(このページは、2004.03に書き下ろしたものです)

15.乗り心地について(その2)

 乗り心地を、良い/悪い、好き/嫌いというユーザの立場で感じ取っているだけであれば、それは受動的な要素でしかありません。しかし、前記したように、乗り心地の中には、周波数成分との関係、振幅との関係、振動の減衰特性、前後左右の揺れ、といった複雑な要素があり、これはサスチューンに際して非常に有効な情報源として活用することができます。例えば、現状のハンドリングに不満があって、それを改善したいと考えた場合、ダンパーを交換するのと、バネを交換するのと、スタビを追加するのと、いったいどれが一番自分の目指す方向に近いのか、悩むことはよくあります。そうした際に、乗り心地から得られる情報が非常に役に立つのです。

 サーキット走行を目的としてチューンされた車などは、乗り心地など無きがごとしで、街乗り程度の速度ではサスがほとんど動きませんから、その乗り心地からはあまり有用な情報は得られないでしょう。しかし、ノーマルの市販車や、それに近い状態の車であれば、街乗りでの路面からの入力に反応してサスがストロークしますから、そこから多くの情報が得られるわけです。足まわりの挙動に不満を感じてサスをイジる場合、操縦性やコーナーワークだけから解決策を模索するよりも、乗り心地の情報を加えて判断する方が、より解りやすいし成功する確立が高くなります。前者はドライバーからの入力に対する反応を見ており、後者は路面からの入力に対する反応を見ているわけで、その両面から捉えることで、より本質に近づきやすくなると考えるわけです。

 一例として、乗り心地が硬くて突き上げがひどいという場合でも、バネが硬すぎる場合の乗り心地と、ショックが硬すぎる場合の乗り心地では明確な違いがあります。例えば、ノーマルのショックに硬めのローダウンスプリングを組んだ場合には、典型的な「硬すぎるバネ」の症状が現れます。その場合の乗り心地は、比喩的に言えば「お腹にズシンと響く感じ」です。舗装のひび割れや、マンホールの蓋の微少な段差などは意外に何ともなく通過します。しかし、わだちのついた幹線道路を横切るときや、うねりのある路面を通過するような場合に、お腹にグッとくるような重量感のある突き上げを味わいます。

 逆に、例えばショックがヘタったという理由でノーマルバネのままショックを社外製にリプレイスした場合など、典型的な「硬すぎるショック」の突き上げを感じることがあります。この場合の乗り心地は、比喩的に言えば「脳天にスカーンと突き抜ける感じ」です。舗装のひび割れや、マンホールの蓋など、ミリ単位の細かな凸凹を全部伝えてきますし、段差の角が立っていればタウンスピードであっても脳天まで伝わるような鋭い突き上げを感じます。反面、わだちの横切りや、うねりを高速で通過しても、スピードさえ出しすぎなければ大した衝撃感もなくいなしてしまいます。

 これらは、ジャーナリスト的に言えば、両者とも「乗り心地が硬くて突き上げ感がある」という表現になるかもしれませんが、その本質は全く違っているわけです。バネが硬い場合は振幅の大きな入力を伝えがちなのに対して、ショックが硬い場合は周波数成分の高い(動きの速い)入力を伝えてきます。一般に周波数成分の高い入力は振幅が小さく、逆に振幅の大きな入力は周波数が低いですから、バネだけ硬い場合には高い周波数成分は適当に遮断されますし、ショックだけ硬い場合には振幅の大きな揺れは比較的よく吸収します。乗り心地が硬いと感じる要因は、他にもありましょうが、大ざっぱに上記のようなことが分かっていれば、乗り心地の硬い車に乗った際に、バネが固すぎるのか、ショックが硬すぎるのか、あるいはその両方か、ということが乗り心地だけからでもある程度推測できるわけです。

 これを逆に考えれば、足回りが軟らかすぎてハンドリングがシャキッとしない、という場合の分析にも応用できるわけです。ハンドリングの反応だけではバネを固めるべきかショックを固めるべきか分かりにくい場合でも、乗り心地から感じられる要素を加味することで、バランス的にどちらが不足しているのか、ヒントが得られるわけです。同様に、乗り心地の中でも横揺れの成分に着眼して観察すれば、縦方向の乗り心地が軟らかいのに横揺れが素早くて激しいとか、逆に縦方向の乗り心地が硬い割に横方向にはゆらゆらと大きく揺れるなど、バネやショックとスタビとのバランスも、乗り心地からある程度判断できます。タイヤ、ホイール、ブッシュ類などを含めて、自分の気に入らない理由がどこにあるのかを探っていくには、乗り心地に対する深い観察が不可欠ということになりましょう。

 そう考えると、車イジリを趣味とする者にとっては、乗り心地は単に受け入れるものではなくて味わうものだとも言えます。ユーザーの立場としてだけではなく、自分がチューナーかメカニックにでもなったつもりで乗り心地を感じ取れば、退屈な街乗りも楽しいものになってきます。私は、ときどきそんなことを考えて、乗り心地を味わいながら車を運転しています。普通の人から見たら、チョットへんな人かもしれませんね(笑)。

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