(このページは、2003.09に書き下ろしたものです。写真は本文とは直接関係ありません)
13.ブレーキについて(その2)
ブレーキについて語るには、ブレーキングの話を抜きにすることはできません。しかし、残念ながら、私はブレーキングについて語れるような運転技術を持っていません。ワインディングロードなどで、少しスピードを上げて気持ちよく走ろうという場合でも、私はブレーキング部分を攻めることはまずありません。コーナーの立ち上がりでアクセル開け、横Gが加速Gに滑らかに変化していく感覚を味わいなら、ひとしきりグーッとアクセルを踏み込んだら、そこからはパーシャルで流してしまいます。タイムを削るためにはアクセルを踏み続ける必要がありますが、運転を楽しむためであれば、私にとってはひとしきりの加速で十分だからです。
従ってブレーキングについても、フル加速からフル減速に一気に切り替えるようなことはまずありません。公道での常識という観点もあり、パーシャルで流している状態から十分に余裕をもって減速をしています。つまり、ブレーキングを云々できるような運転はしていませんし、する技術も身に付いていないわけです。では、気の抜けたような運転をしているから、機械としてのブレーキに対する要求も適当でよいのかと言えば、そうでないところが難しいところ。ブレーキングを攻めないとは言っても、やはり気持ちいい運転感覚を味わうためには、ダイレクト感のあるブレーキフィールが必要だと思うのです。
私は、上述のように四輪車のブレーキング技術を持たないのですが、二輪車に乗っていた経験から、二輪車のブレーキについて少し書いてみたいと思います。二輪車に乗られる方には、ある程度当たり前の話かも知れませんが、主に四輪車にしか乗らないという方には、かえって新鮮に受け取っていただけるとかと思い、書いてみようと思いました。二輪車にはアメリカンのような安楽指向のものもありますが、以下ではスポーツバイクの場合について説明します。ちなみに、上の写真は私が二輪車に乗っていた頃にWGPで活躍していたエディローソン選手の写真です。惚れ惚れするような美しいブレーキングフォーム、間違っても私の写真ではありません、悪しからず。
さて、四輪車のブレーキは1つのペダルから4つの車輪に油圧が配分されています。この配分比率は一定に固定されているか、もしくはEBDやABSなどの電子デバイスで自動的に調整されていますので、運転者がその配分をコントロールすることはできません。一方、二輪車のブレーキはふつう前輪と後輪が完全に独立しています。前輪は右手レバーのマスターシリンダーとキャリパーが直結しており、後輪は右足ペダルのマスターシリンダーとキャリパーが直結しています、ホースの長さも、それぞれ1mに満たないですし、間にバキュームサーボや電子デバイスなどが一切入りませんので、ノーマルのままでも四輪車とは比較にならないダイレクト感があります。さらに、ホースをステンレスメッシュに変えたりすれば、まるで右手でブレーキパッドを直接握り締めているような感覚が得られます。
二輪車のブレーキングでは、前後のブレーキング配分を運転者自身がコントロールするのですが、とは言っても減速を目的としたブレーキングでは、実際には前輪のブレーキのみを使うのが普通です。後輪のブレーキは何に使うのかというと、坂道の途中での信号待ちとか、二人乗りをして後輪荷重が重くなった時とかが主で、ワインディングを走るような場面での用途と言えば、切り返しなどでリーンのテンポを調整するためや、ドライブチェーンの上側を張らせるためなどの特殊な用途だけです。では、なぜ前輪のブレーキしか使わないのかというと、フルブレーキング時には後輪の接地荷重がほとんどゼロになってしまい、後輪にブレーキを掛けても減速の役に立たないばかりか、ブレーキをかければ後輪はあっさりロックして、エンストしてしまうからです。
尤も、公道路面で後輪荷重が完全にゼロになって浮いてしまうのは、ハイグリップタイヤを履いている場合か、ミディアムグリップのスポーツタイヤならタイヤがかなり暖まってからの話です。私は峠のローリング族ではなく、ツーリング派でしたので、極端なハイグリップタイヤは履かずに、ミディアムグリップのスポーツタイヤを好んで履いていました。そうすると、路面の良くないところやタイヤが冷えているうちは、ブレーキを握りすぎると後輪が浮き上がる前に前輪がスリップすることになります。つまり、二輪車のブレーキングには二つの限界があり、ひとつは前輪がグリップを失う限界(これは四輪車の限界と同じ)、もう一つは後輪が浮き上がってしまう限界ということになります。
