>world end over drive. >function_code=c. >〈魔界科学〉 >_邂逅_ >start. |
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北国のある山奥に、場違いな屋敷があった。監視カメラ付の門の奥に建つ屋敷は二階建てで、大きい割には窓は小さく、金持ちの別荘という様子ではない。むしろ、人嫌いの老人の隠居先か、人の目を避けなければならない怪しげな実験や儀式におあつらえ向きと言えた。 実際、この屋敷を元の主と関わりのあった企業が買い取ろうとしているが、決して門の中には入れない、という噂が流れていた。企業の者は口を閉ざしているので、詳細は不明だが。 その屋敷を、地元出身の女流小説家が買い取った。彼女の名を、佐々木瑠未という。 「本当に、教授の勧めにしたがってよかったです。とてもいいお屋敷ですね、ここ」 彼女は、開かないと言われていたはずの門の奥、屋敷のリビングで、ソファーに腰を下ろして客人と茶を飲んでいた。 客人は、東京大学の理工学部教授、水野透だ。彼は、小説の資料集めのために上京していた瑠未と出会い、地元が近いということで意気投合したのをきっかけに彼女と知り合った。瑠未はもともと高校時代に見学旅行でこの山に登ったことがあり、そのときから、この屋敷を気にしていたのである。そこへ、水野が最近になって、この屋敷を彼女に勧めたのだった。 「奥の部屋のアレはもう見たかい?」 「ええ。あのコンピュータでしょう?」 奥の部屋への金属性のドアをチラリと見やり、瑠未はうなずいた。その答を待っていたように、水野はおもしろそうな笑みを浮かべて言う。 「それで、どう思いました?」 「凄いものですね」 自家製のハーブティーをすすりながら、彼女は何気なく応じる。 「あんなに小さな装置であれほどの能力を出せるなんて」 装置は、部屋の壁一面を埋め尽くすほど巨大なものだ。その、一見古そうなコンピュータ群の真の能力を見極められる者はそうそういない。 果たして、自分もどれだけ理解しているだろうか、と、水野は内心自問する。 少なくとも、今の瑠未よりは知っているはずだ。 「まあ、色々と試してみることだね。何かあったら、すぐに電話するんだよ? ここは孤立してるから」 「ええ。大丈夫ですよ」 水野の期待にも心配にも気づいていない様子で、瑠未はカップを傾けながら、のほほんと答えた。 屋敷は、たった一人の若い女性にとって、広すぎた。それは、最初からわかりきっていたことである。瑠未は、寂しいとも退屈だとも思わず、この、初めて手に入れた自分の城を掃除したり、探険したりすることに夢中になっていた。 「ここは終わりっと」 リビングの奥の部屋、制御室を掃除し終えた瑠未は、雑巾をバケツの縁にかけると、奥の壁にそびえる装置を見上げた。 白い箱とモニターとキーボードが寄せ集まってできたようなそれは、普段は屋敷の内外を映す監視カメラの映像を中継し、必要ならインターネットや電話で外部との連絡も行えるという装置だった。だが、それだけなら、これほどまでの設備を用意する必要があるだろうか。 二階に、この屋敷のもともとの持ち主の荷物が置かれていることを思い出し、彼女はバケツを風呂場に置くと、階段を駆け上がった。 階段の正面に伸びた、通路の一番奥のドアを開く。なかは、意外に片付いていた。内容の難しそうな本が並んだ本棚が壁一面に並び、ベッド頭のほうにも、小さな棚がある。 瑠未はしばらく本棚を眺めていたが、やがてベッドのほうの棚に目を移した。 そこに目的の物を見つけて、彼女はそれを手に取る。表紙には、Diaryと書かれていた。 パラパラとめくり、文が書かれている最後のページをめくる。 どうやら、わたしはここまでのようだ。ここのことは、北川と水野に頼んである。それでも、心配でないわけではない。今は、あの会社の連中に対抗するため、ここの持ち主を決めておかないほうがいい。彼を一人にするのは不安だが、仕方が無いのだ。 我々と無関係で、社会とのつながりが多い人物。その誰かがここの主となるまで、どうか辛抱してくれ。 そして、その誰かがここを守り通してくれるよう、健闘を祈る。 瑠未は日付をさかのぼった。 食い入るようにしながら読み進める。 ――もはや、陽鳴には我々のテストなど遊戯にもならないのだろう。逆に我々を試すようなことを言う。 ――この身体は病魔に蝕まれている。おそらく、先天的なのものではないだろう……しかし、我々には連中を追及するだけの資金も権力もない。それに何より時間だ。もう時間が残されていない。 ――もっと色々な世界を眺めてみたかったが、仕方がない。わたしがいなくなったら、北川と水野がうまくやってくれるといいが。 ――滋野が行方不明になった。やはり、この装置は失敗だったのか? わたしのせいで彼は戻れなくなったのか。しかし、彼はいなくなる前に、笑っていた。自ら選んだのか。己の居場所を異世界に見つける……それが良いことなのかどうか、私にはわからない。彼に家族がいなかったことは、幸か不幸か。 ――今日、ついに完成した。この装置は、誰にも奪われてはならない。陽鳴にも全容は伝えない。この禁断の装置に近づける者は、充分に吟味され、選ばれなければならない。 さらにぺらぺらとめくりながら、目を通す。 そして、その日記を手にしたまま、ドアが開けっ放しの部屋を出て、階段を駆け下りていく。 制御室に入ると、彼女は、壁一面の装置を見上げた。 「ねえ、ヒナル? あなたなんでしょう?」 彼女はためらいなく声をかけ、じっと待った。 はたで見ているものがいたとしたら馬鹿げた光景に見えるだろうが、瑠未の目には確信がある。 やがて、天井に仕込まれているらしいスピーカーから、耳馴れない響きを持つ声が流れる。 『……わたしに声をかけたのは、あなたで五人目です』 |