夏祭浪花鑑 コクーン歌舞伎 2003.6.27

24日、渋谷のシアターコクーンで上演されているコクーン歌舞伎を見てきました。

主な配役
団七九郎兵衛・お辰 勘九郎
一寸徳兵衛 橋之助
釣船三婦 弥十郎
義平次 笹野高史
お梶 扇雀
磯之丞 獅童
琴浦 七之助

「夏祭浪花鑑」(なつまつりなにわかがみ)のあらすじ
序幕
お鯛茶屋の場
ここは堺の町のお鯛茶屋。国主の諸士頭、玉島兵太夫
(ひょうだゆう)の息子、磯之丞は遊女琴浦を身請けして居続けで遊んでいる。同じ家中の大鳥佐賀右衛門はかねてから琴浦に横恋慕していて、磯之丞が放蕩のすえにお咎めをうけるようにそそのかしている。

そこへ磯之丞の母親というふれこみで現れたのは、お梶。もと磯之丞のうちへ奉公していたが魚売りの団七と深い仲となり、市松という子までなしたので、お暇をだされ、団七と夫婦になっている。その団七といえば、大鳥佐賀右衛門の中間と喧嘩をして、今は牢屋にはいっているのだ。

今度殿様が帰国するのを良い機会に磯之丞に家へ帰ってもらいたい玉島家と、夫を牢から出したいお梶。この二者の利害関係が一致して、お梶は夫を牢からだしてもらう口添えをしてもらう代わりに、磯之丞に家へ帰るようにと説得に来たのだ。だが磯之丞は琴浦をここへ残して家へかえるのが気の進まない。

すると庭先へ乞食たちが4人ほどなだれこんでくる。その中の一人の若者が「廓遊びで身を持ち崩した」と身の上話をするとそれを聞いた磯之丞は急に家に帰る決心をする。実はその乞食たちは、お梶が頼んで芝居をさせた者たちだった。

身の上話をした若者は一寸徳兵衛(いっすんとくべえ)。備中国玉島の生まれの流れ者。お梶は皆に褒美の金と着物を与える。

住吉鳥居前 の場
ここは住吉大社の鳥居の前。籠かきに法外な金を要求されて困っている磯之丞。それを団七の親友、釣船の三婦(さぶ)が助ける。磯之丞の父、玉島兵太夫の力添えで、今日団七が釈放されるというので着替えを持って迎えにきたのだ。三婦は磯之丞を後で落ち合うてはずの料亭へ先にいかせる。

釈放された団七は髭も髪もぼうぼうなので、そばの床屋へ入る。そこへ磯之丞を訪ねて琴浦がやってくるが、待ち伏せしていた大鳥佐賀右衛門に連れ去られそうになる。それを床屋から別人のように綺麗になって出てきた団七が助け、大鳥佐賀右衛門をやっつける。

すると佐賀右衛門の手先の乞食たちがうちかかってくるが、そのものたちの後ろ盾は一寸徳兵衛。うでに覚えのある団七と徳兵衛は激しく争う。そこへ団七の女房お梶がやってきて止めに入るが、徳兵衛の顔を見てびっくり。

先日芝居をさせるために雇った若者だったのだ。話をきいてみると磯之丞の父、玉島兵太夫は徳兵衛夫婦にとっては主筋にあたることがわかり、団七と徳兵衛は互いの片袖を交換し義兄弟の契りを結び、協力して磯之丞のために尽くす事を約束しあう。

釣船三婦内の場
大阪・地下町(じげまち)にある三婦の家。 今日は高津神社の夏祭りの宵宮で、祭り囃子が聞こえている。団七達の口利きで道具屋に奉公した磯之丞はそこで人を一人殺してしまい、今は三婦の家に琴浦と共にかくまわれている。

そこへ徳兵衛の女房お辰が、一人で先に玉島へ帰ると挨拶にやってくる。三婦の女房おつぎは、いつ捕らえられるかわからない磯之丞をお辰に預けて大阪から逃がそうと考える。

ところが三婦はそれには不承知。お辰があまり美しいのでもし道中間違いがあったら、徳兵衛に申し訳がたたないというのだ。それを聞いていたお辰は、いきなりそばにあった七輪から真っ赤に焼けた魚焼きの鉄弓を取り上げ、自分の頬に押し当てる。恩ある主筋の磯之丞の役に立てなくては義理がすまないから、自らの頬に傷をつけたのだと語るお辰の侠気に感心した三婦は、磯之丞をお辰に預けることにする。

そして三婦は大鳥佐賀右衛門を懲らしめに出かけ、お辰は磯之丞と共に旅立ち、三婦の家にはおつぎと琴浦だけが残される。そこへやってきたのは団七の舅、義平次。籠を伴ってきて、団七からの頼みで琴浦を連れに来たと偽手紙を見せる。それを信用したおつぎは琴浦を義平次に預ける。

