仮面について             

Sur Les Masques

 

 

 

 

 


HHJ vol.60  19982月 

プロローグ 1

P 2 1     HHJ

                           

3

 

5

 

2

4

 

1

 

         仮面の起源

☆同じ花の種子でも、異なった自然の中で成長すると、長い間にはそれぞれ変化して花や葉などの外観にも違いが出る。写真の五つの仮面はそういう花である。最初のは中国の揚子江上流四川省の三星堆(さんせいたい)遺跡で発掘された青銅製の仮面で、朝日新聞から引用すると、〈伝説上の「古蜀」の地。史書に、「古蜀」の開祖、蚕叢(さんそう)について、「その日、縦なり。初めて王となす」〉とある。遺跡は3,000年から4,700年前と推定されている。2番日は、レヴィ-ストロース(C.Levi−Strauss)の《仮面の道》にある周末期の彩色木彫だが1〕、説明がない。3番目は太平洋を越えたアメリカ大陸北西海岸カナダのヴァンクーヴァー周辺のインディアン、フレーザー河下流に住むサリシュ系マスキーム族のスワイフウェ(Swai-Xwe)仮面。4番目は、ヴァンクーヴァー島と北西海岸地帯に住むクワキウトル族のクウェクウェ(Xwexwe)仮面。いずれも木製である。5番目は米代川河口の港町能代のべらぼう凧で、坂上田村磨呂将軍が蝦夷征伐に来たとき偵察のために人を乗せて揚げたのが始まりだと言われている。

 5種類の仮面のうち実際に人が顔に付ける仮面はインディアンのものだけである。三星堆遺跡の仮面は幅138aで高さ1bほどもあるので、少なくとも舞踊に使うことはできない。

これらの仮面は太平洋の周縁にある。類似する点があるのは最も古い仮面が伝播し

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                           

 

 

 

 

 

           

                          

1 La voie des masques : Edition d’Art Albert Skira, Genève 1975

Les sentiers de la création

創造の小径叢書 : 新潮社  訳 : 山口昌男、渡辺守章

 

写真 1 朝日新聞 5 魁新報 2.3.4 仮面の道

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

仮面について             

Sur Les Masques

 

 

 

 

 

 

プロローグ 1

 P 1 2 P 3

 

 


た結果だと考えられないこともない。意味論的には縦の目は支配者を意味するという。遠くを見る千里眼の表現である。べらぼう凧の目は突き出ていないが、下界を見渡すために天空に上がるのだから、望遠鏡のような目を付ける必要はなかったのだろう。なお大館にも同じような凧が80年前にはあった1〕。大陸の仮面が日本海を渡り、秋田地方に来て意味を保存しながら造形的に凧に変化したのかもしれない。垂れ下がった舌は黄河流域に栄えた周の彩色木彫に祖型(プロトタイプ)を見ることができる。それが太平洋を渡って影響を与えたという想像には、歴史的考古学的な裏付けがない。スワイフウェ仮面は、マスキーム族がフレーザー河流域に〈定住した集団〉から手に入れたものだが、その最初の起源が分からないほど古い時代から存在した。とはいえ、カナダ・インディアンの仮面と東アジアの仮面が共通するのは造形から受ける異様な印象ばかりでなく、意味論的に言っても事実だろう。レヴィ-ストロースは1975年出版した上述の本でスワイフウェ仮面についてこう書いている。〈道化はつまり、仮面を盲目にしようと無駄な努力を繰り返すわけだが、これらの仮面の目に与えられた特殊な形態が、盲目にされるどころか、この仮面こそは、何もかも見透かしている存在なのだということを証明しているのである。〉

 表現された意味とフォルムを離れてみると、仮面の重要な共通点は、実は、どれも銅の産地と深く係わっていたかその近辺にある土地の芸術だということである。周時代の彩色木彫は写真以外に情報がないので脇に置くが、最近発掘された三星堆遺跡については青銅という素材そのものが銅鉱山との繋がりを明らかにしている。べらぼう凧の場合は、米代川上流の尾去沢に708年に発見された日本有数の銅鉱山がつい最近まであった。サリシュ系マスキーム族とクワキウトル族の仮面は、地理的な開係がベらぼう凧の場合と似ている。〈アメリカ大陸の北西部においては、主要な銅鉱脈はアタパスカン族の領地にあって、トリンギット族を介して、ほとんどすべての現地産の銅はそこから運ばれてきていた。〉〈デネ族すなわち北部アタパスカン族は、過去において、原石の銅を焼き戻し、焼鈍し、細工をすることを知っていたから、冶金術においては近隣諸部族のすべてに立ちまさっていたのである。おそらく彼らこそ、五大湖地方において五千年前から栄えていたあの古い銅文化の最後の継承者なのかもしれないからだ。〉

注意したいのは、銅鉱脈と冶金術を持つアタパスカン族には、仮面がないという事実だ。優越的な位置にあった部族は、神的存在を象徹するという仮面を持たなかった。これについてレヴィ-ストロースは言及していない。構造主義の人類学者として著名なこのフランス人が北アメリカインディアンの仮面を考察するのは、〈平行するにせよ対立するにせよ、これら意味論的機能は、銅のイデオロギーに基づく一つの体系をお互いの間に構成して〉いることを論証するためである。銅のイデオロギーに基づく一つの体系とは、銅という原理から演繹的に展開された社会的システムとでも言おうかそれらの仮面は銅という種子が各民族の風土でさまざまに花開いた芸術作品なのだ。   

 

 

                      北極点から見た太平洋             

               [参考: 小学館大百科事典]

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1 地元の石田泔川という日本画家が記憶を辿って描いた絵を比内町の山田福男さんに寄贈した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


Atelier Half and Half