豊前中津藩士岡見清通(きよみち)(伝太夫)と父とし、薩州松平札守家士仙波市左衛門の娘登米を母として、安政2年(1855)10月2日(安政大地震の日)、江戸築地で生まれた。父清通の健康上の理由から8歳で家督を譲られた。母登米は慶応2年(1866)、37歳で病死。清致12歳のとき。
明治8年(1975)あたりから求道を始め、明治10年(1977)12月9日、宣教師グリーンから受洗し、品川教会(大井町)に在籍した。明治15年(1882)の台町(高輪)教会創立に尽力。
日本の国をしっかりした国とするために女子教育の必要との信念から自費で頌栄女学校を創立した。明治18年(1885)9月23日、二本榎2丁目の仮校舎で開校式を挙行。
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