しばらくしてやって来た団七は、義平次が琴浦をかどわかした事を知り、急いで後を追う。

長町裏の場
ようやく籠に追いついた団七は、言う事を聞かない舅をなだめるため落ちていた石ころを拾って、それを30両の金だと偽り義平次を納得させ、籠を帰す。しかし金の話が嘘と知った義平次は怒りを爆発させ、散々にののしった上に雪駄で団七の額を割る。

もみ合っているうちに義平次は団七の刀を抜き、それを取り返そうとしているうちに、誤って団七は義平次を切ってしまう。親殺しは大罪。「人殺し」と叫ぶ義平次に、団七はもはやこれまでととどめをさす。

我に帰った団七は「悪い人でも舅は親」と後悔するがあとの祭り。そして踊り浮かれる人々にまじってその場を逃げ去る。

二幕目
九郎兵衛内の場 屋根の場
あの事件以来、団七は家へとじこもっている。そこへ徳兵衛がやってきて、「玉島へ帰るから一緒にいかないか」と団七を誘う。
団七が断ると徳兵衛は殺しの現場で拾った団七の雪駄の片方を見せ、いざという時は身代わりになろうと申し出るが団七は奥へはいってしまう。

帰ろうとする徳兵衛をお梶が「着物がほころびているので繕ってあげましょう」と、着物を脱がせる。裸になった徳兵衛は突然お梶を口説き始める。怒って出てきた団七は、義兄弟の契りを結んだ時に取り交わした袖を投げ返し、激しい喧嘩になる。

そこへやってきた三婦は団七に離縁状を書かせ、お梶と市松親子と徳兵衛を連れて団七の家を後にする。実は三人とも団七が義平次を殺した事を知っていて、尊属殺人の罪で極刑にさせないために、わざとしくんでお梶を離縁させたのだった。

しかしすでに役人が団七の家をとりかこんでいたので、徳兵衛は進んで捕縛の役をかって出る。そして屋根の上に逃げた団七を捕らえると見せて逃がしてやるのだった。

コクーン歌舞伎は今回で5回目になるそうで、今回の「夏祭浪花鑑」は第二回にも上演されています。昨年秋、大阪の平成中村座で大胆な演出で大評判になったのを基に、さらに改良されたというもので、場内も大入り満員。立ち見のお客さんもたくさんいて人気の高さがわかります。

まず受付を入った時から、もうお芝居は始まっていて、祭囃子がなりひびき、勘九郎や弥十郎などの登場人物がロビーを通り抜けながら観客のすぐそばでちょっとしたお芝居をします。前回のコクーン歌舞伎「三人吉三」の時も、ロビーには因縁話の元になった犬の鳴き声がずっと聞こえていて、はじまる前から悲劇を暗示していましたが、今回はそれをさらに進めた形です。

幕が開くと舞台装置は役者達の紋が描かれたムシロを全面にはった大壁の前に、住吉神社の鳥居とか床屋といった大道具が見え、その前に簡単な幕があって粗末な移動式の座敷があるという調子で、いつもの歌舞伎とはやはりだいぶ違います。

前回も回り舞台を全部見せる斬新な演出で、お嬢吉三の名セリフをまず後ろ向きで言わせた演出家の串田氏。今回はどんな変わったことをやるのかと期待が高まります。

幕が開いて登場した磯之丞の獅童は、甲高い声が擦れ気味で、「ああ、もっと早く見に来ればよかったなぁ」と思いました。が最初は素頓狂で破れかぶれのように見えた磯之丞という役、場面が進むにつれ落ち着いた良い役になりました。恋人の琴浦の七之助は可愛らしく、いかにも華奢でさらわれる娘といった風情。

役者の出入りに、土間に座っている観客の間を通ったりして、役者と観客の垣根を取り払って観客を芝居の中に引き入れようとする試みがいろいろとなされていました。

団七の勘九郎が囚人姿で出てきたときは、まるで「石切梶原」の呑助にそっくりで、その後すっきりと身ぎれいにしたときの男っぷりの良さが一層際立ちます。

勘九郎二役目の徳兵衛女房お辰も、途中まではごく普通の女房でしたが、焼けた鉄弓を頬にあててからの「うちの人の好くのはここじゃない。ここでござんす」といって自分の胸をたたく様子の粋なこと。惚れ惚れするようなお辰でした。

弥十郎の三婦はがらも良く、この年取った侠客の気風のよさを上手く表現。上方風のちょっとエグミのあるおかしみも全く嫌味なくこなしていました。

この床屋でちょっと気がついたことですが、普通は床屋の暖簾には役者の紋が大きく入っていると思うのですが、今回は入っていませんでした。さりげなく中村格子に大きな柿色の熨斗模様だけ。

徳兵衛の橋之助、最初のうちはちょっと張りあげすぎて声の調子がワンパターンな感じでしたが、二幕目で団七の事を心配する団七内では良い役者振り。団七の勘九郎と並べて見た目も美しく、団七と徳兵衛の若さが充分に出ていました。

