(このページは、2004.01に書き下ろしたものです)

14.乗り心地について(その1)

 乗り心地についての感じ方には大きな個人差があります。そのため、乗り心地が「良い/悪い」、あるいは「硬い/軟らかい」と言っても、それがいったいどのような乗り心地なのかは、実際に自分で乗ってみるまで分かりません。自動車雑誌などでは、「しっとりとした乗り心地」とか「ドスンと突き上げる感じ」などの擬音語や擬態語を使ったり、「硬いが不快ではない」とか「当たりは軟らかいがフラット感には欠ける」などの意味深長な説明も見受けられ、表現に苦労していることが伺えます。

 話を難しくしている一つの要因は、もちろん個人的な好き嫌いの要素が介在することですが、純粋に技術的に見ても「硬い/軟らかい」を一直線上で位置づけできない理由があると考えられます。では、一直線上で評価できない理由とは、どのようなものでしょう。簡単化のため、エンジンからの振動や走行音などは省いて、ここでは路面から体に伝わる振動だけを「乗り心地」として扱うことにします。そうすると、振動の発生源は、路面からタイヤ表面への入力だけということになります。これは路面状況と走行速度で決まる要素であり、入力される振動は車両側の要因にはほとんど関係ないことが分かります。

 車が違っても振動の入力はほぼ同じなのですから、車の違いによる乗り心地の違いは、専ら路面からの振動を「どのように伝達するか」によって決まってくることが分かります。サスペンションは入力された振動の一部を吸収(遮断)し、残りを透過(伝達)します。単に伝達する量が多いか少ないかだけの話であれば、乗り心地は「硬い/軟らかい」または「良い/悪い」という単純な一直線上の相対比較ができるはずです。ところが、実際にはそのような単純比較ができないという理由は、伝達の過程で伝達する振動の「量」以外の別の要素が関係してくるからです。

 伝達の過程で関係してくる要素を、全てあげるのは困難ですが、主なものは4つくらい考えられます。一つは、伝達する「周波数成分」です。サスペンションは、路面からの振動の一部を吸収する役目を持っていますが、全ての周波数成分を同じ割合で均等に吸収しているわけではなく、ある周波数の振動は良く吸収するけど、別の周波数は素通しになっていたり、場合によっては増幅してしまうことすらあります。これは、主にバネが固有振動数を持っていることと、ダンパーの減衰力がピストンスピードに依存するためです。

 二つ目は、「振幅との関係」です。大きな振幅の振動は良く吸収するけれども、小さな振幅の振動は吸収できずに素通ししてしまうということは、よく起こります。例えば、フリクション(摩擦抵抗)の多い安造りのサスペンションで、それをごまかすために柔らかめのセッティングになっていたりすると、そういうことになります。これは、フリクションによって、これ以下のエネルギの振動は遮断できずに伝達してしまう、というスレッシュができてしまうことが大きな要因です。

 三つ目は、振動の「減衰特性」です。路面からの入力は一山の振動でも、減衰が不足するといつまでも車体に振動が残ることになります。減衰特性は主にダンパーの硬さで決まりますが、ダンパーの硬さの絶対値よりもバネの硬さとのバランスが重要になってきます。また、ダンパーと直列にレイアウトされるコンプライアンス成分は、減衰特性に関係してきます。具体的には、タイヤや、サスペンションのマウントラバーなどです。

 最後の四つ目は、左右、前後の揺れです。もともと路面からの入力は、純粋に上下動だけですが、4輪がそれぞれ異なった入力を受けることにより、車体全体としてみるとロール方向またはピッチ方向の揺れを起こすことになります。もし自動車が一輪車であれば、体に伝わる振動は上下動だけ(一次元)ですし、自転車やオートバイには路面からの入力による横揺れは基本的にはありません(二次元)。自動車の場合は、例えば右輪だけが突き上げられた場合、運転者の頭は左に振られるような振動を受けます。

 これら四つの特性を決める重要な要素として、サスペンション形式やそのジオメトリがありますが、ユーザ側である程度セッティングの変更が可能な領域としては、タイヤ、ホイール、バネ、ダンパー、スタビライザー、ブッシュ類、などが上げられます。走行性能のアップや、外観上の理由でサスペンションをイジり、乗り心地が悪化してしまうことはよくあることですが、その場合にも単に「硬い/柔らかい」という単純な捉え方でなく、上記のような要因を思い浮かべながら改善を目指せば、解決への糸口がみつかる可能性も高まると思われます。(続きはまた)

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