エルソンの航宙ステーションを襲った事件は、すぐに惑星ネットワーク内に知れ渡った。エルソン政府は対策本部を置き、調査を開始する。ギャラクシーポリスも協力し、あらゆる関連情報の収集に当たっていた。
ヒルト・フェイスアレイは重要な証人として尋問を受けたが、まだ入院中とあって、早めに解放される。
3日後、病院でユリスの葬式が行われた。ヒルトが出たいと言うと、医師たちも特に止めようとはしなかった。
葬式には、ユリスの家族や同僚たちの他に、ヒルトと同じく故人に世話になった患者や元患者が参加する。
エルソン流の葬式は、簡潔なものだ。家族や友人が故人の紹介とお別れのことばを述べ、1人1人が花や思い出の品を添えると、黙祷を捧げ、棺を見送る。そこから先は、家族か本当に親しい友人のみの場所だ。
棺を見送ってしまうと、ヒルトはしばらくの間、壁際の長椅子に座ったままぼうっとしていた。他の参列者もそうらしく、故人の思い出を偲んでことばを交わしているか、気が抜けたようにぐったりしているかだった。
そんな状態だったので、ヒルトは名を呼ばれると、思わず飛び上がりそうになるほど驚いた。
「はっ、はい」
答えて周囲を見回し、そばにいるのが1人だけだったので、恥かしそうに相手を見上げる。その顔を見て、少年はさらに目を丸くした。
「やはり、きみがヒルトくんか。私を知っているようだね」
湯気を立てるコーヒー入りの紙コップを手に、男はヒルトのとなりに腰を下ろした。その横顔を、ヒルトは信じられない気持ちで見る。何度となく、ニュースなどで見かけた顔だ。そして、彼が尊敬する人物の1人の顔だった。
「はい……あ、あの、ノードさんは、どうしてここへ?」
ヒルトの記憶の中で、最も馴染み深い宇宙船の副長だった人物、ラッセル・ノードは、疲れたように苦笑する。
「色々付き合いがあってね……ユリスは、研修でルータに乗船したこともある。それに、ブラッドも……惜しいやつを亡くした」
「ブラッドさん……?」
「ステーションの警備員だ。クルーを辞めて、陸に上がってから警備員に転職したのさ。息子が生まれて、そばにいてやりたいからと船を降りたんだが……」
手を組んで、ノードは溜め息を洩らす。
「時間は残酷だな。どんなに身近なものでも奪っていってしまう。そして、時間は取り戻せない。本当にどうしようもないことだが」
シグナは、ルータの機体がセントラル・ステーションにあると言っていた。ヒルトは不意に、ノードがもう副長ではないということを実感する。それが信じられず、同時に、眠っていた間の時間の大きさも実感した。
「きみは今、それを実感しているだろうな。長い間眠っていたから、戸惑うことも多いだろう」
「はい、色々事件があったみたいなので……。それに、起きてからも色々あったんで、あんまりわかっていないんです」
見透かしたようなことばに、ヒルトは素直に応じる。
「お願いします、教えてください。一体……何があったんですか? ルータのこと、それに……」
「ゼクロスのことかね?」
言いよどむ少年のことばに、ルータの元副長が続ける。少年は意を決したように、大きくうなずく。
「きみは、ゼクロスに会ったのだね。シグナから聞いたよ……ここではなんだし、場所を変えよう」
少しずつ、会場内の人の姿は少なくなっていた。片付けの邪魔になるのと目立つのを避けて、2人は病院内の小さなカフェに移動する。
ノードは遠慮するヒルトに、アイスティーを1杯奢った。時間帯はそろそろ、暑くなってくる頃合である。
花壇の花々が見える窓際のテーブルで少年と向かい合い、ノードは窓の外、宇宙港の方向に目を向ける。実際には建物で遮られてしまうが、彼の心はセントラル・ステーションに向かっているのだろう。
「ヒルトくん……きみが眠っている間、本当に色々なことがあった。それ以前にも、普通でない出来事はあったがね。そうだな……まず、ゼクロスと、キイのことを話そう」
彼は視線を戻すと、わずかに身を乗り出した。
「ゼクロスはオリヴンの研究所、〈リグニオン〉で製作された。そして、〈リグニオン〉と契約を結び、ゼクロスのオーナーになっていたのがキイ・マスターだ」
