半環境論

 

 

 

 


480円のズボン

大館に開店した東京の洋服Aから、だぶだぶの安いズボンを買った。安売りで有名なので、驚くはずはなかったが、9割引きの値札を見たときは数度確認して、間違いないな、と心の中で呟いたほどだ。毛70%、ポリエステル30%。秋から、ほとんど毎日穿き続けている。日本人がいい服装をしているのは不思議ではなく、ただ安く手に入るからだろう。しかし、ファッションに凝るのは、どういうことだろうか?

 この問題は、人間と環境世界との関係から考えると、理解しやすい。以前アトリエ ハーフ アンド ハーフが出した雑誌《とろんぶ・るいゆ》で論証したが、実存にとって身体ははっきりと対象化されない前客観的な環境世界なのである。自分の経験を想い出してみよう。新しい着物を身に着けると、気分が変わらなかっただろうか ?例えばサングラスを掛けると、自分や周囲が違って感じられなかっただろうか ?簡単に言ってしまうが、ファッションの本質は環境世界を心理的に変える試みである。単なる願望に終始する場合も少なくないが、他人を含めた環境世界と自分との関係の仕方を変えようとする行為である。

 ぼくは、いい気分で狭い通りをだぶだぶに歩いてみたい。だぶだぶの安いズボンを穿いて、女の歓心を買おう…なんていう調子のいい想像はしないね。そんな甘い夢に耽る者は、いわゆる環境が悪化しようと全然構わない潜在的犠牲者か、あるいは、環境を変えるのが困難なので、最も身近な前環境世界(半環境)に後退して抑圧の憂さ晴らしをしているか、だろう?

《消えた消しゴム》で華々しくデヴューした白鳥珠美(長谷川編集長の妹)によれば、フランスでは建築を学んだ人間がファッション・デザイナーになる場合が多いそうである。向こうでは、建築とファッションが同じ水準で捕えられているようだ。

      

HHJ  VOL.13 1993.1

MODE ACTUEL MODE ACTUELLE                          一部修正

                                

 

 

 

 

 

 

 

運動する身体の知覚と記憶

 

 

 

 

 

 


フランス映画《太陽がいっぱい》は、忘れられない作品である1。貧しい若者アラン・ドロン(Alain Delon)がリビエラのヨットの上で、裕福な青年モーリス・ロネ( Maurice Ronet)をナイフで殺して、知らん顔で富と恋人マリー・ラフォレ(Marie Laforêt)を手に入れようとする。ドロンは、彼の小切手を使うためにサインを真似るのだが、その練習のシーンが丁寧に描かれる。つまり、スライドでサインを白紙のスクリーンに映し出して、拡大された文字をマジックでなぞる。上体の運動で描かなければならないほどの大きさなので、汗まみれになりながら、新しい白紙に勢いよく何度も繰り返すのだ。

 これは、運動の知覚と記憶について考えさせる。ドロンはMという文字の個性的な形を覚えるために、視覚と触覚を頼りに Mの線に忠実に沿った手と上体の運動をする。強調された運動の知覚は神経細胞(ニューロン)を通って大脳に鮮明に記憶される。この知覚は、運動する身体そのものの情報を集める。彼が懸命に記憶させようとしていたのは、 Mの視覚的な形といった外部情報よりも、 Mの形を描く運動す身体の様相(モード)である。形を描く運動を再現するシステムを機械装置のように作り上げる、と言ってもいい。例えば、意識に想い浮かべられない漢字を試しに書いてみると、正確に再現できたとしたら、運動による形の記憶のせいである。

 ドロンは、練習が終わると、ホテルの受付で被害者のサインをする。ほとんど指と手の運動によるサイン。スクリーンの文字の縮小された相似形だが、もちろん指と手と腕その他の運動は同じでない。全然違う。実際のサインと同じ大きさで、同じ身体運動の反復によって練習していたら、完璧な模写ができるはずではないか?

 支配人の熟練した眼差しは、筆跡の何を見るのか、形や線が多少違っても、何ごともないかのようにサインの同一性を承認する

 

コンピューターやワード・プロセッサーで文字と図形の再現や繰作をする場合、すべてマウスかボタンを使った指先の単純運動に還元される。大脳が指令を出せば、身体運動のプロセスを省いて代わりに機械が描く。対象から受ける刺激情報が視覚に限られ、他の徽妙な感覚がない。経験が養った神経細胞間の、最近の研究によれば外部と身体と大脳の情報が往来する個性的で繊細な接続地帯は2、砂漠化してしまう。退化した感牲。そこでは、相対的に現実も貧弱なものにならざるをえないだろう。

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HHJ  VOL.26 1994.3    

MODE ACTUEL MODE ACTUELLE            一部修正

1 Plein Soleil : 制作1960年  監督Rene Clement 

        フランス・イタリア合作

2 シナプス間

 

 

 

 

 

 

 


  

接続地帯についてもう少し詳しく知るために

▼ 信号と記号

 

 

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