楽しい読書だった。おそらく著者は私と同年齢。自分の平成史を考えながら読んだ。本題とは違うのでここではそれは書かない。
読後すぐに思ったことは、これは映像化できるのではないか、ということ。登場人物が皆生き生きと描かれている。いい場面はその光景が目に浮かぶような巧い書き方をしている。
次に思ったことは、なるほどフリーライターという職業はこうして独り立ちしていくのか、ということ。人との出会いが次の扉を開き、また次の出会いが次の扉を開ける。その展開は連続テレビ小説さながらにドラマチック。
その点も、ドラマ化や映画化できるのではと思った所以。
出会いは次々とつながり、仕事も増えていく。大滝詠一と小泉今日子と巡り会う場面では「おお」と歓喜の声がこぼれた。
では、本書は大学中退の危機や借金苦から大物ミュージシャンから依頼が来るような一流ライターになった単なる成功譚かというとそうではない。大滝詠一や小泉今日子が登場するにもかかわらず、著者はかなり自重して辿ってきた道のりを淡々と書く。
意識して控えめな文体で書く。なぜか。その理由は本書に書かれている。
カッコつけないこと。控えめであること。アーティストの後ろに立つこと。
これは本書の主題の一つでもあると思う。
本書が爽やかな読後感を残すのは、その文体によるところが大きいと思う。すごいことがたくさん起きているのに、それが大げさでなく自然体で書いてある。
さらに読み終えて感心したことは、若いミュージシャンが繰り出す新しい音楽をどんどん吸収していく懐の広さ。50代にもなれば、これまで聴いてきた音楽で満足してしまいそうなもの。実際、私は新しい音楽を探すよりこれまでに聴き込んだ音楽を再現するライブハウスに通っている。彼は中古レコード店で働いていたこともあって、年若い頃に聴いていた音楽にも詳しい。自分が生まれる前のオールディーズの知識も豊富。
ところが、それだけではない。さらに彼は次々と登場する若い人たちとの出会いを心から楽しんでいる。彼らを受け入れ、盛り立て、世に広めていく。これはなかなかできる仕事ではない。
つまり、松永良平は古い音楽にも詳しくて、新しい音楽の送り手でもある。こういう音楽ライターは珍しいのではないか。
著者にとってゴールは、大物アーティストにインタビューをすることではない。きっと彼の仕事のゴールは、好きな音楽をさりげない文章に書いて音楽好きな人に読んでもらうこと。
それも本書に書かれている。
本書に登場するミュージシャンを私はほとんど知らない。星野源は知っていてもメジャーになって紅白歌合戦で歌ったヒット曲くらい。それでも、読み物として本書は十分に面白い。
思い出した。空気公団は知ってた。
イベントでサイン本も購入した。
さくいん:松永良平