「キイ・マスター?」
「ああ。何でも屋の女性だ。どこから来たのか、一体いくつなのかもわからない。キイ・マスターというのも本名ではないだろう……彼女とゼクロスとは、何度も仕事をともにしたことがある。そして、何度も助けられたよ。そう、きみだって助けられたはずだ」
ヒルトは不思議そうな顔をする。その表情に苦笑しながら、ノードは先を続けた。
「あとで映像を見てみるといい……ともかく、ある日のことだ。〈宇宙の使徒〉の司祭と名のる者がオリヴンのベルメハンを襲った」
攻撃はベルメハンの多くの人々を巻き込み、それは、キイ・マスターとゼクロスによって救われた。ノードはどう詳しく説明するか悩み、率直にASや調整者の名を出した。
ヒルトも、『何か強力な装置』や『強力な力を持った人々』という程度の知識はある。後でシグナに質問することにして、彼は今は質問を差し挟まずに聞いていた。
「そうして、多くの者が救われたのだが……元を正せば、〈宇宙の使徒〉の目的はゼクロスだ。オリヴンのマスメディアは、ゼクロスを叩いていた……本人には知らされていなかったがね」
「そんな……」
「事件で家族を亡くした者にとっては、ゼクロスは憎い相手だろう。仕方がないさ……。しかし、死亡者のなかにはゼクロスの知り合いもいた。いつまでも黙っておけるものじゃない。そうしているうちに、やがてキイがいなくなった。まったく〈リグニオン〉にも姿を見せなくなったのだよ」
「なぜ……」
なぜ、ゼクロスを見捨てていったのか?
ヒルトは、キイ・マスターという人物に怒りを感じた。自分も非難を受けるから逃げ出したのだろうか?
一方、ノードは別のことに気をとられているのか、少年の憤りには気づかない。
「ほぼ同時だったな……彼女がいなくなったのと、ルータが死んだのは」
ぽつりと言って、彼はコーヒーをひと口含む。
「……キイがいなくなって間もなく、ゼクロスはほとぼりが冷めるまでの間、ネスカリアのストーナー研究所に預けられることになった。その、少し後のことだよ。例の宇宙船が現われ、ベルメハンが閉じ込められたのは」
ゼクロスは異変を知ると、すぐにオリヴンに駆けつけたという。だが、結局、間に合わなかった。
悲しみに暮れ、気力をなくしたゼクロスを、エルソンが迎え入れた。ストーナー研究所やファジッタの企業もゼクロスを迎えたいと申し出たが、ゼクロスはそのなかからエルソンを選んだという。
「オリヴンに近いというのもあるが、シグナやシャーレルを気にしたのだろうね……本人は、もう、誰とも話したがらず、何にも興味を持たないようにしているようだが……」
「そうでしたか……」
シャーレルについては後でシグナに尋ねることにして、ヒルトはゼクロスの心境を思う。それに、ノードやシグナが抱える、同様の悲しみ、時間は取り戻せないということばの重みを。もしかしたら、意識がない間、自分も何か大きなものを失ったのかもしれない、と。
しかし、それでも今、こうして生きている。流れ続ける時のなかにある限り、行動することはできる。失ったものを捜すために。
「あの……もう一度、会うことはできるでしょうか……? ゼクロスに……」
もう一度会いに行くという約束。一方的なものだったとしても、彼はそれを果たさずにはいられない。
「ああ、ゼクロスが拒否しなければ、事情がない限り、許可されるだろう。きみの場合、まずは退院だ。その後、シグナに話すといい」
言って、ノードは立ち上がった。つられて腰を浮かしかけたヒルトを、彼は手を上げて制した。
「入院患者に見送ってもらうのも気が引ける。……ヒルトくん、私に何か用事があるときは、シグナに言うといい」
「あ、あの」
立ち去ろうとするノードに、ヒルトは慌てて声をかける。
「あの、色々ありがとうございました。お会いできて、嬉しかったです……」
少年が尊敬する相手は振り返り、ふっと小さく笑った。
「私も、久々に有意義な時間を過ごさせてもらったよ。……では、また会おう」
立ち上がったヒルトが見送る後ろ姿は、カフェの出入口から通路に出たところで、少年の視界から消えた。