二輪車のブレーキには一般にABSはついていませんので、この限界を右手の握り方でコントロールします。例えば、グリップの限界に至る感触がどのようなものかというと、まずブレーキを強く握っていくと、前輪からスキール音が出始めます。はじめ「クゥー」というような小さな音から、さらに握り込むと「ヒャー」というような音に変わってきます。その時の滑り率はたぶん数%〜十%程度と思われ、このあたりが最大減速Gを発生している時です。更に握るとスキール音も大きくなり、握り増しているにも関わらず、減速Gが抜け始めてきます。それを越えると、「キャー」という音になって、減速Gが明らかに抜ける感触があり、最後にはタイヤが完全にロックするわけです。
二輪車を安全に速く走らせるには、思い通りのブレーキングをすることが最重要で、この「クゥー」から「キャー」に至る過程を、右手の握りで自在にコントロールする必要があるわけです。そのためには、安全な広い場所を選んで、わざと前輪をロックさせる練習などもします。前輪がロックする度にいちいち転んでいたのでは命が持たないですし、意識的にロックさせられないようではロックギリギリのコントロールもおぼつかないからです。具体的には、30km/hくらいのスピードから、右手を力一杯握って、前輪の回転を完全に止めて、次の瞬間右手をリリースしてグリップを回復させます。慣れてきたら、ロックしたまま滑走する距離を徐々に延ばしたり、ブレーキングを開始するスピードを上げて練習をします。
こういう練習をすることで、普段の街乗りなどで危険な状態になっても、パニックにならずにフルブレーキングができますし、万一前輪をロックさせてしまった場合でも、体がこわばったり、慌てたりすることなく、瞬時にグリップを回復して再びフルブレーキングができるわけです。つまり、自分の脳味噌にABSのプログラムを書き込むための練習だとも言えます。熟練すると、前輪をロックさせたままバランスをとって数mも滑走できるようになりますし、起伏のある路面でも凸の登るときは強く、凹に降りるときは弱く、起伏に合わせて常にロック寸前の最大減速Gを得続けるよう右手でコントロールできるようにもなります。
一方、タイヤが十分に暖まって、前輪のグリップが十分高くなった場合には、前輪が滑る心配はなくなります。この場合、限界コントロールは後輪がホップしないようにするだけになります。では、ブレーキングの限界で、前輪がスリップするか、後輪がホップするかは何によって決まるのかというと、もちろん主にはタイヤと路面との摩擦係数の大小で決まるのですが、じつは練習をしていくとそれだけではないことが分かってきます。つまり、摩擦係数の低い状況下でも後輪をホップさせることは可能ですし、逆に摩擦係数の大きい状況下で前輪をロックさせることも可能なのです。それは、前輪側に体重を掛ける等の体の使い方によるものではなく、右手のブレーキレバーの握り方次第で2つの限界を意図的につくり出せるのです。
具体的にどのようなことかというと、後輪がホップする瞬間というのは、前輪に全荷重が載っているのですが、定常時の約50:50の荷重状態から前輪100の荷重になるには0.何秒かの時間がかかります。これは、フロントフォークが縮むための時間でもあります。前輪にどれだけの荷重が掛かっているかは、フロントフォークの縮み具合と比例しており、これが縮みきるまでは、実際には前輪に十分な荷重が載っていないわけです。従って、路面の摩擦係数が高い場合でも、前輪のブレーキを一気にガツンと握ると、フロントフォークが縮む間もなく前輪がロックし、一旦スリップが始まれば摩擦係数はグリップ時よりも大幅に低くなりますから、そのままロックしっぱなしになります。
逆に、フロントフォークが沈み込むテンポに同調させて、ギュウッという感じで強く握ると、フロントフォークの沈み込みは最大減速時のバランス点を過ぎて、オーバーシュートします。このオーバーシュートに合わせて、さらに大きな減速を与えるように握り込むことで、前輪のグリップを保ったまま後輪をホップさせることができます。これを極端に行うと、ジャックナイフの状態になります。つまり、握り始めの0.何秒かの過渡状態をどのようにコントロールするかで、その先の結果が違ってくるということです。
しかし、上記の二つの握り方は、減速のためのブレーキングにはいずれも適していません。前者はテンポが速すぎ、後者では少し遅いのです。その中間的なテンポで握った際に、最も効果的な素早いブレーキングになります。良いブレーキングの時にはフロントフォークは素早く沈んで、しかも全くオーバーシュートせずに最大減速のポイントに収束します。では、後輪をホップさせる握り方と、効果的な減速を得る握り方がどのように違うのかというと、前者は握り始めにソロリとゆっくり目に握って、フロントフォークが沈むに従って、二次曲線的に強く握っていく感じです。後者は、握り始めにスッと素早く握り、その先はややジンワリと引き絞るように、かつ素早く限界まで握るわけです。
