♪ ダマスカスの夜を飾るピアノの響き
                                         2001年12月23日
                         ダマスカス・ピアノリサイタル


 ピアニスト碓井俊樹がダマスカス空港に到着したのは、12月23日午前2時半。そ
してコンサートは23日午後7時。なんと到着はコンサート当日だった。というのも、
アメリカのテロ事件の影響で航空便のキャンセルが相次ぎ、一時は「本番4時間前に着
くかもしれない」というぎりぎりの状況だったのだ。


 翌朝、睡眠時間も少ない状態で会場に向かう。会場のアサド図書館ホールは350席の、
室内楽規模のホール。早速リハーサルを始めるが、ピアノのコンディションは悪く、高
音が響かない。さらにホールの残響はゼロ(反響版がないどころか、スクリーンになっ
ていて音を吸収してしまう!)である上、頼んだ調律も来ない。このホールは日本で言
えばサントリーホールのような格付けにあると聞いていただけに、そのギャップは激し
かった。さらに彼は時差ボケに悩まされるなど、大変な状況の中で演奏会に望まざるを
得なかった。

 6時半、開場。この時間になってようやく調律がやってきた。いかにものんびりして
いるシリアらしい出来事だ。それも15分くらいで簡単にすませてしまう。しかしこの
国ではこのようなことは日常茶飯事なので、あまり気にせず、本番の時間が訪れるのを
待った。

 7時、開演の時間だ。お客様が着席するのを待っていると、今度は会場スタッフが碓
井を急に呼びつける。ロビーで待っていたのは、テレビ局だった。「今からインタビュ
ーに応じてほしい。」既に開演時間にもかかわらず、である。これには本当に驚いた
(このテレビクルーらは演奏中も、お客様の前を横切って撮影し続けた。
 さらに新聞記者らしき人が演奏中に舞台に上って写真を撮った。日本では想像の出来
ないことの連続である!!)。しかし碓井はこれらに対し、非常に冷静に対応した。そ
の慌しさにもかかわらず、開演直前には心を落ち着けて本番に臨む。

 プログラムの前半はブラームスの「4つの小品」と間宮芳夫の「6つの前奏曲」、そ
してプロコフィエフ「ソナタ第1番」。後半はベートーベンのソナタ「ワルトシュタイン
であった」。碓井の熱演に、聴衆も真剣に耳を傾ける。立体感と透明感に溢れた、スケ
ールの大きい演奏は満員の聴衆を夢の世界へと導く。コンディションの悪さなど、微塵も
感じさせない。熱演により、演奏会は大成功に終わった。

 演奏会が成功に終わったのは、彼のお客様に対する配慮によるところも大きかった。
いずれの曲もシリアのお客様にとっては初めて耳にする曲と思われたため、曲間には碓
井本人による解説を入れ、それをシリアの方に通訳していただいた。またプログラムは
古典、ロマン、近代、現代から一曲ずつ選び、各時代の音楽を紹介するという内容にし
た。殆どの方が初めて聞くにもかかわらずこれだけ楽しめたのも、演奏もさるものなが
らこのような配慮があったからこそだろう。


 終演後、楽屋を一人の老紳士が訪れた。「私はシリアの国立オーケストラの指揮者だ。
今日の演奏会はすばらしかった!ぜひ今度オーケストラと共演してほしい。」
 一つの演奏会が、シリアと日本を結ぶ次の演奏会を生み出した。

                                    中村 聡武

                                                                                                        
A 碓井俊樹ピアノリサイタル                  
12月23日(日)19:00
会場 アサド図書館ホール(ダマスカス)
出演 碓井
動員 330人
プログラム
ブラームス「4つの小品」
   間宮芳夫「6つの前奏曲」より
    1、夕暮れの子供 3、日かげ通りの子守唄
    プロコフィエフ「ソナタ第1番」
    ベートーヴェン「ソナタ第21番ワルトシュタイン」


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