団七女房お梶は、最初の場でやはり声を張り上げすぎて聞き苦しかったですが、二幕目で夫団七が自分の父親を殺したと知ったあとでは悩む妻を好演。そういえば最初のうち妙に声をはりあげていた役者が多かったのは、ひょっとすると演出家の指示なのかもしれません。

最初のうち、乞食たちのせりふが速くて何をいっているのか聞こえなかったのも、筋書きの「勘九郎と串田の対談」を読むと意図されたものだったようですので。

さて問題の泥場。まず少々休憩があり、通路脇の観客と舞台に近い座布団をしいて座っているお客さんにビニール合羽とかシートを着用させます。やがて幕が開くと暗闇の中、舞台前面に本物の火を使った紙燭がいくつか置かれ、真ん中には小さい泥の池、上手には井戸、奥の方に粗末な垣根があります。

この前の場で、義平次の笹野高史は佐渡おけさでかぶるようなぼろぼろの笠をかぶって出てきて、琴浦を攫っていくのですが、顔は全く見えないのにそのこそこそした卑屈な動作とか、全身を赤茶に塗っていることでこの義平次という人物の薄気味悪さを充分に表現しています。この場、照明は前に置かれた数個の紙燭と面明かりが4つあるだけ。

困り果てた団七が窮余の一策で、石ころを三十両の金と偽って琴浦を乗せた籠を返させたあと、だまされたと知った義平次の常軌を逸したいじめ。ここがまた歌舞伎役者とは一味も二味もちがう個性的な演技で満員の観客の目を釘づけにします。面明かりも最後には燃え上がって消えてしまい、どんどん暗闇が広がっていきます。

眼目の殺しの場面で、団七は頭はザンバラ、赤褌一つで見事な刺青を見せ、義平次は着物のまま全身泥まみれで徹底的にきれいなものと汚いものの差をつけます。連続していくつもの見得をするたびに、黒衣が手にもった照明具で横または下から照らして、凄惨さを強調。勘九郎の数々の見得は「これこそ歌舞伎!」という美しさで見るものを堪能させました。

義平次にとどめを刺した団七が、泥の池に義平次を足で沈めると、場内がパ〜ッとあかるくなって正面奥の扉が開き、劇場の外から祭りばやしに浮かれて踊り狂う人々がなだれ込んできます。その群れにまじって頬かぶりした団七は踊りながらその場から客席後方へと走り去るのです。ちなみに今回はお神輿は担がれないまま、置かれていました。

第二幕の最後は役人に追われる団七が街の中を逃げ回る場面、大阪の平成中村座では数人の捕り手の人形が差し金で遣われたりしたようですが、今回はまず舞台の上には犬小屋ぐらいの家がたくさんおかれていて、団七がやってくるとその小さい家々の後ろに隠れていた大勢の捕り手が一斉に立ち上がって立ち回りが始まります。

中でもひときわ大きいお寺の屋根の後ろに団七が入ると、屋根の上に団七の小さい人形が登場。次々と掛かってくる捕り手の人形と戦います。その後出てきた勘九郎は刀で家を真っ二つ。

大勢の捕り手はそれぞれ(犬小屋サイズの)家を一つ手で押しながら、舞台上をグルグル回り始め、終いにはその家を投げあったりする有様。

そこへ登場した徳兵衛と共に団七は、劇場中そしてついには舞台奥の出口から劇場外へも出て逃げ回り始める。と思っているうちにパトカーのサイレンの音が段々大きくなってきて、これは現実のパトカーなのかそれともお芝居の中のことかと思っていると舞台奥の出口へパトカーが姿を表し、急ブレーキを掛けて止まるという仕掛け!

すると勘九郎と橋之助が舞台の上で握手して、フィナーレ。がそれからも観客のスタンディングオベーションに応えて、カーテンコールが繰り返され、劇場内はもう興奮の頂点へ。二度めには舞台から役者全員が一列になって客席へ降りてきて、真ん中の通路を通って又舞台に戻るというサービスぶり。獅童は茶目っ気のあるダンスを踊るし、もうお祭り騒ぎでした。

今回のコクーン歌舞伎、夏祭りというテーマのためと思いますが、これでもかという盛り上げ方には、圧倒されました。どうしたらもっと面白くなるだろうかという事が徹底的に考えられているようで、そのエネルギーはものすごいものがあります。

ただこうなると、観客はさらにエスカレートしたものを期待するでしょうし、今後のコクーン歌舞伎は一体どう言う風になっていくのかがちょっと心配になります。しかし役者も観客も心から楽しんでいる様子は、歌舞伎の原点とはこんなものではなかったのかと思わせました。

この日の大向う

コクーン歌舞伎には立見席がたくさんあるせいかもしれませんが、若い声のなかなか上手な掛け声があちらこちらから聞こえ、頼もしい感じでした。

中には「こまや」と言う風に屋号を終わりの半分だけ言う方がいらっしゃいましたが、いつもそう掛けていらっしゃるのでしょう。それはそれで様になっているように思いました。

笹野高史は淡路島の生まれということから「淡路屋」という屋号が筋書きにも載っていて、実際に「淡路屋」という声も掛かっていました。

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