機械としてのブレーキのレスポンスは、ブレーキの制動力をできるだけ素早く立ち上げるためのものと理解されがちですが、実はそうではないということです。制動の立ち上がりが速すぎた場合は、本来のグリップ限界よりだいぶ手前でスリップしてしまうからです。これでは、いくら制動が素早く立ち上がっても、素早い車体の減速にはつながりません。二輪車がパニックブレーキでスリップダウンしがちなのも、握りが急激すぎてスリップを誘発するからです。レスポンスが重要なのは、単純に制動を早く立ち上げるためではなく、制動力の立ち上がりを自在にコントロールするためなのです。
四輪車の場合は、前後の荷重移動が二輪車ほど大きくなく、また制動力が後輪にも配分されているという違いはあるのですが、しかし程度の差こそあれ同様の考え方ができるのではないかと私は感じています。つまり、上手なブレーキの踏み始めは、フロントのストラットがスッと自然に沈みこんで、オーバーシュートせずに落ち着くことではないかと考えます。ABSの助けがあれば車輪はロックしませんが、その場合でもロックを誘発するような過度に素早い踏み込みや、カックンブレーキのような二次曲線的な踏み込みは良くないのではないかと想像できます。もしそうなら、四輪車においても、実際の制動力をどのように立ち上げるかは、運転者自身が自在にコントロールすべきものだろうと思うわけです。(四輪車のスポーツ走行に詳しくない私にとって以上は想像の域を出ません。実際のところ、どうなんでしょう?)
もう一つ、二輪車のブレーキで最も難しいのは、上述したブレーキング開始時の握り始めではなく、じつはコーナー侵入時のリリースです。握り始めにフロントフォークをオーバーシュートさせずに素早く落ち着かせる技術は、少し練習すれば習得できますが、コーナーに向けて上手にリリースする技術を習得するのは容易ではありません。では、どのようなリリースが良いのかというと、コーナリングの横Gが高まるのに従って、減速Gを滑らかに減らしていき、横Gと減速Gとの合計が常に最大値になるように維持しながら、リーンとブレーキのリリースを同調させるのです。前輪の接地荷重は減速時の100から徐々に減って、最大リーン時には約50:50の荷重配分になるわけですから、その分も考慮して、時々刻々変化する前輪のグリップ限界を常に使い切りながらリーンしていくわけです。
別の言い方をしますと、フルブレーキング時にはフロントフォークが縮んだ状態でバランスしており、最大リーンの時もフロントフォークは横Gで縮んだ状態になっているのですが、その間の過渡状態においても、フロントフォークを一旦延ばしてしまうことなく、縮めたままの状態にキープしながら、減速Gを横Gに滑らかに変化させていくことだとも言えます。二輪車の場合、これが上手くいくかどうかがスムーズなコーナリングのひとつの鍵であり、コーナー手前で減速が完了したからといってブレーキレバーを無造作にリリースしてしまうようでは、速いとか遅いとかいう以前のレベルだと言えます。私は、このイメージについても、四輪車にある程度共通しているのではないかと感じています。
つまり、コーナーの外側前輪のストラットは、減速時から旋回時まで、延びたり縮み過ぎたりせずに、ほぼ一定の沈み込みをキープしたまま滑らかにつなげていくのが良いのではないかと思っています(私は上手にはできませんが)。その意味では、四輪車のブレーキも、コーナー侵入時のリリースには非常に繊細なコントロールが必要だということになります。これは、とくに攻めるような走りをしているときでなくとも、何気ない街中の右左折であっても私には同様の感覚があり、それが思い通りになることが運転の気持ちよさにつながると感じています。
っというわけで、私は四輪車の運転はあまり上手ではなく、ブレーキング技術について語ることもできないのですが、にもかかわらずブレーキのレスポンスやコントロール性を重要視したいのは、上記のような理由からです。非常に長くなりましたが、私が自分のGOLFのブレーキについて抱いている、不満はそのあたりであり、踏み初めのコントロールが思い通りにならない、あるいは、リリース時の抜けが悪い、というのが不満なわけです。いまのところ改善の目処はないのですが、いずれ前輪のパッド交換の際に、車外品を試してみようと思っています。
(このページに記載の内容は、個人的な所感に過ぎませんので、あらかじめご了承お願いいたします)