2日後、予定より1日ほど早く、ヒルトは退院することができた。ユリスの後任の看護婦に見送られて玄関を出た彼を、見覚えのある3人組が待っている。
「ヒルト……退院、おめでとう」
リンネが少し照れたように言って、花束を差し出した。ヒルトは礼を言い、ほほ笑みを浮かべてそれを受け取る。
「夏休みの課題は、将来についてだってさ」
4人の少年少女たちは病院の門を出ると、並んで通りを歩き始めた。歩きながら、頭の後ろで手を組んだゼンがつまらなそうに言う。
「将来、自分がどんな役目をこなしていると思うか、どんな役目をこなしたいかを具体的に調べて考えて来い、だって。オレ、そういうの苦手なんだよな……将来の夢、決まってないし。数学問題とかのほうがよかったな」
「そう? 私はこっちのほうがいいけど。だって、『これで合ってるのかな?』って悩まなくていいじゃない」
「そりゃ、レミは家を継ぐって将来が決まってるからだろ」
「ヒルトは、この課題でよかったと思う?」
何か考え込んでいるようなヒルトの様子を気にしてか、リンネがとなりからのぞき込む。
「ん? ああ、ぼくはこっちでよかったな……リンネは、将来何になりたいの?」
突然話題を振られて、リンネは驚いたように目を丸くした。
「私は……ええと」
「素敵なお嫁さん、とか?」
横からレミが冷やかすように口を挟む。それを一度にらんでから、リンネは先を続けた。
「からかわないでよ、もう……私は、調理師になりたいの。きちんと栄養のバランスを考えて作った、おいしい料理がつくりたい」
「そこまで考えてあるなら、大丈夫だね」
ヒルトが答えて笑いかけると、リンネは少し困ったような表情でうなずく。
それを、他2人がおもしろそうに見ていた。
病院を出てしばらくは、4人とすれ違う者は少なかった。しかし、やがて店が建ち並ぶ大きな通りに出ると、行き交う人の姿が多くなってくる。上空には、エアカーや1人か2人乗りのエアビーグルが列を成し、空中から侵入できるデパートの入り口に向かっていた。
ふと空中回廊を見上げたヒルトは、足もとに何かが触れる感覚を感じた。
「あ、可愛い~」
リンネが足を止め、しゃがみ込む。見下ろすと、白い毛並みに黒い斑の子猫が足もとに頬をなでつけていた。撫でられると、子猫は鳴き声をあげる。
「野良猫かな?」
「それにしては綺麗な気もするけど……」
ゼンが不思議そうに言い、首をつかもうと手を伸ばすと、子猫は逃れるように走り出し、近くの、建物と建物の間に姿を消した。それは1メートルもない、狭い隙間だった。
「あっ、待って」
事故にでもあったら大変だと思い、ヒルトたちは隙間をのぞき込んだ。
そして、彼らは目を見張る。子猫がなついている、そこに立つ人物の容姿に。
その小柄な少女は、真紅の髪と瞳をしていた。そして、まるでヒルトたちが図鑑で見たことがある、〈巫女〉と呼ばれる役職の女性が着るような物に似た服をまとっている。
それだけでも滅多にない姿だったが、もっとも人の目に印象付けられるのは、老成した雰囲気と、瞳に宿る、悲哀を含んだ鋭い光だろう。
「カワイイ子……でも人間か?」
ゼンが、ヒルトの背後で小さくささやく。
ヒルトは我に返り、取り繕うように声をかけた。
「あ、えっと……その猫、きみのペットなの?」
その問いで初めて気づいたように、少女は子猫を抱え上げた。腕の中で、子猫は甘えるような声で鳴く。
子猫から視線を戻して、少女は口を開いた。
「今は、そうとも言える……本来の飼い主がいないからな……」
「あの、その猫の名前は? それにあなた……ここの人じゃないみたいね」
好奇心旺盛なレミが、横から質問する。少女は、対照的な静かで落ち着いた声でそれに応じた。
「私は、アルファ……この子猫は、フーニャと呼ばれていたらしい……。名付け親のもとへ行くのを感じてついてきたのだろう」
シグナ・ステーションのことを色々と調べているヒルトには、アルファの名に心当たりがあった。
「あなたが……シグナ・ステーションの守護者の、あのアルファ……?」
「そう呼ばれることもある」
