>world end over drive.
>function_code=b.

>〈魔界科学〉
>_ミックスジュース_
>start.


「ご歓談中、失礼しますよ」
 声をかけられて、ティータイム中だった二人は愕然として振り返る。この世界には、人間はいないはずだった。闖入者である瑠未と博士、二人のほかには。
 しかし、振り返ったそこには、確かに人間の姿がある。黒いスーツにシルクハット、サングラスという、あまりにこの世界に似合わない格好の青年が、二人の背後に立っていた。
「ええと、そちらが北川恭介博士、で、あなたが佐々木瑠未さん、ですね?」
「はい。何か御用ですか?」
 相手の姿に茫然としている北川をよそに、瑠未は家で客の応対に出ているような、平然とした調子で答える。
 相手も彼女の態度に少々虚を突かれたようだが、すぐに気を取り直して話し始めた。
「あなたたちに、是非お力を貸していただきたいのです。と言いますのも、この世界は現在、とんでもない事態に直面していまして」
「とんでもない事態、というのは?」
 北川はあきらめたように、地面にあぐらをかきながら尋ねた。もう、何が起きても驚くものか、といった調子である。
 黒服の男は、ほっとしたように、地面に腰を下ろした。
「それがですね、簡単に言ってしまうと、この世界は今、様々な世界が混じり合いつつある渦の中心にあるのですよ。世界の膜が稀薄になって、平行世界がミックスジュースのように混じり合いつつある、とでも言いましょうか」
「パラレルワールド?」
「ええ、まあ、そんなところです。空間の崩壊はまだほんの一部ですが、徐々に加速しています。この世界の方々は非常に高度な文明を持っていましたので、それを予測して脱出なさいました。まあ、放っておけば、逃げた先までも崩壊に巻き込まれるでしょうが」
「その崩壊に巻き込まれたら、どうなるんだ?」
 科学者として興味を引かれたのか、北川が目を光らせる。
 黒服の男は、肩をすくめて答えた。
「まあ、ブラックホールに吸い込まれるのと似たようなものですよ。おそらく純粋なエネルギー体となって、全体の一部となるのでしょう」
 そのことばの語尾に、ゴゴゴ、という音が重なった。
 遠くで雷が鳴っているような、大地が唸りを上げているような、腹に響く音だった。不意に恐れを感じたように、北川と瑠未は音の方向を振り返る。黒服の男も、サングラスの奥の目をチラリとそちらに向けた。
「まあ、ここでは危険ですし、場所を変えましょうか」
 男は言うと、パチン、と指を鳴らした。
 途端に、周囲の景色が一変する。この魔法のような技と、突然広がった光景の両方に、北川と瑠未は目を丸くした。
 そこは、ドーム状の広い空間だった。白い天井は高く、壁は360度、ガラス張りになっている。外には、紫の空に、土肌が剥き出しになった丘。その丘の陰に、乗り物らしいものがチラリとのぞいていた。
 建物内は、多くの人が行き交っている。ここは玄関であり休憩の場でもある場所らしく、観葉植物や噴水が設置されていた。
 黒服の男は、壁際にあるベンチに座っていた。北川と瑠未は床に座っていることに気づいて、立ち上がる。
「ここは、今回の世界鏡面崩壊現象の研究及び対策のために設立された機関、〈アンチエンド〉です。お二人とも、こちらへどうぞ」
 黒服の男は立ち上がり、建物の中央に向かって歩き始める。それを、北川と、紙コップを手にした瑠未が追う。周囲には科学者らしい白衣姿や飲み物を手に一服している者も多く、違和感はない。
 男は建物の中央、天井までを突き通す太い柱に近づき、並んでいるドアのひとつが開くと、二人を先導してなかに滑り込む。どうやら、エレベータらしかった。
 他に乗員はいない。ウィーンという低い音をたててエレベータが動き、数秒で停止した。ドアがスライドして一行が降り立ったそこは、一面の巨大なモニターとコンソールにはめ込まれた小さなたくさんの画面が特徴的な、監視室、という単語を連想させる部屋だった。
 研究員らしい者たちが、新しく入ってきた二人に関心を持つことなく、忙しく働いている。その中心に、場違いに目立つ黒服の男は二人を手招きした。
「ご覧ください。あれが崩壊です」
 そう言って彼が示した先、巨大なモニターには、宇宙空間が広がっていた。深遠の闇に、瞬く星々が見える。それを背景に、薄い緑のオーロラのようなものが見えた。揺らめくそこから、時々火花のようなものが散る。
「フロウ・ポイントです。これは加工した映像で、実際は光度が薄すぎて視認できません。ガンマ線やニュートリノの放出から位置と規模は特定できます。本の数時間前まで小康状態を保っていたのですが、数時間前、均衡が崩れまして」
「原因は?」
 映像から目を離せないまま、北川が尋ねる。
「なぜ崩壊が始まったのか、という原因については、残念ながら、はっきりしたことはわかっておりません。ただ、今回の異変の原因については明らかです。何者かが、この世界の外殻に刺激を与えたに違いありません」
 北川ははっとして瑠未を振り返った。瑠未は、料理中に砂糖と塩を取り違えた時の表情を浮かべている。
「博士、それって私たちが……」
 信じられない、という様子の二人に、黒服の男は意地の悪い笑みを浮かべて告げた。
「そういうわけで、あなたたちには責任を取って、協力していただかなければいけないのです。さて、まずはあなたたちのことをお話しましょう……いいですね?」
 サングラスの奥のからの視線に射抜かれて、二人はうなずく他なかった。


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