「天守物語」 鏡花の美の世界 2009.7.13 W247

4日に歌舞伎座夜の部へ行ってきました。

主な配役
富姫 玉三郎
亀姫 勘太郎
姫川図書之助 海老蔵
朱の盤坊 獅童
侍女・薄 吉弥
舌長姥 門之助
工人・桃六 我當

「天守物語」のあらすじはこちらです。

3年ぶりに見る「天守物語」。前回は玉三郎が澤瀉屋の若い人たちを率いての公演でした。今月は亀姫が勘太郎、朱の盤坊が獅童、桃六が我當に替わっただけであとはほとんど同じメンバーでの上演ですが、完成された舞台にはますます磨きがかかっていました。作者の泉鏡花はこの作品の上演を強く願っていたのにもかかわらず生前にはついにかなわなかったそうですが、今回の舞台にはきっと満足したと思います。

玉三郎の富姫は優美さとしっとりとした落ち着きが、時空を超越した永遠の美を感じさせました。案山子から借りた簑を着た姿には露を含んだような色気があり、鷹狩の一行が雷雨で右往左往する様を語ると、さ~っといきいきとした絵が描かれまた消えていくようで、鏡花の美の世界を心ゆくまで堪能させてくれました。

海老蔵の図書之助は富姫が一瞬で恋に落ちそうな美しく凛々しくそして純粋な若者、声も爽やかで安定していました。玉三郎は図書之助に海老蔵をえたことで、「天守物語」を完成させることができたと思うほどのはまり役です。

亀姫の勘太郎はちょっと顔がごつい感じがしましたが、富姫との同性愛を思わせる怪しい雰囲気も品よく演じていました。門之助の舌長姥はすっかり役が手に入っていて、お土産の首が血まみれになったので掃除を命じられたのに、ついわれを忘れて歯をたててしまおうとする場面はブラックユーモアで笑せましたが、そこで天女のように美しい富姫がさりげなく「血だらけなは、なおおいしいかろう」というのはさらに凄みがありました。

赤っ面で角がはえた朱の盤坊の獅童は、声の調子がかすれたり割れたりしなくて良かったです。「ぼろぼんぼろぼん」という合いの手のような面白い台詞がとても自然に聞こえました。

京妙、京蔵、守若、歌女之丞、玉朗たち侍女の台詞が軽やかな音楽のように聞こえ、反対に奥女中・薄の吉弥の台詞まわしの重厚さが舞台に奥行きを出していました。

桃六の我當は、あたかも神のような慈愛で、みるみる絶望の淵に沈む二人を救いだします。前回はこの人物の登場がいささか唐突で辻褄合わせのように思えましたが、我當の優しく温かい台詞まわしのおかげで、桃六の存在の意味が十分に納得できました。

夜の部の序幕は「夏祭浪花鑑」。昨年のこんぴら歌舞伎以来二度目の海老蔵の団七は、何といっても殺しの場が素晴らしく、捌きになり長い髪をなびかせながら赤い下帯ひとつで身体中に彫った入墨を見せる見得の数々はまさに錦絵から抜け出したよう。ことにこの姿で花道七三に出てきて足をハコにわってする見得はこれ以上は望めないと思われるほどの圧倒的な歌舞伎美をみせてくれました。

殺しの場がずっと明るいままで行われ、はっきりと見えるのが大変スリリングに感じられました。最後にとどめをさすところで、団七が義平次から顔をそむけるようにしていたのが印象的でした。

海老蔵の台詞は上方言葉で、その巧拙はともかく、琴浦が攫われたと知る直前のおつぎとの会話などのように世話に捨台詞風にやろうとすると、声が小さくて聞こえないのはどういうわけかと思いました。

義平次の市蔵も、ものたりなく思えた前回よりずっと粘着質な感じでよかったです。義平次がする見得で蛙の見得というのがありますが、本当に蛙みたいだと思った瞬間もありました。しかし斬られてからわりにあっさりと殺されてしまう感じで、もっと生に執着してみせてもよかったのではと思います。

徳兵衛は獅童、こちらも声がよくなったので颯爽とみえました。釣り船の三婦の猿弥は前半のコミカルな場面は良かったですが、お辰との対決では少し影が薄く思えました。おつぎの右之助は、やることをきっちりとやっていていかにも下町のおかみさん。お梶の笑三郎は色気のある女房ぶりでした。磯之丞の笑也が意外に似合っていて、遊女・琴浦の春猿は綺麗だけれども声が男っぽいのが惜しいです。

お辰の勘太郎はどうして自分に磯之丞をまかせてくれないのかと三婦につめよるところで、最後まで緊張感が持続して「ねぇ、三婦さ~ん」と言ってもほとんど笑いが起きなかったは上出来でした。こんなところで笑わす必要などないといつも思っていましたので。袖なしの下着の上に透ける麻の黒い帷子一枚ですから、難しいのかもしれませんが、襟もとがもう少しふっくらと見えるとよかったのにと思います。ぱっちりと見開いた目がどこか可愛らしいお辰でした。

この日の大向こう

夏祭では数人の方が声を掛けていらっしゃいました。大向こうさんもおひとり見えていたとか。

しかし会場係の方に伺ったところでは「天守物語」は大向こうは掛けないことになったということで、会の方はもちろん、一般の方も雰囲気を察知してか掛けられませんでした。客席も最初から最後までずっと暗いままで、幻想的な雰囲気が壊れないように配慮されていました。

そのかわりなのでしょうか、最後に幕が下りてもすぐに客席に明かりがつかず、おや?と思ったら緞帳があがって、まず海老蔵が、続いて玉三郎がカーテンコールに出てきました。そして玉三郎が我當を迎えにいって、三人で拍手に応えました。とくに我當の感動が伝わってきてとても温かい雰囲気でした。海老蔵も玉三郎も控え目で、カーテンコールのために芝居の余韻が損なわれるようなことはありませんでした。

7月歌舞伎座夜の部演目メモ
「夏祭浪花鑑」―海老蔵、獅童、勘太郎、市蔵、右之助、猿弥、笑三郎、巳之助
「天守物語」―玉三郎、勘太郎、海老蔵、猿弥、吉弥、我當、獅童

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