驚きと一種の感動をもって少女を見ているヒルトの後ろで、他3人は顔を見合わせる。彼らには、一体相手が何者なのかわからない。
かまわず、アルファはことばを続ける。
「大切な用事がある……私は行かせてもらう」
そう告げると、彼女は背を向けた。
このまま見送ってはならない。そんな思いが突き上げてきて、ヒルトは慌てて声をあげる。
「待って! あの、その子猫の名付け親、あなたが用事がある相手って……」
「……きみも知っている相手だ」
彼女は、その問いを予想していた様子で、淡々と答える。
ヒルトには予感があった。そう、この少女が向かう先はセントラル・ステーション以外にはありえないという予感が。
それに、そこには彼自身も行かなくてはいけない。すでに許可は出ていたが、友人たちの手前、彼は、明日にしようと考えていた。しかし、このアルファがゼクロスのもとへ行ったとき、何かが起こる。それからでは遅い。
彼は、直感を信じることにする。
「ぼくも、一緒に行っていいかな?」
「……好きにするといい」
わずかに振り返って視線を向ける少女にうなずくと、ヒルトは、後ろで驚いた様子の友人たちに顔を向けた。
「ごめん、用事ができたから……」
「待てよ、退院したばかりの友達が見ず知らずの女の子と2人だけでどこか行こうっていうのを、黙って見過ごせるか?」
わけがわからないのでイライラしていたのか、ゼンが突っかかるように言う。
「でも、これは大事なことなんだよ」
「私も行くよ」
突然リンネが決然と言って、周囲の者を驚かせた。本人は有無を言わさぬ調子で、アルファに申し出る。
「いいでしょう?」
「私はかまわないが」
アルファはどうでもいいのか、あっさりと答える。
「オレも行くぜ」
「もちろん、行くよ」
困惑するヒルトをよそに、話は決まったらしかった。アルファが同意した以上、彼のほうで友人たちの同行を拒否する理由もない。
それにしても、突然大勢で押しかけて大丈夫だろうか、と、彼は少し不安になる。だが、アルファが容認しているならおかしなことにならないだろう、と思い直し、何も言わずに歩き始めた少女の後を追う。
アルファは迷わず人通りの少ない道を選び、ステーションに向かっていた。時折工事用車輛が通り過ぎていく静かな小路は、4人の学生たちがいつも歩くような通りとは雰囲気が違っていた。別世界のように退廃的で静かな様子に不安になって、リンネはしきりに辺りを見回す。まるで、世界に5人だけが存在しているような感覚だった。
やがて、一行は広い通りに出た。崩れて鎖で補強された壁は、ヒルトには見覚えのあるものである。他3人も、ニュースで映像を見たことくらいはあるようだ。
「ここがそうか……」
破壊の爪あとを直に目にして、ゼンが神妙な顔で言う。
大きくえぐられた壁の前に、2人の警備員の姿があった。彼らはアルファの姿を認めると、声をかけてくる。
「話はシグナから聞いています。どうぞ、こちらへ」
壁の穴を塞ぐ鎖の下をくぐり、警備員は5人を先導した。事件の当日ヒルトがそうしたように、敷地内を横切って巨大な建物の入り口まで辿り着く。
「ここに用事があるの?」
「ああ……この中だよ」
用事の内容をよく知らないながら、リンネも、レミとゼンも、緊張しているようだった。ヒルトが言っているように、大事な用事であることを感じ取ったのだろう。
「私はここにいますから。何かありましたら呼んでください」
「ご苦労」
アルファはドアの横に退いた警備員に一言かけると、そのまま足を踏み出す。ドアがスライドし、5人全員が中に入った後ろで閉じた。当然ながら、中は照明に照らされ、充分に明るかった。
部屋を遮っていた半透明な壁もなく、全員が奥まで進み出る。
「これが……」
アルファとヒルトの後を追いながら、他の3人は茫然としていた。ヒルトと違い、彼らは宇宙船自体、余り見たことがないのだ。
足を止めると、アルファはただ、前方を見上げる。
しばらくの沈黙の後、声が流れる。
『あなたは……』
声が、驚いたように揺らぐ。
続いて、ヒルトは低い機動音を聞いた。
目線を上げると、小型宇宙船の小さな砲門のひとつが、彼らに向けられていた。